<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【禁忌姫】トワコ
「……」
普段であれば笑顔である彼女にしては珍しく、その顔は険しいものであった。
不機嫌、というわけではない。
むしろ、『やってしまった』という後悔が表情に現れているようだ。
「きゃはっ」
トワコを見た彼女のエンブリオは笑う。
顔を歪めた原因の一端がエンブリオである彼女なのだが、そんなことを一切気にせずに笑っている。
とはいえ、トワコも別に誰のせいと考えるのではなく、ただただ『やっちゃった』という感情があっただけで、すぐに笑顔を取り戻す。
「寝過ぎちゃったねぇ。ううん、愛し過ぎちゃったのかなあ?」
「きゃはっ」
トワコは3日前――ゲーム内時間での――を思い出す。
互いに互いの肉体を喰らい合ったあの熱烈な愛の表現を。
情愛の果てに待っているのがデスペナルティによる3日間のログイン禁止であるためトワコとしても悩ましい。
出来れば毎日でも愛し合いたいのだが、それをやっていると何時まで経っても目的地へと辿り着けない。
「また探さないとねぇ」
故に、少しばかり情愛を我慢し、心に押し込めて長い旅をしたのだが、先日宿屋に泊った際は愛が爆発してしまった。
足から食べた。
腕をもいだ。
爪を剥がした。
最後に頭を、口づけをかわすように互いに食らい合った。
思い出すたびに、隣の少女を今すぐ愛したいと情動が暴走しそうになる。
「きゃはっ」
「ああ、そうだったねぇ。早く見つけないと」
自身のエンブリオに袖を掴まれ、トワコは我に返る。
そして、現在地――ノクトル村の戦い跡地を見る。
「これかなあ? それともこれかなぁ?」
想い人がどこで戦っていたのか。
どのような戦い方をしていたのかを想像し、妄想を膨らませ、トワコの口角は更に吊り上がる。
「これは砲弾が爆発した跡。違うねぇ。こっちは……何だろう。でも違いそう。……ああ、これだぁ。この足跡、これだよぉ?」
「きゃはっ! きゃはっ!」
「嬉しいねぇ、モーちゃん。もうすぐだよ。もうちょっとで会えるよ」
「きゃはっ!」
「邪魔なのはもういなくなったし、少し休もうかぁ」
トワコの周囲には食いカスが落ちていた。
骨片や、肉片、脳みその一部など、トワコと彼女のエンブリオが喰らった人間の残り。
その食いカスの正体は、ノクトル村へ調査に来たレジェンダリアに属する〈ティアン〉達。
恐らくは村の消滅の原因を探りに来たのだろう。
何も無ければ、危険地帯であるためモンスターに襲われたのだろうという結論で終わっていただろう。
だが、彼らが到着した時、そこにはトワコもまた村へ辿り着いていた。
彼らとしては話を聞くだけのつもりであった。
あくまで仕事として、事情を伺うだけであった。
しかし相手が悪かった。
トワコは仕事熱心な彼らの長所を良いものとした。
好意的な目で見た。
だから食べた。
愛を込めて食事を行った。
「きゃはっ」
「え、この人たちと一緒に調べれば良かったのにってぇ? 駄目だよぉ。だってこの人たちは無関係だもの。巻き込んだら悪いでしょぉ」
「きゃはっ。きゃはっ」
「そうでしょぉ? モーちゃんだって知らない人いたら緊張しちゃうもんねえ」
やや間延びした口調でおっとりと話す彼女の笑みは崩れない。
「きゃはっ」
「この人たちを食べたことが知られると指名手配される? それは困るねぇ。困るから早いところ移動しないと」
トワコの想い人の次の行き先。
それはまだ調査段階であり、詳細は分からない。
「モーちゃんは次の行き先分かるぅ?」
「……。きゃはっ」
トワコが尋ねると、エンブリオは一点を指さす。
それはトワコが辿ってきた場所。
3日間のログイン禁止の間にどうやら入れ違いになっていたようだ。
「……あはは」
トワコは笑う。
どこか乾いた笑みであったことはエンブリオにしか気づけない。
「それじゃぁ、休憩も終わりにして急ごうかぁ。あの子に……クャントルスカちゃんに会うため――」
