<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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108話 知る男

■ドライフ皇国の建造物の一つ

 

 いくつものデスクがあった。

 そのデスクの上にはいずれも資料の束が乱雑に置かれている。

 室内を慌ただしく走ったり、あるいは仮眠を取るために腕を組んで目を閉じる者もいる。

 

「……よし、と」

 

 そのうちの1人、スズキ・サトウという名の〈マスター〉がデスクにある紙に走らせていたペンを止めると顔を上げる。

 

「後は記事の校正を……誰も手が空いていないみたいですね……」

 

 誤字脱字くらいならば自分でもチェックできるが、それ以上の文章や構成に関しては他人の目を通したい。

 そう思いながらスズキは室内を見渡すが、皆忙しそうだ。

 

『そうおどおどするなよ。【機密王】の名が泣くぜ?』

 

 と、彼のデスクの一画に座る犬と人が混ざったかのような小さなぬいぐるみが言葉を発する。

 否、それはぬいぐるみでなく生物。

 いくら柔らかそうで、愛らしい見た目をしていようと、エンブリオという形作られた生物だ。

 

「(……別に【機密王】は文章力を上げるジョブではありませんし。というか、そういうシステムなんですよ、ここは)」

 

 念話で自身のエンブリオに返す。

 もし、念話でなく肉声にて返答していれば、室内にいる者全てが、スズキは気が狂ったと思うことだろう。

 何故ならば、彼のエンブリオは他の者には見えない。

 どころか、存在を認識できない。

 視認も、匂いも、音声も。

 彼はこことは別の次元にいるため、〈マスター〉であるスズキ以外には分からないのだ。

 

『全くよ、王様と話していた時の余裕綽々な態度はどこにいったんだ? あの時のお前さんはさぞかし立派だったぜ』

「(あれは……そういうキャラといいますか……情報屋って飄々とした態度ってのがお決まりじゃないですか)」

『だったらよ、今のお前さんだって情報屋なんだからそうするべきなんじゃないか? おどおどびくびくした態度で周囲に舐められてよ。むかつくから殺しちまおうとか思わねえのか?』

「(いやなことを言うなぁ。ティンダロス君は物騒ですね。そんなことをしたら、目立ってしまうじゃないですか)」

 

 犬と人の混ざったような生物――ティンダロスと呼ばれたそのエンブリオはどこからか取り出した葉巻を口に咥える。

 次いで、これまたどこからか取り出した火種で葉巻に火をつけると、煙を吐く。

 だが、これも周囲には見えない。

 葉巻も、火種も、煙も。

 別の次元のものなのだから。

 

「(別に情報屋っていうのは戦う者じゃないんですよ。情報を集めるから、情報を発信するから情報屋なんです。態度が違うのは……僕の性分ですね、はい)」

『態度、ねぇ? まあ性分でも本性でも何でもいいさ。お前さんという人間が俺を生み出したのは間違いないんだからな』

「(……それこそ、いやなことを。僕のどこにティンダロス君みたいな物騒な人格があるのか、逆に知りたいくらいですよ。情報屋を抜きにしても)」

 

 周囲の者は気づかない。

 スズキがデスクに向かって険しい顔をしていても。

 記事に悩んでいるのだろうと勝手に思うだけだ。

 

「んん~。いつ来てもここは辛気臭いなぁ!」

 

 と、部屋に1人客が来た。

 ずかずかと、検分するかのように部屋を舐めまわすように見ながらその男は歩き回る。

 誰が止めることも無い。

 止めようとしたところで、権力としても、実力としても彼を上回る人物はこの部屋に1人くらいしかいないのだから。

 

「おやぁ! そこにいるのはスズキ君じゃないか!」

 

 わざとらしく、スズキを発見した男は彼の傍に近づく。

 誰も彼を助けようとしない。

 どころか、彼に見つからないようにと自分のデスクの上を片付けていく。

 

「お、お久しぶりです……パレードさん」

 

 白スーツと細い目が特徴の男――〈Wiki編纂部・ドライフ皇国支部〉クランオーナーであるパレード・W・デッドである。

 

「〈厳冬山脈〉からお帰りになっていたんですね」

「いつのことだい? そんなの、とっくの昔のことだろう!?」

 

 あれ、そんなこと話したっけとパレードは思いながら、ここに来た目的を探す。

 

「……まあ、それは置いておくとして」

 

 彼としても〈厳冬山脈〉の秘密を他人に明かすことは出来ないため、話を変える。

 

「スズキくぅん? 何か美味い話は無いかねぇ?」

 

 猫なで声を出しながらパレードはスズキの隣に椅子を持ってきて座る。

 

『うわ、こいつ居座る気だぜ』

「(……なんでいつも僕のところに)」

 

