純潔の星   作:4kibou

78 / 87
14『空の向こう側④』

 

 

 

「そもそも、私はそう簡単に死なんぞ? なにせまだ後継者がいないからな」

「……妙な理屈だな。都合が良すぎるだろ。夢でも見てんのか?」

「そういうものだ。この時代は私のつくりあげたものだからな。当然、都合も良い」

 

 結仁(カミサマ)は笑みを崩さない。

 余裕を持って少年へと近寄っていく。

 

 彼は表情を緩めない。

 握りしめた拳からは血が溢れていた。

 とめどなく起こる感情の渦に、知性と理性がゴリゴリと削られる感覚。

 

「この地球(ホシ)のルールだ。神秘は時代によってその在り方を変える。その性質を変える。私を含めてこれまで九つ。時には隠され、時には多くの人に認知されながら歴史を紡いできた。呪いとか、魔術とか、超能力とか――――そんなものはすべてがその時代の首領(わたしたち)から溢れた神秘のルール。純エーテルというのはすなわち、そういう類いのものだ」

 

 古くは天上の神々が位置する場所として。

 時代の流れと共に隠された指導者として。

 そして文明の発展と共に忘れ去られていた大原則。

 

「おまえと私が共に生きていた時代は()()()のものでな。己の権能を二十の魔法(チカラ)に分けて人々の中に宿していた。大気に存在する神秘もただのエーテル、魔力だったか? いまとは別物だった。私とは違う、異能が表に出てこない時代だ。気付かなければ普通に生きて死んでいく」

 

 悲しげな顔は誰を想ってのものか。

 彼女の向ける感情が何に対してなのかは言うまでもない。

 

 たったひとり、ただひとつ。

 

 そう何度も口にしてきておいて、今更間違うハズもない。

 

 あの時の彼はなにひとつ気付くことなく、

 なんの事件にも巻き込まれることなく、ただ生きて死んだ。

 

「もともと私は()()()()に近い存在だからな。知らなかっただろう、ハルカ。私、もともとは人間じゃなかったんだ。いや、人になってからも実際、人らしくなかったな。……それを直してくれたのは、おまえだ。ハルカ。おまえが私を、ちゃんとした人間に――――女にしてくれたんだ」

「…………俺が?」

「そうだ。莫迦な私を、愚かな私を、醜い私を変えてくれた。おまえの愛が。おまえの好きが私の心に響いたんだ。とっっっっっても心地良かった。あの瞬間を私は忘れない。――――おまえに恋をした、あの時を」

「…………そうかよ」

 

 なんだか。

 いま。

 無性に、腹が立っている。

 

 理由は不明。

 

 彼ではぜんぜん分からない。

 でも、心はうるさいほどがなり立てていた。

 

 比べれば簡単なコト。

 

 莫迦なのはどっちか。

 愚かなのはどっちか。

 醜いのはどっちか。

 

 彼に執着する前と後で、おかしいのはどっちなのか。

 

「……変わってるよなぁ」

「? ハルカ?」

「ちょっとおかしいんだわ。そいつさ。けど、随分しっかりしてた。餓鬼の頃から自分(てめえ)があって、意志が固くて、自分自身の感覚を貫ける強さがあった」

「…………ハルカ…………」

「格好良いじゃねえか。正直惚れるのも分かる。きっと()()はそうだった。てめえの幼馴染みになれたのは偶然でも幸福だったろうさ。なんにせよ特別な立ち位置だ。なんだかんだで優しくもしてもらえて、最高だったろうよ」

「……そうか。おまえは――――」

「 だ が な 」

 

 

 神秘が渦巻く。

 星空を覆い隠すように空色の光が充満した。

 

 脈打つ心臓(ろしん)、焼け付く血管(かいろ)

 

 限界を超えてなおチカラを手繰り寄せる。

 

 

「てめえは駄目だ」

「――――――、」

()()に惚れてる。俺に執着してる。それ以外をどうでもいいと思ってる。いまのてめえはてんで駄目だ。最悪だ。惚れる価値もないただの屑だ。それが共通見解だ。分かれよストーカー。常識がねえのか、それとも知らねえのか。だったら教えてやる」

「……なにをだ?」

 

「結婚は互いの同意がねえとできねえよ。ひとりでやってろこの喪女が」

 

「――――――――――はははっ」

 

 顔をおさえて結仁が声をあげる。

 立ち上がっていた彼女の身体がふらついた。

 

「ははははは……っ」

 

 玉座に手をつく。

 倒れるのをなんとか堪える。

 

