<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
SS クリスマスに選ばれし者
それはクリアントが【自殺王】として、そしてとあるクランのオーナーとして名が知られ始めた頃の話。
宿屋にてログインし出発の準備を整えているとき、ワンプが紋章から飛び出てきた。
「こんにちは先輩。世間一般では『くりすます』というらしいですが、先輩は一人でいる寂しさから逃れるためにこちらの世界に来られたんですね」
「……いきなり挨拶だな。思わず自殺するところだったぞ」
「嬉しさから余り出るちょっとしたジョークですよ。照れ隠しってやつ? というか、実際に自殺しているじゃないですか」
クリアントは自身の首にナイフをあてがい、躊躇いも無く引き裂く。
まあな、と新たな肉体で返事をしながら、
「どうせ季節ごとのイベントでもあるんだろと思ってログインしてみたんだが……特に変わり無しか?」
運営からのアナウンスも特にない。
サプライズでも構わないと身構えていただけに拍子抜けである。
これでは本当にワンプの言う通り、クリスマスに予定が無かったからログインしてきたみたいではないか。
実際にその通りであるが。
「ふっふーん。そんな一人寂しい先輩に……特別に女の子を用意してみました!」
「ふうん?」
「反応薄くないですかー? 少しは喜んでくださいよー!」
「いや、だってどうせ……『用意した女の子は私でした』とか言うんだろ?」
これまで何度も行われてきたやり取り。
容易に予想は付く。
「ぶっぶー。外れです。今回のワンプちゃんは一味違うんです。何と……5人も先輩に会いに来てくれたんですからね」
「……ほう」
5人という言葉にクリアントは佇まいを直す。
具体的には所持している衣服の中でもとびきり新品で高級レストランでも着ていけるようなジャケットを取り出した。
「先輩……そんなどこかの雑誌にでも載っていたからって用意したみたいな服装、逆にキモいですよ」
「え……そうなのか……」
ワンプの言葉に絶望しつつ、クリアントは拳銃で己の頭を撃ち抜いた。
新たな肉体で立ち上がった彼の衣装はこれまで通りのものであった。
「気を取り直して。……どんな奴なんだ? まさかクランメンバーとか言わないよな」
「はっはっは。まさかそんな。選りすぐりの女の子達ですよ」
「……」
少しばかり嫌な予感はしつつ、クリアントはワンプの言葉を待つ。
「では、もう既にこちらに来ているので紹介しますね」
「……おう」
ワンプが部屋の扉を開ける。
すると、待っていたとばかりに5人の女性が次々に部屋へと入っていく。
1人用で取った部屋であるため、ワンプ含め7人ではかなり手狭である。
かなりの密着具合となったため少しばかり気恥ずかしさを覚えながら、
「……外に出るか」
と、クリアントは提案するのであった。
外見も年齢もバラバラではあるが、クリスマスに6人の女性を侍らすクリアントが街中を歩けば好奇と嫉妬の混じった視線を受けること間違いなしである。
中には本当に邪眼を飛ばしクリアントを状態異常に貶めようとする〈マスター〉もいたのだが、女性達がひと睨みし、どこかへと退散していった。
「……はぁ」
最初は少し嬉しい気もしていたが、段々と不安しか無くなっていく。
というか、誰なのだろうという危惧しかない。
クリアントの知人女性でまともな者はいない。
誰も彼もが自分の世界を持っており、そこに触れることはタブーとするような者ばかりだ。
そんな者達と同類の気配がする女性達が自身に好意を抱いているというのであれば……それは逆に恐ろしいことでもあった。
無言で歩くこと10分程。
街の外に出たクリアントは、ここならばとりあえず誰の迷惑にもならないだろうと思い、ワンプに話を振る。
「……それじゃあ紹介してくれるか?」
「はい! ではまず1人目から」
順番はワンプの中で組み立てられているようだ。
1人目はゴスロリファッションの少女であった。
紫を基調とした衣服、濃いアイシャドーが特徴である。
爪までもが紫に塗られており、毒々しい。
「……ヒヒ。ようやく会えました。クリアント様。クリアント様クリアント様クリアント様」
ぶつぶつと呟く少女。
この時点でクリアントはお腹いっぱいである。
