蒼い炎が燃え上がる。
不定形だったモノに確かな影が出来上がっていた。
それは人。
よく知る人。
妃和にとっては身近にあった、焔に巻かれた彼女の姿。
――――陽向葵の、身体。
「んッんん!! あァ、良い調子だァ、声も万全ッ。ははッ、やっぱりコレだよコレェ! 肉体が有るってのは気分が良い! まァ、ヒトサマのモノってのがちょっとアレだが」
響く声はまったく同じ。
違っているのは話し方とトーンだろう。
意識だけが丸ごとすり替わっているようだ。
……いや、厳密に言うならば。
葵の身体だけが、その炎に呑まれてしまったのか。
いつか奪い取った、悠のパーツなんかと一緒の要領で。
「しゃあねえよな。もう死んじまってる命だ。贅沢言える立場じゃねえってよ。けどな、悪いがそういうモンなんだ。私らの役割というか、仕事っつうか。まあ、システムみてぇなアレだよな。そう組み込まれてるから、余程じゃねえと歯止めなんざ効かない」
橙色の髪が変色していく。
肌は炎と同化するよう揺らいでいた。
戦闘部隊の制服も、整った容姿も、なにからなにまで葵そのもの。
なのに――けれど――別人だ。
細かい所作が、身の振り方が、声の出し方が、喋り方がまったく違う。
受け入れがたい現実は思考回路を停止させるのに十分だった。
妃和は呆然と、目を見開いてその姿を眺めている。
ワケが、分からない。
「もともと私は割り切りできるほうだし、人でなしのするコトだって思えばなんとでもなるけどな。枯木にはちょっと荷が重かったか。まあ、あいつはあいつでそれも良い。……しっかし残念なコトに、それで萎えちゃうようなもんじゃないんだな、私は」
「――――――」
「要約するとヒト殺すのが私らの役目だ。全力で遂行するから、せいぜい全力で抵抗してくれよ? でねぇと全員死んじまうぜッ」
「…………おまえは」
「あん?」
視界が定まらない。
意識が保てない。
身体がふらつく。
分からない、分かりたくもない。
頭痛はおさまった。
どこからか脳髄に響いていた声はすでに鼓膜を震わせる音になっている。
つまり、それは、あの言葉を発していた存在は
、
「――――おまえは、なんだ? 総司令を……母さんを、どうした?」
「……てめえさ。分かってるコト聞くなよ。なんだそりゃあ。手前で理解してるような事実をなに確認取ってんだ。腑抜けてんじゃねえ」
「なに、が」
「コイツの肉体はもう私のモンだってコトだ、小娘。さっさと得物構えろ。わざわざ起きてやったんだから、気合い見せろよ現代人ッ!」
戦闘部隊総司令。
陽向葵は名実ともに人類の最高戦力だ。
その討伐歴からも強さの程は伺える。
まさしく何十年、何百年に一度という逸材。
たかだか怪物一体ならどうなろうとも勝利してみせた。
例え、他の仲間が悉く死んでいったとしても。
「――――――――」
認めたくない現実が冷気となって心を伝う。
酷く悲しいハズなのに、頭は嫌というぐらい回りだしていた。
彼女の精神はこういう場面にこそ強い。
誰かを失ってしまったショック。
自分と近しい相手を取りこぼした喪失感。
それらに慣れているからか、そういうのを感じる器官がガタついているのか。
とても、冷静に頭が回る。
考えたくもないのに、想像したくもないのに。
分かってしまう。
理解してしまう。
あそこにあるのは肉体だけ。
残っている身体のみ。
悠のような特異性がない限り、奪われたものはどうしようもない。
だから。
――――もう、
「しっかり受け止めて、ちゃんと認めろ。でもって踏ん張れよ。それが人間サマだろうが。最後の最後まで全力振り絞れよなァ! 病人だって必死こけるんだぞォ!!」
蒼炎が威力を増す。
気のせいか増幅のスピードが速まっているようだった。
葵の身体を得たコト。
眠っていた意識が目を覚ましたコト。
そのどちらもが引き金になっている。
加えてなにやら、本当の熱量さえ混じってきているようで。
「 ――――
ニヒルに歪む口もと。
空気を震わせて怪物は天に祈りを捧げる。
それは自身の胸から発露したものではない。
赤の他人同然の、肉体に染み付いた残滓。
ふざけているのはその所業だ。
他人の願いを汚すように引き摺り落とす。
その手で持って身勝手に支配する。
ただの道具と使い潰す。
「
瞬間、視界を覆う蒼い火炎。
今度は純エーテルだけではない。
肌が、肉が、骨が。
真樹のつくった世界すら、現実にあるエネルギーに歪んでいく。
「ハハハハハハハッ!! どうしたァ! そんなんじゃユニにはまるで届かねえぞッ! この時代をどうにかしたいんじゃねぇのかよォ!!」
背中から生える肥大化した炎翼。
人体と融合した燃える蒼色。
いまの彼女には三つの力が備わっている。
純エーテルを燃料とする蒼い炎。
際限なく出力を上昇させる悠の兆角醒。
そして、葵から奪った身体で行う天体擬きの権能。
……ああ、一体。
どこを探せばこんな化け物が、出てくるのだろう――?
「なに……あれ……」
「……悪夢かなんかかよ、オイ」
「ふざけてるわねえ……これ、ちっとも夢じゃないってところが、とくに」
「あっはははは……まじッスか……総司令、アレと一緒になってんスか……?」
「――――ふむ。なかなか、いや。とんでもないな。コレは」
真樹すらも冷や汗を流しながら呟く。
遠巻きに見ているだけでそれだ。
至近距離で相対している妃和の気分は如何ほどか。
当然――――
これ以上ないほどに、冷えきっていた。
「――――――」
鉄潔角装を構える。
兆角醒の火を回す。
怒りは心を支配する前に消費しきった。
現状、あるのは不気味なまでに凍てついた思考のみ。
ほう、と小さく息を吐く。
準備はそれだけで十分だった。
「――――すまない。母さん」
言葉は短く。
反射的に銀閃は走った。
「――――――へぇ?」
ばっさりと。
切り裂かれた首筋から、血液の代わりに炎が噴出する。
〝――なるほど。中身はもう違うのか〟
「思いきりがいい。迷いもねえ。つうかなんだ、おまえ。驚いてたんじゃねえのかよ」
血も通わない肉体なら好都合だった。
妃和の炎は対象以外のすべてを灼き尽くす。
それが無機物であっても有機物であっても、ましてや純エーテルで出来たものでも関係ない。
火が付き燃えて焼き殺す、という絶対的な効果。
なら、その身体はすでに対象ではない。
「――――――――」
「……んだそのツラ。やべぇ顔してんぞおまえ。色がなさすぎだろ。ぶっ壊れてんのか。そりゃヒトじゃねえ。現在絶賛人外の私が言うんだからお墨付きだぜ」
「私は人間なのだが」
「そういう応答できる時点でおまえ人間じゃねえよ?」
「…………、まあ、いいか」
とりあえず、当面の目標は変わらない。
「まだ心臓は持っているだろう。私たちの狙いはそれだ。だから、早急に取り返させてもらう」
「おう。いいぜ来いよ。ちょっと不気味だがいい塩梅だ。楽しめそうで」
ガチン、と撃鉄の落ちる音。
それは妃和の心の中で響いた大事なスイッチ。
言われたように、いまの彼女は色がない。
その意味が分かるのは、きっとこの場で自身だけ。
冴えすぎた思考だけが、その証明を果たしていた。