<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【呪術師】クリアント
逸話級UBMである【愚毒道 マッドラップス】を倒したクリアントとワンプは戦利品の確認をしていた。
素材や金銭、経験値は勿論のことであるが、それよりもUBMを討伐した証である特典武具は何よりの宝だ。
効果次第ではクリアントが弱者から強者へと成り得るし、戦い方すら一変する可能性もある。
ものによっては上級職へ就くことよりも強くなれるものかもしれない。
「先輩。せーんーぱーいー。私、言いましたよね? ネズミに勝ったら祝勝会やるって。UBMと言えど元は同じネズミ。なんだったらもっと凄い祝勝会開いてくれたっていいんですからね!」
「いや……状況がさ。それどころじゃないだろ」
祝勝会を開く金はマッドラップスを倒したおかげで間に合う。
どころか、最初に言っていたパーティーすら開けるだろう――集まる者はいないだろうが。
「特典武具の確認ですか?」
「ああ。まずは何が出来るか確認しないとな。今日はもうこれ以上死ねばログアウトだ。やれるうちにやっておかないと」
「まあ……どうにかしないといけないですが。ワンプちゃんは少し楽しくなってきましたよ」
「そりゃ肝が太いな」
ええと、とクリアントはアイテムボックスに入っている特典武具を確認する。
【孤毒鎧 マッドラップス】と記されている。
「鎧か」
「へえー。すぐ死ぬ先輩に少しくらい守りを固めろってメッセージですかね」
「それは皮肉が過ぎるだろ。それに死ぬのがお前の力だろうに」
それに、鎧というのはマッドラップスのイメージとは合わない。
確かに、マッドラップスのモチーフはハリネズミだったのかもしれないが、その針はあまりにも攻撃的。
生物を殺すことに特化した針は、むしろ守ることに向いていない。
守ろうと、敵の肉体を受け止めたが最後、クリアントとの戦闘のように自身を殺しかねない。
「ただの鎧ってことじゃないですよね? どんな性能なんです?」
「んーと……うん? 防御補正……無し?」
STRとAGIに補正はあるが、防御力への補正はゼロであった。
「じゃあスキルが強いんですか? 早く読み上げてくださいよ」
「ちょっと待っててな……」
【孤毒鎧 マッドラップス】
<逸話級武具>
己をも殺しかねない針が向かうは外側だけに非ず。
マッドラップスの針全てを使い鍛え上げられた鎧は触れる生物全てに害を為す。
※譲渡・売却不可アイテム
※装備レベル制限なし
・装備補正
STR+80%
AGI+80%
・装備スキル
《毒呪変容》
《???》 ※未開放スキル
《???》 ※未開放スキル
「……え、呪いの装備ですか?」
「……」
何も言い返せない。
装備説明がそもそもで不穏なことしか書かれていないが……。
装備補正は強い。
守ることよりも攻撃に特化した性能である。
あの恐るべき針が第一スキルとなったのだろう。
《毒呪変容》……毒に変容する呪い。
マッドラップスらしいスキル名である。
「《毒呪変容》……装備説明の欄と合わせると、鎧に触れた相手にあの毒を付与するってことか」
「針じゃなくなったから、遠距離攻撃は出来ませんが、それでも強いですねぇ」
ともあれ、それもモンスター相手がほとんどであろう。
人間はとりわけ武器を使う。
流石に剣を介して相手を毒にすることも出来ないだろう。
己の肉体のみを使う【拳士】系統であれば……それでも防具としての性能が無いに等しい鎧であるからこちらも相応にダメージを負い、死ぬ可能性が高いが……
「死んでもいいのか。どうせワンプの力があるんだから」
相打ち覚悟であるならば、それなら次の肉体を用意できるクリアントが最終的に勝てるのだろう。
「いや、いっそのこと…俺が……?」
クリアント自身が相手に組み付けば……鎧に相手の肉体を触れさせればそれでいいのではないだろうか。
