<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■???
「ここがいいのヨ!」
てくてくと、道なき道を歩いていた少女は突如止まり、空を仰ぐと笑顔で呟く。
装飾の多い衣服を纏い、手にした巨大な試験管という出で立ちは、知っている者がみれば、過去の悪夢を思い出すであろう。
だが、【疫病王】キャンディ・カーネイジがここにいるはずはない。
何故なら、その件の人物は現在監獄にいるのだから。
そして、大きな事件で指名手配となった彼の顔は知れ渡っており、故に彼の顔を知っている者であれば、彼女の顔は幼く、そして彼のような中性的な顔では無く明確に少女であると判断できたであろう。
「お兄ちゃんがいなくてつまらないのヨ! だから1人で遊ぶしかないのヨ!」
だが、幼くとも顔立ちがよく類似していることから血縁上の繋がりがあることが伺える。
衣装も、手にした物も、顔立ちも。
ましてや、その名前こそが何よりの証拠だ。
【疾病姫】ドロップ・カーネイジ。
それが、彼女の名である。
「でも、いいものね。だって私1人でも遊び道具は見つけられるのだから」
彼女の見上げる先……上空には青い空と白い雲、時折通る飛行型モンスターがある。
だが、見据える先はそこではない。
その遥か遠く――上空に浮かぶ島。
通称、【スカイ・クラウド】と呼ばれる鳥人族の住まう場所があった。
「ペイルライダーちゃん!」
試験管を軽く一度叩く。すると、中から黒く淀んだ雲のような物質が出る。
それはやがて漆黒の馬を形作り、ドロップへと顔を擦りつけた。
「よしよし! 良い子なのヨ!」
馬の頭を撫でると、そこからぽろぽろと綻び崩れていく。
だが、すぐに首や試験管から新たに雲が生み出され補填されていく。
「あらま、脆い。うーん……乗るのは無理?」
ぶるぶると、馬は首を振ると、関節を無視して足を折り曲げ身を低くする。
献身的なその姿にドロップは目を輝かせると、
「やっぱり良い子なのヨ! ようし、あの雲の上までひとっとびなのヨ!」
「――!」
と、馬に跨り上空を指さす。
馬も一啼きすると、上空へ向けて蹴り出そうとし――宙を駆けて地面へと降り立った。
空を飛ぶには強度と力が足りないようだ。
「ありゃ?」
「……ヒヒン」
申し訳なさそうに馬は首を落とす。
勢い余って首がもげて本当に地面へと落ちてしまう。
「……なるほど。強度が足りなかったのヨ!」
ドロップは試験管を軽く二度叩き、馬をその中へ仕舞う。
「まあいいのヨ! こっちがあるから」
次にドロップはアイテムボックスから傘を取り出した。
特典武具でもあるその傘は、攻撃性能もさることながら、飛行能力を兼ね備えている。
「お兄ちゃんに手伝ってもらう予定だったこの子の討伐も1人で出来ちゃったのヨ! えっへん!」
と、胸を張りながらドロップは傘を差す。
晴天の中、青の中に白いマーブル模様の浮かんだ傘を差す少女。
まるで、新品の傘を見せびらかしているようで微笑ましい光景だ。
と、ふわりと少女の身体が浮いた。
否、傘が浮いているのだ。
ドロップは特典武具である傘に引っ張られているだけに過ぎない。
「風力が足りないのヨ! でもペイルライダーちゃんには別のお仕事を頼みたいし……ここは空の旅を楽しむとするのヨ!」
風の勢いが強くなるにつれ、上昇する速度も上がる傘。
試験管が揺れ、風を起こそうかと提案してくるが、ドロップは大丈夫とばかりに空いている手で試験管を撫でる。
何故ならば、その試験管の中身には別の役割があるから。
「おでましなのヨ!」
そして、一定の高度に達すると飛行モンスター達が襲い掛かる。
いくつもの動物が混合したかのようなモンスターや、中には純竜級に達している天竜種の姿もある。
そのいずれもがドロップへと敵対の目を向けている。
餌として、縄張りへ侵入したとして。
友好的な目は見当たらない。
……尤も、友好的であろうとなかろうと関係は無いが。
ドロップはその全てを呑み込んでしまう。
