<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
やっぱり戦っている時が一番書きやすいです
■【深潜水士】クリアント
懸念は一つだけあった。
果たして、人形であるカゲツに対し、マッドラップスの毒は効くのかどうか。
生物に特化しているこの猛毒は、しかし無生物に対し効果が薄い。
全てに対し試したわけではないが、恐らくは無機物で作られたゴーレムあたりには効かないだろうとクリアントは予想していた。
金属に毒がどこまで効果があるか……腐食という点では金属にも意味がありそうだが、そもそもマッドラップスが生物特化の設計である。
逆に、樹木などを素材にしたゴーレムには毒が効きそうだ。
目の前のカゲツ……【永遠火月 クレハドール】はそのどちらなのだろう。
人形と一口に言っても、その素材は千差万別と言わないまでも、数多くある。
機械人形だって人形であるし、ひな人形だって人形だ。
恐らくは通用する、とクリアントは予想していた。
逸話級UBMを倒して獲得した特典武具であろうと、古代伝説級に効果があるだろう、と。
その理由はカゲツが人間らしくなったこと。
そこに尽きる……というかそこに賭けるしかない。
素材も人間に近づいた、と賭けるしかないのだ。
毒に弱い人間に。
「……喰らえ!」
炎に焼かれながらも、その身をカゲツに押し当てる。
元よりクリアントの持つ剣はカモフラージュに過ぎない。
ジョブの恩恵も受けず、そう高くも無いステータスで振るう剣がカゲツの高いステータスにどれだけの傷を付けられるだろう。
ならば、マッドラップスの毒で、相打ち覚悟で倒すしかない。
「……これは!」
結果から言えば、マッドラップスの毒は通用した。
クリアントの額から伝染した《毒呪変容》はカゲツの掌から毒に侵していく。
「毒か!」
カゲツはその身の軋みと腕のみが感覚と運動の鈍りが起こり始めたことから毒に侵されたことを察する。
クリアントの肉体を媒介として侵された毒。
これ以上クリアントに触れることは浸食を広めるだろうと推測し――
「この程度か」
毒に侵された肘から下を分離した。
関節部から内部のネジを取り外し、切り離したのだ。
「……は?」
「神を侵すとは、不敬なやつだな。いっぺん、死ねや!」
死ねやと言われずとも、すでに全身燃え尽きていたクリアントの肉体はすぐにHPが尽き、新たな肉体を作ることになる。
代わりに、カゲツの腕にはいつの間にか新たな腕が備え付けられていた。
切り離した腕は地面に転がっている。
新たに生えた……ではなく、付け替えたが正しいだろうか。
人形らしく、不要なパーツを付け替えるのは得意なようだ。
「……ミスったな」
「ですね。これなら最初から中枢部を狙えば良かったです。隙が多そうな手を狙ったのは、焦り過ぎましたかねー」
これは流石に反省しなければならないだろうか。
だが、そんなことを言っている場合ではない。
「……うーん」
だが、クリアントには疑問が沸く。
倒せなかった。
だが、それでも倒せる可能性が見つかったことに疑問が残ってしまう。
「……何で倒せそうなんだろうな」
「それは、毒が効いているからでは?」
ワンプがそれに答える。
だが、それは攻撃の効果が通じているだけだ。
問題は、この戦闘が成り立っていることにある。
「いつだったか、マッドラップスと戦っている時があっただろ」
「ありましたね」
「その後に、グラスコードやらドラゲイルやらと戦った」
「戦いましたねー」
「……俺、瞬殺されていたよな」
マッドラップスはともかくとして、グラスコードもドラゲイルも戦闘と呼ぶほどにまともには戦えなかった。
フィリップやクャントルスカがいても尚、クリアントにはサポートに徹して何とか戦闘をしていると見せかけていたのだ。
しかも、その時のジョブは海中に適性のある【深潜水士】や、ドラゲイルに通じる火力のある【魔法少女ω】であった。
今は地上にて何の役にも立たない【深潜水士】。
陸上にあげられた魚のように、クリアントに使える手段はほとんどない。
毒魚の如く、カゲツを毒で刺すくらいしかないのだ。
「思っていたよりも弱いことは喜ぶべきでは?」
「弱いと言っても、俺より強いんだよ。だから……何か突破口にならないかな、と」
と、クリアントは思い出す。
そもそも、このUBMに対しての情報がほとんど無いことに。
グラスコードも、ドラゲイルも、それを倒そうとしている者達と戦っているから情報を得ることが出来た。
別にそれが決定打になったわけでは無いが、今はその情報が戦局を左右する可能性だってある。
クリアント1人の力では限界があるし、何より出来ることが攻撃を受けても肉体を作り変えることくらいだ。
