<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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みんな仲のいい家族っピね~


98話 感情の使役者 1

■繰り返させられてきた過去

 

「いいかい、護。人生とは、視覚性メトロノームなんだ」

「はい、おじい様」

 

 幼き少女は表情の無いままに答える。

 対する老人――少女の祖父は笑顔だ。

 どこか作り物めいた笑顔を少女に向ける。

 

「全ては繰り返されているんだ。喜びも、悲しみも、怒りも、悲しみも。人生の最初のうちに全ての感情を覚えてしまえば、後はただそれを繰り返すだけ」

「はい、おじい様」

 

 祖父は言いながら、喜怒哀楽様々な表情を少女に見せた。

 見る者が見れば、それは演技の域を超えていると感じただろう。

 舞台の上だけでなく、それこそ人生をかけて作った感情を顔に乗せていなければ出来ない表情の作り方。

 祖父は喜怒哀楽を全くの違和感なく繋げてみせた。

 つまりは、瞬時に喜び、怒り、悲しみ、楽しんでみせたのだ。

 その感情は作り物でありながら本物。

 

「私たちは生まれつき、感情が顔に出ない。いや、感情と表情が結びつかない疾患を抱えている」

「はい、おじい様」

 

 悲観的な内容でありながら、少女の表情は一切変わらない。

 いや、内心ではそれに対してショックを受けているのかもしれない。

 だが、誰が見ても少女が顔に出すそれは無表情。祖父の言葉に無関心であるかのように思わせる。

 

「これは誰が悪いわけでもない。神様のせいにしたって仕方がない。神様がうっかり失敗作を作り上げた。人間は神様が不完全になるように作り出したというけれど、私たちは不完全どころか失敗作なんだよ」

「はい、おじい様」

「護が何を考えているのか、それは私にも分からない。だけど、何を想っているのかくらいは分かるよ。これからの人生をどう生きていいのか戸惑っているんだね?」

「そうです、おじい様」

 

 首を傾げるようにして祖父は尋ねる。

 それに対し、どこに戸惑いがあるのか全く見せないまま少女は答える。

 

「私達家族だけは、互いに互いの感情を察することも出来るだろう。他の家から来た護のお父さんだって、お母さんと一緒にいるうちにお母さんの感情が分かるようになってきた」

 

 代わりに、お父さんの感情が表情に出なくなったけどね。

 その言葉を祖父は呑み込んだ。

 それは少女がもう少し大きくなってから言えばいいと思った。

 

「お母様は、そしてお父様は幸せだったのでしょうか」

「勿論。幸せでなければ護のお父さんとお母さんは離れ離れになってしまうさ。だから、最期まで一緒にいたのだろう?」

「そう、ですか」

 

 あれを幸せで言わなかったら、何が幸せなのだろう。

 祖父はそう思いながら少女へ語り続ける。

 

「だけどね、だけど私達はやっぱり失敗作なのさ。私達以外から見れば、私達は無表情の冷酷な人間。誰かと仲良くなろうが、家族が死のうが一切の表情を変えない人間に見えるんだ」

「どうすればいいのでしょうか」

 

 少女は首を傾げて尋ねる。

 それを見て、祖父は安堵する。

 

 ああ、出来ているじゃないか、と。

 

 先ほど祖父自身がやって見せた、尋ねる時に首を傾げる所作。

 それを一度見て少女は真似てみせた。

 

「だから、視覚性メトロノームなのさ」

 

 祖父は嬉しさの表情を見せながら答える。

 実際に感情は嬉しくなっている。

 故に、同時に嬉しさを表情に乗せれば、表情と感情が結びついていなくても、結びついているように見せかけられる。

 

「長い時間をかけていい。一年でも、二年でも、大人になるまででも。護はずっと見るんだ。絵画を、漫画を、テレビドラマを、テレビアニメを、モデル雑誌を。お笑い番組やドキュメンタリーでも何でもいい。とにかく、見るんだ。他人の感情を」

「他人の感情を、見る……」

「そして真似るんだ。喜びの表情を、怒りの表情を、哀しみの表情を、楽しさの感情を。全て、全てを真似るんだ。表情を、所作を、真似て、自分の感情に対応させるんだ」

 

 祖父は考える。

 目の前にいる孫娘は、表に出ていないだけで今もなお目まぐるしい程に感情を渦巻かせているだろう。

 同じ疾患を抱える祖父は察して、その上で、

 

「私達は失敗作だ。だから他人に理解されにくい。他人に誤解されやすい。他人に笑われやすい。他人に呆れられやすい。他人に怒られやすい。……幸福なことじゃないか!」

 

 祖父は笑う。

 笑った表情を作り出す。

 

「私達はなんてついているんだろう。他人に様々な感情を向けられるんだ。そして、その表情を見ることも出来るんだ。私たちにとってこれ以上の幸福は無いだろう?」

「それを真似出来るから、ですか」

「そうだ! 見せてもらえるだけ見せてもらえ! 私達は失敗作だが、彼らは不完全作だ。彼らは感情がすぐに表に出る愚かな動物だ」

「愚かな……」

「そう、私達は失敗作であると同時に、感情を隠すことのできる優秀作品なのさ。だけど、彼らは嫉妬する。愚かであるから優秀な人間を無理やりに卑下しようとするんだ」

 

 いつの間にか、熱の入ったように祖父は話している。

 少女はそれに気づきながらも、祖父の作り出す表情を眺めている。

 

「護も友達を作るといい。小さな子供は表情を真似るのに良い。大人と違い、素直に表情が感情に結びついているからな」

 

