<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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112話 フィリップの冒険 1

■【大冒険家】フィリップ・ノッツ

 

「ありがとうございましたー」

「ここは僕が出しておきますね」

「サンクス、なのヨ!」

「ありがとう……」

 

 屋台で肉串を売っていた女性店員から焼きたての串を受け取り、フィリップは店員と、金を出した男――リーンに礼を言う。

 

「(早く別れたい……)」

 

 せっかくの縁だからと、リーンに食事を奢られることになったのだが、どうにも居心地が悪い。

 隣で興味津々といった表情で肉串を見る少女は周囲の様子など気になっていないようだし、フィリップだけがそう感じているのだろう。

 

「冷めてしまいますよ?」

 

 どこからか取り出した皿とフォークで丁寧に串から肉を取りつつ、リーンは口に運んでいく。

 

「これ、どうやって食べるのヨ?」

「……齧りついて食べていいと思うよ」

「そうなのヨ!」

 

 フィリップの助言に素直に従い齧りついている少女の名はドロップというらしい。

 口の周りに肉の脂を付けながら、美味しそうに食べている。

 

「美味しいのヨ! これ、何の肉なのヨ?」

「えーと……【スリップバード】……へえ、鳥の肉だったんだ」

「鳥なの!? この間大量に手に入りそうだったのに……勿体ないことしたのヨ!」

 

 どうやら鳥型のモンスターを大量に討伐したらしい。

 惜しいことをしたとドロップは悔しそうな顔をする。

 フィリップとはまだ出会ったばかりなので、ドロップがこれまでどのような行動をしていたのか知らない。

 多少は戦闘が出来るんだなと彼女の言葉から察する。

 尤も、既にフィリップは《看破》がドロップに通じていない時点で生半可な相手で無いことを知っていたのだが。

 

「それで……そちらの彼らは……?」

「ああ。お気になさらず。彼らは僕だと思ってください」

「それだと余計に気にしなければならないのでは?」

 

 リーンの後ろに並ぶ数人の男女。

 いずれも首に黒い輪が付けられている。

 いわゆる首輪であり、オシャレアイテムやステータス補正のかかった装備アイテムではない。

 それは、隷属の証である奴隷に課せられた首輪。

 

「(……《鑑定眼》でも特別な効果を持っていると出ているわけではない。主の指令を無視した時に爆発する以外は、ね)」

 

 逃走防止のための首輪なのだろう。

 リーンという男は見た目に反して奴隷に人権を持たせるような人物では無いようだ。

 

「この場合は僕の所有物、という意味ですよ。僕の剣や盾のようなものだと、そう思って頂ければ結構です。剣や盾に意思は無いでしょう?」

「そうなのヨ! だったら無視しているのヨ!」

 

 ドロップはリーンの言葉にも素直に頷き、食事を続ける。

 

「(……本当に、どうしてこうなってしまったのだろうね)」

 

 つい先日まで旅をしていた仲間が恋しくなる。

 あの2人……いや、4人が一緒であったならこうもカオスには……なっていたかもしれないが、フィリップが胃を痛めることも無かっただろう。

 とにかくこの場にいる2人は周囲の目を気にしなさすぎる。

 奴隷を引き連れる意味も、それを受け流しているという状況も周りら見れば異常な光景だろう。

 

「(そのためにも早く【探検王】にならないとね)」

「おや、どうしました? ああ、剣と盾が常に見えていては気が落ち着きませんでしたか?」

「お腹が空いているのヨ? たくさんあるから食べるといいのヨ!」

 

 リーンとドロップも決して悪い人物ではない。……が、それでも今までの2人を思えば、早く合流したいと願うフィリップなのであった。

 

 

 

 

■数日前

 

 それはフィリップが【動物王】レシーブ・キープとの戦闘により死亡し、デスペナルティになった直後のことだ。

 死にゆくフィリップは確信していた。

 【動物王】を仕留めきれなかったと。

 