「ほぉら、ほぉら。〈DIN・皇国支部〉のエースである君のところにわざわざ来てあげた私を手ぶらで帰す気かねぇ?」

 

 厄介な人物に目を付けられた、とスズキは長く息を吐く。

 目立たないことを信条としているのに、こんなにも目立つ人物が隣にいることが煩わしい。

 国境なき情報屋集団であり出版社、〈DIN・皇国支部〉の社員の1人であるスズキ・サトウは内心で頭を抱えていた。

 

 

 

 

「ゆぅら、ゆぅら」

 

 何が楽しいのか、スズキの方を揺さぶり続けるパレード。

 傍目には裏世界の住人に恫喝される根が臆病な者の図にしか見えない。

 

『鬱陶しいだろう。殺してやろうか?』

「(だから、物騒なんですって)」

『お前さんも気の良い奴だなぁ』

「(……仕方ない、か)」

 

 ともあれ、ドライフ皇国皇王であるラインハルトに渡したような、あるいはラインハルト自身の秘密をパレードに話すわけにもいかない。

 それは国家を揺るがす情報だ。

 他者を害する情報はたとえ握ることになろうが、漏らすことをスズキはしない。

 

 故に、話せる情報を漏らす。

 

「ええと……では知っていますか? 先日、ローガンが皇国の外に出たことを」

「……ほう」

 

 パレードはスズキから手を離すと座りなおす。

 

「出奔かね?」

 

 ローガンの性格を思えば、有り得ないことではない。

 だが、皇国も彼を手放すほどに愚かではない。

 

「まさか。依頼ですよ。皇王直属の」

「ふむ。流石の情報網だね。だが、それは君たちの記事になっても、我々の管轄の外で無いかね?」

「まあ、そこは最後まで聞いてから判断してください」

 

 パレードの求めるものは個人の行動ではなく、他者が知りたいと思えるような情報。

 UBMや特典武具のほうが彼にとっては好ましい情報だ。

 

「そして昨日。レジェンダリアにある村の1つが壊滅しました」

「……それをローガンが?」

「断定は出来ませんが。しかし、彼が【問王】と【動物王】を伴っていたという情報、そして飛び立った方角から推測は出来ます」

 

 それは、ラインハルトに情報を提供した結果、〈ティアン〉の命が奪われたことの意趣返しでもあった。

 スズキは自らの情報によって誰かが傷つくのをよしとしない。

 ましてや、ローガン達が村一つを滅ぼしたことは彼の推測ではなく、彼は確定した情報であることを知っているのだから。

 

「ふぅむ。我が国の要職が他国の人間を害したとあれば、あまり良い情報ではないねぇ」

「はい。このままでは、少なくとも皇国支部にいる僕達に記事には出来ないでしょう」

「で、そこから我々に益のある情報があるのかなぁ?」

 

 ここからだ。

 スズキの報復はここからが先だ。

 

「……【問王】と【動物王】、そしてローガン達が討伐を依頼されていたUBMの情報」

「後者はともかく前者に関してなら、それは既に我々もある程度は掴んでいるけどねえ」

「そして……ローガンが逃げ帰った原因なら、どうでしょうか」

「!? ほう、ほうほうほうほう! あのローガンが逃げた! なぁぁるほどぉぉぉ! そのような力を持つ人物がまだいるとは!」

「その人物の戦い方。その一部始終ならどうでしょう」

 

 ローガンとの戦闘後にしていた彼らの会話。

 それが本当であるならば、彼らは間違いなく善人でなく悪人。

 

「良いですねぇ! 流石は千里眼を持つと言われるスズキ君!」

「そう褒められても……何も出ませんよ」

 

 そこにいながら遠方の物事を見聞きできる能力。

 そう、スズキは周囲に広めている。

 勿論、本来の能力とて制限はあるし、プライバシーを侵害するようなことには使えない。

 あくまで公の場で起こっていることくらいしか知ることは出来ない。

 

「彼らは〈三王〉と、そう名乗っているそうです」

 

 そうしてスズキは話し始める。

 いかにしてローガンは敗走をしたのか。

 いかにしてローガンの戦力は散らされたのか。

 

 村のために行動していた〈マスター〉には触れず、あくまでローガンや、スズキが悪であると判断した〈マスター〉の情報にのみ触れる。

 

『おかしな話だぜ。お前さんなら容易く殺せるのにな。その気になって俺に殺せと命じれば、そんな脅威も脅威じゃなくなるのに』

 

 その話を聞きながら、彼のエンブリオは葉巻の火を消すのであった。

 【機密王】は目立たない。

 目立たずに情報を握る。

 殺せる力を持ちながら、しかし殺すことをせずに、あくまで情報を集め続けるのであった。

 

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