撃ち抜かれる炎の蒼翼。
焼き殺していく赤火の異能。
挟むようにして放たれる脅威に怪物が震える。
出力の増加は分かっていたように彼と比べて劣悪だ。
本部を襲撃して数時間も経っておきながら、せいぜいがもとの十倍から二十倍程度。
そのぐらいならまだ想像よりも低い範疇。
悠なら数分で辿り着ける上昇値だ。
「やはり貴様にその力は不相応らしいなッ!!」
妃和の刃が蒼炎を切り裂いていく。
能力の優位性は未だに健在だ。
いくら火力を増そうとも、いくら攻撃を重ねても意味がない。
それが赤火の対象外ならすべて例外なく焼き殺される。
焼却・燃焼の概念を担う兆角醒。
蒼炎を相手にその力が突破されることは、万に一つだってありはしない。
「怪物如きがッ、悠のモノをどうにかしようなどと考えるからだッ!!」
燃える翼はいとも容易く断ち切れた。
ぐらり、と火の鳥の躯が空中でブレる。
上空には狙うように展開される葵の鉄潔角装。
すぐ傍らには逃がさないとばかりに赤炎を撒き散らす妃和の姿。
数にすればたったの二人。
けれども、怪物からしてみれば脅威たり得る二人もの人間だ。
――――反撃は、ないワケがなかった。
『――――――――――!!!!』
背中側から噴射される蒼い炎。
千切れた翼を、穴だらけの羽根を、
溢れんばかりの炎で無理やり修復しながら広げていく。
狙いは一点。
先ず真っ先に落とすべきは
――――ぎろり、と。
炎の中で蠢く悠の眼球が、妃和に真っ直ぐ視線を向けた。
「――――――」
包むように周囲へ伸びていく燃える翼。
三百六十度を覆った灼熱が彼女へと照準を合わせる。
ポツポツと膨れ上がるのは蒼炎の弾丸だ。
全方位からの一斉掃射。
至近距離で行われるそれは回避もできない。
防ぎ切るコトができれば問題ないが、この一瞬で妃和が炎を回すのは――――
〝まず――〟
すこし、間に合わない。
『――――――!!』
火球が熱量を増していく。
発射まではコンマ一秒すらない。
瞬きの直後にはすべてが直撃している未来が見えた。
赤火での防御でやれるのはせいぜいが半分。
それ以上は時間が許さない。
彼女は刹那、半身の負傷を覚悟して、
「甘いわァ!!」
切り裂かれていく翼の隙間から、戦闘部隊の制服を見た。
「おお! すっげ! めちゃくちゃ切れる!」
「妃和ちゃんの火を回してもらったのが功を奏したわね!」
「本当だよッ! やっぱ総司令が育てただけはある!」
「私たちもやられてばかりじゃあつまんないッスからね! ここいらでやり返すッスよ!」
「――――――」
妃和たちと共に上空へ投げ出されたメンバーだ。
彼女たちは本来この場において戦力たり得ない。
技能も才能も申し分ないが、頭ひとつ抜けているかと言えば微妙なところ。
葵ほどの適正値の高さか、妃和のような相性の良さがなければ鉄潔角装だって蒼炎相手に軽く燃え尽きる。
――だからこその、赤火の防護膜。
それは熱を防ぐだけではない。
鉄潔角装の周囲にまで張り巡らされた炎は当然ながら斬撃時にもその効果を発揮する。
流石に彼女自身が使うより威力は落ちるが、翼に傷を入れるぐらいなら簡単だ。
「――――助かりましたッ!!」
――胸の奥にある炉心を回す。
感覚は鈍く重く。
藻を掴むような手応えを、解放するよう引き摺り上げた。
蒼炎を吹き飛ばす赤紅の火。
記憶にある光景と、目の前に漂う外敵の姿。
見本となるモノはこれ以上ないほど揃っていた。
故にこそ、現実とするのに苦労はしない。
「――――――――ッ」
イメージは鮮明に。
想像の光景と現実の感覚を合致させる。
始点は己の肩甲骨から。
並べて三つずつ、同時に放出させるように。
――――赤い翼が、背中に生えていく。
「あぁぁああぁぁぁあぁああぁあぁああ――――ッ」
空を覆う燃える赤色。
それが彼女の奥底に眠る素質だったのか、
それとも天の上から授けられた祝福が効果したのか。
なんにせよ、現実に引き出された以上は消えない。
大きさだけで言えば優に怪物を越えている。
悠が使った純エーテルの翼でさえまだ小さく思えるほどだ。
ゆらりと蠢く三対の羽。
数値にしておよそ百メートル以上。
灼熱を固めた赤色の燃える翼が、その背後に展開される。
「――――あぁああぁあああッ!!!!」
使用されているエネルギーは相当なものだ。
純エーテルに頼る兆角醒である以上、その消費は間違いなく激しい。
だというのに息切れを知らないような限度の無さ。
ああ、ならばそう、おそらくは。
――――まだ、女神の加護が残っている。
「――――無理をするなよ、妃和ッ!!」
そして、なにも警戒するのは妃和だけではない。
上空から鉄潔角装を手に落ちてくる太陽。
半身を自らの
痛みも苦しみもすべてを棚に上げて標的へ迫っていく。
「だがいつまでも空では芸がないッ!! 宣言通り墜ちてもらうぞッ!!」
『――――――、――――――』
声なき声で叫ぶ火の鳥。
言葉も感情も彼女たちには一切伝わらない。
意思疎通の手段はすでに消えている。
多くの犠牲者を出した時点で人類にとって紛れもない外敵だ。
――そんな相手に、耳を貸すようなコトもない。
『――――――――!!』
二色の炎が揺らめく。
どちらも蒼炎の力には屈しない。
ひとつはその性質故に真っ向から食い合い、
ひとつはその出力故に削られながらも十分な威力を残した。
――――蒼が爆ぜる。
悠との交戦時、収容所からの逃走時。
二度にわたって使用された自爆まがいの炎の噴射。
今回はそれを、周囲一帯灼き尽くすための攻撃に転用して、
「無駄だろう貴様ァッ!!」
爪痕を残す間もなく、妃和の翼でかき消された。
「一度見たものでッ、どうにかできると思うなよ――――!!」
走る剣閃はふたつあった。
左右からどちらも片方ずつ。
今度こそは治す暇もない。
千切れる両翼。
墜ちる影。
羽を失った鳥がどうなるかなんて考えるまでもない。
この場において制空権は彼女たちのほうに傾いた。
――――水柱があがる。
大地の水面に躯を打ち付けながら、蒼炎の鳥がゆらりと蠢く。
「フハハハハハハッ!! ようやく来たなッ!! 待っていたぞォ!!」
歓喜に満ちた真樹の声。
それに呼応するよう引き上げられる水の渦。
蒼い炎と接触しても世界は崩れないでいる。
消え去る細部を常に彼女が補強を続けていた。
全身全霊を振り絞った真樹の力は侮れない。
そんな神経を磨り減らす行為を成した上で、水の槍を創り出す。
「プレゼントだッ!! 浴びて喜べ怪物風情がッ!!」
『――――――――』
世界は塗り替えられた。
怪物に降り注ぐ恩恵は無いに等しい。
決して覆らないはずの天秤が傾く。
どこからか聞こえる賛美の声。
天上の意思はそれを潰せと吼え叫ぶ。
『――――――――――!!』