 祖父は少女を見ずに話す。

 自分の世界に入り込み、感情を爆発させるように話している。

 

「いつか、いつか馬鹿にしてやるといい。ああ、そうだ! 私は結局誰も下に見ることは出来なかった! 私は表情の習得に時間がかかり過ぎてしまったんだ! だから、この年になってようやく表情を取得したが、もう遅い。もっと、もっと早ければ……」

「おじい様」

 

 祖父を少女は呼び止める。

 

「……あ、ああ。悪い。護、なんだい?」

「これで、いいのでしょうか」

 

 少女は笑う。

 喜びの感情を、表情に作り出す。

 

「おお……おお! 良いぞ! やはり護は優秀だ! 私も、護のお母さんでさえその歳で表情を変えることは難しかった。これなら……奴らを……」

「おじい様」

 

 と、次に祖父を呼んだ時には少女の表情は再び無に戻っていた。

 

「もっと。もっと表情を見せてください。足りません」

 

 少女は次々に、先ほど祖父が作り出した表情を真似ていく。

 祖父にはまだ及ばないが、それは喜び、怒り、哀しみ、楽しさを十分に感じさせられるものであった。

 

「ああ、そうだな。視覚性メトロノーム……表情の切り替えを私はそう呼んでいる」

「メトロノーム」

「所詮、人生なんてそんなものということだ。同じことを繰り返せばどうにでもなるというな。呼び始めたのは私の祖父の、そのまた祖父の代さ」

 

 さて、と祖父は少女を連れて部屋から出ていこうとする。

 

「これからは忙しいぞ。なにせ、見るべきものがたくさんある。学ぶべき場面がたくさんある。場面と感情、そして作り出すべき表情はいくつもパターンがあるのだからな」

 

 祖父は確信していた。

 今はまだ5歳の少女も10年とかからず自分と同じだけの技術を身に着けるであろうことを。

 

 あえて失敗作を強調し、強要したが、少女が完成作になる日も近いだろう。

 

「ではおじい様。まず教えて欲しいことがあります」

「ん? 何だい?」

 

 好々爺のような、優し気な顔で祖父は答える。

 

「このような場面……お父様とお母様の遺体が並ぶ場面ではどのように表情を作ればいいのでしょう」

「ああ。そうだねまずは――」

 

 涙を流し、哀しみや嘆きといった時の表情を作り出す。

 顔を崩し、まるでいかにも悲しんでいますよと言った顔を祖父は作り出し、

 

「こうやるのさ。出来そうかな?」

「……こう、でしょうか」

 

 祖父は少女の表情を何度か修正させ、及第点まで導くと、

 

「ああ、いいね。そうだ、その表情のままでこの部屋を出ようか。周りにいる人はきっと私達が悲しんでいると分かってくれるだろうさ」

「はい、おじい様」

 

 夫婦の遺体が並ぶ部屋から祖父と孫はそろって出る。

 その表情は鏡映しにしたかのようにそっくりであった。

 不気味な程に、教科書に悲壮という表情はこのように作り出すのだと書いてあったかのように、お手本に倣ったような顔である。

 

 だが、老人と幼き少女という組み合わせから誰も気づかない。

 ただ、家族を失い残された者が悲しんでいるのだと、そう思ったまま見送るだけだ。

 

「これからたくさん勉強しような」

「はい、おじい様」

「全ては私達が幸福になるために」

 

 少女にとっては人生の先駆者。

 最も頼りになり、最も尊敬する相手。

 祖父の後を付いていけばきっと失敗作から抜け出せると信じていた。

 

 

 

 

「……おじい様。そんな、どうして!」

 

 その8年後。

 少女が小学校を卒業したくらいの年齢になった頃だ。

 祖父が他界した。

 抱えていた心臓の持病が悪化したらしい。

 

「まだ、まだ教えてもらっていないことがたくさんあるじゃないですか!」

 

 涙を流し、哀しみや嘆きといった時の表情を少女は見せる。

 

 それは、8年前に両親の遺体の前で少女が作り上げた表情とまるで変わらないものであった。

 

 すでに喜怒哀楽、その他の感情もおおよそは作り上げることが出来るようになっていた。

 だが、場面に合わせた使い方を少女は未だ学びきっていなかった。

 

「……これは?」

 

 祖父の遺産……では無いのだが、祖父の荷に目立つものがあった。

 

「〈Infinite Dendrogram〉……」

 

 祖父の年齢からすれば異質な荷であるゲームハード。

 

 と、少女は祖父が生前言っていたことを思い出す。

 それはとあるゲームの世界。

 まるで現実世界と同じように感じることのできる世界は、きっと護にとって良い勉強の場所になるだろうと。

 

「……そういうこと」

 

 少女は理解する。

 このゲームで学んで来い。

 そう祖父は言い残したのだ。

 

「ええ、おじい様。私は完璧な人間になり、そうして幸福に至ります。視覚性メトロノームを使いこなし、貴方のような失敗作を超えてみせます」

 

 多くを学んだ。

 多くを知った。

 

 祖父は歪な人間である。

 祖父は歪んだ人間である。

 

 失敗作で、そして彼が生前蔑んでいた他の人間と何の違いも無い不完全作だ。

 

「さて、私はどのような感情で挑めばいいでしょう……?」

 

 少女はゲームの世界に入る。

 完全なるリアリティある世界観を謳う〈Infinite Dendrogram〉という世界に。

 

 そうして、感情のままに生きる【動物王】となったのだ。

 




パパやママ、おじい様?とたくさんお話してて羨ましいっピ
ぼくも自分の星に帰ったらたくさんママと話すっピ(なお、最新話)
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