純潔の星   作:4kibou

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12『蒼火の雌鳥 前編④』

 

 

 生きていて思い悩むこと。

 胸につっかえていて苦しいこと。

 

 いつまでも存在していた心の異物。

 受け入れがたい己の歪み。

 

 それがいまは、どうでもいいぐらいにかき消えている。

 

「――――――」

「はははッ! なんだ、なんだよてめえ! 本気でどうかしてるぞ!!」

 

 頭はおかしなぐらいスッキリしていた。

 靄がかっていた思考のノイズがすっかり晴れている。

 

 おかげでなにをするにも時間がかからない。

 

 火の鳥の肉体は葵そのものだ。

 兆角醒さえ操るのなら、その身体能力だって殆どコピーしているようなもの。

 

 まともに打ち合っては妃和が勝てる道理はないだろう。

 ――――それが本当に葵の技能で、彼女がまともだと定義した場合は。

 

「なァ、おい。見えてねえのか……!」

「…………、」

「腕がッ、千切れてんぞッ! 片っ方しかねぇ腕がよォ! それでどう剣を振るって――」

 

 問答無用で蒼炎の鉄潔角装を返しながら刃を走らせる。

 千切れている、というのは些か過剰表現だった。

 

 せいぜい肉が裂けてぶらつく程度。

 骨は露出ていないし動かそうと思えば動く。

 身体機能として死んだとしても、純エーテルを回せば無理やり動かすことだって可能。

 

 ――そう、いまの妃和の素質はほぼ悠と同程度の域に有る。

 無理やり上げられたモノではあるが、事ここに至っては有り難い祝福だ。

 

「正気じゃねぇな!! やっぱぶっ壊れてんだろ!!」

 

 剣を交えながら神経を集中させる。

 ただひたすらに葵の身体を視界へおさめる。

 

 細かな差異、普段から見ていたからこそ分かるおかしな部分。

 

 ――――片方の目の色が違う。

 

 悠の瞳だ。

 

 強引に入れ替えているのだろう。

 わずかばかりの炎を漏らしながら、忙しなく動く黒瞳の眼球。

 

 なら、彼女たちが求めている一番大事な奪還対象は。

 

「…………そうか、そこか」

「あん?」

「いや、分かりやすくていいものだなと」

「んだよそりゃァ。おまえ、家族に情とかねえの? 別にいいけどよォ」

「おまえは家族じゃないだろう」

「この身体はてめえの親のモンじゃなかったかァ?」

「いまはそれより優先しなきゃならないコトがある」

 

 赤火を薙ぐように放出する。

 距離を取った怪物はわずかばかり後方へ。

 

 妃和は得物を構え直しながらゆっくりと息を吐いた。

 ……肉体の損傷と兆角醒による影響。

 それらを踏まえてどこまでなら使えるかを考える。

 

 もとより人体は消耗品だ。

 いずれ擦り切れて壊れる結末を早めているだけに過ぎない。

 

 そう考えれば無理も無茶も安いもの。

 目の前の怪物を相手するのに差し出して構わないものだ。

 

「――――なるほどねェ。こりゃあやべえ。がしかしちょうどいい。そんぐらいじゃなきゃこんな莫迦げた時代、生き残れねえよなァ」

 

 スッと、火の鳥の手が虚空を掴むようあげられる。

 

「上出来だ。そろそろこっちからも行くぜ?」

 

 〝     〟

 

 言葉が発されるのと、妃和の視界がブレるのは同時だった。

 二十メートルはあった距離が一瞬で縮んだ。

 

 目で追えない。

 なにが起きたのか理解する前に衝撃が飛んでくる。

 

 ――――めしゃり、と。

 

 腹を中心にくの字へ折れ曲がっていく身体。

 偶然下を向いた視界でようやく気付いた。

 

 ……立っている場所が違う。

 怪物が跳び退いた場所から数メートル先。

 向こうが動いたのは間違いないが、同時にこちらもその気が無いのに動いている。

 

 つまり、

 

 〝――――引っ張られた、のか――――〟

 

 蹴り抜かれて吹き飛ぶ身体。

 千切れるように掠れていく意識。

 

 ブチブチと鳴る嫌な音は己の腹部からだ。

 背骨はボッキリ逝っている。

 内臓も何個か潰れてしまって感覚がない。

 