「(ちくしょう……負けっちゃったか)」

 

 爆発により肉体が焼き千切れていくフィリップに対し、【動物王】の肉体は爆発の直前に何かに覆われていたため原型を留めていた。

 相打ち狙いであったが、相手はギリギリ生き延びている。

 それを感じ取りながらフィリップは敗退することとなったのだ。

 

「……やれやれ」

 

 ベッドから起き上がったフィリップ――滴は階下にあるリビングへと向かう。

 戦いの後は喉が渇く。

 いくらゲーム内で水分を摂取しようとも、潤いは満たされない。

 

「……休憩か?」

「やあ、兄さんか」

 

 リビングでは滴の兄がカップラーメンを啜っていた。

 確か、今日発売の新商品だったはずだ。

 既に入手しているとは流石だなと滴は感心する。

 

「食べるか?」

 

 こういった新商品を買う時、兄は必ず2つ以上は家に持ち帰る。

 彼が大食漢なのではなく、滴も食べたいだろうと分かっているからだ。

 

「勿論」

 

 それを聞くと兄は無言でカップラーメンにお湯を入れる。

 その間に滴は冷蔵庫から麦茶を取り出して喉を潤す。

 

「死んだんだ」

 

 コップを置き、滴は先ほどの兄の問いに答える。

 

「……そうか」

「ははは。やっぱり陸は私には向いていないのかな? こんな短期間で2度も死ぬなんて思わなかったよ」

 

 グラスコードの時は倒すために死ぬつもりであった。

 それも、目的のためであったから仕方ないといえば仕方ない。

 だが、その後2回は別だ。

 どちらも決戦と呼べない戦いで死んだ。

 

「そうでもない……だろう。きっと相性が悪かったんだ」

「そうかい? そう言ってくれると嬉しいけどね。まあ兄さんなら苦も無く倒せていただろう連中さ」

「それこそ有り得ない話だ。【深海王】は深海に潜んでこそ。陸で振るえる力なんて持ち合わせていない」

 

 はは、と滴は乾いた笑いを兄に返す。

 兄ならば……デメンタリー・ノッツならば陸上でだって海底を作り出せるのだ。

 決して陸上の人間にだって後れを取らないだろう。

 

「出来たぞ」

 

 3分が経ち、兄は出来上がったカップラーメンに後入れのスープなどを入れ、滴の座るテーブルに置く。

 兄は滴のカップラーメンが出来上がるのを待っていたようだ。

 兄の分のカップラーメンは既に湯気が消えており、麺も伸びているように見える。

 

「……」

「……」

 

 しばし2人は無言で麺を啜る。

 

「……夜は何がいい?」

「……ハンバーグ」

「分かった」

 

 先に食べ終えた兄がゴミを捨て、冷蔵庫の中を確認する。

 滴の記憶では冷蔵庫にひき肉は無かったはずだ。

 買い出しが必要になるだろう。

 その時には付いて行けるかな、とデスペナ中であったことが少しだけ嬉しくなる。

 

「宝集めの方はどうなんだ? 2つ目は見つけたと言っていたが」

 

 クリアントとクャントルスカがドラゲイルを倒し、『真実鏡』を手に入れていたことまでは兄に話していた。

 そこから後、『赤砂の剣』に関わる話は決着が着いてからと思い話していなかったのだが、兄も気にはなっていたらしい。

 

「うん。それなら大丈夫。《探求心》も確実に働いていたし、あの人が持っていたんだろう。それなら彼が……クリアントが必ず手に入れてくれるさ」

「そうか」

 

 フィリップ・ノッツは死んでしまったが、まだクリアントとクャントルスカが残っている。

 あの2人がいれば滴には何の心配も無かった。

 

「……」

「何だい、兄さん。何か言いたげな目をしているけど。言いたいことがあるなら言ってみたらどうだい?」

 

 兄は滴の言葉に対し黙っていたが、こちらを見ていた。

 滴はそれが気になり、尋ねたのだが――

 

