<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【魔法☆少女】クャントルスカ
愛は決して特別なものではない。
相応に溢れている。
等しく持っている。
公平に分け与えられる。
過剰に満ち溢れている。
愛は幸福の象徴だ。
だから、愛がたくさんあれば、幸せになれることは必然。
なのに、何故だろう。
目の前にいる少女はすごく苦しそうに見えた。
幸福を知らない純粋な子供のように。
愛を知らない無垢な乙女のように。
「パリドーネちゃんにとって、愛って何かな?」
『ひっひひ。やられたなぁ? 制限時間は10秒だぜ』
その質問と同時に、今度はスフィンクスの《難考不楽》の対象がパリドーネちゃんへと移る。
そのつもりは無かったんだけどなぁと、こちらの方が困ってしまう。
ただ、疑問に思ったから聞いてみただけだったのに。
「……質問の意味が分かりませんが」
そうかな?
こんなに簡単な質問なのに。
簡単であり、それでいて千差万別の答えがあるのに。
長所を答えなさい、みたいに人によって答えが変わる質問だからパリドーネちゃんの答えが聞きたかったんだけど。
「愛……果たして、愛とは必要なのでしょうか」
「必要だよ。だって、誰かと誰かが出会う。それだけで愛って簡単に起きるものだもん」
私とパリドーネちゃんが今日こうして話している。
それだけで私はパリドーネちゃんが好きになってくる。
ほら、もう愛が成立した。
「うーん……必要って考え方を変えてみたらいいのかな? 呼吸って生きているだけで勝手に体がするでしょ? それと一緒だよ。生きているだけで、話しているだけで、考えているだけで、見ているだけで、私達は勝手に愛して恋して好きになってしまうんだ」
ああ、もしかしてだけど……
『おおっと、楽しくお話しているところ悪いけどな、時間切れだわ。まあ、続きは次の質問の後にな』
五月蠅いなぁ。
私とパリドーネちゃんがせっかく話しているのに。
なんで邪魔するのかな。
「スフィンクス君だっけ? 質問とか、そういうのは後でまとめてするから。私達の愛の間に入らないで?」
『へへ、こいつは失敬』
どこまで話したっけ?
「パリドーネちゃん……もしかして誰かを好きになったことが無いの?」
『それは質問――』
「質問じゃないよ。……ああ、そうか。スフィンクス君も遊び相手が欲しいんだね? いいよ、だったら少し遊んでてよ」
うんうん、スフィンクス君だってお友達が欲しかったんだよね。
好きになれるお友達が。
仲良く、気が合って、心の隙間を埋めてくれるお友達。
「モーちゃん」
「あら、私もこっちに混ぜて欲しいわ。女の子同士、ってやつよ」
「そう? うーん、なら……」
「あの子がいるじゃない。家族が欲しくて、相手が欲しくて、自分の居場所が欲しかった。そんなあの子なら遊び相手が務まるんじゃない?」
そうだった。
そういえば、まだ一度も試していなかったけど、彼がいたね。
「出てきて――ドラゲイル君」
左の薬指に嵌った指輪――【雷鳴輪 ドラゲイル】が光る。
ううん、雷が落ちたかのように、眩く光が灯る。
「君の新しいお友達だよ」
指輪から電気が流れるように、彼は形を作っていく。
黒く、それでいて輝く竜。
前に私が一目惚れした黒雷の竜であるドラゲイル君。
『く、かか! 我の力に恐れを見せず呼び出すとは! それでこそ我が主に相応しい!』
「久しぶりだね、ドラゲイル君」
『ああ。久方ぶりだ。邪竜改め魔竜ドラゲイル。魔法少女に仕える愛らしいマスコット、魔竜ドラゲイルとは我のことだ!』
そう言いながらドラゲイル君は胸を張る。
30㎝くらいに小さくなったドラゲイル君は本当にマスコットみたいで可愛い。
本当はもう少し気軽に呼びたいんだけどなぁ……。
「ドラゲイル君、そこにいるスフィンクス君はお話がとっても好きみたい。たくさんドラゲイル君のことを聞いてくると思うから、遊びながら答えてあげて」
『え、いや俺は別に中立者であって、俺が質問をするわけじゃ……』
『く、かか! よかろう、我の新しい力がどれほどのものか、遊戯に浸りながら試すとしよう』
ドラゲイル君はそういうと、スフィンクス君を口に咥えながらどこかへと飛んで行った。
少し遠くでは雷が落ちたり、雷の檻や巨大な槍が空に浮かんだりしている。
良かった、楽しそうで。
時間はそんなに無いけどたくさん遊んでね。
「……貴方は」
呆けたように口を開いていたパリドーネちゃんは、その落雷の音で我に返ったように、私に尋ねかけてくる。
「貴方のエンブリオはメイデン、あるいはガーディアンと推測していましたが。今のを見るとレギオンだったのでしょうか」
「ううん。モーちゃんはメイデンwithガードナーで1人だけだよ。ドラゲイル君は特典武具で一時的に召喚出来る私のお友達」
「……なるほど。まだそのような手札を持っていたとは」
