「どォしたぁ!! その程度かよォ!?」
塵のように投げ捨てられる人の身体。
いくら純エーテルの加護があろうと傷の度合いは生死に直結する。
無事な人間なんてひとりもいない。
一方的な蹂躙は続いていく。
蒼炎に焼かれた肢体がゴロゴロと転がっていく。
見れば真樹によってつくられた青空も崩れだした。
――――本格的に、まずい状況。
「まだちょっとしか楽しめてねえぞ! それともなんだァ。やっぱり
ガリガリと乱雑に頭髪をかきながら怪物が呟く。
何度も言うように陽向葵の身体は最上級の代物だ。
それでいてようやく肉体としてまともに扱えるのなら、他の隊員たちではどうしようもない。
彼女の言うとおり身体が耐えきれず崩壊してしまうのだろう。
「こ、の――――ッ」
「妃和ちゃんは、どうしてるの……? 無事……?」
「向こう、めっちゃ吹き飛ばされて、る……っ」
「てか甘根隊長もやべえんだがッ。生きてんのか、あのヒト……」
「まだ兆角醒が残ってるうちは、生きてそうッスけど……」
最悪なのは起死回生の手段がひとつずつ潰されていく状況だ。
真樹の兆角醒が切れかけている。
同時に妃和の赤い火でさえも段々と薄れていた。
対して相手の熱量は増えていくばかり。
悠の出力増加と葵の能力が交ざり合った結果、火力が冗談じゃないほどにまであがっている。
「いいね。根性あるのは好きだぜ。でもなァ、もちっと頑張れよ? 傷ひとつ付けられないんじゃ仕方ないと思うんだが?」
「いやアンタに言われたくないわ!」
「そう思うなら手加減しろバーカ!」
「つか話通じてる!? 会話オーケー!? こういう不毛な戦いやめません!?」
「バカてめえら。怪物相手に悠長に交渉持ち込むなボケ。私は容赦なく全員殺すぜ?」
「話になんないッスよ!! マジで!! 皆さん気合い入れてくださいッス!!」
「つうわけでオラッ! 喧嘩の時間だァ!!」
地面を爆ぜながら進む蒼火の雌鳥。
葵の兆角醒を使わずともその速度は音を越えて余り有る。
火星から地球に、落下地点から日本列島まで一瞬で辿り着いた飛行能力はシンプルな脅威だ。
「――――――ッ」
誰もが決死の覚悟で鉄潔角装を構える。
彼我の実力差は先ほどの段階で十分判明した。
圧倒的だ。
勝負にならない。
それでも諦めて敗走というワケにはいかないのが現状。
なにせ彼女たちの目的は怪物に勝つコトではなく。
〝ああくそッ、こんな状況で心臓狙えとかちょっとアタマおかしー!〟
奪われたモノを取り返すコトだ。
「全員遅ェッ!!」
振り抜かれる蒼炎の刃。
軌道から予測しようにも走る炎は真っ直ぐではない。
折れ曲がり、旋回し、軌跡を描きながら迫る灼熱。
接触した瞬間も、傷を負った感覚も分からなかった。
ただ、遅れて熱いモノだけがこぼれていく。
〝や、ばッ……!?〟
〝なんだアレ、あいつ、マジでなんなんだよォ〟
〝無理無理無理ィ……!! どうすんのこれェ!!〟
〝えぐいッス。ちょう痛いッス……いや、本気で……〟
〝どうにもならないわよォ……〟
「ハハハハハハ!! んだよ、オイ。終わりか? 終わりなのかァ!? ほらほら、私はまだ元気だぜ、現代人諸君? まさか見逃すってのか!?」
〝マジで何様だよアレッ!!〟
〝怪物様だろぉな……〟
戦力は削られていく。
いくらなんでも怪我を引き摺って戦えるほど彼女たちは馬鹿げていない。
そんな芸当を可能とするのは人間としての器を完璧に越えている化け物だけだ。
妃和だって相性の差でどうにか攻めるコトができていただけ。
この場に於いて、素の力で挑めるようなヒトは存在しない。
「誰も立たねぇか? 抵抗の手段は? ……無いんなら終わりにするぞ。後始末をつけてやる。ここに墓をたてて――――」
