<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【大冒険家】フィリップ・ノッツ
「まずは落ち着いた場所に座りましょうか。立ち食いも良いですが、風情に欠けますので」
と、散々フィリップとドロップが屋台の食べ物を食べた後でリーンはしれっと提案する。
最初の肉串を食べた後はフィリップとドロップの2人に奢るばかりで何も口にしなかった彼だが、どうやら座って食べたかったようだ。
ならばもっと早く言えとも思うが、これまで散々彼に財布を出させた身としてはフィリップは強く出られない。
「甘いものー」
「ああ、うん、そうだね。甘味を探そうか……リーン、悪いけど席を探すのは頼めるかな?」
「ええ。最高の場をお約束しましょう」
リーンは奴隷達に席どりをするよう命令する。
散開させ、彼は動かない。
「……」
「どうぞ、ご自由に」
笑顔で手を振るリーンの視線を感じながら、フィリップ達は屋台を巡る。
「今更だけど、彼を勝手に加えて良かったかな? この街だけの行動とはいえ、君の邪魔にはなっていないだろうか」
「別に気にしなくていいのヨ。アイツは少しうざいけど、うざいだけ。言葉だけのうざさなら何とでもなるの。一番厄介なのは行動が鬱陶しい奴……でもここにはいないみたいだからいいのヨ」
「それなら良かった」
それから、フィリップ達はいくつかの食べ物を手に取りリーンの下へと戻る。
フィリップは水飴と綿あめを混ぜたような触感だという白い塊を。
ドロップはこの街名産の果実を全て織り込んだドライフルーツを購入する。
ついでにリーン……ではなく彼の奴隷達に労いの意を込めて土産を買っておく。
値段は驚くほどに安かった。
ほとんどタダ同然だ。
何人かの店主に理由を尋ねると、
「家族から金をふんだくるなんてするわけないだろう」
との返答。
「……家族?」
アットホームな街なのだろうか……と温かい気持ちになんてなることは出来ない。
散々リーンに脅された後だ。
勘繰りもするし、街の住人の一挙手一投足に目をやってしまう。
「(ああ、そうか……彼らは全員一族。一族同士だから家族、ということか)」
この街へ訪れる者と一族との区別は出来ていないのだろうか。
1人1人を識別するのが困難であるから纏めて安く売っている。
どこかで採算を合わせなくてはならないが、その辺りは輸入出で調整しているのか。
「(ともあれ、安い分にはありがたい。……リーンがあれだけ金を出してくれたのはこの安さを知っていたからか)」
代わりに、貴金属類は他の街と大差無かった。
食品と貴金属。
その違いは何だろう……消費するか否かという点だろうか。
「もうくたくたなのヨ」
「うん。これだけあれば充分だろう。リーンが確保してくれているだろう場所へ向かおうか」
良くも悪くも、あの風体の奴隷を引き連れた男は目立つ。
この街の中でも黒い首輪を付けた人間などそういるものでもないだろう。
「お、あれかな」
「いたのヨ!」
間もなくして、4人の奴隷が見つかる。
「(……ん? 4人?)」
数え間違えたかと思いながら、その奴隷達のいる場所へ向かうと、そこには奴隷の1人を椅子代わりにして座るリーンの姿があった。
「(……奴隷の数、増えてないか?)」
「おや。何を買ってこられたか、興味が沸いて仕方ありませんよ」
「こっちは君のその姿に見なかった振りをしようか悩んで仕方ないよ」
どこかで調達してきてのだろう、とそれ以上気にすることを止める。
最高の場所、とリーンの言葉に間違いは無く、開けた一画は街を一望出来る広場のようだ。
ピクニックに来ていたであろう住人もいるが、リーン達を見て少し場所を移動している。
「ささ。席はこちらです」
と、リーンが奴隷達を四つ這いにさせる。
「高ければ低くさせるので、どうぞ命じてください」
「……いや、座らないよ?」
フィリップはアイテムボックスから椅子を取り出し座る。
「ちなみにテーブルは……これもあったほうが良さそうだね」
テーブルと言う単語を聞いて奴隷の1人が四つ這いになりかけたのでフィリップは急いでそれも取り出した。
「わーい」
ドロップは勢いを付けて奴隷の1人に座る。
「……」
奴隷の身体が微塵も揺るがなかったのはプロ意識だろうか。
……いや、プロ意識以前にリーンの機嫌を損ねて死ぬのを恐れているのだろう。
「(というかプロって何だよ。奴隷にプロも何もあるか)」
心の中で自分につっこみを入れながら、フィリップは購入してきたものをテーブルに並べる。
「おや? 僕の分は?」
「無いよ」
「そんな冷たい……まあ自分で買ってあるのでいいですが」
いそいそと自身のアイテムボックスからテーブルへと並べていく。
それはフィリップ達が買ってきたものと同じものであった。
「……」
「気が合いますね」
「どうせ、全て買ったうえで私達が買ったものと被せて出しただけだろう」
「ははは」
ばれましたか、とリーンは続けてテーブルに並べきれない程の食べ物を取り出していく。
「ほら、飲み物を忘れていますよ?」
と、リーンはジュースらしきものが入っている紙コップを渡してくる。
