ずっと、届かない景色を見ていた。
抜き取られた己の眼球。
まだ死んでいない離れた身体のパーツは繋がり続けている。
偏に流崎悠という命の特異性故だ。
だから、手出しのしようもない光景ばかりを見せられた。
奪い取った瞳をぐるぐると動かして、
奪い取った心臓を無理やり稼働させて、
蒼い火の怪物は殺戮と破壊を撒き散らす。
それは別に彼がやったコトではない。
ただ一番間近で、その惨状を目撃しただけ。
大きな建物を壊して、
たくさんの人を殺して、
傷付いた躯を癒して、
その隙を戻ってきた人に襲われて、
追い払うようにまた人を殺す。
――ふざけているだろう。
そこで振るわれる力も、そこに介在する
見当違いな話ではあるが、犯罪の片棒を担いだような気分に近い。
己の兆角醒が人殺しの手伝いをしている。
怪物が振りまく災厄の手助けとなっている。
決して良いものではない。
最悪だ。
参ってしまう。
意識ははち切れんばかりにどうにかなりそうだった。
それでも身体は動かない。
心臓がないからどうしようもない。
だから。
ずっと、ずっと。
ここからでは手の届かない景色を見せられる。
腹が立つ、気にくわない、もどかしい、悔しい。
多くの感情、多くの衝動が心を掻き毟った。
彼女たちの奮戦。
陽向葵の喪失。
血みどろになった妃和の姿。
力尽きていく隊員たち。
たったひとりで爆発を抑えこんだ、真樹の最期。
全部を見た。
奪われた瞳で視認した。
記憶はたしかに残っている。
夢だ幻だと断言できるような根拠はない。
――己の肉体が脈打ったとき、迷いは微塵も存在しなかった。
「いいの?」
飛び出そうとする身体を少女が呼び止める。
雰囲気と気配。
あとは出で立ちでどことなく分かった。
麻奈や伽蓮とまったく同じ。
世界から疎外されているような別物じみた命は、聖剣使いの特徴だ。
……どうしてそう判断できたのかは、彼自身まったく理解できなかったが。
「貴方、もう後がないわ」
「あぁ、そうだな」
「大人しくしていたほうがいいと思うけれど」
「そいつは御免だね」
「……意味がないでしょう」
「意地があるだろォが」
少女がわずかに瞠目する。
ストレートな返答が驚愕に繋がったのか。
くつくつと喉を震わせて悠は笑う。
なんともまあ、表面上は分かりにくいが――
ともすれば前の二人より随分と良心的な聖剣使いだ。
「……
「もちろんだ。なんせ随分と深い付き合いみたいだからな。
「なら、どうして」
「惚れた奴がいるんだよ」
これまた即答。
繰り返しのように彼女は声を詰まらせた。
そうして悠がまたくつくつと笑う。
「妃和がいる。あいつが頑張ってる。必死でやってる。だったらてめえのコトなんざ心配してらんねえ。優先順位は明白だ。悪いが俺にとって命より大事なモンってのは
それがなんなのか、誰なのかなんて語るまでもない。
果たして美沙が彼の言を聞いていればどう思っただろう。
成長か、はたまた完成されていた彼という人間の劣化と捉えるか。
悠にとってなにより優先してきたのは自己だ。
自分自身を貫くコトで彼は彼自身の人間性を育てていった。
その衝動も、感情も、なにもかも己の内から発露したなら貫き通す。
そんな人間が。
自己の欲求を押し通してきた世間知らずが。
いまは違う理由を胸に秘めて、武器を取ろうとしている。
「止めてくれんな。どうなろうが俺は行く」
「例え、破滅の道中だったとしても……?」
「当然だろ。なにが怖くて足を進めるかよ。――――決めたからな。
かくて少年は流星のように飛び去った。
到着まできっと数秒もかからない。
誰かの願いをその身に背負って。
