「アハハハハハハハ!! ざまあないなァ莫迦女め!」
空の向こう、星より遠い遙か彼方。
地上の光景を見つめながら、彼女は盛大に笑い声をあげている。
「どうだ、悔しいか。敵わぬだろう、力及ばぬだろう」
いっぱいに釣り上げられた口の端はこれでもかと感情を表していた。
見世物にしては上出来すぎる。
なにせ自分の一番大事なモノを壊してくれた奴が無様に負けているのだ。
これを笑わずしてなにを笑えようか。
「私の後押しを余すところなく捧げてやった。おまえ一匹で勝てるワケなかろう。大人しく死ねよ、夏鳥。ハルカの心臓を奪うなぞ、貴様には出過ぎた真似だったのだ。おまえみたいな莫迦がどうしてあいつと並べると思った? ――――勘違いも甚だしい!!」
苛立ちは心の底から来るものだ。
堪える、我慢するといった選択肢はない。
世界に隠れた
ニンゲンになる前の価値観も相まって結仁にかつての
「ああそうだ。気にくわない。おまえは私と仲が良かったな。中学の時に一度、派手に喧嘩をしてからか? 暴力的だが芯の通った良い女だと思ったのにな。――――いつの間にかハルカへ近づきおって。ふざけている。考えれば分かるだろう。ハルカはおまえみたいな莫迦に割く時間などなかったのだぞ? それを、よもや同じ高校にまでッ」
気分も権能も神様じみた者の末路。
彼女の精神はいつかの時間に取り残されている。
摩耗して擦り切れた人格はもはや別物だ。
それを醜いとかつての彼は断言した。
まさしくその通り。
――――いつかは終わりに向かう、間違いだらけの時代を創った時点で。
「ここで潰えろ。その魂も記憶も、なにもかも。おまえに生きる価値はない。ハルカと触れ合う権利はない。彼は私のモノだ。私の夫だ。私の伴侶だ。おまえ如きに、どうにかできるワケないだろう」
いつか見た枝分かれした未来を思い出す。
あんなものは認めない。
こんな救いようのない女と結ばれて幸せになるなどありえない。
己とは絶対に、共に生きる結末が用意されていないというのに。
――どうしてこの女とはそういう可能性がある?
それもまた、気にくわない。
「本当にままならないな。恋に障害はつきものとは言え――流石に多すぎると、なんだ。参ってしまうな。普通に幸せにしてくれんものだろうか。まったく……」
女神の勝手な呟きは、誰に聞こえるコトなく消えていった。
◇◆◇
『――――――ッ!!』
蒼炎の全身を水の槍が貫いていく。
攻撃自体は大したコトじゃない。
純エーテルで出来たモノはソレにとって燃料だ。
炎を回せば――強度の違いによる速度の差はあっても――消し去れる。
問題は、
「「「「「せぇーーーーのォ!!!!」」」」」
『ッ!?』
完全に消し去る暇もなく、次々と攻撃が飛んでくるコト。
「だはははははッ! 捉えた!!」
「針山になった気分はどう!? って怪物に訊いても意味ないか!」
「純エーテルを燃やすっつったって全然だねぇ! こっちで補強すればなんとかなる!」
「いや、慣れてないと難しいッスけどね! 経験浅い新兵ちゃんだとキツいっすよ」
「結論、あたしら敵に回した時点で負けだったってワケよ。残念ッ!」
落下と共に突き刺さる鉄潔角装。
空中に放り出された彼女らは着地までその仕事を全うした。
まだ翼すら治せていない火の鳥にとってはイイ追撃になる。
警鐘を鳴らしているのは本能か、薄れ始めていた理性か。
まずい、と燃える焔が焦って蠢く。
「――――退け、貴様らッ!!」
「げッ、総司令!!」
「まずいまずい! 突っ込んでくるよ一旦退避ィー!!」
「うおわぁあああああぁあッ!!??」
バラバラと散っていく背中の気配。
頭上からはそんなものより膨大なエネルギーの反応を感知する。
