<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【魔法少女ψ】フィリップ・ノッツ
始めから、どこかおかしいとは思っていた。
違和感、と呼ぶには小さすぎる。
けれど、それが自然であるとはどうしても思えなかった。
「発射ァ!」
ノーチラスの砲台からいくつもの砲弾が放たれる。
魔法少女達の高ステータスですら屠った威力だ。
装備や《看破》で見たステータスから相手は前衛タイプでは無いことが容易に分かる。
周囲に小さなモンスターを展開させているところを見るに、使役型のジョブ。
となれば、似ているのは【魔法少女σ】ツーウェイオールだろうか。
彼女はエンブリオによって生み出された小さな生物で足止めを行う戦闘スタイルであった。
こちらは、小さなモンスターで敵を討つタイプなのだろう。
だが、いくら数がいようとも。
それを纏めて吹き飛ばせば済む話だ。
計3発の砲弾が敵――【動物王】レシーブ・キープの付近に着弾し、爆発する。
「……ステータスの低さが気になる」
《看破》が上手く発動しない。
見えるステータスはいずれも一桁。高くて二桁といったところだ。
明らかに《詐称》系のスキルがあるのだろうが……。
「やはり、か」
先ほどからいくつもの砲弾をレシーブに浴びせた。
ノーチラスの命中率はさほど高くない。
海中の巨大なモンスター達に当てるための砲台であり、多少は着弾点が外れようと、相手の大きさと砲弾の数に任せて命中させるからだ。
よほどの至近距離であればまた話は別であるが、それでも数を撃てばいずれは当たるだろう。
いくら小さな少女を相手にしていようと、向かい合った数十メートルの距離から10発は撃っているのだから、とっくにレシーブ自身に当たっていなければおかしいはずであった。
だが、当たらない。
先ほどから紙一重……と呼ぶには些か遠いが、爆発が直撃しない程度には離れた位置に着弾するのだ。
「私の相手はどうしてこう……」
ステータスの偽造と、砲弾から身を防ぐ何かしらのカラクリ。
少なくとも2つはある敵の謎。
「一筋縄でいかない敵ばかりなのだろうね!」
ならば、とあえてレシーブを外した位置に砲弾を放つ。
というのも、レシーブの周囲にいるモンスターがただレシーブを守っているわけではなく、絶えずフィリップへと向かっているのだ。
そちらも処理していかないと、後々厄介なことになりかねない。
「……ん?」
レシーブの周囲にいるモンスターを倒した時に起きた余波で、爆風がレシーブを包み込んだ。
「ひえぇ~。怖いですよぉ」
爆発する瞬間に頭を抱え縮こまるレシーブ。
とてもじゃないが、戦い慣れているとは思えない。
だが、フィリップの目に留まったのはレシーブの戦いにおける姿勢ではない。
それよりも……レシーブの表面……体表が剥がれているように見えた。
「目の錯覚……では無いだろうね」
【深潜水士】で視力を強化し、改めて見れば、やはりレシーブの体表は剥がれていた。
いや、風が吹くたびに揺らめいているのだ。
「……そういうことか」
フィリップは【魔法少女ψ】の固有能力を使い、雨を降らす。
強くなくとも良い。
ただ、周囲に水がかかる程度の弱い雨。
だが、それは劇的なまでに効果があった。
「ああっ」
もぞもぞと、レシーブの全身が蠢きだす。
そして、一斉に飛び立った……レシーブの全身を覆っていた羽虫達が。
「それもモンスターか」
「そうですよぉ。【マスク・ド・バタフライ】。小さくて可愛いモンスターです」
【マスク・ド・バタフライ】。
身を隠すためにカメレオンのような体色を変化させる下級モンスターの一つだ。
体色変化に加え、《看破》でばれないようにステータスそのものを隠す力もあるが、それを主であるレシーブのステータスを自身のステータスで覆い隠していたようだ。
「だが、これでそのステータス偽造も使えない!」
「ひあぅっ」
再びレシーブの近くで砲弾が爆発する。
細かな砂礫が彼女を襲い、小さな傷をいくつも作っていく。
それらは致命傷には遠く、ダメージも微々たるものだろう。
「……【動物王】か。超級職というのは厄介だね。ステータスの上限が無いのだもの」
暴けたステータスが低いからといって、それは周りと比べればの話だ。
LUK値はほとんど無いに等しいが、他は6000から7000といったところ。
だが、HPはそれなりだ。
「……防御主体のステータスなのかな。いや、エンブリオの補正が分からないから何とも言えないけど」
しかし、LUKが極端に低いのは気になる。
【動物王】がそのようなステータス構築なのか、あるいは他の要因があるのか……。
あえて一つのステータスを下げることで他を上げるというスキルがあるのかもしれない。
デメリットを作ることでメリットを極大化させるスキル……十分にあり得る話だ。
