「ハハッ、ハハハッ、ハハハハハハハハ――――!!」
燃える世界に響く哄笑。
火炎の舞う水面の上で火の鳥は肩を震わせている。
兆角醒でつくった空間はすでに三割が剥げかけていた。
おそらくはあと数分すら保たない。
「――いやァ、生き残ってんな、何人か。ハハハッ、大満足だよチクショウ。実力足んねえのはそうだが、揃って命懸けてんのは素直に凄えよ? 余程選りすぐりとみた」
葵の声で語られる賞賛に満ちた言葉。
普段なら士気を上げる音も今となっては気持ちを引き摺り墜とす要因だ。
なんとか蒼炎の爆発を耐えた彼女たちの心すら折りに来る。
勝手なコト、何様だと言いたいのはその通り。
けれども実際問題、相手に上回られているのは現実で。
「だから、まぁ……そうだなァ。私も私で、一発ドデカいもん見せねえとな?」
怪物の正面に蒼火の熱量が集束していく。
周囲に溢れた純エーテル。
彼女自身が放つ能力としての蒼い炎。
そこへ更に葵の兆角醒を加えた、神秘による極限の焔。
――そんなモノがぐつぐつと、音をたてながら広がっていく。
「火を飛ばすだけじゃガスバーナーと変わんねえし、ひとつ物は試しだ。芸術はなんとやらってモンだろ? 私自身、再生は得意だからよ。自爆技だが油断すんな」
「――――――ッ」
ならば、アレは。
「ここら一帯吹き飛ばすッ!! 止められねえとは思うが、せいぜい頑張ってみるか、覚悟決めろよ!! みっともなく命乞いしても無駄だぜェ!!」
そんなモノは聞かない、耳を貸さない、意味がない、というところだろう。
火球はどんどんとその大きさを増していく。
成長のスピードはなかなかに速い。
一秒経てば二倍へ、二秒立てば四倍へ。
わざわざ説明されずとも理解できた。
――あんなものが弾ければ、全員もれなく死ぬに違いない。
「…………ッ、ああ、くそ、動かね……ッ」
「ダメージが、尾を引きすぎてるのよ……!」
「……………………ッ」
「――――――――」
「んん? おォ。足掻くヤツは足掻くな。……つうか生きてるヤツだけ足掻いてんのか! なんだよなんだよ。ハハハハハッ!!」
全身に純エーテルを回しながら、妃和は片手の鉄潔角装を握りしめた。
兆角醒の赤火は弱まりつつもまだ残っている。
立ち向かう気力も、闘志を維持する心もなくしてはいない。
――――けれど駄目だ。
あまりにも傷を負いすぎた。
いくら祝福を受けていても所詮器は人のモノ。
彼女の素質が意図的に引き摺り上げられたとしても、素のスペックは変わっていない。
なにより諸刃の剣を振るっているような妃和は、聖剣使いからも言われたように討伐までの力を残せないのだ。
焼け爛れた皮膚、至る所からの出血、数え切れないほどの外傷。
そんな状態でここまで戦えたコト自体が異常だった。
本来なら最早彼女に立ち上がるような身体は残ってもいない。
だから、まともに原形を保っているだけで奇跡の領域で。
「――――――――――ッ」
カラン、と得物が手から滑り落ちていく。
身体が動かない。
手足の感覚が戻らない。
純エーテルの治癒を待つのでは遅すぎる。
赤火のメリットを受けられるのは彼女以外の人間だけだ。
妃和本人にとっては命を縮める炎。
だからなのか、肉体はとっくに限界を迎えていたのだろう。
それが致命的な怪我で一気に爆発した。
……どうにもいまは呼吸をするので精一杯。
そんなハズはない、まだやれる、と気力を振り絞っても手足が言うコトを聞いてくれない。
ああ、駄目だ。
間に合わない。
いま、火球が、蒼色の光を鮮烈に放って――――
