光が爆ぜる。
大気を呑みこむ。
消えた音と目映い輝き。
それは戦闘というにはあまりにも一方的な、敗残兵の処理だった。
振り下ろされた刃はたったの一度だけ。
込められた純エーテルの総量も、能力による後押しも、いまの彼にとっては然程本気に至らない。
当たり前のように剣を振って、当たり前のように斬り殺す。
ただそれだけで事足りた。
ただそれだけで結実した。
流崎悠として生きてきた十七年分。
もはやこれ以上はないというほどの最盛。
――有り余った衝撃が、激突と共にはじけ飛んでいく。
砕け散る女神像。
空気に馴染んでいく異様な風の運び。
怪物が人類の天敵というのなら、たしかに彼の相手ではないだろう。
人外の領域に立った神秘の化け物に勝てる存在など居はしない。
故に、
「――――――いや、思ったより呆気ないな。こりゃあ」
ボロボロと身体が崩れていく。
肉体が空色の粒子になって融け出した。
理由は単純。
規格外の純エーテルは彼の生まれ持った素質を以てしても制御できない。
体内を循環するだけで全身が擦り切れる。
いくらソフトが優秀でも、ハードが追い付いていなければ意味がない。
ヒトとしての限界点はそこだ。
同時に、そこが終着点であるコトを明確に示されている。
「とんだモンになっちまった。外に出ただけでこんな目に遭うんだから、美沙の言ってたコトはあながち間違いでもなかったかもなあ」
くつくつと笑いながら悠は独りごちる。
恐怖はない。
あるのは腸が煮えくり返るような想いと、妙な期待感。
弾む胸をおさえるように刃を握り締めた。
柄が砕けんばかりに強く、強く。
空に融ける己の身体を見つめながら、ただ笑う。
「けど、やっぱ後悔はしてねえよ。色々あったが、まあ退屈しない時間だった。これまでも、きっとこれからもな。俺はこの道を選んで最高だったぜ。だから、よォ――――」
意識が薄れる。
視界がぼやけていく。
感覚はすでに途切れた。
肉体がどこまで残っているのかも分からない。
消えるように解ける命。
魂の軽さにわずかばかり驚く。
でも不思議と、その感覚は知っていた。
慣れていた。
どうしてかは分からない。
たぶん、そういうコトが何回かあったのだろう。
彼だけの話ではないこと。
誰かに限った状況じゃないこと。
生命は流転する。
魂は巡り廻って戻り来る。
それがこの
……同じ名前、同じカタチに生まれたのは誰かの手が入った必然でしかないけれど。
彼はきっと、そういう流れに身を任せた人間だった。
百年の歴史を越えていま一度。
――――空の向こう側で待つ、少女に手を引かれて。
◇◆◇
「掴まえたぞ、ハルカっ」
◇◆◇
気が付くと、暗い夜空の上にぽつんと立っていた。
見渡せば光る星がいくつも見える。
どこなのかは分からない。
見慣れた景色も知っている誰かの顔も一切見えない星の海。
呆然と、昔読んだ古い本でこういう
「ふふっ、ふふふふふっ」
――――ふと。
正面から、女性にしては低めの笑い声が響いてきた。
怪訝に思いながら悠は視線を向ける。
無限に広がる星空から、眼前にある異物へ。
なにもかもがスケールの大きなモノで構成されている中、それだけがチープで、だから余計に異質だ。
一言でいうなら玉座。
仰々しい装飾の施された三つの椅子。
本来なら埋まるはずであろうそれらのうち、二つは空席のまま
おそらくもう使い物にはならないだろう。
残った中心にはひとり――――頭蓋を震わせるほど衝撃的な、美人が座っている。
「…………あんた――――」
――――ずきん。
目眩じみた頭痛。
真っ白に染まる世界のなかで、女性の顔がハッキリと見えた。