――止せば良いのに。
ソレは他人の瞳を動かして、自分の頭上へ視線を向けた。
そこには、
「――――吹き飛べ」
ありえないぐらいに濃密な、
明確に死の気配を覚えさせる、ヒトガタの天体が――
『――――――!!』
藻掻くように手足を動かす。
海原には波紋が広がっていた。
けれどそれだけ。
怪物に残されているのは足だけで、翼はふたつとも切り落とされた。
未だ修復はされていない。
絶え間ない攻撃で躯中穴だらけとなった弊害だ。
治らないワケではないが、それだけ遅れてしまっている。
「――――――ふッ!!」
衝撃は一瞬の間に。
空から降ってきた熱量に怪物の躯が千切れていく。
太陽に呑まれる無様な蒼色。
羽がなければ鳥は飛べない。
そんなのは人にとって脅威でもなければ手の届かないモノでもない。
当然だ、地に落ちた火の鳥は空を翔るという優位性をひとつ失った。
蒼炎の絶対性も妃和の炎を前に相殺されている。
最早ソレが圧倒できる理由など、どこにもなかったのだ。
『――――――――』
青い世界で蒼炎が飛んでいく。
原形は残らなかった。
現実を浸食した幻想。
水面で揺らぐ僅かな炎だけがその色を残している。
……トドメをさした葵に遅れて、妃和が地上へ降りてきた。
その目が見ているのは総司令の足元。
撒き散らされた焔の残骸に、違和感のあるふたつの異物が転がっている。
「――――……妃和」
「…………、」
「案外、大事にはならずに済んだ。そうつまらない顔をするな」
「い、いえ、私は――」
「これを潰せば終わりだ。予想以上に、向こうがそこまでの脅威ではなかったというだけだよ。偶には聖剣使いも見誤るらしい」
「…………そう、ですね」
一歩、傍に近付く。
炎に囲まれた心臓と瞳。
不気味に脈動する臓器はいまだ生きている証拠だった。
持ち主から離れて、これだけの形になってもまだ在り続ける。
それを不気味と思わなくはない妃和だったが、いまはそんな感想より悠のコトだ。
「これで、あいつも――――」
目を覚ましてくれる。
「――――――――ッ」
突然。
耳鳴りが響いた。
知らない声がする。
脳髄を直接揺らすようなナニモノかの言葉。
「…………妃和?」
「――――な、んッ――――――」
〝やるじゃねえの。良くやった。褒めてやるぜ小娘ども。数を揃えてボコすってのは基本的なコトだしなあ。勝つためだ。それもアリだろうよォ〟
分からない。
誰だろう。
とても挑戦的な口調で、挑発の意味を多分に孕んだ言葉遣いだった。
……分からない。
けれど似ている。
奇しくもそれは眠りっぱなしになっていた彼と。
〝ハルカのヤツとやってからやる気出てなかったんだけどなァ。眠気もしてたし、なァんかうるっせえのがちょっかい出してくるしよォ。ははッ、こりゃあイイ。
ドクン、と妃和の心臓が一際跳ねる。
〝私直々に、相手してやるよ〟
「――――ッ!! まずっ、母さ――――」
彼女が言葉を発するより早く、胸に衝撃が走った。
トン、と身体を後ろに押される。
散らばったハズの蒼炎。
形をなくした燃える怪物。
その残骸が逆巻くように、再度熱量を上げ始めた。
――――だからだろう。
庇うように妃和を遠ざけた葵の選択肢は間違っていない。
彼女の力量は本物だ。
並の怪物相手ならどうなろうと生き抜ける。
だから、問題は。
それが彼の心臓と瞳を取り込んだ、蒼火の雌鳥であったという点に尽きる。
「――――ハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
炎の渦から聞こえたのは。
呑まれた熱の先から響いたのは。
誰でもない、その人の――――
「百年以上ぶりだなァ!! シャバの空気ィ!!」