純潔の星   作:4kibou

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13『蒼火の雌鳥 後編⑤』

 

 ごしゃり、と顎骨に衝撃が響く。

 炎ではなく赤黒い鮮血が盛大に飛び散った。

 

 揺らぎはしない。

 燃えてはいない生身の拳。

 

 火の鳥は完全に蒼炎を切った状態で、彼のもとへ拳を届かせた。

 

「――――こ、のォ!!」

「ハハハッ!! おらッ、どうした!! てめえまさか、能力(チカラ)に頼りっぱなしで何も出来ねえとか言うんじゃねえだろうなァ!?」

「あァ!? 喧嘩売ってんのかてめえ!!」

「だから喧嘩の時間だっつっただろォ!?」

「上等だよクソ化け物ッ!!」

 

 振り子のように引かれる少年の頭。

 身構えるまでもなく、その照準がぴったりと怪物に合わせられる。

 

「ごッ!?」

「そっちがその気ならこっちもそうしてやらァ!! てめえッ、夏鳥ィィイイ!!!!」

「――――ハハッ! いいね!! やっぱりおまえはハルだよ!! ハルだな!! ああそうだハルだった!! ハハハハハハハッ!!」

「死ねボケェーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 モノが焼ける音、何かが爆ぜる音。

 

 そればかりが支配していた戦場が、いまは鈍い音だけをたてている。

 

 地面に増えていく血痕。

 飛び散っていく蒼い残火。

 

 最早その肉体のみが切り札となった怪物と、

 折れ砕けた鉄潔角装を創ろうともしない叛逆の使徒。

 

「ッ、はッ――ハハッ――――嗚呼ッ、嗚呼!! ハルッ!!」

「な――んだッ――――ボケェ!!」

「――――ッ、ひ、……ッひひ、――――私、さァッ!!」

「あ、ァ!?」

「――――大好き、だったぜェ!! おまえのコトッ!!」

「そんッ、なのォ――――」

 

 拳を握る。

 渾身の力を全身から絞り出す。

 

 怒り狂っているのもあってか、打てば響くように彼女との戦闘では口が回った。

 

 他の怪物たちではまともに話をするコトなんてできない。

 だからといって目の前の少女がまともかと言えば、そんなこともないだろう。

 

 すでに人外の化生へ墜ちた身。

 彼から見ても、彼女自身からしても――まともであるような理由など存在しないのだ。

 

 

 

「――――知ってたに、決まってんだろォがァ!!!!」

 

 

 

 瞬間。

 

 その瞳で。

 彼のモノだった眼球で。

 

 怪物はわずかに瞠目した。

 

 理由は明白。

 古びていた人の心が残っているのなら、それはきっと埃を被って仕舞われていた骨董品(アンティーク)。

 

 もはや使い物にならない、錆び付いたモノだ。

 

 

 

「――――ああ、そうか! そうかよォ、ハル!!!!」

 

 

 

 それでも、その瞬間だけはたしかに人らしく。

 

 彼の記録に残る誰かを思い起こさせるような顔で笑った。

 

 ……まったく馬鹿げている。

 それでいて、同時に本気でふざけている。

 

 一体なにがどう転んだのかなんて悠には分からないし、正直どうもいい。

 けれど、だからといって何も思わないかと言えば別だ。

 

 率直にいって、最悪な気分。

 

「ははっ! はははははははは!! ほんッと! 嫌になってくるなァ!! ハル!! こんなのさァ!! 私らとしては、堪ったもんじゃないだろォ!?」

「だったらッ、やめろやてめえッ!! なに簡単に従ってやがる!!」

「そりゃ仕方ねえ!! 負けたからよォ!! ははは!! ぶち殺されたんだ!! ユニに!! あたしら全員!! 敗者は勝者に従うのが常だろ!? 逆らえねえんだなァこれがッ!!」

「――――バカがよォ!! 揃いも揃って、てめえらはァ!!」

 

 胸の奥はすでにぐちゃぐちゃだった。

 湧き出る怒りの理由が多すぎる。

 

 苛立ちは溜まる一方だ。

 文句が浮かんで止まらない。

 

 ふざけている、気に入らない、気にくわない、どうして、なんで――――

 