多くの当たり前をそうじゃないと両断して。
星の反逆者は空を翔る。
「――――ええ、そうね」
「やはり、奔星というべきかしら」
「……貴方も一緒でしょう? すぐに、熱くなるのだし」
「……私は、もっと。冷たいままで、いられるけれど……?」
「…………負けず嫌いは貴方よ、カイナ」
◇◆◇
空色の光が蒼炎を払う。
力の差を見せつけるにはそれで十分だった。
目覚めてから数分も経っていない状態だ。
なにせ彼は今の今まで心臓もないまま寝込んでいたのである。
純エーテルの生成など当然出来るはずもない。
――――それがどうだ。
いま、怪物と妃和を隔てるように現れた少年の、神秘の総量は――――
「――――ハハッ、ハハハハッ!! ハハハハハハハハ――――!!!!!」
明らかに、彼女の熱量を上回っている。
「ああッ! 懐かしいなァ! 二度目だ!! 久々だろォ!? 会いたかったぜハル!! もう元気になったのかァ!? てめえとんでもないなァ!! 昔とは大違いじゃねえかッ!!」
「――――てめえのコトなんざ知るかよ」
「オイオイ吐かすなよ分かってんだろ!? 分かってん
「うるせえ、知らねえ。そんな古ぼけた虫食いだらけの本みてぇーな
「だが〝ハル〟って呼ばれてた記憶はあるんだなァ!?」
「だから〝ねえ〟っつってんだろそんなもんはァ!!!!」
刃を弾きながら、腕に妃和を抱いて悠は後方へと飛び退いた。
怪物の中で潰れた心臓は完全に消えてなくなっている。
すでに治癒の阻害をしていた条件はない。
最高峰のレベルで発揮される純エーテルの加護がすべてを覆した。
負傷の度合いも、人と怪物の差も蔑ろにする唯一無二の特異性。
簡単に向こうの攻撃を返すあたり、膂力ですら彼のほうが全然上だ。
「人の命をなんとも思ってねえようなクソ女なんぞ俺の知り合いに居るかよ!! いい加減にしやがれ夏鳥ィ!! てめえ意識保ってその様とは何事だアァ!?」
「やっぱり覚えてんじゃねえかァ!! 嬉しいねェ!! 最高じゃんかよォ!! どうだハル! 久々に見た私の姿への感想とかくれよォ!!」
「
「ハハハハハハハハハ!! そうだそうだ!! 私の身体じゃなかったなァしくじった!!」
けらけらと笑う蒼い火の鳥。
煽っているようでもなければ、妃和たちの時みたいに挑発目的のものでもない。
なにも気負っていない自然体だ。
まことに信じがたいコトだが、悠との会話を単純に楽しんでいるように見える。
……それでようやく、ボロボロの心身に怒りが湧いてきた。
その肉体は母さんのものだろう、とか。
貴様と悠は一体どんな関係なんだ、とかとか。
明らかにやる気が違うのはおまえちょっとどうなんだ、とかとかとか。
「――――まぁいい、あんな奴。それよか妃和、生きてるかよ。生きてるよな」
「……ああ。生きてるよ。おまえが生かしてくれたんだ。……もう、何度も」
「そいつは上々。ちょっと待ってろ。――――あのバカ、ぶち殺してくらァ」
「…………勝てるのか……?」
「当然だろ。てめえ、俺を誰だと思ってやがる?」
あまりにも自信に満ちた断言だった。
お陰で、本当に、すっかり全身から抵抗する力が抜け落ちていく。
この安心感は、そうそうない。
「そうだな……おまえだもんな」
「おうとも。俺だ。俺なんだよなァ! だからさァ……!」
そっと、気遣うように妃和が地面に下ろされる。
見上げれば目の色が変わったのが見えた。
これ以上ないほどの臨戦態勢。
気勢を上げた少年が、銀色の刀身を閃かせながら吼え叫ぶ。
「――――止まれねえよなァ!!」
例えそれが、自滅に近い道のはじまりだとしても。