純潔の星   作:4kibou

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14『空の向こう側⑤』

 

 

 

 

「そう、簡単にィ――済んで、たまるかよォ」

「――――――」

 

 ぎちぎちと、闇が裂けていく。

 空間がこじ開けられる。

 

 抵抗の手段なんてなかった。

 完全に武器(はがね)と化した彼になにをする術も残っていなかっただろう。

 

 なのに、どうして、よもや、これは――――

 

「ハルカ……」

「まだだ、まだァ……まだ、終わっちゃ、いねぇぞ……てめえ……!!」

 

 鈍色に染まった指先と爪。

 刃で編まれたように破れた皮膚。

 

 辛うじてヒトガタを保った身体は、しかしもう手遅れだ。

 

 彼に挽回の策はない。

 この場において結仁を引き摺り下ろすコトは不可能である。

 

 どう足掻いても、どんな手を使っても。

 

 ただその圧倒的な力量差を前に、蹂躙されるだけ。

 

「やっぱり、そうだ……! ああッ、分かっちゃ、いたがなァ……!! てめえッ! てめえはッ!! そうだッ!! てめえは俺のッ、敵だァッ!!」

 

 夜空が割れた。

 空間の裂け目から空色の光が覗く。

 

「――――紺埜、結仁ィ!!!!」

 

 神秘を纏う異形の影。

 見送ったはずの彼がその場に舞い戻る。

 

 限界寸前のところで聖剣化に抗ったのはその怒り故か。

 

 流崎悠という存在を甘く見てはいけない。

 この領域に手をかけた時点でその規模は人のモノを越えている。

 

「――――嗚呼。ハルカ、おまえはどこまでも――――」

「タダじゃ済まねえ! タダでは終わんねえ!! そのためなら、多少の無茶も無謀も無理も存分にやってやらァ!!」

 

 ――――それはさながら名前の如く。

 

 射出されたは一直線に。

 夜の闇を切り裂いて、流星みたいに空を奔った。

 

 彼の手に得物はない。

 空色の粒子は勢いだけを増して虚空へ消え去る。

 

 当然だ、どちらにもすでに用はなかった。

 

 握りしめた拳は硬く。

 食い縛った歯は折れんばかりに。

 見つめる相手は真っ直ぐ真正面。

 

 ただひたすらに。

 ただそれだけのために。

 

 

 ――――拳を、振り抜く。

 

 

「ごッ!?」

 

 

 綺麗な顔だった。

 整った容姿だった。

 美人のものだ。

 

 殴るなんて以ての外。

 そもそも美醜に関係なく女性に顔はアウトもアウトだろう。

 

 以前のとき、夏鳥(だれか)からそんなコトを聞いた記録が蘇る。

 

 

 

 ――関係ない。

 

 どうでもいい。

 男も女も一切合切判断には含まれなかった。

 

 なにせいま、目の前にいるのは人でなしだ。

 

 顔面を殴るのに、心はひとつも痛まない。

 

 

「約束ッ、したんでなァ!! あいつらの分までって!! だからこれはまず、俺の分だッ!! でもってェ!!」

「が――――ッ!?」

 

 

 容赦なく撃ち抜かれる頬骨。

 掬い上げるようにして砕かれる顎。

 

 一発一発、常軌を逸した威力で拳は放たれる。

 

 その頭蓋すら、陥没させるほどに。

 

 

「ひとつじゃ、終わらせねえぞッ!! てめえ結仁ッ!! 俺はッ!! 俺はァ!!」

「――――――――ッ」

 

 

 思い返す。

 強引に記録を漁る。

 

 樹木の天使。/枯木美智留。

 

 蒼火の雌鳥。/夏鳥慧深。

 

 嵐の巨人。風巻(かざまき)千十瀬。

 

 空の海月。海錫佑奈(みすずゆうな)

 

 氷の十字架。凍坂鍔紗(とうさかつばさ)

 

 どれも、彼の記録に存在する少女たちだ。

 

 なんの変哲もない、

 探せばどこにでもいそうな、特別性のない、

 けれども、そこにしか居なかったひとつの命。

 

 代わりの効かないただひとりの人間だった。

 

 それを、コレは、悉く打ち壊してくれやがって。

 

