純潔の星   作:4kibou

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15『幕間:紺埜結仁④』

 

 

 

 

 学校生活での遙との接触は格段に減った。

 私が意図的にそうなるよう動いた結果である。

 

 好意はありがたい。

 言葉は胸に突き刺さるぐらい温かかった。

 

 でも、だからといって自分で決めたコトは曲げられない。

 

 唯一つを信じ貫くのは一角獣(もとから)の性質故。

 いまさら変えようもない生き方だ。

 

 くり返すように、私自身の生に執着することはないだろう。

 生きているだけで丸儲け。

 呼吸をしていれば幸せだ。

 

 だから願うのは、彼の人生にこそ鮮やかさを。

 私のようなくだらないモノにこだわらず、広い世界を見てほしいから。

 

「――――結仁」

「…………、」

 

 ただ、問題があるとすれば。

 

 私がどれだけ冷たい態度をとっても、嫌な顔をしても、

 遙が一切愛想を尽かせる様子が見られなかったコトだろうか。

 

「久しぶりだね、こうして一緒に帰るの」

「……ああ、そうだな」

「……怒ってる?」

「いいや、別に。ただ、今日はそういう気分じゃなかったんだ」

「そういう?」

「……なんでもない。はやく帰るぞ」

「……? うん」

 

 ……いやまあ考えると、たしかにアレだけ言っておいて私も甘かったところがあるかもしれない。

 

 非情に徹しきれなかったのは痛いところだ。

 

 彼が定期的に体調を崩すたび見舞いに行っていたし、

 その度にいくらか話して距離感を探っていたし、

 なによりこういう風に避けられないアタックをされてしまうとどうしようもない。

 

 断ればいいのだろうに断りきれないのは私の弱さだ。

 

 というか遙に弱いのである。

 なんというか、こう、悲しげに笑う顔を見ると我慢できなくなってしまって。

 

 ……本当、我ながら情けない。

 

 泣きたくもなってくるものだ。

 

「もうすぐ三年生かあ」

「…………そうだな」

「結仁は高校、どこにするか決めた? やっぱり頭良いから西高(ニシコー)?」

「それは――――」

 

 と、すこしだけどう答えるか迷って。

 

「――まだだが。女子校、というのもありだ」

「女子校? ……隣町の譲羽(ユズリハ)? 五駅ぐらい離れてるよ?」

「そのぐらいなら全然通えるだろう。まあ、選択肢のひとつだな。有力だ」

「そっか。じゃあ、高校は別になるのかな」

「かもしれないな」

 

 なんとはなしを装ってそうぼやく。

 

 口からでまかせ。

 咄嗟に思いついたコトだったが、あんがいプランとしては悪くない。

 

 周りに女子がたくさんいる。

 私の獣性が押さえ込める。

 なにより、女子校となれば遙と顔を合わせることもなくなる。

 

 彼とこうして近くで過ごして、胸のうちのトゲに悩まされることもないハズだ。

 

 学生生活は真面目にこなしてきたお陰で学力も内申も問題ない。

 大抵の進学先ならどこだって選べた。

 

「オレは南高かな。近いし。結仁ほど勉強もできないから」

「そうか」

「うん。そうなると、あんまり会えなくなるね」

「ああ、そうだな」

「こうして並んで帰ることもなくなるよね」

「もちろんだ」

「――――ちょっと、寂しいな」

「…………………………、」

 

 最後の言葉は、聞かなかったコトにしておいた。

 聞かなければ良かったコトだから、聞こえていないフリをしてしまった。

 

 声音から感情は読み取れる。

 

 十何年になる付き合いだ。

 すこし距離を開けたぐらいがなんになるというのか。

 

 彼のコトはたくさん知っている。

 分かっている。

 理解できている。

 

「……こだわりはないのか、遙には」

「うん。特にないよ」

「……そうか」

 

 例えばの話。

 

 私が以前の記憶なんて持っていなくて、

 おかしな性質を受け継いでいない普通の女の子なら、

 

 なにを思うコトもなく遙の傍に居られたはずだ。

 

 まったくもって余計なモノが残ってしまった。

 思えばそれを幸運に思ったことなんて一度もない。

 人に生まれたことの感謝ことすれ、記憶があって良かったと心の底から本気で思ったことなどない。

 

「………………、」

 

 いま一度思い返す。

 

 なんのためにここまでするのか。

 盗み見た彼の表情はどこか悲しげで元気がない。

 

 きっと、そういうのがダメなのだろう。

 

 ――私は結局、そこを判断できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えッ、うそ」

「…………、偶々だ。夏鳥たちと離れるのは、嫌だろう」

「あ、そっか。そうかあ。ははっ。なんだ、そういう――」

「勘違いを、するなよ。……遙のために選んだのでは、ない」

「うん。わかってる。大丈夫。ありがとう。ごめんね、結仁」

「……だから」

 

 謝る必要なんて、微塵もないというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 高校に入れば距離はさらに遠くなった。

 

 クラスはずっと別だ。

 そこは幸運としか言いようが無い。

 

 お陰様で出会う機会も話す機会も月に数回という程度。

 

 思いきって体調を崩したとき見舞いに行くのもやめた。

 ああいう甘さを見せるからこんな羽目になるのだろう。

 

 きちんと考えて、きちんと決めて、きちんと貫く。

 

