<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【深潜水士】クリアント
「何か様子がおかしいです。一度下がってください!」
「……だな」
剣を振り下ろす直前、ワンプの助言に従い、止めを刺さずにクリアントは下がる。
このまま剣を振り下ろせば、それによって死ぬのはクレハドールではなくクリアントであると、直感していた。
外見上はの変化は微細なものであった。
まず、『赤砂の剣』が消え、代わりにクレハドールの全身を炎が包む。
次に、クレハドールの表情……いや、全身から人形らしさが無くなった。
トロからクレハドールへ――本人曰くカゲツらしいが――変化した際に、関節部や表情の変化の乏しさが人形じみていたのだ。
だが、それが消えた。
より、人間らしくなった。
UBMだから、生物らしく、であろうか。
ともあれ、クレハドールから剣と人形らしさが消えた。
代わりに、全身の炎と人間らしさが増えた。
「【永遠火月 クレハドール】。火月……これがカゲツか。あいつの言っていたことも本当みたいだな」
「先輩、そこじゃなくて! 進化してますよ! 逸話級から古代伝説級に!」
「……そうだった」
等級を安易に強さの目安として捉えるならば、これまでマッドラップス並みであったのが、ドラゲイルやグラスコード並みになったということだ。
大きさはグラスコードが遥かに上回っていた。
スキルの数はドラゲイルが多くを切り札として持っていた。
クレハドールには何があるのだろう。
人間の女性の姿をしたこのUBMは、何を以て古代伝説級としてそこに在るのだろう。
「……ハ」
と、クレハドールは――カゲツは息を漏らす。
溜息のようにも聞こえたそれは、次に吐き出した言葉で正反対の意味を持つ。
「ハハ! ハハハハハハハハ!」
人間のように笑い、カゲツは己の全身を見る。
「これだ! これこそが神の力! 俺が神として顕現するに相応しい力だ!」
圧が増している、とクリアントは感じた。
グラスコードにも、ドラゲイルにも匹敵する圧を、このカゲツは放っている。
「先輩、あのUBMのステータスを!」
「……駄目元だが、やってみるか」
《看破》を発動し、カゲツのステータスを探る。
そこにあったのは【永遠火月 クレハドール】という名と古代伝説級という等級、そしてステータスはLUKを除けばそれぞれが五桁を超えた数値がある。
対するクリアントのステータスは上級職である【深潜水士】と【高位呪術師】がそれぞれレベルカンストとはいえ、前衛職では無いために平均としては2000がいいところ。
AGIとENDが辛うじて3000に届いているが、総合的にはカゲツの半分にも満たない。
「先輩、弱すぎでは……?」
「いや、ワンプのステータス補正が無いから……。他のエンブリオだと結構ステータスの補正あるって聞くぞ」
【泥中別誕 スワンプマン】はその力の全てを肉体再創造に当てているために、ステータス補正はゼロ。
純粋なジョブでのステータスしか無いのだ。
「無いものをねだっても仕方ありませんよ! よそはよそ、うちはうちです!」
「言い出したの、ワンプだからな!」
ともあれ、カゲツの変化を調べなければ戦いは進められない。
調べなくても進むには進むが。
その場合はクリアントの完全な死亡を以て終わるのだが。
「剣が無くなったのは好都合です! でも、倒すのが必須になりましたね!」
「ああ。『赤砂の剣』を持っていたのがトロだったなんてな。先に貰っておけば良かった」
それも無理な話だが。
フィリップの『探求心』ですら見つけられなかった剣だ。
単にアイテムボックスに仕舞っていたというよりも、セキュリティーをかけて封じておいたに近いのだろう。
それも全ては、自身がモンスターであることを隠すためなのだろうが、クリアントからしてみれば、さっさと正体を明かして剣を渡しておいてくれれば敵もここまで強くならなかっただろうと辟易する気持ちだ。
「さっきから何を言ってやがる……ん?」
と、カゲツが頭上を見る。
空に何かが現れたかのように。
「……?」
つられてクリアントも頭上を見上げ、
「――先輩!」
ワンプの声が聞こえる。
だが、その時にはすでにクリアントの全身が炎に包まれていた。
「……この、力は」
死体も残さず、クリアントの全身は業火によって燃やし尽くされた。
