大地が溶ける。
空気が妬ける。
蒼色に光る夜空の景色。
その中心には最も明るく輝く一等星。
熱量でいえば二つ目の太陽になってもおかしくないほどだ。
並の人間なら周囲に近寄るコトすらできない。
百メートル、五十メートルと距離を縮めるだけで身体は燃え死に至る。
純エーテルを食い物にする怪物。
悠から心臓と瞳を奪った無限の火力を持つ外敵。
蒼い火の燃える鳥。
それは最早、誰にも手のつけられない脅威だった。
「――流石なものだな、巴妃和」
ユラリと翼が反応する。
声の出所はすぐ真下。
取り込んだ〝彼〟の瞳でその正体を凝視する。
「炎の膜とは。アーマー代わりというコトか。いやはや実に素晴らしい。是非とも、時間さえあればなァ」
くつくつと笑う紫髪の人影。
熱によるものか、そのシルエットが若干ぼやけている。
……いや、違う、あれは燃えている。
身体を纏うようにして、ただの人間が炎に巻かれて平気でいるのだ。
「それを全員に配ってまだ余り有るのだから、相当なモノだろう。いい兆角醒だ。目覚めの瞬間を是非とも拝みたかったぞ。――だがまあ、今はそれよりも、というコトかッ」
爆発する神秘の粒子。
変化は急激に。
怪物が休息状態から臨戦態勢に入るより早く、彼女はその力に火を点けた。
現状総司令に次ぐ戦闘部隊の最高戦力。
誰もが大きな怪我を負った北極遠征にて生き残った傑物。
「 兆 角 醒 ッ !! 」
第九部隊隊長、甘根真樹。
「ハハハハハハハハハ!! 如何せん、全力でとの命令だッ! 血管がぶち切れようがなんだろうがギアを上げるぞ!? 私とてッ、羽虫程度に破られるような空間をつくるのはもう我慢ならんのでなァ!?」
景色が変貌する。
燃える土砂も灼熱の大気もすべてが塗り替えられていく。
澄み切った青い空。
地平線まで広がる水面の大地。
――それはかつての誰かの願い。
いまはもう過去のものとなった少女の誓い。
本筋では語られるコトのない、意味をなくした物語だ。
「ああそうとも。私の世界はそう脆くない」
彼女は過去を振り返らない。
引き摺りさえしない。
前を見て進む精神性は、けれども原初の想いだけを力とした。
失くしたモノは戻らないから。
故に、有るものだけを拾い集めて往くために。
――ああ、だから。
すっかり忘れた、もう知らない。
黄昏色の空を憎んで、凍りつく海を睨んで。
鮮やかな景色が見たいと笑ったのは、一体誰のコトだったろう――
「これこそが至高の領域だと、私は知っているからなァ」
抜け落ちた記憶は真樹自身にも分からないコトだ。
けれども残滓がどこかに散らばっていたのだろう。
覚えていないが確信がある。
己の力に不変の自信を抱く。
――限界を越えて形成した、青く染まる空と海。
「ところで準備はいいか? 覚悟はできたか? ああ構わん、応えるな。良くなくとも揃って
「――――、――――」
「――――…………――――」
「――――!! ――――!?」
真樹の言に反応するようどこからか声が響く。
くぐもった音はなんと言っているかさっぱり分からない。
その発信源を探ろうにも隠されていて曖昧だ。
空間に満ちた純エーテルと、その世界を支配する彼女の介入が覆い隠すに値する。
「では行くぞッ、心して跳べ!! 全員ッ、射出だァ!!!!」
――瞬間、
水面から打ち上げられる、ロケットのような水流の渦。
「おおおわあぁあぁああああああッ!!??」
「あのバカ! やりやがった本気でッ! あたしらまで巻き込んで!!」
「妃和ちゃんと総司令だけって話じゃなかったぁ!?」
「話が違いますぅ! 空中戦はちょっとアレだよ! 慣れてないよお姉さんたち!!」
「てかその肝心のふたりはどこ行った!?」
「あそこ! 上! ――――真っ先に向かってるってェ!!」
放たれたのは人間を乗せた水の弾丸だ。
能力の応用による輸送。
真樹の創った世界において空も海も自由自在。
おまけに全員にかけられた妃和の炎が多少の傷を癒してくれる。
そうすればなんの問題もない。
誰しも空中に漂う怪物に手が届く。
「よくやった甘根隊長! やってみるものだな、案外ッ」
「――――ッ、感謝、します……!」
「大丈夫か妃和! おまえに倒れられては困るぞ!」
「全然ッ、なんの、これぐらいッ! 私は平気ですからッ!!」
「無理をするなよ! だがよく言った!! 先ずはコイツを――――」
灼炎が走る。
妃和のモノより純粋な、この宇宙の法則に従った火炎の色。
力では敵わない、と人類の最高峰に立つ彼女は言った。
すでに自分の火力を越えている、と。
――――だが、それは様々な条件によって縛り付けられたものだ。
北極遠征でボロボロにされたとはいえ、それでもなお葵の兆角醒は化け物じみている。
地上では本気を出せない。
彼女自身の制御できる範囲でなければ仲間諸共燃やしてしまう。
なによりその存在の重さに
ならば。
「空から、撃ち落とす!!」
そのうちの幾つか枷を外すコトができればどうなるか。
「 兆 角 醒 ―― !!!! 」
吹き荒れる膨大な熱量。
周りすべてを焼くような火炎。
誰も彼も、彼女の力を前に等しく傷付いていく。
――――それを防ぐ生命の灯火。
歪む環境すらなおも堪える幻想空間。
補っていた身体の鉄潔角装を一時的に取っ払った。
死にかけの身体を、生命維持の必要な人体を、
纏わりついた妃和の炎が代わりとなって支える。
「そう何度も使えるワケではないが! イマ使わなくて何時使うのかというものだからなァ!!」
揺らぐ蒼炎はすでに輝きを越されていた。
空に浮かぶ焔の塊。
彼女こそが真実そのものだと讃えるかのような目映い光。
陽向葵という人体そのものを介した太陽の疑似再現だ。
本来なら集団戦において使用できないハズの超火力を、いまは容赦なく振りかざすコトができる。
「――――礼を言うぞッ! 甘根隊長!! 妃和ィ!!」
交ざり合うふたつの火炎。
葵の半身はすでに不確かな形となって揺らめいていた。
周囲に浮かぶのは九つの刀剣はすべてが鉄潔角装。
摂氏一万度以上の炎を宿して、彼女を護るように展開されている。
いつかたった一人にして怪物を屠ったヒトガタの太陽。
その時ですら使わなかった
「――――撃ち抜けェ!!」
炎をまとって射出される鉄潔角装。
威力、速度、共に攻撃としては申し分なし。
優に音を凌駕した剣弾が、怪物の翼を貫く。
『――――――――!!』
「――――私を、忘れるなよ」
その隙に。
追い付くよう上昇してきた妃和が剣を構える。
刀身にはすでに赤火が走っていた。
彼女の力は最初から万全の状態だ。
蒼炎では対抗できない兆角醒。
常に途切れることなく回されるソレは、まさしく怪物にとって脅威以外の何物でもない。
「その瞳と心臓をッ、悠に返してもらおう――――!!」
青空に爆発が広がっていく。
奇しくもそれが、戦闘状態に移行した火の鳥との開戦を告げる合図だった。