「残念ながらその前に。我は一度立ち止まることを要求する」
「――ッ!?」
何の前触れも無かった。
歩き出そうとしたトワコの目の前に、1人の男が立っていたのだ。
どこにも隠れ潜む場所など無い。
それなのに、男は突如現れたのだ。
その目はどこまでも高圧的で威圧的で孤立的で、トワコへ視線を向けているくせにトワコ自身を見ていないようであった。
「まったく、早いですよ。置いていかないで欲しいものです」
そして、トワコの背後から別の男の声がかかる。
穏和な声だ。
争いなど無縁な印象を持たせる。
「……誰ぇ?」
「きゃはっ!」
2人の男に前後を挟まれた形になる。
……いや、違う。
背後を振り返れば、そこには柔和な顔をした丸眼鏡の男を囲むようにして10人ほどの首輪をつけた人間――〈ティアン〉がいた。
「そうですね。ここは自己紹介も兼ねて、【隷属王】とだけ名乗っておきましょうか」
【隷属王】……隷属。
だとすれば、首輪をつけた〈ティアン〉は奴隷なのだろうか。
「ああ、彼らの紹介はいらないでしょう。どうせ短い命ですし」
「そして我はドライ・マグ。【剪定王】である」
高圧的な目をした男が名乗る。
こちらは名前以上の情報は得られない。
剪定という名と男はまだ結びつかない。
「……私はぁ」
「ああ、勿論存じていますよ。【禁忌姫】トワコさん」
「……そぉ? なら私が急いでいることは知っているよねぇ。邪魔するならすぐにどいてよぉ!」
トワコは【禁忌姫】と【愛贈食姫 モー・ショボー】のスキルを発動する。
そのスキルによるシナジー効果により、まずは【剪定王】ドライを喰らおうとする。
「ふむ。我の前には誰も存在しない」
だが、ドライの肉体は全く傷つくことは無い。
食らいついたトワコとエンブリオの歯は肉に、どころかその手前の皮膚にすら食い込まない。
「……防御に秀でた力なのかなぁ?」
ならば、とトワコは標的を変える。
噛み切れない肉は後にして、柔和な男――柔らかそうな【隷属王】を喰らおうと向きを変える。
「おや。次は僕ですか」
【隷属王】を守ろうと、〈ティアン〉が間に出る。
トワコの《看破》で高くないステータスが見える。
奴隷になるくらいだから、それほど価値も高くなく、そして生きる術の無い低レベルの下級職なのだろう。
前菜代わりに〈ティアン〉に喰らいつくトワコであったが、やはりこちらにも傷を付けることが出来ない。
「ああ、ダメですよ。彼らの所有権は僕にあるので。彼らを生かすも殺すも僕だけに出来るんです」
支配下にある者を守るスキルを持っているのだろうか。
だが、そういった手合いは後ろに立つ者自身を守る術がないことが多い。
「モーちゃん!」
「きゃはっ!」
エンブリオに奴隷達を任せ、トワコは奴隷を掻い潜り【隷属王】へと辿り着く。
「貴方も愛してあげるねぇ!」
【隷属王】の首元へ食らいつく。
今度は容易に肉を噛み千切ることが出来た。
「美味しいねぇ! ……あれ?」
食い千切った肉はトワコの口内で咀嚼され、飲み込まれる。
だが、目の前の【隷属王】の首元には何の傷も無い。
「ぐあっ」
同時に、奴隷の1人が首から多量の出血をし、倒れる。
その首には噛み傷があった。
「……なるほどぉ」
自身の傷を奴隷に移す能力か。
奴隷を守るスキルと奴隷に傷を移すスキル。
【ゴブリン・キング】の《ゴブリンキングダム》に似たスキルを持っているのだろう。
これは長期戦になるだろう。
1人は理解不能なままトワコの愛が通じず、もう1人は奴隷に傷を移す。
まず倒すならば【隷属王】からになるだろうか。
少なくとも、【隷属王】を通じて奴隷を食べ尽くせば、その不死身性も消滅するはず。
少なくとも、両者ともに個人生存型は備えているようだ。
そのタネを明かさなくては倒せないタイプなのだろう。
「行くよぉ、モーちゃん。《愛があるのなら、》――」
「おっと、お待ちくださいお待ちください。別に僕達は争いに来たわけではありません。でしょう、ドライさん」
