<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【大冒険家】フィリップ・ノッツ
「――と、つまりは斯様な経緯の下でこの街は婚姻に関して過敏になったというわけですよ。実にめでたしめでたしという結末ですね」
「……めでたい要素はその姫のジョブで消し飛んだけどね。それに、結末では無いだろう。そこから紆余曲折はあったに違いない」
リーンの語る、一族とルーチェという姫。
それがこのプロポーズと言う街の始まり。
だが、単に婚姻を結び、それを祝してこの街が発展していった……と楽観的に考えることは出来ない。
最後に明かされたルーチェのジョブ、【傾国】は余りにも状況的には適しすぎている名前であるし、それ故に釈然としない気持ちが残ってしまう。
「(確か……一定数の異性を魅了したら就ける超級職だったかな)」
【傾国】の就職条件の一部を思い出しながら、フィリップはルーチェという人物を思い描く。
彼女は一族にとって理想的な人物だ。
「ええ、分かりますよ。余りにも都合が良い存在だったでしょうね。一族にとって、象徴足りえる、まさに姫と呼ぶべき女性だったのでしょう」
「……それこそ傾国の姫だったのだろうね」
醜い容姿であった一族に好意的な目で見てくれる見目麗しい姫。
更に、彼女の存在は一族が支配する民からの信頼を増やすに相応しいことだろう。
一族の内と外、それぞれにとって好都合。
だが、だからこそ、彼女は危険であったに違いない。
「結果的に街は発展しました。こうして、一大都市になる程度には」
「……引き換えに、何を失ったんだい?」
フィリップはルーチェを傾国の姫と表した。
それをリーンは否定しない。
つまりは、そういうことなのだろう。
彼女は一族が支配していた領地……国を傾けた。
「そうですね……何と言えばいいでしょうか。いえ、別に彼らにとって失ったという感覚は無いのでしょう。多分、これは忘れた……のでしょうね。弱者、醜い者の気持ちを一族は忘れていったのです」
「ふむ。彼らは醜いのではなかったのかい?」
「ええ。そうです。醜い――醜かったのです。醜悪な容姿は彼らにとって過去のものとなりました。ルーチェという美しき姫と交わり、子を為すことによって彼らは醜さを脱却し、忘れていった」
始めは、ルーチェの夫となった若い男との間に出来た子供であったらしい。
その子供は一族という歴史の中で初めて、普通の容姿の子供として生まれてきた。
醜くはなく、だが一族に違わず優秀な頭脳を持った、ただの賢い人間として生まれたのだ。
「まあ僕は詳しく知らないので外れた予想かもしれないですが。ほら、優性遺伝とか劣性遺伝とかあるじゃないですか。一族の遺伝子もそうだったのでしょう。他の遺伝子を取り込んでも一族の遺伝子が必ず勝ってしまい、醜い子供が生まれる。何だか18禁ゲームとかに出てくるゴブリンとかオークを思い出しますね」
「いや知らないけど」
だが、これで一族が醜い理由は何となく分かった。
決してゴブリンやオークという補足があったからではない。
「そして、その遺伝子を姫の遺伝子が上回ったのではないでしょうか。一族の遺伝子を劣性遺伝子にするほど、姫の遺伝子は優秀過ぎた……あはは、何だかえっちな話みたいですね」
「君は生物学の授業でも同じ気持ちを抱いていたのかい?」
「ばれてしまいましたか。実は人間の誕生とかが性癖でして」
女性の敵みたいな性癖を日中堂々と言うなと思いながらフィリップは一族についての話に戻す。
「……まあ、メンデルの法則とかあるけれど。あれは豆の大きさだったかな。眉目秀麗だけでも驚きだけど、一族は頭脳まで引き継いでいるんだっけ。優勢とか劣性とかの話だけで収まりそうにないけど……まあそこまでは理解したよ」
それを踏まえた上で彼らが失ったもの。
リーン曰く忘れたものであったか。
「つまりは、彼らは姫の遺伝子……血と言い換えようか。血を取り入れたことで徐々に容姿が変わっていったんだね?」
「ええ、そうです。代を重ねるごとに、ルーチェ姫のように、近づくように整った容姿へと変質していったようです」
ならば、それは良い話なのではないか。
醜さを失った、忘れたとは言うが、言い換えれば美しさを手に入れたとも言える。
ルーチェ姫のおかげで彼らは美を手に入れたのだ。
「……フィリップさん。一族は何故民に慕われていたか分かりますか?」
「それは……優秀な頭脳があり、驕らなかったからだろう? 責任感があるとか言っていなかったっけ?」
「それだけではありませんよ。人が人に付き従う理由なんていくらでもあります。この場合は、彼らが醜かったから。彼ら一族は民から見ても劣っているものを持っていたから、彼らは民に慕われていたのです」
「……うん?」
美しかったからではなく、醜かったから。
だから慕われていた?