「あはは。クールタイム長いからそんなに召喚出来ないんだけどね」
というか、召喚したのだって初めて。
魔竜ドラゲイル、か。
邪竜が浄化されて味方になったみたいで、これで私もテレビに出てくる魔法少女にまた一歩近づいたのかな。
「……言っておきますが、私はこの戦いを諦めたわけではありません。今でも虎視眈々と機を伺っていることをお忘れなく」
「そうなんだー」
「あら、随分と熱烈ね。妬けちゃうわ」
パリドーネちゃんが私のことをずっと考えてくれている。
一挙手一投足を見ていてくれている。
それだけで何だか体が熱くなってくる。
「……先ほどの問いに答えましょう。はい、私は確かに恋を知りません」
「なんだか、自信満々に言っているように聞こえるね」
「ですが、愛など知らずとも私はこの十数年を健在に生きてきました。満ちた人生を送り、人間としての完成を間近に迎えようとしています」
ん?
やっぱり、変な子だなぁパリドーネちゃんは。
「数式を学び、歴史を知り、漢字を読み込みました。それ以外にも様々な知識を吸収してきました。その私が言い切りましょう。愛を知らずとも生きることに何の不便も無いと」
「……本当に? 心の底からそれを言っているのかな?」
それはまるで、自分に言い聞かせるみたいに。
私の目を見ずに、パリドーネちゃんはやや下の方を見て言っていた。
「愛とは何か。それはつまり、娯楽です。嗜好品です。人が人生を豊かにするために、美食や読書、エンターテイメントに興じるのと同様、人は人を好きになるのでしょう」
「だから?」
「故に、貴方の人生を豊かにする愛は、私には不要。読書を苦手とする者がいれば、テレビを見ない者もいる。味覚が違うように、人の人生を豊かにするものは全く違うのです」
ああ、そうか。
パリドーネちゃんはそう考えているのか。
つまり、愛を外付けのパーツなのだと。
人生に後から付ける拡張機能みたいなものだと、勘違いしているんだ。
「私達は最初から持っているんだよ。誰かを好きになる気持ちを。誰かに恋する気持ちを。愛してやまない、そんな感情を。だから、こんなにも満ち足りて幸せな気持ちになれるんだ」
「……感情論です。そして、平行線なままこの議論が終わることは確定しています。どこまで行っても、貴方は愛が最上級であると考えるでしょうし、私はその他多くの一つと捉えます」
「難しいよね、誰かの気持ちが完全に分かることってないもの。だから、好きになれる!」
「その話はすでに終わっている! 愛などというまやかしは、幻想は私の人生において存在しない! 書物を、パソコンを、データ媒体を開けば知識は無限に吸収できる。それさえあれば、私の人生は満ち足りて、完全なものとなる!」
そんなパリドーネちゃんも好きだよ。
頑固に自分の考えを曲げないところも、好き。
「好きになったから、日常会話くらいまでなら覚えられた」
「……?」
「好きになったから、ひとつも聞き逃さないようにした」
「何を、言って――」
「好きになったから数えることが出来た。いつでも一緒にいられるように学んだ。貰えるように構造ごと覚えた」
「だから――」
「好きになれば努力を努力だなんて思わなくなるんだよ。その人のためになら、なんだって出来るようになる」
文通をするために知らない国の言語だって覚えられる。
好きな歌手の曲を全て聴けるように常にテレビやラジオを付ける。
世界人口……とまではいかないけど、好きな人の人数くらいまでなら計算だって出来る。
どんな時だって、たとえ無人島でだって一緒に乗り越えられるように、サバイバル知識を覚えられる。
いつだって好きな人から歯を貰えるように、歯の名称を覚えられる。
「パリドーネちゃんだって誰かのためにたくさん勉強したんでしょ? お父さんやお母さん? 勉強を教えてくれた人? 好きになったことが無いわけないよ。愛情を受けなかった人なんて、感じ無かった人なんているわけない」
「何が分かる! 貴方に、私の人生の何が!」
「そうだね。分からないことだらけだ。だけど、分かったことだけでも。たった、少しの分かったことだけでも、私はパリドーネちゃんのことが好きになれたよ」
「それこそふざけた話だ! 村を焼いた! 村人を殺した! 貴方の知人を殺している私のことを貴方が好きになれるわけがない! たとえ、好きになれる要素があったとしても、嫌悪すべき材料がそれを上回るはず!」
「嫌い? パリドーネちゃんのことを嫌いになったことなんて無いよ。少しだけ、許せないって思ったけど、それは嫌いになったわけじゃない」
真面目なところも。
勉強熱心なところも。
「好きだよ、パリドーネちゃん」
「……ッ! 分かりました。ええ、やはり貴方は私自らの手で倒さなければならないようだ。スフィの力で貴方の力を削がずとも、私は貴方を下すことで完成に一歩近づくのです」
そろそろ、あっちも終わった頃かな?