 ――――こんなに、救いようがないのだと。

 

「バカだ! バカだろ!! バカなんだなァ!! たかだかガキひとり死んだ程度で、こんな歪んだ世界が出来上がってんだからなァ!? どうしようもねえよ!! そんなのはッ!!」

「ああバカだ!! バカだよなァ! はははははっ!! なにが幼馴染みだよ!! 私のほうがよっぽどおまえに優しかったのに!! よっぽどおまえのことを知ってたのに!! なにを今更そんな独占欲発揮してんのかなァ!? そうだろォ、ハル!!」

「てめえが俺のなにを知ってたってぇ!?」

「おまえが黒髪長髪の女が好きだってぐらいは知ってたぜぇ!? なんせそのためにわざわざ染め直したからなァ!!」

 

 今度は彼が驚く番だった。

 というか色んな意味で一瞬固まりかけた。

 

 こいつ、いま、なんて言った?

 

 

「んな情報持って来てんじゃねぇ!! 知らねえよ!! そりゃあ前の俺だろうがッ!! ぶっ殺すぞッ!! てめえ夏鳥ィ!!」

「マジギレしてんじゃねえよッ!! もうぶっ殺し始めてるだろォ!!」

「それもそうだったな!! じゃあこのまま潰す!! 跡形もなくッ!! 大体いまの俺は違うからな昔とはッ!!」

「そのわりに仲良くしてた小娘はちゃんと黒髪長髪だったなァ!?」

「うるせえボケェーーーーーーーッ!!!!」

 

 この戦闘中一番の咆哮だった。

 

 怪物の頬を捉えた拳が振り抜かれる。

 

 鉄潔角装がなくても彼の性質はそのまま。

 徒手空拳ですら叛逆の概念は消えない。

 

 殴り散らされた蒼炎はたしかに残っていく傷だ。

 

 こんなものは生き物の強弱なんて関係ないただのぶつかり合い。

 だからこそ、心は当たり前のように躍った。

 

「はははっ! はははははははっ! ありがとう! ありがとなァ!! ハルッ!!」

「なにをッ! 言ってッ!! やがるッ!?」

「戦ってくれてありがとう! 元気でいてくれてありがとう! ここまで生きてくれてありがとう! 私らを嫌ってくれてありがとう! 私らを憎んでくれてありがとう! 私らを覚えていてくれてありがとう!」

「うるッ!! せえッ!! なァッ!! オイ!!」

「――――――私らを殺そうとしてくれて、ありがとう!!」

「――――こォんの、クソバカ野郎ォ――――――!!!!」

 

 ひときわ高い打撃音。

 怪物の胸を拳が打った瞬間、ぐちゃりと潰れる音を孕んだ。

 

 たしかなものとした肉体は、すでにボロボロで形を失いつつある。

 

 肉片の代わりに炎が散っていたようなもの。

 器だけが壊れていると楽観視できる間は過ぎた。

 相手が悠である以上、常識も当たり前も通用しない。

 

 取り込んだ身体なら失っても大丈夫。

 そんなことにすら、能力(チカラ)は有効に働いているらしい。

 

 命が、魂が。

 

 存在が、揺らいでいる。

 

「――――はッ、はははッ……いやァ、もう、終わりかァ……」

「逆にッ――……まだ、やんのかよ。てめえッ……」

「名残惜しいんだよ……察してくれよなァ……はははッ――――……ひひ」

 

 ゆったりと、緩慢な動作で彼女が拳を握る。

 

「――――これで、正真正銘、最後だァ……!!」

「――――ああ、そうかい、だったらッ――――」

 

 爪が食い込まんばかりに、力強く、彼は握りつぶすように拳をつくる。

 

 

 

「――――じゃあなァ!! ハル――――――ッ!!」

「これで終いだなァ!! 夏鳥ィ――――――ッ!!」

 

 

 

 水気混じりの、肉を打った鈍い音。

 

 崩れ去る影はただひとつ。

 

 

 勝者は荒い息を吐き出しながら。

 敗者は弾けた身体を投げ出しながら。

 

 

 

 

 

 ――――此処に、勝敗は決した。

 

 

 

 

 

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