「醜く、優秀で、民を想う一族。だがしかし、姫の遺伝子……失礼、血を取り入れた彼らは美しく優秀な一族へと変わりました」
「うん。そうだね」
「ですが、それだけではありません。一族は完全に民を上回ったのです。かつては醜さを持っていた。だから一族は民に対して強気に出られなかった」
「……ッ!」
有り得るのか?
たかが美醜だ。
強さでも頭脳でもない。
美醜が支配者と民の力関係にどれだけの影響力があるのだろうか。
「まあ、その辺りの信憑性は深く掘り下げないでください。結局当事者たちの意識の問題ですから。我々とは価値観が違うと思ってもらうしかないのですよ」
あるいは文化の違いか。
国が違えば犯罪の度合いも違う。
〈マスター〉と〈ティアン〉、フィリップ達の世界とデンドロの世界。
価値観や文化など同じであることの方が珍しいのかもしれない。
「さて、全てにおいて民よりも上位存在となった一族。彼らは民に対して気後れするものはもう何もありません」
その後、一族がどうしたかは、凡そ予想出来る。
つまりは、この街の現状なのだろう。
「婚姻の素晴らしさを説きながら、彼らは婚姻以外を拒絶しました。次いで、一族の美以外をも」
そこからは民にとっては地獄であったらしい。……いや、民がいなくなったから地獄なのだろうか。
代を重ねるごとに美しくなる一族。
だが、彼らは優秀であるが故に血を濃くすることは危険であると判断し、積極的に他から血を集めた。
つまりは、一族と民との婚姻をどんどん進めていったのだ。
「出来上がったのは一族だけの領地です。一族との婚姻を拒絶すれば領地から追い出される。受け入れれば一族となる。その二択。故に、この地は一族だけとなりました」
であれば……とフィリップは思い出す。
先ほどの衛兵、そして街を歩くにつれてすれ違う街の人間。
その全てが一族ということ。
一族という繋がりが彼らにはあるのだろう。
敵陣の中に1人入り込んでしまったような感覚がフィリップの背筋を震わせる。
「お気づきでしたか? この街へ入るための書類……名を婚姻届けというのですけどね。あれはその名の通り婚姻届けなのですよ。故に偶数人必要になります。あ、フィリップさんのお相手は残念ながら僕ではなく、僕の奴隷の1人なのですが」
「……別にそこは残念ではないよ」
婚姻絶対主義とでもいうのだろうか。
「……え? それってシステム的にも結婚したことになるのかい?」
勝手に奴隷の1人と結婚させられていることになっていればかなり困る。
というか、リーンは奴隷を使い捨てるタイプであるように見えるため、フィリップはすぐに未亡人になりかねない。
「ご安心を。あくまでこの街へ入るための手続き上必要なだけです。どこにも記録はされませんし、ゲームシステムにも反映されません」
「……良かった」
結婚した、なんて言えば兄はどのような顔をするだろうかとフィリップは少しばかり悪戯心が芽生えるが、すぐに消す。
逆の立場になった時、フィリップは多分泣くだろうから。
「……しかし、そこまでしてルーチェという姫は何をしたかったのだろうね。一族を強くして、自分の立場も強化しようと……違うか」
と、そこまで考えてフィリップはすぐに否定する。
「それは余りにも時間がかかり過ぎる。何代も重ねるよりも、王の1人でも魅了した方が手っ取り早い」
ルーチェが【傾国】であるならば尚更だ。
