純潔の星   作:4kibou

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15『幕間:紺埜結仁⑥』

 

 

 

 

 

 

「――――そこから先はつまらない」

 

 

 

 女神は語る。

 空の向こうで。

 

 誰にでもなく、なんにでもなく。

 

 ただひとり、自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

 

「彼の身体は弱いままだった。強く育ったワケじゃない。我慢することが、耐えることが上手くなっただけだった。結果、私が恋心に気付いた時にはすでに遅かった」

 

 

 あのときほど己の額に角がなかったコトを悔やんだ時期はない。

 

 万病の薬となる一角獣の角。

 

 それさえあったなら、彼女自身の手で折ってなんとかしただろうに。

 

 

「彼は死んだ。私の前から消えてしまった。……なぜだろうな。私の大事なモノはいつもそうだ。この身の純潔も、彼という存在も、悉くが奪われていく。悲しいコトだ。一体どうしてそんな世界を認められる? ――そんなハズがないだろう」

 

 

 たしかな怒り、たしかな憎しみ。

 

 紺埜結仁は世界を恨んだ。

 はじめから備わっていたその獣性を持ってして、当時の時代に喧嘩を売った。

 

 支配者から分けられた二十の大いなる神秘。

 

 それを受け継いで生まれた魔法使いたち。

 

 首領の座へと昇るため、それらを手にかけた。

 

 

「もとより私は幻想に生きるもの。神聖なる一角獣の魂だ。隠されていようと神秘に触れるのは難しくない。所持者を殺せば魔法は奪える。たかだか二十人だ。時間はかからなかったよ。ひとり()れば芋づる式で釣れもした」

 

 

 その力に目覚めている者。

 その力を持ちこそすれ気付いていない者。

 その力の使い道と真理を理解していた者。

 

 すべて例外なく殺した。

 

 

「なんでもできると思った。魔法とは神の所業、隠された神秘の切り札。当時の支配者が地上にもたらした力の欠片だ。彼を取り戻すコトなんて造作もない。そう思っていたさ。だが――――『星』の魔法を手に入れたとき、私は絶望した」

 

 

 数えて十七。

 希望と閃き、願いを叶える天の切り札。

 

 それがもたらすのは正真正銘この地球(ホシ)における絶対性だ。

 

 

 すなわち、過去から未来まで含めた星の記録の閲覧と改竄、編集。

 

 

 枝分かれした平行世界から、もはや残っていない紀元前の事象まで。

 すべてをひとりの人間の手中におさめる極大の神秘。

 

 彼女の手に渡ったとき、正式な継承者ではないという点から使える機能は制限されていたが――――それでも十分だった。

 

 

「何度も探した。(ページ)をめくった。あらゆる可能性を探したとも。でも、ないんだ。どこにもない。私と彼が出会って、恋をして、ただ寄り添い、共に過ごし、結ばれ、幸せに暮らす。そんな世界が存在しない。おかしいだろう? 枯木(ほか)とはあるのに。夏鳥(べつ)ならいるのに。私とだけが、絶対に、存在しない」

 

 

 あのときの怒りは未だに消えない。

 胸の奥でちりちりと焦げ付いている。

 

 すべてを知った。

 すべてをこの手に掴んだ。

 

 けれど、すり抜けていったものはもう遅い。

 

 彼女は知らない。

 

 その人格が歪むまでなら、ともすれば可能性は残っていた。

 

 彼女は分からない。

 

 どうして紺埜結仁という少女が彼に好かれていたのか。

 

 

「許せないだろう。ふざけている。私は彼が好きで、彼も私を好きだった。両想いだ。幸せだ。なのになぜそれを世界が祝福しない? なぜそれをわざわざ引き剥がそうとする? ありえないだろう。そんな末路(モノ)は認めない」

 

 

 違いは明白だ。

 想い人である彼でさえ愛想を尽かして当たり前。

 

 なにせかつての少女が願ったのは己の幸福ではない。

 

 ただひらすらに、ただひとえに。

 

 自分の身体はどうでもいいから、

 自分の心はもういいから、

 自分はどうなってもいいからと――――少年の幸せを願い続けた。

 

 それが自己犠牲と呼ばれたとしても、その想いは嘘じゃなかった。

 

 他人の幸せを願える少女と、己の幸せのため他者を蹴落とす存在。

 どちらに少年の心が傾くか、言うまでもない違いだ。

 

 

「私はこの領域に立って時代を変えることにした。前代の支配者など邪魔で不要だ。即座に消してしまえば私だけの時代をつくれる。そうして出来たのがこの世界。純エーテルと怪物によって少数の人を絶えず管理する純潔の時代。悪しき者、穢らわしい者、私の癇に障る者のいない素晴らしい地上が、ここに成ったのだ」

 

 

 誰もが穢れなき心を持つ。

 

 素晴らしいコトだ。

 これ以上はない。

 

 生き残った女も男も殆どが薄くだが彼女の影響を受けている。

 

 その純潔を無駄にはしないように。

 その性別故に肉欲を迸らせないように。

 

 ただ必要な分だけ命を繋ぎ、ただ必要なときにのみ命を育む。

 

 ――――肉体関係を心の底から嫌悪した、流崎悠(ダレカ)のように。

 

 ……まあ時折、恋心が勝ってしまうこともあるが、それはそれ。

 どちらにせよ彼女らしい思考回路だ。

 