熱くなると周りが見えなくなるみたいだね。
パリドーネちゃんの好きなところ、また一つ見つけちゃった。
「ではクャントルスカ。貴方に質問が――」
「好きって何かな?」
パリドーネちゃんの言葉を塞ぐようにして私が先に問いかける。
「恋ってなにかな?」
「愛ってなにかな?」
「愛情ってなにかな?」
「恋愛ってなにかな?」
「恋人ってなにかな?」
「愛育ってなにかな?
「愛玩ってなにかな? 愛嬌ってなにかな? 愛恵ってなにかな? 愛護ってなにかな? 愛幸ってなにかな? 愛着ってなにかな? 愛執ってなにかな?」
愛、愛、愛、愛……愛で埋め尽くすように。
愛の海で覆うように。
ひたすらに愛ある言葉を、愛ある質問を並べかけていく。
「な、な、な……」
「パリドーネちゃん。愛ってたくさんあるんだよ? パリドーネちゃんがまだまだ知らないことは世界にたくさんあるんだ」
教えてあげたい。
愛が何かを。
幸せに、完璧になりたいというのなら。
「ス、スフィ……!?」
パリドーネちゃんがスフィンクス君の名を叫ぶ。
……ああ、もう時間切れだね。
スフィンクス君を咥えてドラゲイル君が戻ってくる。
「随分元気に遊んできたみたいだね!」
『く、かか。こいつ、中々に頑丈でな。我も楽しめた』
「うん! 遊び相手になってくれてありがとう! また呼ぶからね!」
『おう。いつでもマスコットとして呼ぶが良い』
そういって、ドラゲイル君は指輪の中に帰っていく。
「モーちゃん、そろそろだね」
「あら。やっぱりクャントルスカは恋多き乙女ね。もう好きになってしまったの」
「一目惚れだよ! でもね、一目惚れだからって、それ以上好きにならないわけじゃないの。好きに限りは無いからね! どんどん好きなところが見つかるんだ」
「それはいいことね。……それで、彼女に貴方の愛し方を教えてあげるのね」
やっぱりモーちゃんは私のことを良く分かっている。
だって、パリドーネちゃんは愛を知らないって言うし。
だったら、私から好きになって、愛し方を直接教えてあげれば、きっと大丈夫。
「パリドーネちゃんは頭がいいからね! きっと私の愛を共有してくれるよ」
「そうね。クャントルスカに愛されて、それできっと貴方達は仲良くなれるわ」
パリドーネちゃんに一歩近づく。
「何を……!?」
「ああ、駄目だよ遠くに行っちゃ。範囲から出ちゃうもの」
ああ、最後にもう一回だけ聞いておこうかな。
「パリドーネちゃんは誰か好きな人はいる? 気になる人でもいいよ」
『……5秒だ』
「い、いるわけ……」
「嘘だね!」
『……残念ながら不正解みたいだぜ』
もしかして、私のことなのかな?
もう相思相愛になっちゃった?
「私もすっごい好きだよ!」
「ひっ……」
「
その怯えたような顔も好き。
自信満々な顔も。
無表情なように見えて、実はコロコロと細かく変わっていた顔が好き。
口から魂が出てきて戸惑っているところも好き。
全て全て、好きで好きで。
奪って、殺して、自分の中に引きずり入れたくなるくらいに。
「好きだよ」
「――っ」
そうして、一瞬のうちにパリドーネちゃんのHPはゼロになった。
スフィンクス君の力がステータスの低下みたいだったから、防御力とかHPがすっごく減っていたのかな。
「大勝利ね、クャントルスカ」
「うん! 私達の勝利だね! 私と、モーちゃんと、パリドーネちゃん皆の勝利だ!」
愛する者に敗者はいない。
好きになった時点で勝っているのだから。
特典武具の詳細はまた登場した時にでも。もしくは焼死章完結時の登場人物紹介欄に乗せたほうが早いか