純潔の星   作:4kibou

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13『蒼火の雌鳥 後編⑥』

 

 

 

「――――はは。あァ、完敗だ」

 

 からからと笑う少女の声。

 

 同化した肉体は形あるものとしての役目を失っていたらしい。

 地に臥した身体がボロボロと崩れていく。

 

 風に散る灰のように、吹けば飛ぶ草木のように。

 蒼火の残骸が、千切れるように流れていった。

 

「……満足、したかよ。夏鳥」

「そいつは愚問だろォ」

「だったらもう未練はねえな」

「あるもんか。いや、もともとあった気がするんだが――」

 

 最後の最後、引導を渡したのがこの少年だった。

 

 それだけでなにもかもがどうでもよく思える。

 かつての友人に殺されたコトも、死後にすら良いように利用されていたコトも、人を殺すだけの機能に貶められた事実も。

 

 全部が全部、いまの幸福に比べれば些細な問題だ。

 

 だから、十分。

 

「くだらねえ時間だったが、過ごした甲斐はあった。そこだけは感謝しねえとな」

「あのクソ女にか? 冗談きついぞ」

「ははッ、言うね。けど正論だ。実際、私も結仁には文句がいっぱいあるしなァ」

「恨み言のひとつも吐けてねえのか。怪物も悲惨だ」

「所詮は化け物。人の道から外れた天敵。そういうこったよ、ハル」

「…………そうかい」

 

 脳内で記録を探る。

 

 夏鳥慧深(えみ)

 

 平成■■年■月■■日生まれ。

 探せばどこにでもいそうな、ちょっとガラの悪い女子。

 

 はじめて出会ったのは彼が中学にあがったばかりの頃だ。

 初対面の最悪な印象から、なんだかんだでよく話す間柄にまでなった相手だった。

 

 性格はいたってシンプル。

 喧嘩っ早い、考えるのに向いていない、気に入った相手はとことん懐に入れる。

 なにより自分のなかで決めたコトをそうそう曲げない。

 

 それは誰かのなかで鮮烈だった印象なのだろう。

 いちばんに輝かしいのが〝彼女(ユニ)〟であっても、それ以外は眼中にないというほどでもなかったようだ。

 

 きっと、知らないうちに魂へ影響を及ぼしたほど。

 

「……けど、残念だ」

「……なにがだよ」

「届いちまったんだろ、おまえ。ちょっと早すぎたな。今度ばかりは、もう少し人生楽しんでも良かったろうによォ」

「ばーか。こんな世界で楽しめるもんかよ。なにを生きがいにするってんだ」

「生きてるだけで楽しいもんだろ?」

「よく言う。怪物のくせに」

「はははっ――こいつは手厳しい」

 

 死人と言わなかったのは気遣ってか、それとも偶々か。

 消えゆく少女を見つめる悠の顔は、どこか悟ったような色がある。

 

 この先の道筋、辿るべき末路。

 

 神秘の奥底に触れ、空の向こうに手をかけた人間がどうなるのか。

 

 分からないワケはない。

 なにせ彼は導かれた特別だ。

 

 いまのすべてが流崎悠というひとつの命を求めて創られたのなら、おのずと答えは胸に出てくる。

 

「仕方がねえだろ。こればっかりは。だからまあ、考え方の問題だ」

「……へえ、どんな?」

「巡り巡ってようやく来た機会ってな。折角のチャンスだと笑ってやるよ。約束してやる。夏鳥。おまえも含めて()()()、まとめてぶん殴って来てやらァ」

「――――はッ。なんだ、ハル。おまえ、やっぱ覚えてんじゃん」

「いいや、ぜんぜん?」

「嘘つけぇ」

 

 くすりと笑う声。

 

 時間は当たり前のように過ぎた。

 すでに彼女は一部しか残っていない。

 

 終わった命、終わった戦い、終わった身体。

 

 すべて、彼が終止符を打ったもの。

 

「けどまァ、好きにしろよ。ハルの人生だ。好き勝手にすればいい。なにもかも」

「もともとそのつもりだが。俺はそういう人間なワケで」

「はははははッ――――ああ、そうさ。なにもかも、なァ――――」

 