確か、【力士】という職業もあったはずだ……とクリアントは思い出す。
「Pýgyaaaaaaa」
思い出したところで、クリアントを嘴で挟んでいた怪鳥が大きく鳴いた。
正確には、怪鳥の2つある頭のうち、クリアントを掴んでいない方が、である。
「――っと」
「先輩、そろそろ状況打破について考えませんか? このままだとどこに行くか分かりませんよ」
「……どうにかできるなら俺もしたいよ」
時間は数十分ほど前に遡る。
マッドラップスの討伐アナウンスが流れた直後であった。
そもそもで持ち物が少なかったとはいえ、UBMとの戦闘後。
たどり着くまでにも消費した回復アイテムの補充もしておきたいクリアントは街を目指そうとしていた。
次死ねばデスペナルティ。他の〈マスター〉にとっては当たり前のことでも、最近のクリアントにとっては久しいイベントだ。誰にとっても嬉しくは無いが。
「……俺の死体も全部溶けたか」
死体が死体を溶かし、マッドラップスも溶かし、一体化する直前に耐久値がゼロになり消える。
死んでもマッドラップスを倒すという決断の表れ……とは残念ながら言うほどの心構えでは無かったが。使えるものは全部使っての勝利といったほうが近いかもしれない。
「さあ! 先輩、街に帰ったら早速――」
人間態に戻ろうとしたワンプの言葉は最後まで続かなかった。
何故なら
「……え?」
「Pyyyyyyyyyyy」
突如として空から滑空してきた巨大な2つの顔を持つ鳥がクリアントを咥え、再び空へと舞い上がったからだ。
「ちょ、せ、先輩!?」
慌ててワンプも戦闘体系へと、テリトリーとしての姿になる。
メイデンの姿でははぐれてしまう可能性がある。
ワンプはクリアント共々空へと上がっていく。
モンスター名【アルドケイロン】。
2つ首を持つ怪鳥。モンスターとしての強さは亜竜級モンスターである。
特殊な能力は無いが、見た通り、首が2つあるため手数が多く厄介なモンスターである。
そして、巨大な怪鳥の餌は人間や中型モンスターである。
時によっては【マッドドロップマウス】すら餌にしかねない凶暴な大怪鳥。
そのモンスターが、クリアントを嘴で運んでいた。
「いや、ほんとにどこまで行くんだよ」
すでに下には海が見える。
【アルドケイロン】に運ばれてどれだけの時間が経っただろうか。
クリアント達は知らないことであったが、この個体の巣は海に浮かぶ小島の一つ、その岬に作られていた。
安全な場所に巣を作り、亜竜級モンスターの体力、力で餌を遠い場所から運び、巣でゆっくりと味わう。……しかし知能の低さは【マッドドロップマウス】と大差は無かったのだろう。今運んでいる餌が、殺せば肉体が消える〈マスター〉であることは知らない。
早々に殺して死体を運べば良かったのに、見るからに脆弱そうで運んでいる最中も抵抗は少ないだろう、どうせなら活きがいいうちに食べたいという欲が出てしまったために、餌ではない餌を運ぶ無駄足となってしまっている。
「Pyaaaaaa!」
彼は今、とても機嫌が良かった。
餌はとても弱い。
最初は必死に暴れていたようだが、すでにその様子もない。
「先輩、その鎧を装着してみたらどうですか?」
「んー……それもそうだな」
そして【アルドケイロン】の不幸は終わらない。
死が怖くない〈マスター〉と死んでからが本番のエンブリオは、目前に死が迫っていようとも通常通りの会話を崩さない。
「……あれ? あ、でも今すぐじゃ――」
ワンプが真下を見て気づき、クリアントを止めようとするがすでに遅く。
「《瞬間装着》ってこんな感じなのか」
時間があったために瞬間装着の登録を済ませていたクリアントは、【孤毒鎧 マッドラップス】を装備する。
海の上空で。
空中でも海上でも海中でも動けるスキルなどないくせに。
触れた相手を毒にする鎧を装着して。
「……Pya!?」
生前の姿と比べてみると、案外と鎧は刺々しくはなく、無骨なものであった。