「……」
「ですから、何度も言っているようですが僕は貴方の敵ではありませんよ。毒物など入っていませんって」
その言葉に《真偽判定》は反応しない。
しかし、フィリップの勘は信用してはならないと告げているのだ。
「まあ、ありがたく受け取るさ。今更だしね」
先ほどから幾度となくリーンから食べ物は受け取っていた。
毒を盛るなら今更の話だ。
「ええ。《真偽判定》も反応しなかったようで何よりです」
「……」
「そう表情を硬くせずに。綺麗な顔が台無しですよ? この街では顔立ちの良さは評価の対象です。屋台は随分と安かったでしょう?」
「……見た目が良ければ割引されるのか」
「まさしく。これもまた、ルーチェ姫の遺した文化の一つですよ」
見た目至上主義。
綺麗であれば、可愛ければ……美しければルーチェの血が濃く一族としての価値が高いとでも考えているのだろうか。
「さて。せっかく《真偽判定》を持っているのなら――」
「た、助けてください!」
リーンの言葉を遮り、1人の女性〈ティアン〉がフィリップ達へ駆け寄ってくる。
「あ、貴方達、〈マスター〉とかいう人でしょ!? だったら私をこの街の外へ連れて行って頂戴! 騙されたのよ! こんなところ、私は望んできたわけじゃない。旦那の商談に付いてきただけなのに……何で、何でこんなことに!?」
「お、落ち着いて……。ええと、街の外? 出たいのなら出ればいいんじゃないかな」
まくしたてられながらも、女性が街の外に出たがっているのだと理解した。
ならば、そうすればいいではないか。
街の外では衛兵が入るものを選択していたが、別に出られないような雰囲気では無かったはずだ。
「出られませんよ。この様子では……というか、この街にいる時点で彼女は判を押してしまっているのですから」
「……判?」
「街に入るための許可証『婚姻届け』……その本質は一種の【契約書】。極めて小さく書いてあるんですよ、街へ入った者は出ることを禁ずると」
「なっ……!? 詐欺じゃないか!」
「ええ、詐欺じみています。なのでこの街へ入る者は2通り。知っている者と知らない者。前者は一族になるために入り、後者はただの旅人として入る。終着点は同じ、この街に捕らわれた者となりますが、まあ前者の方が幸せですね」
【契約書】の内容を破ったらどうなるか。
女性の必死さを見る限り、死かそれに等しい罰が待ち受けているのだろう。
「ともあれ、我々〈マスター〉であれば最悪死ねば解決する契約ですけどね。〈ティアン〉はそうじゃない。この街から永久に出られなくなるので、騙されたと我々に縋りついてくるのですよ」
「いや、私も死ぬ気はさらさら無いのだけどね!?」
「そこはご安心を。僕は商人系のジョブを多く就けているので、契約は予め抜き取っておきました。『婚姻届け』を所持していれば自由にこの街を出入りできますよ」
だが、それも街に入る前に準備をしていたからであろう。
入ってしまえば、この女性のように生きて出ることは出来なく……
「いや、そんな鎖国に近い状態になれば物資の出入りが出来なくなるじゃないか」
「よくお気づきで。ええ、ありますよ。他に抜け道。その名も『出生届け』。この街に出入りする商人の多くが所持している、唯一の出入り可能な書類です」
女性の夫も商人と言っていた。
だが、この様子ではその『出生届け』とやらは持っていないのだろう。
「ああ、この街を出ることは出生になるようです。つまりこの街こそがルーチェ姫の胎内。我々は赤子として街から誕生する……ふふ」
「いや、君の性癖は本当にどうでもいいから」
少しばかり考える。
女性をどうやって街の外に出してやるか。
「……すまない。私には出来ないみたいだ」
考えても無理だったので素直に謝った。
「おや。貴方はもう少し粘ると思ったのですが。街の領主にたてついてでも街の規則を変えるものかと」
「そこまで私は主人公気質では無いよ。土地には土地のルールがある。それを破るのは冒険家として失格さ。他人事なら尚更だ」
フィリップ自身が閉じ込められたのならもう少し必死になったかもしれないが、見知らぬ女性を助けるために全てを投げうつつもりはない。
フィリップは助けることを諦めた。
リーンは女性とその夫の落ち度だと端から救うつもりがない。
ドロップは無関心。
やがて女性は重い足取りで去って行った。
「……まあ、不幸だったね」
「僕としては貴方がその一言で済ましてしまうことこそが彼女にとっての不幸と思いますけども」
しかしフィリップとしては気に留めることくらいは出来ても、尽力することは出来ない。
彼女は抗うことはしない。
流れに沿って、より深く潜って探求するからノーチラスというエンブリオが芽生えたのだ。
規則やらに抗うのであればメイデンか、アームズの傾向がより強く表れていただろう。
「さて、横やりもありましたが」
「その言い方も彼女にとって不幸だぞ。あの必死さを見ただろうに」
「《真偽判定》を前提に、そろそろ互いの目的でも話しませんか?」
唐突に。
しかし世間話の次の話題を振るかのような気軽さでリーンは話を切り出したのであった。