<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【呪術師】クリアント
すでに窓から見える景色は暗い。
フィリップによると深海と呼ばれるほどには深く潜っているらしい。
それが深度何mなのか聞くには恐ろしい。
だが、たとえ深度100mであろうと1000mであろうと、人が生きるには難しい場所だ。
水の中で人は生きられない。
いくら泳げようと、檻で誤魔化そうと、人である限りは水中で生活は出来ないのだ。
「ほうほう! それで? 君はその時何を考えていたんだい?」
興奮し身を乗り出すフィリップ。
その顔は歓喜に満ち溢れ、クリアントの数少ない冒険譚を楽しんでいた。
「……まあ、死んでもいいと死んで攻撃するってのは別だって気が付いたんだよ。死んだときの保険のように【呪術師】を選んだんだけどな。そうじゃないなって。俺の強みは、死ぬことにあるなって」
結局、クリアントは先日の戦いを話すことになってしまっていた。
マッドラップスの鎧のせいでフィリップをデスペナルティに追いやってしまったこともそうだが、クリアント自身が戦力としては微妙であることを知っておいてもらった方が、何かと都合がいい。
この密閉空間の中で、逃げ場所の無い中でモンスターと闘うことになった際にあまりあてにされたくないのだ。
当たり障りのないどころか、スワンプマンの能力やマッドラップスの鎧の力を話し、結局は自身の死体には触れない方がいいという締めくくりをして、クリアントは話を終えた。
「ふふん。先輩がワンプちゃんの魅力にようやく気付いたってわけですね」
「そういう話だったか?」
「え? ワンプちゃんサイコーってことなんじゃないですか?」
「まあ……うん……そうだな」
否定するのも可哀そうだし、なによりクリアント自身がスワンプマンの能力を気に入っている。
素直に頷きづらいだけだ。
「しかし良かったのかい? 私にそこまで話してしまって。エンブリオもそうだが、特典武具とて切り札だ。おいそれと他人に明かすものではないよ」
「……まあ、フィリップがここまで見せてくれているからな。俺も応えないとと思っただけだ」
【神秘探究 ノーチラス】。すでに第六形態まで到達しているらしい、TYPE:ウェポン・ギア・フォートレスのエンブリオである。
主な能力としては潜水艦という特性上、移動能力が関わっている。
真空でも超高温でも超低温でも、あらゆる環境下を移動できる潜水艦らしい。
しかし潜水艦であるため、空を飛ぶことも地上を走ることも出来ないとフィリップは笑っていた。
それだけでない。
珍しき、セーブポイント機能を兼ね備えたエンブリオである。
無論、フィリップがログインしている間しか機能はしないが、フィリップがログインする際でも使用できるため、デスペナルティ後も死んだ位置からの再ログインが可能となる。
他の〈マスター〉もフィリップが許可した者は使用可能であるため、各地を冒険する〈マスター〉にとってはかなり有用な能力であったりする。普段は海底を移動するフィリップに出会うことがかなりレアであるが。
「私は普段はこうして深海をゆったりと進んでいるからね。どこに所属しているわけでもなく、ただ冒険をしているだけ。だから君の力を知ってどうこうするつもりはないよ」
「まあ、俺の力を知りたい奴がいるかどうかも分からないけどな」
強いて言うならば、UBMであったマッドラップスは活動期間こそ短かったが、それなりの人数を殺した。相応に名をはせたはずであろうから、特典武具くらいは噂されるかもしれないが。
それでも、UBMがマッドラップス1体であるわけではない。
数いるうちの1体が倒されただけだ。当事者にとっては別であろうが。
「エンブリオは相性だよ。誰にとっての鬼門になるか分からない。そのマッドラップスにとっての鬼門が君であったようにね」
「相性、か。まあ一撃必殺のタイプにも俺の復活は有効そうだな」
