<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■ドライフ皇国皇王宮
「……やりすぎなければ良いのですが」
王宮の一室にて彼女はそう一人呟く。
ここはクラウディア・L・ドライフの私室。
その部屋の持ち主であるクラウディアは、戦いに送り出した人物……の戦闘後の地を憂いていた。
「皇国で無く、あちら側……レジェンダリアの方へ降りて行ってくれたのは非常に幸運でしたわね。彼女の戦いに皇国民が巻き込まれずに済みます」
「……彼女? 彼では無くて、ですか」
クラウディアの言葉に反応したのは、彼女の兄であるラインハルト。
表情が全く無いようでいて、僅かに眉を潜めていた。
クラウディアは兄の言葉に、弄っていた何かの装置から手を離す。
会話を続けるなら、作業を続けながらでは兄に失礼と思ったのだろう。
「ローガン・ゴッドハルト。彼を差し置いて、クラウディアは誰の戦いを案じているのです?」
【魔将軍】ローガン・ゴッドハルト。
悪魔の軍勢を召喚する【魔将軍】は本来、使い勝手の悪いジョブだ。
低レベルの悪魔一体を召喚するのに、亜竜級モンスターをコストにする意味など無いし、戦時下で無い今はコストに捧げる対象も限りある。
だが、その前提をローガンは覆す。
亜竜級モンスター1体をコストに、亜竜級ステータスの悪魔を1000体召喚する。
その強さ、数、そして召喚という軍勢の持ち運びやすさ。
どれを取っても、皇国にとってなくてはならない戦力。
広域制圧型という括りであるが、その威力と範囲は殲滅型に近いと言っていいだろう。
性格も、戦術には弱いが、容赦の無さは戦いには向いている。
幼子が羽虫を潰すように、彼は人間を殺すことが出来る。
その躊躇いの無さはラインハルトも一目置いていた。
時にその性格で身を滅ぼすこともあるが、単純な指令であればこなしてくれるはずである……と。
「ローガン? ああ、彼ならそう心配いりませんわ」
だが、クラウディアはローガンにそこまでの評価を置いていなかった。
「いざとなれば保身も考えられる人間です。やり過ぎればどうなるか、皇国の立ち位置も考えて、動いてくれるでしょう」
かりにも皇国の中でも高い立ち位置にいるのだ。
下手にレジェンダリア内で暴れれば、皇国から追い出されるだろうことは彼にも分かるはず。
そのため、クラウディアはローガンに対し一切の期待も杞憂も無い。
尤も、調子に乗って失敗はするだろうという予想はあるが。
そこは選出された他2名で補えばいいだろうとクラウディアは考えていた。
「パリドーネとレシーブ。彼女たちのことをお兄様は書類と記録、そして記憶の上でしか知らないのですものね。これは彼女らと友人関係を結んでいる私という感情が予測できることですもの」
「そうです。そしてそれ故に、私には分かっていないこと……見落としている部分がありました」
「何故、彼女らが準〈超級〉と数えられているか、でしょう?」
上級エンブリオにして超級職。
この文面だけであれば、確かに準〈超級〉の一角に入ってもおかしくはない。
だが、実際の彼女らを見れば、それは疑念に変わる。
ラインハルトも彼女らを見て、本当に準〈超級〉足りえる力があるのか疑念が湧いたのだ。
満足に亜竜級モンスターすらも倒せない実力の持ち主だ。
パリドーネは亜竜級モンスターにステータスで劣る上に、そのスキルも通用しない。
レシーブはLUK値が低いため、スキルの発動できる対象が低レベルモンスターに限られてしまう。
「ですから、対象を絞ったうえでの準〈超級〉です。ほら、他の国にもいるでしょう? 対空限定とか、そういった前提を付けた準〈超級〉の方々が」
例えば、〈ウェルキン・アライアンス〉のフォールを始めとした中核メンバー。
彼らは対飛行モンスター相手であれば準〈超級〉に匹敵する力を持っている。
その他にも、時間と準備をかければ、一時的に準〈超級〉に届く戦力を持つ者は数多くいる。
「パリドーネは対人、あるいは言語の通じる相手に限っては準〈超級〉なのですわ。それに、対軍……一握りの強者がいてもその他が弱ければ、彼女の力は劇的に増していきます」
ノクトル村での戦いがその最たる例だろう。