額から伸びるイッカクのような螺旋を描く鋭い角。
白と黄褐色と茶色が混ざった奇妙な頭髪。
瞳の色は深い緋色で、彼を慈しむように見つめている。
「――――てめえ」
「ふふふふふふふふっ」
「なァにが――」
刃金を生み出す。
瞬時に鉄潔角装を握りしめる。
すでに空間での純エーテルの有り無しは関係ない。
彼自身が神秘を生み出す炉心そのものだ。
一度発動してしまえばそれこそ後は振りかざすだけ。
爆破的に上昇していく出力が、彼方に向けて放たれた。
「おかしいッ!!!!」
「――――おかしくはないさ」
ふわりと漂う懐かしい香り。
見ればすでに彼女は玉座から降りていた。
振り抜いた刃の先は虚空だけが広がっている。
……そっと、柄を握りしめる手に触れる温度。
肌を這う指は艶やかで、割れ物を扱うように繊細だ。
妙にこそばゆい。
同時に――――残った理性から、果てしない嫌悪感が湧いてくる。
「いきなり乱暴だな。好ましくはあるが、話ができないのは酷く悲しい。すこし落ち着け。なにも、取って食おうというワケではないぞ?」
「うるせえ。黙れ。手を離しやがれ」
「……それはダメだな」
「離せ」
「嫌だ。離さない」
「てめえ――――」
「――――もう二度と、離すもんか。おまえの、この手を」
震えたのは一体なんの意識か。
誰の魂か。
どんな心境か。
きゅっと、合わせるように手を握られる。
背後から迫った彼女は悠に体重を預けた。
肩に顎を乗せて、わずかに少年の横顔を覗きながら。
――ぽろぽろと、涙を流して。
「ようやく会えた。ようやく触れた。嗚呼、嗚呼ッ――――私は、そうだ。私は、幾つもの昼と夜を越えて、年月を迎えて、それでも諦めずに願っていたのだ。それが、いま、ようやく――――」
成就する。
「ふふ、ふふふふふっ、あははははははっ」
「――――ッ、こ、のォ……!」
「っ、ああ、もう、そう暴れてくれるな。時間は沢山ある。急ぐことなんてないだろう。しっかり、じっくり、確かめ合っていけばいいんだ」
「なにを確かめるってェ!?」
振り抜いた剣を後ろへ回す。
手応えはない。
剣閃は再度虚空に閃いて、無為に空間を裂いていった。
代わりに、ゴトリと響く重い音。
彼女はいま一度玉座になおって、満面の笑みを浮かべながら悠を見遣る。
〝こいつ――――〟
「無論、色々だ。本当に、色々。……ずっと待っていた。夢見ていた。おまえとまた出会えるその日を。またこうして、ちゃんと話せる未来を。百年、いつも待ち続けた」
「――――――――」
「……さっき、なにがおかしいと訊いたな? そうじゃないんだ。嬉しいから、楽しいから、良いことだから、好きだから――――笑ったんだ。おまえと会えてから、どうも口角があがってしまって仕方ない。許してくれ。耐えられないんだ。だって、本当なら、いまだって、そうだ。もう、ずっとずっと、私の気持ちが爆発しそうで――――」
「…………なにが言いたい?」
「精一杯、我慢、してる」
「……そうかよ」
とてもつまらなさそうに彼は吐き捨てた。
おそらくは印象によるもの。
彼にとって目の前に映るモノがなんなのか、決まり切っている。
「先ずは、そうだ。紅茶でも飲んでゆっくりしよう」
「ひとつだけ訊くが」
「? ああ、どうした。なんだ? なんでも訊いてくれ、ハルカ」
「てめえがアイツらを
「ああ、夏鳥たちのことか? まあ、そうだな。やったのは私だが」
「だったら話は早ぇ」
どこから出したかポットとティーカップを持ってくる彼女に、変わらぬ殺意と刃を向ける。
「――――てめえが俺の、敵でいいんだなァ!!」
「――――違うな。私はおまえが大好きな嫁だよ」