 そうすればきっと、この歪な関係を清算できると思った。

 

 彼にとっての私がどうでもよくて、

 私にとって彼が大事なものになるのなら。

 それ以上なんてないぐらい。

 

 だってそうだろう。

 

 傍に居られないのなら、せめて手の届かない遠くから見守るしかない。

 隔絶された世界で彼の行動に一喜一憂するのがお似合いだ。

 

 ……どうして遙が幼馴染みだったのだろう。

 

 別の誰かならたぶん、そこまででもなかったのに。

 彼以外の男子が女子と喋っていても、心は揺れ動かないのに。

 

 たったひとり。

 いちばん大事な男の子が誰かと一緒にいると、耐えられない。

 

 とっても、辛かった。

 

 

 

 

 

「――好きです、紺埜さん。俺と、付き合ってください」

「……すまない。気持ちは嬉しいよ。けど、私なんかじゃ君に相応しくない」

「そ、そんなことは」

「本当にすまない。ありがとう。その言葉を伝えてくれただけで、私は幸せだ」

「――――――――ッ」

 

 十六にもなればそれなりに色恋沙汰も増えてくる。

 週に多くて三回、少なくとも一回。

 容姿に恵まれていた私は、男子女子・学年問わず告白を受けた。

 

 贅沢なことだ。

 良いコトだ。

 

 誰かに想われるのは素敵だと、理性(ワタシ)はたしかに分かっている。

 

 

 

 でも、心はさっぱり満たされなかった。

 

 なんでだろう、わからない。

 人に想われて嬉しくないのだろうか。

 好きだと言われて喜ばしくないのだろうか。

 

 以前遙に真正面から言われたときは、内心で飛び上がるほど嬉しかったのに。

 

 心がわからない。

 気持ちがわからない。

 

 わからないことは怖い。

 それが自分のモノなら尚更だ。

 

 私は一体なにをどうして、こんな気分のまま生きているのか。

 

 呆然と毎日を過ごしていれば、あっという間に季節は過ぎて。

 まるで飛んでいくように、時間は流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――、」

 

 

 

 その日はちょうど、雪が降っていた。

 

 高校二年目、三学期。

 二月も半ばにさしかかるかといったところである。

 

 冬の寒気は去っていく気配もみせず未だ存在を主張中。

 路面はまだまだ見えているものの、歩道や道端には薄く白雪が積もっている。

 この分では明日はけっこうな積雪になるだろう。

 

 どうしたものか、なんてなんとなく考えながら歩いていく。

 

 学校からの帰り道。

 部活を終えてから寄り道したからか、すこし遅くなった。

 

 時計を見ればもうすでに八時半を回っている。

 

 

 

 

 

 ――危機感が足りないと言えば、その通りだった。

 

 

 

 

 

「ねぇ」

 

 

 

 

 

 突然、声をかけられた。

 

 後ろから強引に。

 肩を掴んで、口を押さえて。

 

 軽い身体はふわりと浮いて。

 

 ――――そのまま、

 

 

 

「――――、――――――!」

「きみ、かわいいねぇ。南の生徒? いいね、綺麗だねぇ」

 

 

 呆気なく、押し倒される。

 

 

「ごめんねぇ。しずかにしててねぇ。へ、へへ。大丈夫、痛くしないから、大丈夫」

「――――ッ、――――」

「だから、しずかに、しててねぇ……すぐ、終わるからさぁ」

 

 

 

 まさかだった。

 予想だにしなかった。

 

 そういうのがあるとしても、私は関係ないと無意識のうちに思っていた。

 

 だって私だ。

 醜い化け物だ。

 性根の腐った人非人だ。

 

 たしかに外見は整っているが、その内側は人とも言えないおぞましい何かだ。

 それをよもや、こうして、己の劣情を向ける相手として選べるものか――

 

 

「ふ、ふふ、ふふふふふ」

「――――――ッ!」

 

 

 焦燥感に襲われる。

 

 まずい、やばい、いけない。

 どうにかしなくてはならない。

 

 けれど、なにをどうすればいいのだろう。

 

 混乱している。

 

 腕は縛られた。

 頭の後ろだ、動かせない。

 

 口は塞がれている。

 

 息はできるが大声を出せない、助けを呼べない。

 

 服が裂かれた。

 下着が取られた。

 

 肌が露出する。

 

 寒い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〝――――――――ぁ〟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、それは。

 ゆっくりと、

 

 

 

 〝いや、ダメだッ。――それは()()()!!

 

 

 

 焦りが恐怖に切り替わる。

 

 いけない、本気でいけない。

 

 今生でいちばん精神が昂ぶった。

 

 じたばたと藻掻くように足を動かす。

 

 

 

「暴れないで、大丈夫、大丈夫……」

「――――――――ッ!! ――――――!!」

 

 

 

 〝やめろ!! やめてくれ!! いやだ!! どうしてこんな――〟

 

「痛く、しないから……!」

 

 〝どうでもいい! 関係ない!! それはダメだ!! それだけはダメなんだ!! 大事なものなんだよ、なぜ分からない!? あぁ! あぁあ!! いや、いやッ、やめ、それがないと、わた――――〟

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐちゃり、と。

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――ッ!?」

 

「ぁは……っ」

 

 

 

 〝    あ     〟

 

 

 

 

 

 大事な何かの、壊れる音がした。

 

 

 

 

 

 

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