「なァにが――――嫁だぁッ!!」
唸りをあげる純エーテルの
体内の
はじめから判断はついていた。
余分な思考が入る余地はない。
紛うことなく、目の前の存在は敵だ。
仇敵だ。
勘違いも誤解もない。
今この場に於いて、出せる全力のこの女にぶつける――――!
「まったく……家庭内暴力とか、私、あんまり好きじゃないぞ」
とん、と椅子から降りながら彼女がくすくす笑う。
本当に対処する気があるのかどうか。
動作は緩慢だ。
感覚は張りつめるどころか弛緩しきっていた。
油断も隙もありすぎる。
どこからどう打とうがこの一撃は当たると確信して、
「ま、まあ。尤も? おまえに殴られるのは、ちょっと、こう、なんだ。……はしたないコトなんだが、興味が……あったり、する…………」
「――――――――は?」
刹那の言動に絶句する。
彼女の言い分があまりにも歪んでいたから、ではない。
たしかにそれも理由のひとつだが、肝心なのは他の部分。
――見れば悠の手元にはなにもなかった。
撒き散らしたはずの純エーテルもどこかに消えている。
強固に創造した鉄潔角装と、超高濃度の活性化した神秘の粒子。
どちらもが、跡形もなく。
「なん――――だ、てめえ?」
「あッ、い、いや! 忘れてくれ! いまのはとても、おかしなコトを言った。ごめん。久々ともなると、こう、ついな? 気分が上がってしまって」
「違うだろ。違う、だろうが。てめえッ、いま、なにをした?」
「う、うん? なにって、ハルカ。それは……純エーテルだろう?」
「だから、なんだ」
「純エーテルは私から生まれたものだぞ? それをどうして、自在に扱えて不思議がる?」
「――――――――」
冗談じゃない。
蒼い火がまだ可愛く思える。
それほどのデタラメな権能。
すなわち、彼女にとって神秘とは手足も同然。
生かすも殺すも自由自在。
そこにある鉄潔角装と純エーテルを消し去るぐらい、片手間で出来るということだ。
「……やっぱり驚いているのか? おまえらしくもない。もっと堂々と構えているだろう、いつものハルカなら」
「――……おまえが、俺のなにを、知ってやがる」
「ふふふっ……知っているとも。なにせ唯一無二の幼馴染みだ。色々と、知っているんだよ。おまえのことなら」
「それは前の俺だろうが。今とは違う」
「同じだよ。なにも変わらない。おまえはおまえだ、ハルカ。心の色も魂の鮮やかさもそのままだ。だから分かった。だから好きなんだ。だから――――ここに連れてきた」
確信をもって彼女は断言した。
ふわりと微笑む絶世の美女。
その容姿は完璧と言えるぐらいに整っている。
きっと世界の誰も汚せないと錯覚してしまうぐらい見事だ。
――――でも、そうじゃなかった。
それは知っている。
記録を通じて知ってしまっている。
だからどうしたと切り捨てた情報のなかで、その部分だけは酷く拭いがたい。
おそらくは〝彼〟という意識であるがために。
「なあ、ハルカ。ここがどこだか分かるか?」
「……知らねえよ。興味もねえ」
「そう言うな。私だってちょっとは自慢したいんだ。聞いてくれ」
「………………、」
「そもそも、おまえは何度か耳にしただろう? 彼奴から」
「あぁ? なにを」
「空の向こうだ」
一歩、踊るように彼女が足を踏み出す。
「神秘の根源。宇宙の最奥。世界の始点。……おまえたちが生きていた空間と異なる場所。すなわち此処には、私しかいない」
「……へぇ。そんなとこでふんぞり返っていたワケか。長い間、ひとりぼっちでよォ?」
「となると思っていたんだがな。いやはや事実は小説よりなんとやらだ。おまえのために組み上げた世界で、まさか居るとは想定していなかったんだが」
「はぁ?」
「惜しいことに、おまえで五人目だよ。この領域に辿り着いたのは」
――がちり、と。
不気味なパズルのピースが合った音。
思えば戦闘部隊の誰もが兆角醒を到達点としていた。
その先を目指そうとしたことなんて、
その先があると確信していたのだって、
その先への可能性を促したのだって、
いつも、人々の枠組みから外れた誰かだった。
思い出せ、と内心で悠は己に語りかける。
ゆっくりと、息を吸って吐きながら。
たしか、そう――記憶が間違っていなければ。
聖剣使いの人数は、いまのところ何人だっただろう――?
「はじめて来たときはびっくりしたものだ。有無を言わせず勢いで放り投げてしまったよ。おまえに敵わずとも良い男でな。……彼に惚れた彼奴は、ずいぶんとセンスがいい」
彼が出会ったのは三人。
紺埜麻奈。/
子波伽蓮。/
十藤緋波。/
いつだったか忘れたぐらいのとき。
話に聞いた時代遅れな一匹狼は全部で四人だという。
そうしてその全員が、どこか致命的にズレた世界を眺めている。
「折角の逸材だ。私が認めた人間だ。無くすのは惜しいだろう? 使い手もろとも魂を固定化してしまえば寿命で死ぬコトもない。頂上に立つ
時間の流れから取り残された誰か。
ずっと長生きだと嘘もなく語った少女を思い出す。
病気でもからかっているのでもなんでもなく。
本当に、真実彼女は年月を重ねた人特有の重みを持っていた。
その理由に、察しがつく。
「……また怖い顔をして。奴等は幸せものだぞ? なんだかんだで想い人と添い遂げた者達だ。これ以上の幸福がどこにある? ――ああ、ちなみに私も、ちょっとだけ、うん。やってみたいとは思ってたり、する。……使うのでも使われる側でも、私はどちらでも構わんぞ?」
「俺はどちらでもごめんだ、畜生」
「そうなのか。それは少し残念だ」
「そぉだな。俺も残念だ。とっても、めちゃくちゃ、残念で仕方ねえよなぁ」
こぼれたため息は予想以上に重かった。
もっと気楽に吐くつもりだったのに、がっくりと肩が下がっていく。
彼は呆れている。
嘆いている。
気落ちしている。
目の前の存在すべてに、彼女の今までに。
そこまで心に響かないだろうと思っていたコトは、どうにもそうでなかったらしい。
けれど、やっぱり。
それ以上に湧いてきて、それら全部を塗り潰していくのは。
「――――おまえ一体いつからそんなクソ野郎に成り下がった?」
「ふふっ、心外だな。辛辣なおまえもいいが……私は不変だぞ?」
「んなワケあるかよ。変わり果ててるぜ。腐敗臭まで漂ってくらァ」
「私はいつ何時おまえと会ってもいいように最高のコンディションを保っているが?」
「死ねよ」
「死なないな。おまえと再会したんだから」
空中で創造して放った鉄潔角装が砕け散る。
破壊音さえ聞こえない見事な粒子化だった。
もしもコレが全力で潰されに来ていたら、恐ろしいどころのものではない。
圧倒的な力量差は見るものを絶望の淵に叩き落としていく。
彼らにとっての武器は彼女にとっておもちゃ同然。
目の前にいる相手に向けて、一番強い唯一つの刃だけが向けられない。