と、トワコが必殺スキルを発動しようとした瞬間、【隷属王】が手で制す。
【隷属王】に声をかけられたドライは再びトワコへと視線を向ける。
「ああ、そうだな。我はそこの王……否、姫に話を持ち掛けに来たのだ」
「……姫ぇ?」
「ええ、そうです。【禁忌姫】をメインジョブにしているでしょう?」
なるほど。
トワコ自身よりも【禁忌姫】に用事があったのか。
確かに、態度はともかく彼らはトワコに攻撃を仕掛けていなかった。
敵対する意思は始めから無かったようだ。
「何か用なのぉ?」
「ええ。トワコさんは〈IF〉、もしくは〈デザイア〉というクランをご存知でしょうか」
「知らないよぉ」
「そうですか……有名な犯罪者クランなのですがね。まあ、公式にはクランでは無いのですが」
「我らもトワコに同盟を結びに来たのだ」
ドライが【隷属王】の言葉に続く。
「彼らは指名手配されていながら、集団となることで一つの脅威としてそこに君臨しています。犯罪者でありながら、力があるから存在を認められているのです」
「何がぁ、言いたいのぉ?」
「僕とドライもそのようなクランを設立しようとしていまして。まずは軸となる人間を集めているのですよ」
「多くなれば言葉は纏まらなくなる。故に3人だ。〈三王〉を軸に我らは動き出す」
「さんおう……」
【剪定王】と【隷属王】。それに【禁忌姫】を加えた3人の王ということか。
どのような基準で選んだのかは知らないが……ああ、指名手配されている超級職だろうか。
それでも候補となりそうな人間は他にもいそうである。
「我とそこの優男の力はすでに見せた。そして、トワコの力も十分に理解した。その強さであれば〈三王〉に相応しい」
「……私がぁ、引き受ける前提で話しているけどぉ。嫌だと言ったらぁ?」
「貴方の目的はこちらも存じています。【魔法☆少女】を追っているのでしょう?」
「ッ! そう、だよぉ!」
そこまで知られているのか。
トワコは【隷属王】の底の知れなさを実感する。
「そちらは僕達のほうでもサポートさせて頂きますよ」
「サポートぉ?」
「はい。行方を探したり。邪魔な人間がいればこちらで排除したり。聞けば、共に旅をしている者がいるみたいじゃないですか。貴方一人で対処できますか? いえ、出来たとしてもその間に彼女に逃げられてしまう可能性もあるのではないですか?」
「……」
「きゃはっ」
トワコは下を向く。
その可能性は無いでもなかった。
他者を愛せるが、愛されているという自信はトワコには無い。
だが、それでも彼女であればとここまで追ってきているのだ。
彼女のエンブリオは主であるトワコの肩に手を置き、頷く。
まるで、肯定を示すかのように。
「……モーちゃん? ……そうだねぇ」
「結論は出たか?」
「良い返事を期待しているのですが」
胡散臭く、得体の知れない連中だ。
急にやってきて、仲間になれなどと。
だが、現状のトワコでは必殺スキルを使っても倒せるか分からない。
いや、少なくとも【剪定王】の方は倒しきれないだろう。
「……いいよぉ。〈三王〉、なってあげるぅ」
トワコは頷く。
どのみち、トワコの掴んでいる情報でもクャントルスカには他に最低でも2人の仲間がいる。
彼女と愛し合うためには2人は邪魔だ。
彼らに露払いを頼めるならば、任せてはおきたいというのはトワコの本心である。
「……そうか」
「ええ、実に良かった。これで、貴方を殺さずに済みます」
トワコの背筋が冷える。
そう。【隷属王】は笑ったままだ。
虫も殺さないような笑みを浮かべたまま、前に奴隷達を並べる。
その奴隷一人一人がトワコを殺す力を持っている……ように感じた。
「……いつか愛してあげるからねぇ」
「楽しみにしていますよ」
「……ふむ」
その力のカラクリを暴き、愛して食べてやる。
そう決めると、トワコは彼らの手を取った。
ひとまず次章の斬死編を考えつつ、登場人物をまとめていきます