見かけ上のステータスが10000近い相手と何故戦闘を演じられているのか。
クリアントのジョブにも、エンブリオにも心当たりはない。
あるとすれば、それはカゲツ自体の問題では無いのだろうか。
「……攻撃してきませんね」
「警戒は、しているんだろうな」
と、思考を巡らせているクリアントに追撃してくる様子が無い。
どうやら先ほどの毒が己を殺す可能性があるとカゲツは判断したようだ。
「ここからは容易に攻撃が当たってくれないだろうな」
「なら、その間に考えましょうか。【永遠火月 クレハドール】について」
確か、逸話級の名前は【永遠偶人 クレハドール】だったなと思い出す。
偶人……その意味は人形。
永遠に生きる人形、という名を冠しているのだろうか。
人形と言えば心当たりがあるのはクレハの特典武具、そしてトロが作成していた人形だろう。
思えばあれは一種のカモフラージュだったのではないだろうか。
クレハがあたかも人形遣いであると見せかけることで、トロがクレハドールであることを隠すための。
すると、クレハドールは人形遣いとしての力も持っているかもしれない。
クレハが炎の剣を使っていたのは『赤砂の剣』を隠すためであった可能性が高いとなると、人形遣いの線も濃厚であろう。
人形遣いと『赤砂の剣』。
この2つがクレハドールの力。
そして、【永遠火月 クレハドール】と進化し、その力も強まった。
「……よし」
「お、何か分かりました?」
「さっぱり分からなかった!」
クリアントの体が炎に包まれる。
考えている間にも何回か死んだ。
これで残りのストックは4回。
「情報が少なすぎる。というか、考えても無駄な気がしてきた」
「言い出したの先輩ですよー? もうちょっと粘ってもいいのに」
「……何だか余裕だなワンプは」
一心同体であり、クリアントが死ねば……ストックが尽きてログアウトになれば同様にワンプも死ぬのに。
その声はどこか余裕があった。
「ふふん! 余裕があるのはですね……」
「……おう」
「勝てる可能性があるからです!」
その声と共に、カゲツの右足がクリアントの顎へ迫る。
「っ!」
後方へ揺らめく炎すらも喰らわないように躱し、体勢が崩れないように片脚を下げる。
「……で? 勝つ可能性というのは」
「ああ! 惜しい! もう少しで死ぬところだったのに!」
「……おい」
ワンプの声はクリアントが危機一髪生き残れたことを悔しがっているようであった。
「いや、だって私の力って死んで発揮されるじゃないですか」
「本当は生きている間にどうにかする力も欲しいんだけどな」
「そう、それなんです! だから、もう少しなんですよ!」
だから、何が……という言葉の前にワンプが続けた。
「必殺スキルです! 私の見立てでは、あと一回、先輩が死ねば発現しそうなんです!」
「……マジか!」
ならば、と自分から攻撃に飛び込むべきだろうか。
カゲツは先ほど腕を切り離してからは、クリアントの一挙一動を見ている。
一撃も喰らわないように、炎で焼き殺そうとクリアントを狙っている。
「メイデンの面目躍如です! 強敵相手のジャイアントキリング。ようやく私が私として先輩に強さをあげることができます!」
「よ、よし! 死ねばいいんだな!」
それはクリアントにとって、願っても無い話であった。
周囲には必殺スキルを持つ仲間や敵がいつもいた。
一般には、死んでしまうとエンブリオの成長や必殺スキルの習得が遅れてしまうという話もある。
ワンプの力は死ぬことが前提であるが、死ぬことに変わりは無い。
もしかしたら……気軽に使っていた肉体創造も、必殺スキルの習得を遅らせているのかと、不安もあったのだ。
だが、ワンプは言う。
後一度だ、と。
それで必殺スキルは習得できるだろうと。
「今、あのUBMを相手に微調整しているところです。あと一撃、その死亡の情報さえあれば、あのUBMを倒す必殺スキルが完成します!」
そんな嬉しいことをワンプは言ってくれる。
思えば、こいつも成長したものだとクリアントは思う。
いつもは憎まれ口をきいてくれるが、今日に限っては頼もしい。
「出来るだけ良い死に方をしてみるか。俺とお前の必殺スキルに相応しい死に方を!」
「うわー。テンション高くて気持ち悪いですねー。というか、私たちに相応しい死に方って何でしょう?」
それは分からないが、とりあえず焼け死ぬしかこの戦場には死に方が無い。
なので、とりあえずカゲツに肉体に触れずとも、その炎に舐めとられようとしたクリアントであったが――
「あ、ああああああああああああああああああああ!?!?」
カゲツが叫び出した。
全身から軋む音を立てて。
全身を光沢化させて。
炎を消し、機械の人形のような姿へと変貌し、その場で叫んだのであった。
「……これ、お前の言う必殺スキル?」
「……違います」