手当たり次第に魅了し、兵力を強化した方が良い。
「どうせルーチェは孫かその下の代が生まれたあたりで往生しただろう。彼女の目的があったのだとすれば、それは未完成のまま死んだことになる」
ならば、その前提を無かったことにすればどうなる。
「彼女に目的は無かった、か? 言葉のまま、一族を好意的に見て、好きになって結婚し、ただ子を為した。彼女はそれだけを考えて、それだけをやり遂げて死んだと?」
「恐らくは、そうなのでしょう。純粋な魔性の女とでも言うのでしょうね。一番質の悪い女でしょうが。何も考えずに愛し、愛されて、魅了して、そうして【傾国】のジョブに就けただけでしょう」
無自覚に害を……いや、愛を振り撒いていただけか。
「あ、ちなみにですが、彼女は当時の一族の男のほとんどと身体を重ねたそうですよ。そしてその全てと子を作ったそうです」
「……自重を知らないね」
好き勝手に生きた結果なのだろうか。
まあ、聞けば処刑もされていないようだし、幸せなまま死んだのだろう。
「さて、ここまでがプロポーズという街の成り立ち。どうです? 街の景色は良いでしょう?」
改めて街を見る。
……どこもかしこも顔立ちの整った者ばかりだ。
それら全てが一族であり、飛びぬけた頭脳を持っているのだとすれば……
「まるで監視されているみたいだね」
一つ一つの目がこちらを見透かしているかのようだ。
街の人間全てが何を考えているのか分からないと錯覚してしまう。
「僕は逆に興奮しますけどね。優秀な人間を捕まえ……ハント出来るのですから。ああ、ナンパ的な意味ですよ?」
「……君が奴隷を引き連れている時点で察しているよ。目の前で人間を捕縛しようとしたら止めるだけの良心はあるつもりだから」
「心しておきます」
わざとらしく一礼するリーンを、しかしフィリップは邪険にできない。
ここまでの話は調べれば時間がかかるだろう。
それを道すがら教えてくれた。
その情報網は侮れない。
「(……それに私に近づいた理由がまだ不明確だ)」
「おや、こちらを見て。何でしょう?」
「いやなに……君に少し興味が沸いただけさ」
警戒心よりも好奇心が勝った。
リーンにも、先を歩くドロップにも。
「(そして彼女……。ドロップの目的もまだ分からない。私と違い彼女はこの街に拘っているように見える。その理由は何だ……?)」
あえて彼女に尋ねなかったのは、彼女の気性の荒さ故。
不機嫌になることがイコールでフィリップの死に繋がりかねない。
友好的であるうちはそれを維持し、彼女が自ら明かすのを待つつもりであった。
「(リーンとドロップは別の目的でこの街にいる。……それを明かすか、その前に私がこの街から出ていくか。それが安全なのだろうね)」
この街での転職は諦め、他の街へ向かい改めて転職クエストを受ける。
それは安全であり、冒険ではない。
だから、彼女はこの街の滞在を決める。
「興味を持って頂いて恐縮です」
「ははは。恐縮している人の笑顔じゃないよ、それ」
「ははは」
「ははは」
こうしてフィリップは街へと足を踏み出した。
隣の男と笑いながら。
「……ほう」
「彼らは外の人間にしては珍しくこの街に相応しいな」
それを見た街の者は仲睦まじい男女と捉え、友好的な視線を向けていたのであった。
話が微塵も進まずに一話が終わっていく
次こそは転職クエスト受けたいものだぜ