「そもそも、私はそう簡単に死なんぞ? なにせまだ後継者がいないからな」
「……妙な理屈だな。都合が良すぎるだろ。夢でも見てんのか?」
「そういうものだ。この時代は私のつくりあげたものだからな。当然、都合も良い」
余裕を持って少年へと近寄っていく。
彼は表情を緩めない。
握りしめた拳からは血が溢れていた。
とめどなく起こる感情の渦に、知性と理性がゴリゴリと削られる感覚。
「この
古くは天上の神々が位置する場所として。
時代の流れと共に隠された指導者として。
そして文明の発展と共に忘れ去られていた大原則。
「おまえと私が共に生きていた時代は
悲しげな顔は誰を想ってのものか。
彼女の向ける感情が何に対してなのかは言うまでもない。
たったひとり、ただひとつ。
そう何度も口にしてきておいて、今更間違うハズもない。
あの時の彼はなにひとつ気付くことなく、
なんの事件にも巻き込まれることなく、ただ生きて死んだ。
「もともと私は
「…………俺が?」
「そうだ。莫迦な私を、愚かな私を、醜い私を変えてくれた。おまえの愛が。おまえの好きが私の心に響いたんだ。とっっっっっても心地良かった。あの瞬間を私は忘れない。――――おまえに恋をした、あの時を」
「…………そうかよ」
なんだか。
いま。
無性に、腹が立っている。
理由は不明。
彼ではぜんぜん分からない。
でも、心はうるさいほどがなり立てていた。
比べれば簡単なコト。
莫迦なのはどっちか。
愚かなのはどっちか。
醜いのはどっちか。
彼に執着する前と後で、おかしいのはどっちなのか。
「……変わってるよなぁ」
「? ハルカ?」
「ちょっとおかしいんだわ。そいつさ。けど、随分しっかりしてた。餓鬼の頃から
「…………ハルカ…………」
「格好良いじゃねえか。正直惚れるのも分かる。きっと
「……そうか。おまえは――――」
「 だ が な 」
神秘が渦巻く。
星空を覆い隠すように空色の光が充満した。
脈打つ
限界を超えてなおチカラを手繰り寄せる。
「てめえは駄目だ」
「――――――、」
「
「……なにをだ?」
「結婚は互いの同意がねえとできねえよ。ひとりでやってろこの喪女が」
「――――――――――はははっ」
顔をおさえて結仁が声をあげる。
立ち上がっていた彼女の身体がふらついた。
「ははははは……っ」
玉座に手をつく。
倒れるのをなんとか堪える。
脳内では水音のような何かが反響していた。
どうにも沸騰しそうで気分が優れない。
ああ、なんて――――
「――――――――良いな」
「あぁ?」
なんて、
「生のおまえの罵倒が、とっても心地良い……ッ!」
「――――――きめえ」
「はははっ……仕方ないだろう! だって、おまえ! 百年ぶりだぞ! 何を聞いてもそれは興奮するに決まっている! 例え罵倒でもだ!!」
「だからそれが〝きめえ〟んだろ、おまえ!」
「大体、駄目だからどうした!? 嫌いだからなんだ!? 私は知っているぞ!! なあハルカ!! どれだけ冷たくあしらわれても! どれだけ邪険にされても! 諦めずにただひとつの恋心を抱え続けた
「――ああ、そんなバカもいたなァ!」
「だから私は諦めない!! おまえと共に在る夢を!! 共に過ごす未来を!! そうだ!! いつかはきっと叶う!! おまえの恋が、私を振り向かせたように!!」
人の想いこそが無限の可能性なのだと、彼女は謳うように。
「そのためなら、私はなんだってしてみせよう!!」
「そうか! だったら今すぐ死ねよ紺埜結仁ィ!!」
「それは無理な願いだなッ!! ハルカ!!」
「だったら殺してやるよォ!! おまえが神秘のなんだろうがァ!!」
再度、悠の手に鉄潔角装が握られる。
その周囲に空色の粒子が撒き散らされていく。
純エーテルとは結仁そのもの。
彼女の願望、本質、心の奥底をひとつの法則として流出させたこの時代の神秘だ。
悠が上手く扱えるのは至極真っ当である。
――なにせ彼の活躍を望んだのは彼女だ。
彼に似通った人間ほど適性値は跳ね上がる。
――故に空の向こうへ手を伸ばした全員が男だった。
そして、男に害を与えるのも。
――彼女を
「はははッ! まだやるのか! おまえらしいな! そういうのは大好きだぞ!! だが無駄だ! 純エーテルは私のものだと言ったろう! ならその手で行う反撃はすべて無意味になる!!」
虚空に手をかざす結仁。
侮るなかれ、見誤るなかれ。
態度こそアレなものの、彼女は正真正銘この時代における神秘の覇者。
秘密の首領、隠された指導者、超常を統べる存在だ。
なればこそ、それが純エーテルである限り彼女には届かない。
「俺の反撃がなんだってぇ!?」
「――――――なに?」
本来なら。
「どぉした! 消すんじゃなかったのかよ!! てめえの権能で砕くんじゃなかったのか!? 神秘の支配者なんだろう!! おまえェ!!」
振り上げた鉄潔角装に欠落はない。
空色の光は途絶えない。
彼は神秘のすべてを完全にコントロールしていく。
際限なく上昇していく出力。
唸りを上げて爆発する閃光、熱量。
彼女の手によって消し去られるはずのモノたち。
くり返すように純エーテルであれば、結仁にどうにかできないハズはない。
――――ただひとり、彼を除いて。
「気に入らねえ」
膨大なエネルギーが夜空に展開される。
「神様気取って時代だ権能だと、
「おまえ――――ッ」
「てめえが語ったのは純エーテルだけだ。俺のコイツに関しちゃ別ってことだよなァ? なにが無駄だ? 無意味だ? てめえがどうにかできると思った時点で、
「――――叛逆の性質か! たしかに私のモノではないな!