「っと。そのようなことを言っている場合じゃないね」
レシーブは小さなモンスターをいくつも操り、手札を多数持つ〈マスター〉なのだろう。
たった今暴けたステータス偽造ですら、操っていたモンスターによる力であっただけだ。
「ノーチラスの命中率の低さも何かのモンスターの力なのか……?」
だが、思い当たるモンスターはいない。
少なくとも、レシーブは周囲に生息するモンスターを操っている。
カルディナ側の砂漠や、レジェンダリアの森や湖に生息するモンスター達。
その中に、砲弾を避けることが出来るというピンポイントな能力持ちがいるだろうか。
「ならばこちらはエンブリオの力なのかな」
【動物王】によるスキルでモンスターを操り、エンブリオの力で遠距離攻撃から身を守る。
なるほど、理に適っている戦法だ。
「(……このまま雨を降らせてノーチラスを完全に出現させるべきか)」
砲台だけでなく、ノーチラスの船体全てを出してしまえば攻撃手段や防御手段が増える。
このまま、地面の上に置いてしまえば動かせなくはなるが、幸いなことに【魔法少女ψ】は水中を作り出す固有能力を有する魔法少女だ。
レシーブも短期決戦型というわけでもない。
時間を稼ぎつつ固有能力を……
「いや、そうではない!?」
フィリップの脚が絡めとられる。
数十の鞭のような細い何かが巻き付き、その場にフィリップを固定する。
「……これは」
脚から伝わる粘液交じりの感触は、生物の舌。
それらは地面の下から伸びていた。
ぼこり、ぼこりと地面を掘り返しながらそれは這い出てくる。
「つくづく、縁があるようだね……カエルとは」
ゲコゲコと喉を膨らませながら、開いた口から伸ばした舌でフィリップを捕まえる数十匹のカエルたち。
「その子たちは、【マッピー】って言うみたいですよぉ。ステータスが低い代わりにスキルが豊富なのでとっても良い子達なんです」
斬撃耐性に消火、舌による拘束、そして雨天時のステータス向上。
元々のステータスはかなり低い代わりに、スキルは同レベル帯のモンスターと比べれば多い。
「雨を降らせたことが裏目に出るとはね……」
そして、カエルの空けた穴から次のモンスターが出てくる。
それらは、1匹1匹は小さかった。
数センチにも満たない低レベルモンスターである【メメント・アント】。
ガチガチ、と顎に付いている凶悪な顎を鳴らしながら、数えられない程の数が地面から這い出る。
「その子たちは、村の皆を食べたのは別個体なのでー。きっとお腹を空かせていますよー」
小さな蟻がフィリップの足元まで到達し、噛みつき始める。
今はまだ靴が守っているが、それすら食い破り、身体を生きたまま食い始めるのだろう。
「……ならば、お帰り願おうか!」
雨を強め、身体から蟻を洗い流す。
「ッ!」
肉体を縛るカエルの力が強くなる。
雨の強さに呼応してステータスが上がっているのだろう。
だが、フィリップは雨を止めない。
蟻達が雨で流され、先ほど這い出た穴の中に流されていくまで雨を降らせ続けた。
「それ、意味があるんですかぁ?」
「……あるとも。君の手札が1つ……いや2つ潰せたのだからね」
やがて雨が止む。
フィリップの足元には蟻はおらず、そして雨が止むと同時に拘束する舌の力も弱まっていた。
力任せに舌を振りほどくと後退し、カエルたちに砲弾を浴びせる。
「……手札を潰したぁ? あはは。面白いことを言いますね。私の手札がどれだけあると思っているんです?」
犬が、猫が、ネズミが、鳥が、多種多様な低レベルモンスターがレシーブを囲む。
それら全てが弱く、だが何かしらのスキルを持っているのだろう。
「一緒に笑いましょう? こんな時は笑って楽しむんですよねぇ?」
レシーブは口を開けて笑う。
アハハ、アハハと、壊れた機械のように一笑を繰り返す。
「……ははは。確かに笑うしかないようだね」
「でしょう? 貴方は何を思い出して笑うんです?」
「思い出す?」
「アニメでも、ドラマでも。それとも漫画でしょうか。貴方のその笑みは何を繰り返しているのでしょうかぁ?」
レシーブの顔から笑みが消える。
感情がそこには全く無かった。
疑問を呈する時であっても、それでも無表情には成り得ないはずだが、しかしレシーブの表情に感情は無い。
「……ああ! そういうことですかぁ。たくさんあるから混ざっているのね」
「……」
フィリップにレシーブの言葉の意味は理解できない。
まだその能力すら分かっていないのに、レシーブのパーソナリティまで理解は及ばない。
「……そうだね。私が笑っているのは……今が面白くて楽しいからさ! 君という未知が目の前にいるのだから!」
フィリップは笑う。
分からなくて、理解出来なくて、謎が多い敵を目の前にして。
それを自身で暴き知ることが出来ることの喜びに、笑うのだ。