「先輩! すぐに退避を!」
「――っ!」
ワンプの声に、クリアントは再創造された肉体を後方へと動かす。
その場所を炎が抉る。
「……何が起きた?」
「何がと言われましても、私にもあまり見えませんでしたよ。先輩とステータスは同じなんですから。というか、今は同化しているんで先輩に見えないものは見えませんよ!」
「そうだったな……」
ならば、見えない何かをされたのだろうか。
いや、見えなくさせた、か。
「……視線によるフェイントとか、人間らしい攻撃だな」
クリアントが死ぬ寸前に空に見た景色は何も無かった。
ただクリアントがカゲツから視線を外しただけだった。
それを誘導するだけのために、カゲツは頭上を見て、表情を変えたのだ。
「何となく見えてきたぞ。ワンプ、このUBMは今までのどのモンスターよりも人間らしいんだ」
「……ということは!」
「ああ。別に何の解決法も浮かばない!」
高ステータスの人間相手にクリアントが勝てる手段といえば、マッドラップスの鎧である。
だが、問題はカゲツにそれが通じるかどうか。
カゲツの様子を見る限り、通じてはいないのだろう。
「……ちなみにさっき、俺は燃えて死んだのか?」
「ですね! どうやらあのカゲツさんとやらの全身に触れるだけで燃えるみたいです」
ならば、『赤砂の剣』は消えたというよりもカゲツに能力を吸収されたとみるべきだろう。
剣に触れなければ良かったのが、カゲツに触れなければ良くなっただけだ。
「……いや、無理じゃね?」
触れれば発動するマッドラップスの鎧も、相手が触れずに炎で全身を焼くというのであれば、何の意味もなさない。
「その鎧、防御力皆無ですしねー」
どうするか、と悩もうかと考え始めたところでクリアントは一つの策を思いつく。
「先輩?」
「いやなに、ストックってあと9回で合ってるか?」
「ええ、まあそうですけど……?」
だったら、こうするのが手っ取り早い。
カゲツにストックを減らされるくらいなら、自分から減らした方が良い。
「……あん?」
クリアントは自身の首に大剣を押し当て、引く。
あっけなく、HPがゼロになり、クリアントの肉体は新しく作られる。
「……何がしたいんだ?」
怪訝な表情をしながら、カゲツは新しい肉体へ意識を移したクリアントへ攻撃を仕掛けようとし、そのクリアントが更に自身の首へ大剣を突き立てているのを見て止まる。
「……諦めた?」
カゲツも、ここまでの戦いや、トロの記憶を読み取ることでクリアントの力が蘇生に近いものだと知っている。
そして先ほど見せた死体を動かす力。
剣こそ手に持っているが、それ自体の攻撃力は低い。
だが、それがクリアントの持つ攻撃手段である以上、油断せずにクリアントの体を燃やすことのみに集中するとカゲツは決めていた。
故に、カゲツは気づかない。
2度、3度とクリアントは自殺し、己の死体を量産する。
死んでから動き出すまでのタイミングを絶妙に調整しながら、4つの死体を作ると、それらは一斉に動き出し、カゲツ目掛けて走り出した。
「……ちぃっ」
その動きはカゲツから見ても遅い。
即座に手を振るい、4つとも燃やす。
触れるまでも無い。
手に纏う炎だけで十分、生物には致命足りえる火力がある。
「……まだだ」
だが、その死体に隠れて、クリアント本人が動いていた。
炎に当たらぬよう、少し遅れて走り出していたため、カゲツの振るう炎を喰らわずに、カゲツの懐へと到達する。
「……ハッ」
それでもカゲツは余裕の笑みを崩さない。
カゲツに纏う炎は別にカゲツが動くたびに揺れるものではない。
意識さえすれば、カゲツの肉体とは別に動くのだ。
剣を振るう隙さえ与えない。
振り上げた瞬間にはクリアントの全身は燃え尽きるだろう。
カゲツは獰猛な笑みを浮かべたまま――
「……あ?」
笑みを固めた。
先ほど死体を燃やすために振るった手を目掛け、クリアントが額を押し付けたのだ。
剣を振るうよりも早く。
炎が全身を舐めるよりも早く。
マッドラップスの毒に侵された己の肉体を、カゲツへと押し当てた。
【永遠火月 クレハドール】
古代伝説級のくせにステータスは低めです。
理由は、相変わらず人間への模倣スキルを残していることと、人形操作のスキルがあるため。
それでもステータスが倍以上も離れているクリアントと見かけ上は互角に近い戦いになってしまっている理由は後ほど