<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■問われてきた過去
「質問に答えなさい」
「この問いに対する正答を述べよ」
「問題に答えなさい」
「答えなさい」
「答えなさい」
多くを問われてきた。
多くの誤答をしてきた。
多くの正答を逃してきた。
「何故分からないのですか」
「何故分からないのですか」
「何故分からないのですか」
分かるわけがない。
まだ習っていないものだ。
予習が済んでいないところだ。
記憶に留めるには不可能な量だ。
「漢字すら読めないのですか」
「使うべき計算式がまるで違います」
「すべての国の名称と位置を記憶しなさい」
分かるわけが無いだろう。
小学生に何を求めているのだ。
常用漢字すら全てを知らないのに、表外漢字を読まされ。
四則演算を何とか覚えたところで大学入試レベルの問題を解かされ。
世界地図の隅から隅までを見させられ。
全ては将来のためであると。
そう、義務付けられるように教え込まれた。
自称名門大学卒業生である各教科の家庭教師たちは毎日毎日部屋を訪れる。
毎日毎日無理難題を押し付ける。
「貴方は人間として未完成です」
「貴方は人間として欠陥品です」
「貴方は人間として半端者です」
毎日毎日言われ続けた。
尊厳を、人権、人格を否定され続けた。
自分は人間として未完成で、欠陥品で、半端者なのだと。
受け入れるしか無かった。
だって、大人が言うのだから。
父親も母親もそう言うのだから。
知識を求められ、知恵を高められ、そうやって人間を形成させられた。
何時からだろう。
不思議と記憶が定着してくるようになった。
漢字も数式も歴史も地図も。
いつの間にか覚えていた。
「それは――です」
「これは――です」
「答えは――です」
すらすらと、家庭教師たちの問題に答えられるようになった。
無理難題が、ただの問いかけになってきた。
問われれば返す。
その作業を繰り返すだけの毎日になってきた。
調べれば調べる程、知識は深まっていく。
調べれば調べる程、世界は簡略化されていく。
ある時、家庭教師に尋ね返してみた。
質問に即答し、家庭教師からの問題が途切れたのだ。
家庭教師が次の問題を考えている間、時間があった。
暇になった。
故に、脳裏に浮かんだ疑問を家庭教師に投げかけてみた。
普段であれば、自分で調べただろう。
むしろ、家庭教師に尋ねた瞬間に、それこそが問題とばかりに問い返されただろう。
それを狙った意味もあるかもしれない。
次の問題を考えている家庭教師に、こんな問題もあるよと。
親切心から、自身で問題を作り上げていたのかもしれない。
故に問いかけた。
「ここの――なのですが」
それは、ほとんど確認程度の軽い質問であった。
彼女からしてみれば、それほど重要な質問では無かった。
だが、
「……」
「……」
「……」
家庭教師たちはいずれも黙り込んだ。
彼らもいい年をした大人だ。
少女の質問の意図が分からなかったわけではない。
彼女が悪意あって問うたわけでは無いことは、彼らにも分かっていた。
分からなかったのは意図ではなく、解答。
彼らには分からなかったのだ。
それに対する正答が。
これまで教え込んだ以上に学習を続けた少女からの質問に対し、彼女の全てを否定してきた彼らは、自身こそが否定されているように感じた。
「……」
「……」
「……」
しかし、少女にとっては少し調べれば自身でも解答が導き出される程度の問いかけだ。
家庭教師たちも、適する書物を開けば、あるいはネットワークに通じたデバイスを開けばすぐに答えられたであろう。
だが、彼らは否定した。
答えることのできない自身を。
問いかけた少女を。
質問そのものを無かったことにしようとした。
「気持ち悪い」
「気持ち悪い」
「気持ち悪い」
彼らはそろって少女を更に否定する。
「何故そうまでして知識を求めるのか分からない」
「知りたいのなら自分で調べなさい」
「お前は自身の欲望に忠実な獣だ。やはり人間としては不完全」
そして、彼らは翌日から少女の部屋に来なくなった。
人間ではない者に、獣にこれ以上教えることは無い。