ぽちゃり、と微かに音が響いた。
地面になった海原が小さく揺れる。
その異変に気づきかけた直後。
「――――あァ?」
ゆるりと。
海の底から這い上がるように伸びてくる、
――――赤火の、腕が。
「てめッ――――」
「――――あぁあぁあぁああぁああッ!!!!」
炎が走る。
刃が煌めく。
鋭く放たれる鉄潔角装。
血みどろになった姿のまま、水中から妃和が顔を出す。
それは兆角醒としてつくられた世界の自由さ。
真樹によって支配された空間を最大限に利用した隙の突き方だ。
――――切っ先が、胸に吸い込まれていく。
「てめえッ!! はははッ!! ぶっ飛ばされて気ぃ失ってたんじゃなかったのかよ!!」
「あの、程度で、失うものか……!! 捉えたぞ、貴様ッ……貴様ァ!!」
「ああそうだな! 捉えてやがる!! だが浅ぇ!! まだ届かねえぞオイ!!」
「――――だったら!!」
「!!」
繋がる声は背後から。
振り向くまでもなく浴びせられる殺気に予感する。
前後からの同時攻撃。
その狙いはすべて怪物の心臓めがけて。
避けられない包囲網が、完成していく。
〝だがそいつはどうだ? さっき囲んだ攻撃から逃げたのを学習しないのは――〟
「――――なに?」
思いかけて、怪物の動きが止まる。
身体を散らせない。
どころか、炎の威力が段々と薄れていって――
「ッ、てめえ!! そうか!! 私の身体に刺してやがったなァ!! そこから全身に広げたか!!」
「だからッ、捉えたと、言ったハズだ……!」
「いいぜッ!! なら無理やりにでもてめえぶっ飛ばしてッ」
「できるならばなァ!!」
「ッ!!」
ぎしり、と動かした手足がピタリと止まった。
まとわりつく水流の鎖。
幾重にも回されて頑丈に縛り上げられている。
炎で吹き飛ばそうにも間には挟まれるよう回る赤火。
問答無用で灼き尽くす力に対抗されてそこまで届かない。
それは真樹の水流も同じだが、彼女だって常に純エーテルを回し続ければ維持は可能だ。
「こ、んのォ――――――――」
どすん、と胸をつく衝撃。
背中から突き刺された刃が深くまで沈んでいく。
「――――――――」
溢れていく蒼炎の出血。
上昇していた出力が嘘みたいに消えていく。
貫いた心臓は炎に焼かれて燃え尽きた。
残ったのは視覚情報を補う瞳だけ。
最早そこに、彼の力を扱える道理はない。
「――――返して、貰ったぞ」
「……ハハハハハッ、やるねェ、いいぜッ、てめえら」
ニヤリと笑う怪物。
胸の傷は即座に塞がっていった。
もとより心臓ひとつでその命は揺らぎもしない。
致命傷とならないのは承知の上だ。
それでも、こちらに戻ってきたものがある。
確認はできないが、いまはそうであると祈るしかない。
「だがな」
「ッ」
……目眩がしたのかと思った。
それぐらいに唐突な景色の歪み。
時空の捩れ。
「そんなんで終わりだと思うのは、大間違いだぜ?」
いつからか。
きっとそれは微かな隙間故に。
浅い、と告げられた瞬間を思い出す。
背中からの斬撃は怪物の身体に傷をつくった。
もっといえば穴をあけたのだ。
その穴を修復する瞬間だろう。
――――妃和の切っ先が、離れている。
「なッ――――」
「吹き飛べやァ――――!!!!」
蒼炎が噴出される。
ボロボロの身体は為す術もない。
妃和は自身をどうにか守り切るので精一杯だ。
他がどうか、なんて。
「――――――――」
考えられも、しないのに。
見えた。
見えてしまった。
蒼い火に囲まれて、その得物を手からゆっくり離しながら。
消えていく誰かの影を。
焼かれていく誰もの影を。
――――また、見てしまった。