「ずっとずっとお慕い申しておりました。貴方様と最初にお会いした時は殺してやろうとずっと思っていましたが、今はもうそんなことは考えられません……ええ、一緒に沈みましょう?」
「……」
爪を立てて襲いかかろうとする少女であったが、そこは他の女性たちに取り押さえられる。
以降は下がったままであるため彼女の自己紹介はこれで終わりのようだ。
「次、です!」
「……ふふ」
白く清楚な印象を持つワンピースを着た女性であった。
クリアントに視線を向けると薄く微笑む。
先の地雷系女と比べれば、大人の女性と呼ぶに相応しい。
「ええと、どこかで会ったことが?」
「いいえ? こうして面と向かって話すのは初めてかしら。でもお姉さん、そんなこと気にしない。ねえ、全部任せて頂戴?」
「全部、とは……」
「これからのこと全てよ。手を動かすのも足を動かすの話すのも戦うのも死ぬのも全部全部、私に任せて頂戴?」
「……」
いつの間にか手に持った釘をクリアントに突き立てようと襲い掛かってきたが、こちらも他の女性たちに抑え込まれる。
クリアントは頭が痛くなってきた。
もしかすると何か状態異常でもかけられているのではないかと希望に縋るも、そんなことは無かった。
つまり死んで新たな肉体になっても頭痛は収まらない。
「3人目、です!」
何が楽しいのかワンプのテンションだけは高くなっていく。
「……あー。吸わせて?」
八重歯どころか生えている歯全てが尖っている少女。
真っ白な和服……白無垢のようなものを着ているが、その衣装は血に染まっており、この中では最も外見的に悪い意味で気になっていた者であった。
誰の血液だろうと思ったが、彼女の肉体そのものが既に傷だらけであり絶えず血が流れていた。
「そして、吸って?」
クリアントの首に噛みつこうとし、こちらも同様に抑えられた。
抑えつけた女性達も構わず噛みつこうとし、間もなく猿轡を口に挟まれた。
「……ワンプ」
「ま、まだまだいますよ! 4人目でーす!」
クリアントの冷ややかな視線に負けずワンプは4人目を前に出させる。
「おなか、すいた」
褐色肌の背の高い女性であった。
彼女は腹を抑えており、空腹を訴える。
「なにか、もってない?」
「そういや……おやつがあったな。クッキーでいいか?」
クリアントよりも背が高いはずであるが上目遣いにこちらを見る目に耐えられず、クリアントはアイテムボックスから菓子を取り出す。
「ありがと、だいすき」
女性はクリアントに抱き着くとその手からクッキーを直接食べる。
「お、おお……」
正直、これまでの3人と比べるとだいぶマシな方であったため、対照的にかなり好印象に思えてくる。
腹ペコヒロイン悪くない。満たしてあげたい。
等と、思いつつ彼女が菓子を食べ終わるのを待つ。
「まだ……おなかすいた」
ぐぅ、と腹が鳴っている。
その音を聞くとクリアントまでもが空腹感を覚えてくる。
ああ、そうだ空腹だ。
食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい……。
何でもいいから食べたい。
アイテムボックスの中の食料全て。
みえるもの全て。
空腹を紛らわすためなら土だって腹に収めてもいい。
「はい5人目です! どうぞ!」
ワンプの言葉に我に返る。
気づくと、空腹は収まっていた。
最後もまた和服の少女であった。
クリアントに噛みつこうとした者とは違い、黒の中に金の刺繍が縫い付けられた和服である。
こちらはやや軽装感漂ったものであり、浴衣に近い衣装であった。
「……近づかないで」
「うん?」
先の4人は行動自体はおかしなものであったがクリアントに好意的?であった……と思う。
だが、5人目の少女はクリアントを睨みつけ、あまつさえ近づくなとさえ言っている。
「嫌い……嫌いよみんな……。だから近づかないで……みんな私から離れて……1人にさせて……」
そう言うものだからクリアントは一歩下がろうとするも、その瞬間少女は叫んだ。
「う、嘘よ! ねえ、私から離れないで! 今のは違うの、私の本心じゃないのよ。貴方だけは分かってくれるわよね? 本当は好きよ。でも素直になれないの」
必死の形相でこちらに弁解する少女を見て、違う意味で一歩下がりたくなるクリアントである。
「どんなに私が世界から嫌われても貴方だけは私の傍にいてくれるわよね? そうだ! 2人で旅に出ましょう? きっと楽しいわ。ええ、きっとそう――」