 

「そこからは長い旅だった。なにせ百年だ。冷めないかと心配しながらこの気持ちを抱え続けたよ。いや、簡単に冷めるようなものではなかったがな? それを確信したのは彼の魂が還ってきたときだ。()()、音の同じ母親の胎内に宿ったのだ」

 

 

 最大にて最高の贈り物だと、彼女は疑わなかった。

 

 

「すぐに意識を繋げた。干渉した。ハルカだ。ハルカという名だ。その赤子の名前は決まっている。その魂に違いはない。私がその(いろ)を間違うはずがない! なにせ、一度は己の身で経験した出来事だ! 実際そうだった! 昂ぶらないワケがないだろう!? ――――まあ、高次元から私が過度に接触したせいで、その女は死んでしまったのだが。それはどうでも良いコトだな。ハルカを産めただけであいつは幸せだったろう。名誉の死というヤツだ」

 

 

 くすくすと女神は笑う。

 

 彼を彼とした代わりにひとつの命が消えるなんて安いもの。

 むしろ認識できたという時点でお釣りがくるぐらい良い買い物だ。

 

 たかだか女がひとり死んだ程度、なにを思うでもない。

 どうせ徒人ならいつかは死ぬのだ。

 それが遅いか早いかの違いを、うだうだと頭を抱えるほうがどうかしている、と。

 

 

「そこから先は()()()も分かっているだろう? 健やかに育ち、らしく生き、ハルカはこうして私の元まで辿り着いた。もう一度私と会ってくれた。嬉しかったよ、最高だった。だからこそ、落ち着いてから話したいとしたのだ。私の恋心は変わらない。ハルカだってそうだ、知っているんだ。ずっとずっと持ち続けた恋心が、そう簡単に消えるはずないだろう? だから多分、冷静になれば分かるはずなんだ。私とハルカは、結ばれるべき運命にあることなんて」

 

 

 ――――笑う女神を、見る影がひとつ。

 

 それは意識だけのまま空を越えて、彼女の眼前に立っていた。

 使()()()としてたった一度、許された接触だった。

 

 

 〝――――――そうか〟

 

「ああ、そうとも。すべて理解できたかな? いや理解できなければおかしい。なにせ()()()はそもそもが同じだ。儚く消えたかと思っていたが、いやまさか正しく循環の流れに乗っていたとは。世の中分からないな。そうだろう、()?」

 

 〝……勘違いを訂正させてもらおう。私は貴様ではない〟

 

「ほう?」

 

 〝私は私だ。巴妃和だ。この命がかつてどうであれ、いまの私はそれ以上でも以下でもない。ましてやそれ以外のなにかでもない。貴様とは違う〟

 

「そういうところだよ。己は己と信じて疑わない。強い心がひとつ、芯の通った精神がある。そこは変わらないな。この姿が一角獣(きげん)に近いのはそのせいだろう。獣としての部分が私、理性(ヒト)としての部分がそちらということか。消え失せたはずの私の意識の欠片、魂の片割れだけが新たに生まれ変わったからだ」

 

 〝関係ない。ただ私が思うことはひとつ。なにがあろうと変わらない。それは私の命の正体がなんであったとしてもだ〟

 

 

 強く射貫くように真っ直ぐ見つめる瞳。

 

 影が重なる。

 姿が見える。

 

 額を割って幻獣じみた女神とは違う。

 たしかな人間の形をした、在りし日の少女が浮かぶ。

 

 

 〝私は貴様を許さない。必ず殺す。その罪を償わせる。覚えておけ。首を洗って待っていろ。せいぜい夢に踊って死ねばいい。――――おまえが悠の隣など、ありえないだろう〟

 

「ふッ、ははは――――言うじゃないか。妄言だな。戯れ言だ。一度呑まれたくせに分からないのか? 弱い人格(ワタシ)め。人を殺すことにあれだけぎゃーぎゃー泣きわめいて、必死になって、情けない。惨めだったな。だからおまえはダメなんだ」

 

 

 指を鳴らす。

 

 影は消える。

 

 会話はそれで途切れた。

 

 

 ……まったくもって矮小だ。

 その感情が理解できない。

 自身のコトがどうでもいいというその考えは愚かにして醜悪だ。

 

 彼の幸せを願うだと?

 彼と共に過ごせば幸せだと分かっておきながら、それを手放すだと?

 

 ――――ありえない。

 

 己が己であるのなら、いちばんは自分自身だとなぜ分からないのか。

 自分と彼以外はどうでもいいのだとなぜ気付かない?

 

 

「――――所詮はヒトの理性。くだらない価値観だ。やはりおまえは弱くて惨めなものだよ。だが同一なのは認めてやろう。故に、貸してやるのだ。有り難く思え、阿呆め」

 

 

 彼女は知らない。

 彼女は分からない。

 

 己の全てを封じてでも、ただひとりの少年に笑ってほしいと願った少女の輝きを。

 己の心が報われなくても、ただひとりの少年に幸せでいてほしいと望んだ彼女の光を。

 

 獣性を越え、理性を奪い、

 たしかな神格として空の向こうに居座る彼女には、知る由もない。

 

 

 ――――その輝きが、いつまで経っても彼の心に映っているのを。

 

 

 決して、理解などできない。

 

 

 

 

 

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