『我らは誇り高き一族。その高潔さを忘れてはならない』
幼い頃から何度もそう教えられた。
私たちは私たちであるが故に、信念を無くしてはならない。
額の角は強さの証。
その鬣は勇気の象徴。
どんなものにも臆することなく立ち向かっていく。
そうやって私たちは生きるのだと、周りの誰もが語っていた。
『恐れるな。我らは唯一つの血統。地上における無二の神獣。外敵など存在しない』
地を駆ければ豹よりも早い。
狩りをすれば虎よりも巧い。
鋭く研ぎ澄まされた一角は喩え山でも突き崩す。
何倍もの体格を持つ象ですら殺してしまえる。
幻想に生きるモノ。
それが私たちだった。
『穢れを憎め。神聖なる血液こそが我らが力の根源。汚れを否め。この地球を腐敗させる愚かな彼奴等に、容赦をする必要などないだろう』
偉そうに語る長老の声。
住処の中でいちばん長く生きた同族だった。
ヒトを百人以上殺したという噂もある。
長く鋭く、年月を重ねた角を見るにそれは嘘じゃない。
私はしきりに頷いていた。
たぶん、その言葉は正しいと思ったから。
――――でも、長老はその数日後に死んだ。
ニンゲンに殺された。
『狡猾で残忍なヒト共め……! 我らが
『ああッ、長老様ァ! 長老様ァ!!』
『許せない……怒りで角が砕けそうだ……』
『そうだ。あんな惨いコトを、酷いコトを。まさか、まさか――――』
『――――森の中に処女の乙女を置いて、我々を誘き寄せるなど……!!』
長老の死に誰もが涙を流した。
私たちは強い。
幻想に生きる獣の名は伊達じゃないのだ。
ヒトの一人や二人ぐらい、この自慢の角で貫いてみせる。
でも、処女は駄目だ。
あれは反則だろう。
なにせ私たちからしてみれば猫にとっての木天蓼みたいなもの。
天上の神々どもやニンゲンどもがわいわいと騒ぎながら呑む酒のようなもの。
あれを目の前にすると、私たちは冷静な判断を失う。
不可抗力だ。
仕方ない。
我々は処女に弱い。
『ニンゲンどもは俺たちの角が欲しいのだ。砕けば万病の薬になる。ふざけているだろう。我々をなんだと思っている? 立場すら弁えられないのか』
『阿呆の極みだ。神秘にすら簡単に触れられん莫迦どもには分からんよ』
『だいたい角が折れたらどれだけ痛いか知らんのか。神経がたくさん詰まってるんだぞ』
『長老の死体には角がなかった。骨しか残っていなかった。食ったんだ。あの蛮族どもめ。許さない。我らが一族――――その血筋を嘗めたことを、後悔させてやる』
すでにみんなの闘争心には火が付いていた。
なにせ私たちは幻想に生きる一角獣。
たかだかニンゲン如きに喧嘩を売られたとあっては黙っていられない。
獰猛で、勇敢で、力強く、他のなんにも屈するコトはないのだ。
だから、奴等に目にものをみせてやらねばと。
『うおおおおおおおおおおおおお!!!!』
『覚悟しろニンゲンどもぉおおおおお!!!!』
『いけぇぇえええ!! 突っ込めぇええええ!!!』
『やってやるぞぉおおおお――――――あッ処女ォ!!』
『『『なにィ!?』』』
報復をしにいった仲間たちは全員死んだ。
やっぱりニンゲンどもに殺された。
森の中に処女の乙女が置かれていたのである。
なんというずる賢い奴等か。
おのれ下等生物め。
そんな手段を取らなければ私たちに勝てないのだ。
だからおまえらは弱いのだ。
『――そう思うだろう、お嬢さん?』
「ええ、そうね。鼻息ばかりでなんだか分からないけど、アナタがなにかを伝えたいコトは分かるわ」
『そうかそうか。分かってくれるか。やはり純潔はいいな。処女の身体は温かい……』
「よしよし、良い子ね。――――今よ狩人さん」
『しまったァ!!』
結局私も捕まった。
ほんと許せない。
やはりニンゲンは愚かだ。
『くそォ! 離せェ!! 私は誇り高き一角獣の血族だぞ!? それを、貴様ッ、あぁやめろ! おい! 角を切り落とそうとするな!! ばか!! 手入れにどれだけ手間をかけていると思っている!? やッ、いや、やめッ、やめて! お願い! 許して! なんでもするか――ァああ痛い痛い痛い!! ちょっ、あああああああ!! やだああああ死んじゃうううううう!!!!』