剣閃が走る。
瞬きの間ですらない刹那。
――――あまりの速さが、全能の認識を追い抜いた。
彼女の右腕から、血が溢れる。
「なんッ……という!」
「まだだァ! 腕一本! 欠損ひとつじゃ足んねえだろォ!! その命でもって償えやァ!! 一体何人を殺したと思ってる!! おまえの気まぐれでぇ!!」
「あまりにも増えすぎた人を消してやっただけだろう!! おまえを求めるのなら最小限の人口で構わない!! 殺したのもおまえと相性の悪い人間が大多数だ! 残っている人間はおまえと馬が合っただろう!?」
「だから屑なんだてめえはぁぁああああああ!!!!」
振り抜かれる刃。
今度はその肩口を狙って。
袈裟斬りに通るように。
「違うだろうが!! 違うんだよ!! てめえ!! いつからそんな莫迦になった!! そりゃあそうだ! 合う合わないは人同士ある! だがなんだ!! それが死んでいい理由になんのか!? てめえの嫌いな人間は全員死ねってか!! ふざけんじゃねえ!! 誰だって生きてる時間の価値は同じなんだぞォ!!」
「違うな!! おまえは!! おまえだけはッ、私にとっての至高だ!! 最上だ!! 他の何を差し置いてもおまえだけが一番なんだ!! だから!!」
「そのためなら人も殺すのか!! それがふざけてるって言うんだ!!」
絶え間なく斬撃は入る。
その肢体からとめどない血が流れていく。
彼は臨戦態勢だ。
すでに心は殺意をもって剣を握ってしまった。
対する彼女はいまだ対話の姿勢を崩さない。
いくら切られても、いくら傷付いても。
「ああ殺すとも!! おまえを取り戻すために!! おまえと一緒になるために!! 他のなにがどうなろうと知ったコトではない!! あのとき、魔法使いどもをぶち殺して! 神秘の首領の地位と権能を奪い取った時から! 私はなんだってすると心に決めていたのだから!!」
「そうかよ!! 気分はどうだ!! 何人もの命を奪って手に入れた、俺との再会は!!」
「最ッッッッッッッ高だとも!!!!」
「莫迦がよ! だからてめえは駄目なんだ!! おまえと添い遂げるぐらいなら
「――――それは聞き捨てならないッ!!!!」
瞬間だった。
風が吹き荒れる。
彼女の手に握られた槍が、純エーテルを振り払って刃を砕いた。
鉄潔角装だ。
あまりにも緻密で、あまりにも完成度の高い。
すべての見本とすべきような練度の、武器の生成。
「死なせない。もう死なせるものか。奪わせるものか。おまえは生かす。なんとしてでも。待ち続けたんだ。死んだおまえの魂が、廻り巡ってこの世に宿るのを。記録があるのだ。分かっているだろう? 知っているだろう? 自分が、以前に一度死んだことを。それでなぜそんなコトが言える? そんな言葉を吐ける? やめてくれハルカ。私は嫌なんだ。私はもう、もう――――――」
もう、二度と。
「――――おまえを、失いたくない…………!!」
ふと。
身体が、上手く動かなくなった。
悠の意識は浮かんでいる。
心臓の音が聞こえない。
なんだろう、なにかがおかしい。
ぐるぐると回る思考とは反対に、ズレていく何かの感覚を掴む。
これは、一体、どういう。
――――なにが、起こっている?
「…………すこし、頭を冷やしてくれ。私もその間、おまえときちんと話せるように熱を冷ますよ。すまない、ハルカ。だが忘れないでくれ。私はいつでも、どこでも、どうなっても――――おまえを愛している」
空の向こうに辿り着いた者の末路。
世界に取り残された異端。
誰もが望んでそうなったワケではない。
大切な何かを護るために、
大事な信念を貫くために、
譲れないモノがあるために、
叶えたい願いがあるために、
ここまで行くしかなかったからだ。
「……それまでは、ああ、そうだな。彼女に預けよう。褒美だな。おまえの命を救ったあの子は、私にとっても恩人に近い。むしろ、あの子以外は認めたくないものだ」
命が内側に沈んでいく。
柔らかいはずの肉体が鋼のように硬い。
生物としての在り方を蹂躙する変化/変態/変身。
すべて神様の言う通り。
人体を純エーテルとして分解した後、ひとつの形として魂と共に固定化する。
「いってらっしゃい、ハルカ。いずれまた会うときがくる。ゆっくりしていてくれ。私もそうする」
そうしてそれは、音も無く夜空に溶けて。
「――――ひと先ずは。おまえが五本目の、聖剣だ」
なにもかも、封じられて墜ちていく――――