 脳内では水音のような何かが反響していた。

 どうにも沸騰しそうで気分が優れない。

 

 ああ、なんて――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――良いな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ?」

 

 なんて、

 

「生のおまえの罵倒が、とっても心地良い……ッ!」

「――――――きめえ」

「はははっ……仕方ないだろう! だって、おまえ! 百年ぶりだぞ! 何を聞いてもそれは興奮するに決まっている! 例え罵倒でもだ!!」

「だからそれが〝きめえ〟んだろ、おまえ!」

「大体、駄目だからどうした!? 嫌いだからなんだ!? 私は知っているぞ!! なあハルカ!! どれだけ冷たくあしらわれても! どれだけ邪険にされても! 諦めずにただひとつの恋心を抱え続けた()()を!!」

「――ああ、そんなバカもいたなァ!」

「だから私は諦めない!! おまえと共に在る夢を!! 共に過ごす未来を!! そうだ!! いつかはきっと叶う!! おまえの恋が、私を振り向かせたように!!」

 

 人の想いこそが無限の可能性なのだと、彼女は謳うように。

 

 

 

「そのためなら、私はなんだってしてみせよう!!」

 

「そうか! だったら今すぐ死ねよ紺埜結仁ィ!!」

 

「それは無理な願いだなッ!! ハルカ!!」

 

「だったら殺してやるよォ!! おまえが神秘のなんだろうがァ!!」

 

 

 

 再度、悠の手に鉄潔角装が握られる。

 その周囲に空色の粒子が撒き散らされていく。

 

 純エーテルとは結仁そのもの。

 彼女の願望、本質、心の奥底をひとつの法則として流出させたこの時代の神秘だ。

 

 悠が上手く扱えるのは至極真っ当である。

 ――なにせ彼の活躍を望んだのは彼女だ。

 

 彼に似通った人間ほど適性値は跳ね上がる。

 ――故に空の向こうへ手を伸ばした全員が男だった。

 

 そして、男に害を与えるのも。

 ――彼女を強姦(ヨゴ)(コロ)したのは、紛れもない男性(ソレ)なのだから。

 

 

「はははッ! まだやるのか! おまえらしいな! そういうのは大好きだぞ!! だが無駄だ! 純エーテルは私のものだと言ったろう! ならその手で行う反撃はすべて無意味になる!!」

 

 

 虚空に手をかざす結仁。

 

 侮るなかれ、見誤るなかれ。

 態度こそアレなものの、彼女は正真正銘この時代における神秘の覇者。

 

 秘密の首領、隠された指導者、超常を統べる存在だ。

 

 なればこそ、それが純エーテルである限り彼女には届かない。

 

 

「俺の反撃がなんだってぇ!?」

「――――――なに?」

 

 

 本来なら。

 

 

「どぉした! 消すんじゃなかったのかよ!! てめえの権能で砕くんじゃなかったのか!? 神秘の支配者なんだろう!! おまえェ!!」

 

 

 振り上げた鉄潔角装に欠落はない。

 空色の光は途絶えない。

 

 彼は神秘のすべてを完全にコントロールしていく。

 

 際限なく上昇していく出力。

 唸りを上げて爆発する閃光、熱量。

 彼女の手によって消し去られるはずのモノたち。

 

 くり返すように純エーテルであれば、結仁にどうにかできないハズはない。

 

 ――――ただひとり、彼を除いて。

 

 

「気に入らねえ」

 

 

 膨大なエネルギーが夜空に展開される。

 

「神様気取って時代だ権能だと、自分(てめえ)こそが絶対に偉くて強えんだと思ってるそのザマが気に入らねえ。反抗だってしたくなっちまうだろ。なあ、オイ。結仁」

「おまえ――――ッ」

「てめえが語ったのは純エーテルだけだ。俺のコイツに関しちゃ別ってことだよなァ? なにが無駄だ? 無意味だ? てめえがどうにかできると思った時点で、()()()()()()()()させてぇだろォ!!」

「――――叛逆の性質か! たしかに私のモノではないな! 地球(ホシ)の意思がおまえに擦り付けただけのコトだものな!」

 

 剣閃が走る。

 瞬きの間ですらない刹那。

 

 ――――あまりの速さが、全能の認識を追い抜いた。

 

 彼女の右腕から、が溢れる。

 

「なんッ……という!」

「まだだァ! 腕一本! 欠損ひとつじゃ足んねえだろォ!! その命でもって償えやァ!! 一体何人を殺したと思ってる!! おまえの気まぐれでぇ!!」

「あまりにも増えすぎた人を消してやっただけだろう!! おまえを求めるのなら最小限の人口で構わない!! 殺したのもおまえと相性の悪い人間が大多数だ! 残っている人間はおまえと馬が合っただろう!?」