「ペイルライダーちゃん。頼むのヨ!」
今も尚、上昇し続ける少女を取り囲む、翼あるモンスター達。
それらに少女の手にある巨大な試験管から出た黒い淀みが纏わりついた。
黒い雲のような何か。
それらは即座に敵を殺すような物質ではなく。
兄のエンブリオであるレシェフのような肉体を食い荒らす細菌でもなく。
ただ、触れた者に重篤な疾患をもたらすだけの雲である。
「――っ!?」
モンスター達の身体に斑点のような痣が浮かび始める。
それらはすぐさま全身に渡り、身体を蝕んでいく。
そして、モンスター達の目がぐるりと裏返り、涎を垂らし、しかしそれでも死ぬことは許されず。
飛ぶ力を失った彼らは生きたまま地面へと落下していく。
「やったのヨ! 私1人でも凶悪なモンスターを討伐できたのヨ!」
嬉しそうにドロップは試験管を撫でる。
呼応するように試験管も揺れる。
「お兄ちゃんみたいに感染力は無いけど、こうして日の下でも力が使えるのは良いことなのヨ!」
試験管は褒められ、更に揺れを強くする。
「こらこら。そう動くと目的地がずれちゃうのヨ!」
ドロップは試験管を窘めつつ、傘の方向を修正する。
微笑ましい光景だ。
その攻撃性と攻撃法さえ知らなければ。
「着いたのヨ! ここが【スカイ・クラウド】なのヨ!」
やがて、ドロップは雲の上に降り立つ。
ドロップは傘を折りたたみ、仕舞うと全く恐れることなく柔い雲の上を踏みしめる。
「お、お待ちくだされ」
「ん? 誰なのヨ!」
と、【スカイ・クラウド】の先住民……鳥人族の1人が突如侵入してきたドロップを止める。
「地上の方でよろしかったですかな? 私はマウ・ドルト・ウィンクリィと申します。この地の管理者でして」
「そうなの。それはご苦労なのヨ!」
それだけ言って、ドロップは歩みを再開しようとする。
「ま、待ってくだされ! その、この地に住む者は地上の者と違い体が弱いのです。なので、地上からいらした方にはまず洗浄をお願いしているのです」
「ふうん? 勝手にするのヨ!」
鳥人族の老人――マウは《清浄の棺》を使い、ドロップの身体から汚れを消そうとする。
「……? おや」
「終わったのヨ?」
だが、その効果は発動しない。
即ち、ドロップの肉体に汚れは一つも無いため《清浄の棺》は必要ないということだ。
珍しいこともあるものだとマウは思いながらドロップに礼を言う。
「ご協力感謝します。それで……貴方様のお名前は?」
「ドロップなのヨ!」
「そうですか……ドロップ様。どうぞ、心行くまでお楽しみ頂ければと思います」
「サンクス、なのヨ!」
堂々と、自分の庭を歩くようにドロップは雲の村を見て回る。
見た目だけは可愛らしい少女だ。
始めはその大胆さに警戒していたマウや鳥人族達も、子供特有の行いであったのだと考えを改める。
「お兄ちゃんはGODだし、私はANGELかしら? だったら雲の上なんて素敵なのヨ!」
そんな発言すら幼き少女特有の憧れのようだと思えば、意味など無いのだと聞き逃せる。
その言葉の本質を考えることなく、村人たちはやがてドロップの行動から目を離し始めた。
だから、だろうか。
村中に響き渡ったマウの叫び声に村人たちは耳を疑った。
「な、何をなさるのですかドロップ様!?」
どうやら来訪者が何かをしたようだと村人たちはマウの声から察する。
だが、所詮は子供のやること。
イタズラめいた何か、もしくはそれに通じる子供らしい何かだろうと考える。
つい先日訪れたのが無垢、あるいは鳥人族にとって害ある存在では無かったからであろう。
彼らは人の悪意に気づかなかった。
いや、悪意とも呼べないそれ以上の存在を知らなかったのだ。
雲で出来た住居。
その一つにマウとドロップはいた。
「邪魔なのヨ!」
と、ドロップは試験管の中身を溢れさせマウを退かす。
退かす……というよりもマウの全身を疾患で侵す。
たちまちのうちにマウの全身に斑点は浮かび上がり、やがて声も出せなくなる。