「いいわけないでしょう!」
少女の頭に手刀を下ろし、ワンプは彼女を下がらせる。
恐らくデンドロプレイ史上初の心の底からのワンプへの感謝を送り、クリアントは胸をなでおろした。
「で、先輩。誰か気になった女の子はいました?」
気になったかどうかで言えば、気になりまくりであるが、このクリスマスに共に過ごしたいかと言えば別である。
異性付き合いは勘弁して欲しい。
5人それぞれが期待に満ちた眼差しをクリアントに送っている。
「……」
その視線に応えられず、クリアントは無言のままでいるしかなかった。
「……ちなみにだが。いや、もう既に心当たりはありすぎるんだが。彼女たちの名前は?」
彼女達を見るのは初めてだ。
だが、どこか既視感を覚える者ばかり。
「はい。順に、マッドラップスさん、クレハドールさん、出涸らしさん、パルペテノンさん、褥さんです!」
「だろうなぁ!」
既視感どころか聞き覚えのありまくる名前ばかりであった。
というか、彼の所持する武具ばかりだ。
「ちなみにここに選ばれなかっただけで先輩にどうしても会いたいって子はまだまだいるんですけど……」
「いや、いい。もう十分だ」
「ですかぁ。……で、誰にします」
「……」
「無言……つまりは選びきれない? ハーレム希望ということですか」
「ちが――」
ワンプの言葉をGOサインと捉えたのか。
5人の女性全員がクリアント目掛け飛び込んでくる。
ゴスロリ少女の爪で掻かれた先から毒に汚染され始め、
クレハドールの持つ釘に刺された箇所の自由が利かなくなり、
出涸らしに噛まれた箇所の出血は止まらず彼女の衣服を更に染め上げ、
パルペテノンが近づくだけで空腹に襲われ、
褥は何もしてこないのだが、離れることなく体を寄り添わせ続けることが逆に恐怖を抱かせる。
そんなこんなで5度ほど死んだクリアントを見て、それぞれの死因となった彼女たちは満足したように消えていった。
視界の端にメッセージが届いていたのが確認出来た。
どうやらクリスマス限定で所持している特典武具や一点ものの武具が人化するようになっているらしい。
独り身ならまだしも、デンドロで恋人とクリスマスを謳歌しようとしている者にとっては阿鼻叫喚の地獄となりそうなものだが……実際になっているらしい。
街からは悲鳴が多々聞こえてくる。
「先輩先輩」
「……何だ?」
「最後にとっておきなのですが。先輩のことをとっても好きな後輩系女子がいまして。先輩の戦い方とかすっごい尊敬していたり、先輩に近づこうと努力したりしなかったりと、素直にもなれない、いじらしい女の子なんですが」
小さくため息をつく。
恐らくはこのための長い長い布石だったのだろう。
パルペテノンに最初抱いた、対照的に見ればマシな方というのと同様に。
触れてはいけないタイプの女性達を最初に紹介することで自身をより良く見せようという魂胆であったのか。
「……ワンプのことだろ?」
「え、違いますけど。イテカさんのことですよ?」
「……ッ」
「あれれ? もしかして期待しちゃいました? ワンプちゃんが先輩のことをとっても大好きで尊敬している素直になれない女の子だと思っちゃいました?」
ニマーと笑みを浮かべながらワンプはクリアントの顔を覗き込む。
「まあ、間違ってはいないんですけどね」
そんなふうに言い直す彼女の耳は赤かった。
「メインヒロインの座はそう簡単に譲りませんとも。心は広いですからヒロインに加わることは許しても正室は私のものです」
少しだけ茶化すようにしているのは恥ずかしさからだろうか。
こんな真正面から好意を向けられるのは嬉しい。
先程の攻撃的な女性達を知っては尚更だ。
……まあ普段は頼もしい武具たちであるから彼女たちも完全に拒絶は出来ないのだが。
「先輩。せっかくですからケーキでも食べましょう? 『くりすます』は身近な人とケーキを食べる日らしいじゃないですか」
身近な人がどういった人を指すのか。
その意味を知ってか知らずか、ワンプはクリアントの腕にしがみ付く。
「……そうだな。もう長い付き合いだ。俺も大概の食材はミキサー無しでペースト状にすることが出来るようになったぞ」
「流石です! ふふっ。楽しみですね」
隣を歩く小さな泥まみれの少女。
彼女の歩調に合わせながらゆっくりと街に戻るのであった。