<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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115話 フィリップの冒険 4

■プロポーズについて

 

 その街の名が何の意味も持たずに、自然とそう呼ばれているかと言えば、勿論そんなわけはない。

 かつては別の名で呼ばれていたプロポーズという街は、名前通り婚姻に関わる逸話が伝わっている。

 

 時代は、ようやく三強が崩れ、アルター王国が建国されて間もなくの頃。

 各地にて戦いの傷跡が未だ残されていた。

 アルター王国を始めとした主要国家は、付近の小さな人間の集落を各々の領地へと取り込もうとし、傷ついていた弱者である彼らもそれを良しとし取り込まれていった。

 

 そのうちの一つがマヌカという名の街と呼ぶにはいささか小さな地であった。

 その地は1人の人間ではなく、とある一族が支配しており、その他の民が一族の方針に従っていた。

 とはいえ、その一族は独裁主義というわけでなく、どちらかといえば一族が矢面に立ち責任を背負う形で民たちは比較的自由に過ごしていたため、民からの信頼は篤かった。

 そのおかげであったのかもしれない。

 アルター王家の1人との縁談の話が上がったのは。

 

「これは良縁だ。機会を逃す手は無い。この地を繁栄させるには基盤が必要なのだ」

「それにあちら側は女を出すらしい。ならば主導権はこちら側。あちらへ傾くということもない」

 

 一族のある者はそれを喜んだ。

 

「しかし歴史の浅い……というよりも出来上がったばかりの国の者だ」

「それも遠路からこちらへ来るようだ。何か事情があるのかもしれん」

 

 一族のある者はそれを訝しんだ。

 

「【覇王】が消えたとはいえ、女王は健在。既に睨まれている我々だ。これ以上しわ寄せが来るのが勘弁だぞ」

「我々だけならば兎も角、民がこれ以上脅かされるのは……それも女王に歓迎されていない婚姻を結んだと知られれば信頼にも関わる」

 

 一族のある者はそれを否定した。

 

 賛成、反対、中立。

 一族は3つに別れた。

 とはいえ、血みどろの争いに発展することもなく、彼らはあくまで平和に、食事の会話程度の扱いで話し合っていた。

 

 そうして、話が進まぬまま、時間だけが進んで行き……やがて王国から早く返答をとの催促の連絡が来た。

 

「そもそもで誰が婚姻するのだ?」

 

 そして、その段階で誰と誰が結ばれるかの話をしていないことに一族は気が付いた。

 

「俺だと思っていた」

「てっきり私のことかと」

「僕に決まっていますとも」

「儂じゃろうて」

「ここは一番若い俺に」

 

 誰もが手を挙げた。

 その中には婚姻に反対していた者の顔もあった。

 一族には独身の多いため、結婚に憧れていた者が多かったのだ。

 

「待て。まだ相手がどのような人物かも定かではないのだぞ」

 

 次に、相手の情報がまだこちらへ届いていないことにも一族は気が付いた。

 

「見合いという形式にしたらどうだろうか。相手方と一族からの希望者全員と話す機会を与えて、最も相性の良い者が結婚するというのは」

 

 誰もが平等であると一族の1人は言った。

 それに誰もが頷いた。

 平等であるというのは本当だ。

 

 誰もが自信が無いという点では、誰もが自身が選ばれる可能性が低いという点では全員が同じ気持ちであった。

 最悪、相手の女性は帰ってしまうかもしれない。

 その可能性すら考えて、しかし平等であるならばと一族は頷くしかなかった。

 

 既に一族に反対意見を出す者はいない。

 そんなことは忘れ、誰もが結婚を夢見ていたのだ。

 

 

 

 

 是非ともお願いしますと、地を治める者としては低姿勢な返答を王国へ返してから一月後。

 王家と血の繋がりのある女性が騎士や給仕を引き連れて一族の治める地へと到着した。

 

「まあ、ここが」

 

 雑面のような布で顔を隠した者から感嘆の声があがる。

 声や体つきからその者が女性であり、周囲の人間の反応から、件の婚姻を結びに来た者であることが伺える。

 

「へ、へへ……ようこそ」

「あ、あの……お荷物あればお持ちします」

「お疲れでは無いでしょうか。椅子はこちらに……あ、結構? そうですか」

 

 だが、一族は緊張のあまり女性を無視して騎士や給仕に話しかけてしまう。

 下の者にも親切な人間という人柄を表現しようとし、盛大に失敗していた。

 

「ゴホン……あの、まずは姫に挨拶を」

 

 騎士の1人に言われて初めて一族は己の無礼に気づき、恥じた。

 

「こ、こここここれは失礼を!」

「……え、というか姫?」

 

 アルター王家と血のつながりのある者。

 その程度の認識であり、実際に来るのも王家の中でも血が薄くさしたる影響力の無い者だろうと思われていた。

 