そう言い残して去って行った。
父と母は家庭教師に申し訳ない、お前は恥ずべき存在だと言っていた。
やがて少女は世界の事象の、一般に知られているものの凡そを知識として納めた。
それ以上は権限や、特別な才能を必要が無ければ、知ることすら叶わない。
故に、少女は自身の生きる世界からはもう教わることは無いと、見切りを付けた。
父と母も、これ以上は娘と会話したくなかったのだろう。
父母にとっては顔を合わせるたびに意味の分からない質問ばかり投げかけてくる者など、娘として認識していなかったのかもしれない。
故に、父母は娘と顔を合わせないためであれば、そのためなら何であれ与えた。
書物……はもう必要ないらしい。
故に、娯楽品で少女の時間を使わせようとした。
そうして少女は出会った。
VRMMOに。
新たな世界に出会った。
「あら、いらっしゃい」
「質問があります」
少女にとっては未知の世界。
知らないことが多すぎる世界。
ログインして、まず最初に出会った女に<Infinite Dendrogram>というゲームの世界に関する質問を出来るだけし、そうしてからようやくパリドーネというプレイヤーネームと、少しばかり大人びた容姿のアバターを作り上げた。
彼女は問い続ける。
知らないことを無くすために。
彼女は問い続ける。
疑問を解決するために。
彼女は問い続ける。
人間として完成するために。
感謝しているのだ。
3人の家庭教師たちには。
自分が人間として完全で無いことを教えてくれたのだから。
だから、いつか見せてあげたい。
人間として完成された時を。
その時に改めて問うのだ。
「私は完璧な人間でしょうか」
と。
■【問王】パリドーネ
「スフィ。必殺スキルの準備を」
『あいよ』
口の悪い相棒、翼の生えた小さな獅子を見て、パリドーネは思う。
エンブリオとは自身のパーソナリティの表れ。
ならば、このスフィンクスとは自身そのもの。
「……どこが私らしいのでしょう」
彼女にしては珍しく、誰に問いかけることもなくそう呟いた。
スフィンクスについてのエピソードは彼女も勿論知っている。
『朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足。これは何か』
答えは人間。
恐らく、知らない者の方が少ないくらいの有名な話。
旅人に謎を出し、答えられなければ殺して食らう。
自分はそのような野蛮じみた性格ではない……と思う。
『お前は自身の欲望に忠実な獣だ』
いや、と首を振って否定する。
人間を目指している自分の本性が、このような獣ではない。
そう思いたい。
『……お前さんが何を考えているか、それはお前さんの分身の俺にも伝わるぜ。だがよ、それよりも先にやることがあるだろ?』
「――ッ!」
諭すように、スフィンクスの静かな声が聞こえる。
その声は、エンブリオを否定しているパリドーネを責めるようなものではない。
「……回数は?」
『きっちり5回分だ』
十分だろう。
それだけあれば、確実に目の前の敵を倒せる。
「そうですか」
2回……いや、3回もあれば【問王】のスキルと合わせてパリドーネは【獣王】にすら届くステータスを得る。
「【魔法☆少女】クャントルスカ」
パリドーネは敵の名を呼ぶ。
「なにかな」
変わらず、警戒心の無いような顔でクャントルスカは返す。
きっと彼女も人間としては完成されていないのだろう。
いや、パリドーネよりも獣に近い場所にいるのだ。
「質問があります。これは、私のスキルの効果範囲外です」
「うん、いいよ」
「先程から愛を謳う貴方に、一番好きな人はいるのでしょうか」
何もかもが好きなのであったとしても。
そこに優劣は、優先順位は付けられるだろう。
「いるよ」
短く、彼女は答える。
「……」
名を言わないことから、パリドーネの知らない人物……先ほど見かけたクャントルスカの仲間にはいないのだろうと察する。
だからどうした、と普通は言われるのだろう。
好きな人がいるかどうか。
それをこの局面で尋ねたところで何の意味も無い。
パリドーネの必殺スキルにも関係は無く、ただの疑問を投げかけただけだ。
「ならば心残りなく。心置きなく。《