「終いだ。楽しかったぜ、てめえら」
……視界が白んでいく。
五感が何かに呑まれて消える。
音と、
光と、
ありえないぐらいの衝撃。
自分が生きているかどうかさえ分からない生死の狭間。
もう意識を手放してしまおうと諦めかけた瞬間に、
――――誰かの立ち上がる、音を聞いた。
「勝手に終わらせてくれるなよ、怪物風情が」
女性にしては低い声。
影のカタチは人にはほど遠い。
まるで壊れた人形みたいだった。
引き摺っている足も、ぷらぷらと揺れる手も、半分ほど焼き切れた顔も。
全部が全部、生き物として完全に終わっている。
生きているのが不思議だった。
意識があるのが信じられなかった。
だってあんなシルエットは死体と同じだ。
もう生命が続く事を許されない、砕けて割れた器そのもの。
「――――後を頼んだ。総員、命を繋げ」
そうして閃光が、押し寄せて。
◇◆◇
――――気付けば、眼前の景色が切り替わっていた。
青色の空と水面が消えている。
崩れかけていた世界の面影はどこにもない。
あるのは蒼炎に燃える瓦礫の山。
本部の跡地だ。
場所で言えばなんら変わっていない。
なのに、真樹の兆角醒によってつくられた空間とは違う。
つまりは、
「――――ッ!?」
虚空から響く爆発音。
見れば正面の空間には純エーテルの蠢くなにかがあった。
壁のように内側を囲う神秘の層だ。
〝――――まさか〟
ボロボロと崩れていく見えない隔たり。
土塊のように純エーテルが砕けていく。
周囲には妃和と同様の姿が数人。
息のあるものは全員が壁の外へ飛ばされていた。
空間を越えた対象の出入りである。
それを操作できるのはただひとり真樹だけの特権だ。
「――――――――」
偽りの世界は消えた。
朽ちた幻想は現実に塗り潰される。
融けるように剥がれていく純エーテルの壁。
そこには文字通りなにもない。
誰かが戦っていた痕跡も、死体も、なにもかも。
吹き飛ばされてしまって、肉片ひとつ残らない。
「――――アハハハハハハハ!! 凄えなッ!! コイツ、抑えやがった!! てめえの空間ひとつで!! 周りへの被害をたったひとりでなんとかしやがったッ!! そのうえ生存者までつくるとか、どんだけだよやべーなオイ!!」
ただひとつ、耳障りな声をあげる蒼い怪物を除いて。
「けどなァ。逃がす場所ってのもあるだろ。こんな目の前におかれちゃ、最後まで掃除してやんねえとって気分になっちまう」
「…………ッ」
「後片付けまでして、手を抜きたくはねえしなあ」
ゆっくり、ゆっくりと。
一歩ずつ、戦闘部隊の軍靴を鳴らしながら。
揺れる蒼炎が近付いてくる。
「まずはてめえからだな。なんか最後に恨み言でもあるかよ? 聞くぜ?」
「――――…………そう、だな。……殺されて、しまうな」
「あん? ああ、まあ、そうだな。殺されちまうな、てめえ」
ゆっくりと。
たしかに地を踏みしめるように。
その価値を知らしめるように。
蒼火の雌鳥は実に緩慢な動作で妃和へと手を伸ばした。
「………………私に、その気はそもそも、あまりなかったんだが」
「……あァ?」
「やはり駄目だな。どうも、年上の話は、間違いがない」
「……ワケ分かんねえコト言ってんぞ、オイ」
「――――私じゃ貴様を、殺せない」
「――――そうだなッ!!」
断頭台の刃は燃えながら。
一瞬のうちに命を奪うよう、容赦なく怪物は火炎を振るった。
星が流れる。
本気で死ぬと予感した直前だった。
願いを背負って、
「ありがとな。助かった。サンキューだぜ妃和」
ようやく、届いた。
「――――は、るか……ッ」