「いえ、姫だなんてそんな。その資格は既に剥奪されております。なので、気軽にルーチェとお呼びくださいね」

 

 どこか寂しそうにルーチェは笑う。

 その笑みは布に隠れ見えなかったが、漏れた吐息が一族の多くの心を掴んでいた。

 

「ええと、私のお相手はどなたなのでしょう……? ああ、いつまでも顔を隠すのは失礼でしたね」

 

 そう言ってルーチェは雑面を外した。

 その下は、声や仕草に違わず、美しくも可憐な20前後の女性であった。

 

 おお、と一族の者達から声が出る。

 性格さえ良ければ、と思っていたが想像以上に容姿が整っており驚いていた。

 

「……あら」

 

 だが、彼ら以上に驚いたのがルーチェであった。

 口元に手を当てているのは、彼女にとって想定外の驚きであったからであろう。

 

「随分と可愛らしい方々なのですね」

 

 ルーチェは一族の姿を見て、そう言い表した。

 

 

 その一族が民をまとめ上げることが出来たのは、彼らが統治能力に優れていたからだけではない。

 彼らは一族として結束することが出来ていたからである。

 婚姻に関しても賛成反対の意見は出ていたが、すぐにそれらは纏められ、別の議題へと移り変わっていた。

 その理由は彼らが移り変わりやすい性格……だからではない。

 一族同士でしか分かり合えない秘密がある故にである。

 

「……後悔なされていますか?」

 

 一族の1人が姫に問う。

 

「我々のような醜い容姿の下へと嫁がれたことに」

 

 豚と鬼の混ざったような顔をした一族の者は姫にそう尋ねる。

 本国へ戻りたくなったのではないか。と。

 

 彼らは一様にして醜い。

 鼻は低く、顔は皺が多く、背は低く、しかし体形は横に太い。

 一見、モンスターかと見紛う程に醜い姿に優秀な頭脳。

 それが一族の特徴であった。

 

「民は我々を長として認めてくださっています。しかし、貴方は違う。他所から参られた貴方が我々の顔を毎日見るなど苦行でしょう。後悔されるなら今してください。心変わりされるなら今してください。これ以上我々に過度な期待を持たせぬうちに、喜ばせぬうちに、どうぞ帰られることを推奨します」

 

 一族の中でも最も年老いた者がルーチェへと促す。

 

 民は一族の穏やかな性格を知っている。

 故に、自身らがこのまま一族の下で暮らすために、最低限彼らを繁栄させるために定期的に若い女を送っていた。

 一族はそれを生贄と呼ばれる行為であると知っていた。

 だが、拒めない。

 拒めば一族は衰退するし、他に彼らが他から子を為す相手を見つけ出すことは出来なかったから。

 

 だから、ここでルーチェが王国へと帰ろうとも、民から誰か一族の相手を貰えばいいだけのことだ。

 それで済む話なのだ。

 

「いいえ? 私は帰りませんけど? それに、もうここへ結婚するつもりで来ましたので。王国へ未亡人として帰すつもりならば話は別ですが」

 

 しかしルーチェは首を傾げる。

 まるで断られることが不思議であるかのように。

 

「……良いのですか?」

「良いも何も。そもそも、断るならここへは来ていませんし」

 

 瞬間、一族全ての者がひれ伏した。

 彼女こそが一族の全てであると、そう心の奥底で理解した。

 

「さて……私の夫は誰になるのでしょう?」

 

 次の瞬間には我こそはと一族は手を挙げる。

 

「俺が!」

「僕が!」

「俺だ!」

「お前は嫁がいるだろうが」

「儂が!」

「爺ちゃんはもういい歳だろ」

 

 手を挙げた一族全員を見渡し、ルーチェは1人の手を握る。

 

「決めました。私は貴方のお嫁さんになります」

 

 それは一族の中でも比較的若い者であった。

 まだ一族以外の一族に対する評価も知らない、純粋な青年。

 つい先日少年からようやく脱却したくらいの年齢であり、結婚可能な歳になったのも最近のこと。

 だが、ルーチェは知らない。

 一族の顔を見てもそこから年齢は察せない。

 ただ彼女は己の勘に従っただけ。

 

「い、いいんでしょうか……」

「はい!」

 

 こうして、王家に連なる美女と、遠い異国の醜悪な顔の一族の2人は繋がりを持った。

 美女と野獣。

 〈マスター〉がその光景を見れば、きっとその言葉が頭に浮かんだことであろう。

 

 誰も気づかない。

 内面で信頼を得た一族の誰もが、ルーチェの外見に囚われ、何故彼女がアルター王国から追い出されたのかを知らない。

 【傾国】ルーチェ・A・アルターが何をして姫という立ち位置を追われることになったのか。

 それを知らぬまま、一族は彼女を受け入れた。

 

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