「俺はてめえのコトを!! てめえが死ぬまで許さねえ!!」

「――――あ、ははッ。いいぞ、許すな。ずっと、ずっと、覚えていてくれ。ハルカ」

「減らず口をォ!!!!」

「叩くさ。……私は、ただ。おまえがいれば、それでいいから。だから、何度、でも」

 

 

 くり返すように身体が固まる。

 魂が内側へと仕舞い込まれて、意識がぼうっと溶けだした。

 

 振り抜いた拳は届かない。

 

 

 

 けれど、まだだ。

 

 まだ足りない。

 まだ全然気持ちは晴れていない。

 

 こんなものじゃない。

 この程度で終わってたまるか。

 

 どうなろうと、どんなコトになっても。

 

 いくら時間がかかったとしても。

 

 

 

「――――――結仁ィ!!!!」

 

 

 

 揺らぐ意識を叩き起こす。

 

 必死で固まる口を動かせば、なんとか言葉が発せられた。

 こちらを見る彼女の瞳は――――変わらず、気色悪い気持ちを宿していたが。

 

 そんなコトよりも、言っておかなければならないコトがある。

 

 そうだ、文句のひとつでも吐かなければ。

 それが喩え意味のない行為だとしても、たしかな殺意を敵意を込めて。

 

「いまに見てろォ!! てめえをもう一発ぶん殴りに来る!! 何年かかっても!! 必ず!! 絶対にだッ!! 俺がてめえを叩きのめすッ!!」

 

 いつかきっと、現実にする。

 

「それまではせいぜいふんぞり返ってるこったァ!! 首を洗って待っていやがれ!! 次に会ったときがてめえの破滅だよ!! 潔く死ね!! もうおまえの恋が叶うコトはねえと思え!! 叶うはずがねえだろォ!! てめえが人を殺した瞬間からァ!!」

「……いいや、叶えてみせるさ。きっと。諦めない。おまえが私を諦めなかったように。私もずっと、この心を持ち続ける」

「あァそうかよ!! じゃあ言ってやる!! 俺が好きなのはてめえじゃねえ!! 俺が恋をしてるのはおまえじゃねえ!! 俺が愛してんのはあんたじゃねえ!! 俺にとって一番心を傾けてんのは――――」

 

 一番大事なのは。

 誰かなんて、今更の話だ。

 

 

妃和だァ!!

 

「――――――――――ふふっ」

 

 

 虚空へ消えるひとつの命。

 空の向こう、神秘の領域に届いた存在は元在る時空へと戻った。

 

 生き物としての形をなくして、地上へと降り注いだ。

 

「…………照れ隠しなぞしなくていい。まったくおまえは、いつまで経っても子供だ」

 

 結仁は笑う。

 変わらず微笑む。

 

 その意識、人格、性質はとっくの昔に歪んでしまった。

 

 もう元には戻らない。

 なにせ彼女が彼に惚れた時点で、それは致命的なバグのようなもの。

 

 取り返しがつかないというのなら、こんな風になる前から手遅れだった。

 

「一体なにがいけないんだろうな。怪物(アイツら)だってそうだ。人口が一定値にまで減れば活動が衰えるよう設定したというのに。別に世界を壊そうとか、人類を滅ぼそうとかいうワケではないんだぞ? 私だってもとは人間だ。神秘の統治者らしくやっているだけなのに、ハルカのやつめ……もうちょっと私の言葉に頷いてくれてもいいだろう」

 

 かつての少女の面影は、すでに数えるほどしかない。

 

「だが、それもまたあいつらしい。ハルカはハルカだ。大丈夫、安心しろ。そういうところも含めておまえを愛そう。私の惚れた男なのだ。簡単に手に入ってはつまらんというコトなんだろう? ふふふっ、楽しみだ。再会の約束をした。ずっと待っていよう。だからいつか――迎えに来てくれよ? 私の王子様

 

 空の向こうで女神は踊る。

 

 二千十年代から百年続く九番目の時代。

 男と非処女を嫌う歪な世界。

 

 純潔の星はまだ終わらない。

 

 これからも――――彼を待ち続ける限り。

 

 新たな時代が来るのは、ずっと先の話だろう。

 

 

 

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