……が、棚に不用意に置かれている水晶玉がその斑点の原因である雲を吸い込んでいく。
「やっぱり! これなのヨ!」
ドロップは笑う。
新しい玩具を見つけた時の子供のように笑う。
「噂に聞いていたのヨ! 病気を強くしてくれるっていう珠! これこそ私に相応しいのヨ!」
「な、何を……その珠は我々の守り神だ! 触れるな!」
マウは掠れた声で叫ぶ。
原因は除けても奪われた体力は戻らない。
「五月蠅いのヨ!」
試験管の中から淀んだ雲が出る。
だが、それはマウへ到達する前に珠へと吸い込まれる。
「……これこそが我らの守り神の力だ」
「そうじゃないのヨ? これは君たちが考えているのとは別のものなのヨ!」
「何を言うか! ……まさか、貴様のような子供が……いや、〈マスター〉は見た目と中身が一致しないというのは本当だったのか」
マウは目の前の少女の姿をして何かに脅威を感じながら、どうやってその脅威を排除しようかと考える。
「全く……これが守り神? 笑わせないで欲しいのヨ! 神っていうのはお兄ちゃんみたいな人のことなのヨ! そして神を支えるのが、この私、天使のドロップちゃんなのヨ!」
「……意味の分からないことを。鳥人族の精鋭達よ!」
「はっ!」
「ここに!」
マウの様子がおかしいことに勘づいたのか、鳥人族の戦士達が駆けつける。
「……あの少女は病気や毒のような力を操るようです。ですが、恐れることはありません! 我らの守り神がそれを封じてくれています!」
間違いではない。
確かに、鳥人族に伝わる殺菌や浄化の力を持つ珠はドロップの力を封じている……そのように映っただろう。
だが、それは見ただけのことだ。
実際は違う。
真逆のように。
見た目と中身が異なるドロップのように。
封じているのでも、殺菌や浄化をしているのでもなく。
「えいっ」
と、ドロップが珠を床へと落とした。
「なっ!?」
まるで予想もしていなかったのだろう。
彼らの生命線とも呼べるその珠を破壊しようとする者などこれまでに存在しなかった。
だが、予想外の行動に見えてしまった。
地上の者――〈マスター〉がもし鳥人族と敵対するのであれば、真っ先に取るかもしれない行動。
即ち、珠の破壊である。
幸い、雲で構成された床に落ちたところで弾は壊れない。
それにマウを始めとした鳥人族達は胸をなで下ろ――
「とうっ! なのヨ!」
――せなかった。
ドロップが珠を踏み砕いたのだから。
少し高めのヒールの底が珠を貫き砕いた。
「ああ……やっぱり居たのヨ」
砕かれた珠からは、封印されていたモンスターが出現する。
それは白い鳥のようであった。
「……鳩、なのヨ?」
ドロップには見覚えのある姿であった。
リアルの世界でよく見かける鳥の一種に。
「おお……神々しい。守り神の真の姿だ」
鳥人族達はひれ伏す。
自身らと同じように翼あるもの。
加えて、浄化を象徴するかのような純白さ。
やはり間違っていなかったのだと。
守り神はそこに居たのだと。
鳩は翼を広げる。
まるで神が降臨したかのような姿。
それにマウは……いや、集まってきた村人全てが思わず息を漏らす。
そして、全身から血を吐き出して死んだ。
「……え」
最も遠くから見ていた鳥人族は自身の口から溢れ出たものを見て、そして村人たちが全員死んだのを見て、驚く間もなく他の村人たちの後を追う。
『くるっぽー』
鳩は鳴く。
村人たちの死を見て。
己の流れてくるリソースを確認して。
「……やっぱり鳩なのヨ」
何故これにひれ伏していただろうとドロップは呆れながら、
「でも最高なのヨ!」
試験管を手に、喜ぶ。
「さあ、私と戦うのヨ! それで私の力になると良いのヨ!」
鳩はドロップを一目見ると……飛び立った。
雲の外へと。
【スカイ・クラウド】の外へと。
ここに用は無いとばかりに。
「ええー……なのヨ」
ドロップは急いで傘を差すと追いかけだす。
鳩を……いや、伝説級UBMである【煮仏病毒 ピジョンスター】を追いかける。
彼女の頭の中にも、すでに滅んだ【スカイ・クラウド】のことは無かった。