ただ、色は禍々しい。黒のような紫のような、妙な光沢を放っていた。
だが、鎧の効果は絶大。
触れるだけで【アルドケイロン】の肉体は蝕まれていく。
羽が、肉が、骨が、毒へと変性していく。
「Py、Pygyaaaa」
しかし、亜竜級モンスターの意地か、少しばかり持ち直した後、全身が毒へと成って、死んだ――クリアントを空中に放り出したままで。
「お……おおおおおおおお!?」
やってしまったことは仕方ないと、海に叩きつけられた際に少しでもダメージを抑えるために身構える。
「ちょっと、何やってるんですか先輩」
「いや、お前も先に言ってくれよ」
見る見るうちに近づいていく海面。
そして、見る見るうちに減っていくHPにも気が付いた。
「え、何でHPが減って……って、俺も『触れている』対象かよ!?」
特典武具であるにも関わらず、まさかの自傷系装備。
流石に装備者故か、【アルドケイロン】ほど瞬間的に溶けていくことは無く、じわじわとではあるが……減っていることに変わりはない。
「と、とりあえずまずは――」
と、ここで海面にクリアントは叩きつけられた。
防御姿勢の効果があったかどうかは分からないが、落下ダメージは微々たるもの。
だが、このままでは海中に沈み、酸欠によるダメージも加わってしまう。
「まずは鎧を脱いで……」
「せ、先輩……鎧脱ぐとたぶん海中のモンスターが一斉に襲ってきますよ」
綺麗とは言い難い海水であったが、海中からはいくつもの目がこちらを見ていた。
鎧の力を見抜いているのかそうでないのか、すぐに襲ってくることは無さそうだが、このままでいいというわけではない。
「回復アイテムは……もう無いんでしたっけ」
「ああ……っと、まずは浮かんでおかないと」
鎧が重いのか、気を抜くと沈みそうになる。
そこまでリアルにしなくても……と思いながらクリアントはマッドラップスを倒した際に手に入れた巨大な骨を取り出し、海に浮かべた。
「漂流した時は木の板が定番みたいだけど、生憎とそんなのは無いしなぁ」
「贅沢な浮き輪ですね。……ところで先輩。下のモンスターがいなくなったようですが」
「へ? あ、本当だ」
光っていた目がひとつ残らずいなくなっている。
代わりに、巨大な影が見えた。
「……これ、毒なんて効果の無いくらいに巨大なモンスターが出てきたから他のモンスターが引っ込んだなんて説ないですかね」
「大いにありえる」
もはや、どうとでもなれ、だ。
鳥に攫われた次は海中のモンスターに襲われている。
どうしようもない。足掻きようもない。
どうせ数日後には戻ってこれるのだ。
失うものも無いから……とせめて何が出てくるかを見極めようとのんびり海に浮かぶ。
直後、クリアントには浮かび上がってきたそれの正体は見えなかった。
なにせ、それは海中から……クリアントの真下で口を開くと、海水諸共にクリアントを飲み込んだのだから。
巨大なそれはクジラの形を模していた。
鉄でできたクジラ。
体のどこかには『ノーチラス』と刻まれている、巨大な潜水艦。
「……ここは」
気づけば、どこかの室内に座っていた。
空は拝めない。
機械的な景観が埋めている。
「ようこそお客様。ここはセーブポイントでもあります。どうぞ、今のうちに登録をば」
「あ、ああ……」
そこにいた影に促されるまま、クリアントはセーブポイントの登録を済ます。
済ますと同時に、影は光の下に歩み出てくる。
「やあやあ! よく来たね! 私は艦長のフィリップ・ノッツだ。どちらでも、好きなように呼んでくれたまえ」
20代前後の女性がそう挨拶をしてくる。
それに対してクリアントは、
「俺はクリアント。詳しい話は……次のログイン時に。あと、俺の死体は絶対に触らないように。……一緒に死ぬぞ」
そう言い残し、鎧の効果による毒ダメージによってHPが全損したクリアントは、エンブリオの効果も切れ、光となって強制ログアウトとなった。