 消えていく焔の残滓

 どこかへ集めるのでもなく、どこかへ逃げるのでもなく。

 

 それが完全に大気へ溶けてなくなるのを見届けて、悠はひとつ息を吐いた。

 

 蒼火の雌鳥

 収容所と本部を襲撃し、陽向葵の身体を奪った前代未聞の怪物。

 人類へと大打撃を与えた災厄は、ここに鎮められた。

 

 完全な消滅という形で。

 

「…………、」

 

 ゆっくりと呼吸をくり返す。

 

 疲労も体力の消耗も、思っていたほど深刻ではない。

 たしかに辛いところはあるが、彼にとってはまるで平気なぐらいだ。

 

 問題なのは別のところ。

 

 ……人間の器が壊れている。

 有り余る神秘と祝福に包まれて、肉体が解けつつあった。

 

「――――――」

 

 頭蓋のなかで響く声はやけにうるさい。

 

 彼女が呼んでいる。

 たまらなかった。

 

 本当、ここまで心をかき乱されるのは久しぶりすぎてたまらない。

 

 好き勝手叫んでいるのもそうだが、今し方消えた元友人相手になんとも思って居なさそうなのが余計悠の逆鱗に触れた。

 

 衝動が溢れだす。

 拳から血が滲まんばかりに握りしめる。

 

 ここまで感情を燃やしておいて、

 ここまで突っ走っておいてなお、胸の憤怒(ねんりょう)が消えてなくならない。

 

 いい加減、どれも限界だ。

 

「……静かにしろよ。なんなんだおまえ。ここまで救いようのないバカは初めてだ。気持ち悪い。ストーカーはどっちだって話だろ、まったくよぉ」

『嗚呼、ハルカ! 私の幼馴染み! 私の最愛のおまえが、もうすぐそこにいるのだなッ!! そうなんだな!!』

「知るかよ。うるせえ。キンキンキンキン喋りやがって。耳障りだ」

『ふふっ、ふふふふふっ! あははははは! ハルカ! ハルカ! ああッ、私はいま、ハルカと話しているんだなっ! なんて幸福だ!』

「…………勝手に浸ってろ、畜生め」

 

 ガリガリと頭をかきながら瓦礫の上を歩く。

 

 火の鳥の消滅と共に蒼炎は消えた。

 本部跡地はいまや焼け焦げた建物の名残しかない。

 

 人類を脅かす怪物は――――この惨状を巻き起こした元凶はもういない。

 

「すこし待ってろ。いま行ってやる。その前に」

 

 ――遠く、海岸線の向こう。

 

 暗雲立ち籠める海上で、ひとつの違和感を垣間見る。

 

 予測も推理も関係ない。

 感覚だけで彼はその状況を理解した。

 

 かつてその〝肉〟を引き剥がされ、水底へと沈められた規格外。

 大勢の犠牲を出しながらも陽向葵に討伐された怪物の一匹。

 

 

 

 ――――衝撃と、爆音。

 

 

 

 穏やかだった海が瞬く間に姿を変えていく。

 周囲の大気が強引に引っ張られる。

 

 水飛沫は乱れるように渦を巻いていた。

 

「――最後にひとつ、仕上げといこうや」

 

 祈るような女神の石像。

 それを核として出来上がる仮初めの実体。

 間違いない自然の脅威を纏って、怪物が姿を現していく。

 

「いっぺん倒されてるから意識はねえよなァ。可哀想によ。折角だから言い合いのひとつでもしたかったもんだが……」

 

 吹き荒れる風。

 逆巻く海原。

 

 波は高く、砂も埃も――軽い瓦礫すらパラパラと飛んでいく。

 

 故にこそ、目の前にいるのは話に聞いた討伐歴のある手合い。

 アメリカ大陸全土を踏み荒し、最終的に葵によって止められたかつての災厄。

 

 

「どうせ喋れても、夏鳥とそう変わんねえか、てめえらは」

 

 

 

 ――――嵐の、巨人。

 

 

 

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