 ――――呼吸が、うまくできない。

 

「ッ――――――――」

「ハハハハハハハッ!! いいね! 即死しないか! 流石はユニの加護だ! そんじょそこらと耐久力も違ってくるか! だったらッ」

「えッ!? ちょ、なになに!?」

「めっちゃ吸い込まれ――吸い――ちがッ、引かれてる!?」

「総司令の能力だッ! あの野郎が使ってんのか!?」

「おおおおおお!? こ、これヤバいっスね! かなりピンチッス!」

「一先ず揃って嬲る!! 不公平はいけねえだろォ!?」

「よ、余計なお世話――――!?」

 

 蒼炎を中心に展開される強大な引力。

 抵抗は不可能に近い。

 

 葵と違って制限を外した能力は劣化しても脅威的だ。

 

 地に足をつけられていたのはたった数秒。

 そこからは身体が真っ直ぐに敵の元ヘ向かっていく。

 

「けれどッ」

 

 揃って鉄潔角装が引き抜かれる。

 刃の切っ先を向ける方向は誰もが等しく。

 

 引き寄せられるのならそれを逆手に取れば良い。

 周囲一帯に引き下がっていた全員からの突貫だ。

 

 このままいけば、向こうに回避の手段は無く――

 

「――――――はッ」

 

 ぐにゃり、と三日月みたいに口が歪んだ。

 その容姿からは普通考えられない表情。

 

 ――――直後、葵の身体が無数の火炎となって弾け飛ぶ。

 

 〝あ――〟

 

 標的はかき消えた。

 目の前に攻撃するべき対象はいない。

 

 引きつける力はまだ残っているようだ。

 

 

 

 鮮血が散る。

 

 それぞれが誰かの刃に刺し貫かれていく。

 

 妃和の炎を纏っていたのが本当に幸いした。

 生命力を灯すお陰で、傷を負っても重傷にまでは陥らない。

 

 ……十分、血反吐をまき散らすぐらいな怪我ではあるが。

 

「ご、ほッ……!?」

「なんッ、あァ……! あんの、化け物ォ……!」

「うちらのッ、総司令の顔で……なんていう……!」

「まずいッス……! やばいッスよ……! これ、手も足もでなッ……!」

「――――――――ッ」

 

 上空で集まった蒼炎が再度人型をつくる。

 

 熱量に変化はない。

 大幅に力を使って削がれるなんて概念は向こうにない。

 

 エネルギーに関していえば悠の兆角醒がある時点で論外だ。

 スタミナ切れなんて狙おうにもどうすれば切れるのか、といったところ。

 

「――――次はてめえだな? 此処つくってんのはおまえだろ」

「……喋る怪物というのは初めてだな。興味深いが、ああ、貴様、ちょっと悪趣味が過ぎないか? 私でも引くぐらいなものだが」

「化け物相手になに言ってんだよ。趣味悪くて当然だろぉが。てめえら殺す装置だぞ?」

「それもそうだなッ」

 

 生み出される水流の槍。

 相手に効くのはすでに実証済み。

 

 真樹の兆角醒は未だに無事稼働している。

 その操作が崩れるコトはない。

 

 故に、攻撃としての威力は十分残っていて、

 

「足りねえよッ!!」

「ぐッ――――!!」

 

 顔を掴まれて地面に押しつけられる。

 身体中の純エーテルが焼かれていく感覚と、実際の皮膚が爛れる感触。

 現実も幻想も燃やす交ざり合った火炎

 

「――――いまの間に全部落としたのか! 凄いなッ、流石に!!」

「んだよ褒めんなてめえ! ちょっと楽しくなっちまうだろ!?」

「そうか!! ではもう少し楽しませてみせようか!!」

「あァ!?」

 

 ――――直下から水流が噴出する。

 

 真樹の身体だけを見事に避けて飛来する水刃。

 こればっかりは避けきれない。

 

 

 蒼炎が傷口からこぼれていく。

 

 

「やるなァオイ!! 褒美だボケェッ!!」

「ごッ――――!!」

 

 ボールのように蹴り抜かれて吹き飛ぶ真樹。

 この場に於いて絶対的なのはただひとつ。

 

 燃え盛る蒼い火だけがただ揺らめいていく。

 

 

 

 

 

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