「だから屑なんだてめえはぁぁああああああ!!!!」

 

 

 振り抜かれる刃。

 今度はその肩口を狙って。

 袈裟斬りに通るように。

 

 

「違うだろうが!! 違うんだよ!! てめえ!! いつからそんな莫迦になった!! そりゃあそうだ! 合う合わないは人同士ある! だがなんだ!! それが死んでいい理由になんのか!? てめえの嫌いな人間は全員死ねってか!! ふざけんじゃねえ!! 誰だって生きてる時間の価値は同じなんだぞォ!!」

「違うな!! おまえは!! おまえだけはッ、私にとっての至高だ!! 最上だ!! 他の何を差し置いてもおまえだけが一番なんだ!! だから!!」

「そのためなら人も殺すのか!! それがふざけてるって言うんだ!!」

 

 

 絶え間なく斬撃は入る。

 その肢体からとめどない血が流れていく

 

 彼は臨戦態勢だ。

 すでに心は殺意をもって剣を握ってしまった。

 

 対する彼女はいまだ対話の姿勢を崩さない。

 いくら切られても、いくら傷付いても。

 

「ああ殺すとも!! おまえを取り戻すために!! おまえと一緒になるために!! 他のなにがどうなろうと知ったコトではない!! あのとき、魔法使いどもをぶち殺して! 神秘の首領の地位と権能を奪い取った時から! 私はなんだってすると心に決めていたのだから!!」

「そうかよ!! 気分はどうだ!! 何人もの命を奪って手に入れた、俺との再会は!!」

「最ッッッッッッッ高だとも!!!!」

「莫迦がよ! だからてめえは駄目なんだ!! おまえと添い遂げるぐらいなら()()()()()()マシだなァ!! オイ!!」

 

「――――それは聞き捨てならないッ!!!!」

 

 

 

 瞬間だった。

 

 風が吹き荒れる。

 彼女の手に握られた槍が、純エーテルを振り払って刃を砕いた。

 

 鉄潔角装だ。

 

 あまりにも緻密で、あまりにも完成度の高い。

 すべての見本とすべきような練度の、武器の生成。

 

「死なせない。もう死なせるものか。奪わせるものか。おまえは生かす。なんとしてでも。待ち続けたんだ。死んだおまえの魂が、廻り巡ってこの世に宿るのを。記録があるのだ。分かっているだろう? 知っているだろう? 自分が、以前に一度死んだことを。それでなぜそんなコトが言える? そんな言葉を吐ける? やめてくれハルカ。私は嫌なんだ。私はもう、もう――――――」

 

 もう、二度と。

 

 

 

「――――おまえを、失いたくない…………!!」

 

 

 

 ふと。

 

 身体が、上手く動かなくなった。

 

 悠の意識は浮かんでいる。

 心臓の音が聞こえない。

 

 なんだろう、なにかがおかしい。

 

 ぐるぐると回る思考とは反対に、ズレていく何かの感覚を掴む。

 これは、一体、どういう。

 

 ――――なにが、起こっている?

 

「…………すこし、頭を冷やしてくれ。私もその間、おまえときちんと話せるように熱を冷ますよ。すまない、ハルカ。だが忘れないでくれ。私はいつでも、どこでも、どうなっても――――おまえを愛している」

 

 

 空の向こうに辿り着いた者の末路。

 世界に取り残された異端。

 

 誰もが望んでそうなったワケではない。

 

 大切な何かを護るために、

 大事な信念を貫くために、

 譲れないモノがあるために、

 叶えたい願いがあるために、

 

 ここまで行くしかなかったからだ。

 

「……それまでは、ああ、そうだな。彼女に預けよう。褒美だな。おまえの命を救ったあの子は、私にとっても恩人に近い。むしろ、あの子以外は認めたくないものだ」

 

 命が内側に沈んでいく。

 柔らかいはずの肉体が鋼のように硬い。

 

 生物としての在り方を蹂躙する変化/変態/変身。

 

 すべて神様の言う通り。

 人体を純エーテルとして分解した後、ひとつの形として魂と共に固定化する。

 

「いってらっしゃい、ハルカ。いずれまた会うときがくる。ゆっくりしていてくれ。私もそうする」

 

 そうしてそれは、音も無く夜空に溶けて。

 

 

「――――ひと先ずは。おまえが五本目の、聖剣だ」

 

 

 なにもかも、封じられて墜ちていく――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――まだだろォが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。