「滴。お前が昔、俺に言った言葉を覚えているか?」

「さて。私達の間で交わされた会話は数知れないからね。全て覚えているけれど、兄さんがどれを差しているかは分からないよ」

「俺が上にいる人間を下に叩き落して喜んでいる異常者だという話だ」

 

 滴と兄の父母が死んだときの話だ。

 それは今でもよく覚えている。

 

「……ああ、そんな話もしたね」

「あの時俺は少なからず傷ついた。別に俺自身に何を言われてもいいのだが、お前の口からそれが出たことに俺は傷ついた」

「そうかい。謝ればいいのかな?」

 

 【深海王】らしく根暗で陰湿だなぁと思いつつ滴は謝罪の言葉を探す。

 どれが兄の気に入りそうな言葉かなと決めていると、

 

「いや、別に謝らなくていい。むしろ、俺はお前に謝ることになるだろう」

「……うん?」

「いいか、俺は今からお前に酷いことを言う。だが、それはあの時の仕返しなどではないから、それは忘れないでくれ」

「……その前置きをしなければ気にならなかったんだろうけどね」

 

 さて、何を言われるのだろうかと滴はむしろ好奇心が覗いてくる。

 兄がこれだけ言うのだから、滴の異常性か何かに対して貶すのだろうか。

 

「仲間が見つけてきた宝を手にしてお前は満たされているのか? お前の言う冒険とやらは随分甘いものなんだな」

「――ッ!?」

「……すまない」

 

 滴の動揺が伝わったのだろう。

 すぐに兄は頭を下げる。

 

「だが、言わせてくれ。……お前は陸に上がり仲間を得てから必死さや向上心が欠け始めているように思えるんだ。欲しいものが最終的に手に入ればそれで良い。そんな風に考え始めていないか?」

 

 思い出す。

 【魔法少女β】プシュケー・アーチとの戦いでは、何故彼女を倒すことを第一優先としたのだろう。

 フィリップが求めていた宝を手にするのであれば、プシュケーは他の誰かに任せればよかったはずなのに。

 ましてや、その戦いで命を落としていいはずがなかったのだ。

 

 【動物王】レシーブ・キープとの戦いにしてもそうだ。

 どこか心の底で『真実鏡』は仲間が手に入れてくれるからここで相打ちになろうという甘い考えがあったから自爆なんていう愚かな行動に出てしまった。

 

「仲間が出来ることは悪いことではない。俺やソーキューやお前と一緒に海を旅していた頃のお前は弱いわけでは無かった。だが……」

「……仲間に頼りすぎるなって、ことだね」

「ああ。頼ることを覚えた者は弱くなる。自分で解決する術を捨てるからだ」

 

 頼ることを覚えた者は強くならない。

 強くなったように錯覚しても、それは仲間の力が合わさっているだけで自身の力など微塵も増していない。

 

「……俺の言いたいことは理解出来たか?」

「ああ。勿論だとも。私が兄さんの言葉を聞き逃したことなんて無いからね」

「そうか。それなら買い物の時間でも決めるとしよう」

「帰りにケーキを買ってくれるかい?」

「……1つまでだぞ」

 

 こうして滴は決意を固めた。

 仲間に頼りすぎることは悪いこと、弱くなることであると兄から指摘された滴――フィリップはログインした後にクリアント達に一時の別れを告げたのだ。

 

「【探検王】の残る条件……就職クエストは私1人の力でやり遂げてみたい。せめてその間だけ1人にさせてもらえないかい?」

 

 元よりずっと一緒に旅をしようと誓った仲でもない。

 快諾とまではいかないが、笑顔で送り出してくれた仲間を背に、フィリップは1人近隣の街まで向かうのであった。

 




兄「頼りすぎるなと言ったけど完全に頼るなとは言っていない……」

ともあれ、1人旅にすると話も進めにくいので頼もしい仲間を2人追加しておきました
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