「逆に手数の多い相手には君は苦戦するだろうね。何回でも死ぬことが出来るというのは、何回でも殺せるタイプに弱いのだから」
「だけどなぁ……肝心の鎧がこの性能だからな。防御が全く上がらない」
諸共に死ぬことしか出来ない。
自分が死ぬか、自分と相手が死ぬか。
その違いしかない。
「ふむ……この先ワンプ君が必殺スキルを取得できればまた話は別になるかもしれないが……一番手っ取り早いのはジョブを変えることかな?」
「ジョブか。【呪術師】は合っていると思うんだけどな」
「ジョブとエンブリオのシナジーというやつだね。まあ私がとやかく言うつもりも無いけれど。君は自分の好きなようにすればいいだけだ。それがこのゲームの本質でもあるようだし」
「防御に長けたジョブか……」
しかしそれでは、今度は攻撃性が劣ってしまう。
【呪術師】も苦肉の策に近いとはいえ、必発でダメージを通すことが出来る。
微量のダメージも重なれば決定打に届くと、就いたジョブである。
「ま、ゆっくり考えるといいさ。君にはその時間があるし、いくらだって試す機会がある」
「これまでもそうだったからな。試すしかないか」
「いっそのこと、自分のエンブリオと向き合ってもいい。ワンプ君とじっくり話したりね」
「そうですそうです! 先輩はワンプちゃんとの時間を大切にするべきです!」
「……じゃあ地上に戻ったらまた食事にでも行くか」
「絶対ですよ! デートの約束破ったら許しませんからね」
いつからデートになったのか分からないが、その時間はいくらでもあるだろう。
別に目的も無い。目標も無い。
当初倒そうとしていた【マッドドロップマウス】もマッドラップスとなり、そして討伐出来た。今のクリアントが【マッドドロップマウス】を倒そうとすればマッドラップスの鎧を装着することでこれまでよりも格段に善戦できるだろう。どころか倒せるはずだ。
「ふふふ。自分のエンブリオとのデートか。ある意味自分自身とのデートだから見る者によっては道化のように映るかもしれないけどね。私は応援するよ」
「……そういえば、フィリップのジョブは何なんだ? あるのか分からないけど、【艦長】とか?」
話を変えるようにクリアントは尋ねる。
まあ、元々はジョブの話であったので、変えるというよりも戻す方が正解かもしれないが。
「いや、私は潜水系のジョブ、【潜水士】さ。艦長になりたかったけど、基本1人だからね。潜航するのに都合が良いジョブにしたんだ」
「へえ。【潜水士】ってことは海底でも探索出来たり?」
「うん、水中移動能力の向上と無呼吸時間の延長、それに水圧耐性だね」
「水圧耐性か」
「この辺りは【水泳士】との違いだね。あちらは水中移動能力向上の恩恵が大きいけど、【潜水士】は長時間の水中探索を前提としている。2時間は潜っていられるよ」
であれば、フィリップは潜水艦から出て海中を探索することもあるのだろうか。
この凶悪で強大なモンスターらが蔓延る海中を。
それだけの移動能力と強さが、潜水艦だけでなくフィリップ自身にもあるのか。
「本当は【潜水王】になりたかったんだけどね。それはすでに取られてしまったよ」
「超級職ってやつか」
「そうそう。上級職よりも遥かに強いし、レベル上限も無くなる。エンブリオとの相性も良さそうだったんだけど……まあ早い者勝ちだ。私も今は別のを狙っているし」
就職条件はかなり困難と聞く。
どれだけの数があるか分からないが、もしかしたらクリアントにも資質のある超級職があるのかもしれない。
「ロストジョブと言ってね。条件が難しすぎて長いこと誰も就いていないジョブもあるみたいなんだ。エンブリオによってはクリアできるのもあると聞く。君もそういったのを探してみてもいいのではないかい?」
「ロストジョブか。ありがとう。調べてみるよ」
と、再び潜水艦が大きく揺れる。
「おっと、またモンスターか。どうする?」
「どうする、とは?」
「せっかくの海中だ。戦ってみたくはないかい?」