<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【動物王】レシーブ・キープ
全身が痛い。
倒れ、背中が地面に触れている感触すら危うい。
青空が見える。
晴れやかな空だ。
だけど、清々しい気持ちにはならない。
痛覚設定をオフにしていたのがこれほどまで後悔させられる日が来るとは思いもよらなかった。
死ぬほどのダメージを負えば、死んでそれ以上の痛みを受けることは無い。
死なない程度のダメージであれば、それは痛みも大したことは無い。
だから……致命傷を負っているにも関わらずギリギリで死ななかった時が最も痛い。
「(……あーあ。変に生き残っちゃいましたかぁ。【マッピー】ちゃん達は流石に全滅しちゃいましたよねぇ)」
爆発の瞬間、消火能力を持つ【マッピー】で全身を防いだことで、レシーブはどうにか生き延びることが出来た。
とはいえ、下級モンスターの防壁だ。
衝撃は消しきれず、瀕死に近いダメージ量を負うことになってしまっている。
「――」
上空から甲高い鳴き声が聞こえる。
主である自身を守るよりも逃げることを優先したのだろう。
実に獣的だ。
本能で、自身を生かすことしか考えていない。
「(……まあ。結果的に私が生き残っているので良しとしましょうか。あの爆発に巻き込まれていたらあの子は……アテナは確実に死んでいたでしょうから)」
フクロウの姿をしているエンブリオ、【財知神梟 アテナ】。
モチーフとなったのはアテナという女神……ではなく、彼女に仕える梟。
それが何故アテナという名であるのかレシーブには分からない。
「(……このままログアウトしちゃおうかなぁ。どうせパリドーネちゃんがクレハドールも倒してくれるでしょうし)」
このまま死ぬのも別にいいだろう、とレシーブは諦める。
元々やる気は無かったのだ。
ただUBMを倒して来いと命令されたから付いてきた。
「(どうせ……UBMなんていつでも倒せるんだし)」
ここはパリドーネに華を持たせるのが良い。
ローガンもいる。
パリドーネが勝てずとも、最終的にはローガンがクレハドールを倒してこの旅は終わり。
そうなるように最初から仕向けられていたのだろう。
空が青い。
しかし晴れやかな気分にはならない。
「(……さて。そろそろログアウトをするとしましょうか)」
ローガン達にはいくらでも言い訳しよう。
邪魔する〈マスター〉と相打ちになったとでも言えば、ローガンもそれ以上は何も言わないだろう。
雰囲気からすでに察している。
彼はレシーブには何の期待もしていない。
レシーブの力を下級モンスターくらいしか操れない、程度の低い力であると勘違いしている。
「(まあ……わざと勘違いさせているんですけど)」
そのまま勘違いさせておこう。
期待されては困る。
高い能力を求められては困る。
『パリドーネ死亡。パリドーネ死亡』
「……ふうん?」
頭上から声がした。
アテナの声だ。
空中を旋回しながら他の〈マスター〉達の戦いを見ていたのだろう。
「(……なら、クレハドールを倒すのはローガン様になりますか。これもまあ、順当と言えば順当なのでしょうねぇ)」
どのみち、レシーブに残された役割は無い。
クレハドールを倒すのはローガン。
これがこの物語の結末。
『ローガン逃走。ローガン逃走』
「……へ?」
『クレハドール討伐。クレハドール討伐』
「……は?」
続けられた言葉にレシーブは固まる。
どういうことだ。
理解出来ない。
アテナの告げる言葉の意味を飲み込めない。
「……ローガンがクレハドールを倒して、そのまま皇国に帰った?」
『イイエ。ローガンは悪魔を複数体召喚し、敵勢力に勝てずに逃走しました』
「……!?」
曲がりなりにも〈超級〉が逃走した。
負けた……とは言えないかもしれないが、彼の性格上勝てないと見込んだから逃げたのだろう。