村人という弱者を相手にスキルを発動することで、彼女のステータスは増していく。
そうして、衛兵らの戦える者のステータスを越し、戦いに勝利できる。
クラウディアに今ノクトル村でまさにその惨事が行われていたことは知り様が無いが、パリドーネを良く知る彼女にとっては容易に予測できる。
「……それで、君の憂慮している事態を引き起こすのは彼女では無いのでしょう?」
だが、パリドーネはあくまで対人にしか力を発揮できない。
条件次第では【獣王】さえ倒せる可能性もあるが――【獣王】であればそのシチュエーションに持ち込まれる前に瞬殺するだろうが――、だがそれで周辺に影響が起こるような戦いは出来ない。
「レシーブ・キープ。彼女には何があるのです?」
ならばもう一人の人物――【動物王】レシーブ・キープがクラウディアの不安の種なのだろう。
だが、とラインハルトはレシーブという人物を思い浮かべてやはり弱いという印象しか浮かばない。
【動物王】というジョブのスキルは強い。
その穏和な名とは全く違い、生物模範であるモンスターであれば無制限の数を使役するという《動物王国》という奥義。
当人のステータス全てが対象のモンスターを超えていないといけないという制限こそあるが、超級職というレベルの上限の無いジョブであれば、レベルを上げ続け、ステータスを上昇させればいいだけのこと。
それに、【動物王】はステータスが満遍なく上がるジョブと聞く。
一点特化型もいるが、万能型、もしくはスキル特化型でステータスは然程高くないUBMも存在する。
【動物王】に使役出来ないモンスターは存在しない、と前任者は言っていたと記録にも残っていた。
だが……惜しむらくは、【動物王】がレシーブ・キープであったということだ。
彼女のエンブリオの詳細はラインハルトにも分かっていないが、自身のLUK値を低下させるパッシブスキルがある。
そのため、彼女の使役できるモンスターは下級モンスターがいいところ。
LUK値が低ければ、亜竜級モンスターであっても使役できる可能性が出てくるといった程度だ。
彼女には何もできない。
何も期待できない。
それがラインハルトの下した評価であった。
「お兄様の疑念も、分からなくもありません。確かに、レシーブはエンブリオの制限で、【動物王】の奥義を封じられているに等しい状態にあります」
それに、彼女の性格。
数瞬ごとに変化する喜怒哀楽、あるいは気力の上下。
時には性格すら変わる彼女を見て、ラインハルトは使い物になるのか分からなくなった。
「さて、前提の話に戻りましょうか。パリドーネは対人を前提にした準〈超級〉と言いましたね」
状況下によって発揮できる強さ。
レシーブもその類であるとクラウディアは語る。
「ずばり、レシーブは決戦を前提にした準〈超級〉ですわ」
「……つまり?」
「つまり、戦うべき状況にしか力を発揮しないタイプです」
「……なるほど」
決戦型の力を持つ者というわけだろうか。
そう、ラインハルトは結論付けた。
だが、その上で、クラウディアはラインハルトの考えを更に否定していく。
「あ、ちなみに。繰り返すようですが、決戦時にしか発揮しないタイプですので。発揮できないのではなくて」
「……?」
「決戦時でも発揮しないこともあります。結局は彼女のその時の気分次第なのですわよね」
困った我が子を見る母親にも似た溜息をクラウディアは吐く。
「ええ。ですから心配しているのです。気分が高まりすぎて、やりすぎてしまわないか」
「……」
結局ラインハルトは、レシーブのどこにそのような力があるのか分からなかった。
故に彼は記録を探る。
クラウディアの感情は知り得ても、完全な理解は出来ない故に。
そして、一つの結論に辿り着いた。
「ああ。これは凄い。なるほど、決戦に備えて力を蓄えるタイプでしたか」
であれば、クレハドールを討伐出来るのはレシーブかもしれない。
来るべき戦いに備え、彼女は戦力として非常に魅力に映ってくる。
だが結局、その時に彼女がラインハルトの期待に応えるかどうかは。
彼女の気分次第なのであるが。
その言葉を最後にラインハルトは黙る。
それを感じたクラウディアは自分の作業に戻っていく。
静かな部屋で機械音だけが小さく鳴る。
1人静かに、クラウディアは作業に没頭する。