死んだ。
マジであのニンゲン許さない。
◇◆◇
この
とはいえそう大したものではない。
ただ単純な事実。
生きている以上、いつかは必ず死に至る。
生物であるのなら待っている冷たい終わり。
絶対の法則性だ。
誰しもそこから外れることはできない。
そうして死んだ命は、やがて新たに地上へ降りる。
すべての繋がりとすべての色を断ち切って、まったく違うモノとして生を授かる。
それが世界の大原則。
この世にあって無駄な魂なんとひとつもない、と原初の神様は酷くしみったれた価値観を持っていたらしい。
……が、なんであれ例外、異常はあってしかるべきで。
あまりにも膨大な命を抱えたシステムが故障したのか見落としたのか。
私の意識は生涯の終わりと共に断線しなかった。
それは祝福ではなくただの誤り。
奇跡とはほど遠い致命的な欠陥。
本来ならそうなるはずのモノとは違う歪さ。
そもそも生まれてきているのがおかしい。
――――紺埜結仁という
『だがまあ、いい。そういうのもふくめてわるくない。ひとのおなごになれたのは
「見てみて。ほら、母さん。結仁が笑ってるよ」
「あらまあ……そんなにお父さんの抱っこが気に入ったの?」
『しんせんみがあってとてもいい。われらがいちぞくはきほん
一角獣の血族は処女の傍でのみその心を穏やかにする。
わざわざ誰かに寄り添うまでもない。
二度目の生。
要らない
私はただ息をして過ごしているだけで、これ以上ないほど幸せだった。
「結仁は頭がいいね」
「将来は研究者とか学校の先生かしら?」
「どうだろう。僕も君も地頭はよくないからなあ」
「あらァ……私、貴方よりよっぽど勉強はできたと記憶してるわよ?」
「はっはっは。母さん。英語が3点しかとれてなかったのはもう赤点とかそういうレベルじゃないと思うんだ……」
「今日のご飯は〝もやし炒め
「ごめん母さん」
人間関係には恵まれたと思う。
ヒトでさえなかった私はきっと周りから見てもおかしかった。
気味悪がられて距離をおかれても仕方がなかったろう。
それを正してくれたのは誰でもない。
――――
肉体のお陰で好戦的な面も鳴りを潜めていた私は、下手ながらもなんとか育つことができた。
外で体を動かして、家で本を読んで、食べて寝て笑い合って。
そうして迎えた五歳のとき。
私は唐突に、両親に呼ばれて玄関まで向かった。
「ほら、結仁。こっちだよ」
「? どうしたの、とうさん」
「お客さん。結仁と同い年だって」
「――――おない、どし」
幸運なコトに知識があった。
しかも今ではなく昔のモノ。
同い年、幼馴染み。
たしか同郷のモスくんが「幼馴染みを不治の病から救うため角を取りに来た」と宣う男にボコ殴りにされて泣いていた。
すなわち、それは
『――――けがれなきおんなのこ!』
私は歓喜した。
胸中で舞い上がった。
テンション爆上がりだった。
両親の手前必死におさえていたが、誰も見ていなければ嘶いてしまうほどの衝撃だった。
いままで周りの人間といえば母さんと父さんぐらいだったが、そこに新しく純潔の少女(幼馴染み)が加わるという。
これを喜ばずしてなにを喜ぼうか。
「あなたが結仁ちゃん?」
「――はい、こんのゆにっていいます」
「まあ。偉い。……それじゃあほら、ハルも」
「うん」
来た。
どくんどくんと心臓を鳴らしながら待ち構える。
玄関に立つ見慣れない大人ふたり。
その隙間から、そっと黒い短髪を揺らして。
――――ふわりと、笑顔を浮かべながらソレは現れた。
「りゅうざき、はるかです。……よろしく?」
「――――――――…………よろ、しく」
深く、長く、強く。
息継ぎをして、一言。
〝――――男じゃねぇかクソァアアァアァァアア!!!!〟
私は心の中で吼えた。
なんたることか。
こんな現実があっていいのか。
……なあ、おまえ。
ハルカとか言ったな?
「??」
「ふふ、ふふふっ――」
森に行こうぜ……、久々にキレちまったよ……。