『クレハドール討伐者は貴方様と敵対している者達の1人。男性の〈マスター〉です』
「……あの冴えない男ですかぁ」
ローガン率いる悪魔の火礫一発で焼け死んでいた記憶がある。
……いや、死んでいなかったのか。
どうやってか、生き返っていた。
「……あーあ」
仲間と呼べる存在はこの地にいない。
皆、死ぬか逃げてしまった。
討伐しようとしていた目標もすでにいなくなっている。
「そうですかぁ。もう誰もいないんですかぁ」
だったら、いいかなと。
諦めていた心が。
消えかけていた火が再度点火する。
『起きてください。起きてください』
「今度は何ですかぁ?」
『敵対勢力がこちらへ進行中です。身を固めるご準備を』
「……今日は随分とおしゃべりですねぇ」
レシーブがこれほどまでにダメージを負ったからであろうか。
レシーブが死ねば、そのエンブリオも消える。
どこまでも生き汚く、だからこそレシーブに起きろと命じているのだろう。
「(これだから獣は……)」
だが、良いだろう。
その命令に従おう、とレシーブは身を起こす。
「索敵を開始してください。全力の私で支配下に置けるモンスターは周囲にどれだけいますか?」
『解放ですか?』
「はい。必殺スキルを使います」
このデンドロというゲームを始めて自身は成長しているのか、それとも退化しているのか。
どちらなのだろう。
だが、少なくとも、八つ当たりをしようなどとは以前の自分では思わなかった、とレシーブは過去を振り返る。
この状況でやってきた敵を倒したところで得られるものは何もない。
このままログアウトしてしまった方が良い。
今まで抑えてきた力が、蓄えてきたリソースが、ここで解放してしまえば全部無駄になる。
『貴方様の下へ向かってくるのは、パリドーネを倒した人物です』
「何ですかぁ? その情報は、私に仇を取れとでも?」
『どう受け取るかは貴方様次第です』
つくづく、主人の思考を読むエンブリオだ。
どうすればレシーブのやる気が増すか理解している。
それだけに腹立たしい。
それで、やる気が増すと思われているのが腹立たしい。
「……今、私はどんな顔していますかぁ?」
きっと怒りの表情を浮かべているに違いない。
家の窓をボールで割られた老人の如く、怒りを露わにしているのだろう。
『ハイ。貴方様は今笑っています』
「……あはっ」
表情につられて笑った……わけではない。
表情が笑っているのだから、内心もそれに合わせたとか、そのようなものでは決してなく。
ただ、思い出したのだ。
父母が死んだあの日を。
祖父が死んだあの日を。
1人になったあの日を。
「そういえば、私って誰かが死んでからやる気が出るんでした」
誰が殺したかよりも、誰が死んだかで。
近しい人間が死ねば死ぬほどにやる気が起こる。
それは、死人を悼んで奮起するというよりも。
自身が1人になったことを喜んで。
また1人、自身よりも下等な存在が消えたことが嬉しくてやる気が起こるのだ。
「敵は、どんな人ですかぁ?」
パリドーネを倒したのならば、近接戦闘に優れた短期決戦型か、あるいは長距離からの攻撃を得意とするタイプだろう。
彼女とは会話さえしなければ、特に脅威ではない。
レシーブとて、声の聞こえない場所から絶えずモンスターを送り続ければ、力の一端だけで倒せてしまう。
『ハイ。敵は……魔法少女です』
その声と共に、敵は飛来する。
「――っと!」
空から飛んできたのかと思う程の衝撃を地面に与え、彼女は着地する。
「爆発地点はここだね!」
「ええ。確か、フィリップが戦っていた場所のはずよ」
全身をピンク色で染めた衣装。
着地と共に砂埃はいくらでも舞っただろうに、彼女は少しも汚れていなかった。
「あれ? 貴方は誰?」
「……人間ですよぉ?」
「そっかぁ! 私はクャントルスカ! 魔法少女だよ!」
意味が分からない。
だが、痛む身体に顔を顰めながらレシーブは名を叫ぶ。
「《