<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【大冒険家】フィリップ・ノッツ
「……二択を外した時のショックって結構大きいものだね」
しかも自分なりの答えを出したのであれば猶更だ。
【探検王】への就職クエストを受け、フィリップは失敗した。
その罰である死……デスペナルティが明け再びログインしたフィリップであるが、プロポーズのセーブポイントにて空を仰いでいた。
「命よりも宝……それこそが冒険家らしいと思ったんだけどなぁ」
時に好奇心は猫をも殺すということだろうか。
未知を探求するには命がいくらあっても足らない。
命を大切にしなければ冒険は成り立たないのだろう。
「〈マスター〉だから再挑戦は可能だけど……これで命を選んで【探検王】に就くのも格好悪いね……」
〈ティアン〉であれば宝を選んだ瞬間に死に、その者は二度と【探検王】に慣れない……どころかそのままこの世界から去ることになるのだろう。
まるで命を粗末にした末路。
……いや、二択しか答えが無いからこそのハイリスクなのかもしれない。
「あ、フィーちゃん」
「……うぐ」
空を見上げていたせいでドロップが近くにいることに気が付かなかったらしい。
フィリップを見つけたドロップはとててと駆けよってくる。
「どうだったの!? 【探検王】にはなれたのヨ?」
「……あー」
格好よくあの場を去っただけに気恥ずかしくて失敗したとは言いづらい。
いや、すぐに再挑戦して命を選び、【探検王】に付けば問題は無いのだが、その前に出会ってしまったために誤魔化しきれるかは分からなくなった。
「僕も気になりますねぇ」
「君もいたのかい」
ドロップと共にリーンも奴隷を連れて歩み寄ってきた。
リーンとドロップの接点は少なく、フィリップが間を取り持つ形で一時的に行動を共にしていると思っていたため、フィリップには予想外であった。
尤も、リーンのナンパまがいの言葉は案外本音であったのかもしれない。
見た目は可愛らしいドロップと共に行動することでリーンも癒されたりしていたのかもしれないし、精神的ダメージを負ったかもしれない。
「ええ。少し、UBM討伐のお手伝いをと思いまして」
「ああ……そういえばピジョンスターだっけ? ドロップが倒したいっていう……」
「残念ながら未討伐ですけどね。こうしておめおめと敗残兵よろしく帰ってきた次第です」
「もう少しだったのヨ! だけどリーンが手持ちの奴隷が尽きたとか言って帰ろうとするから撤退するしかなかったのヨ!」
その言葉から、ドロップは多少はリーンに背中を預けるくらいに信用しているらしい。
尤も、戦力になるのはリーンではなくリーンの奴隷のようだが。
「あれ? でもそこに奴隷はいるみたいだけど……?」
「はい。補充しましたので」
「……君、命を無駄にしていないよね?」
命よりも宝を手に取って死んだフィリップが言えたことでは無いが。
それでも自分の命を粗末にできる〈マスター〉と、死んだら終わりの〈ティアン〉では重みが違うだろう。
「全く無駄にしていませんよ?」
「……本当みたいだね」
《真偽判定》も反応はしない。
ならば使い捨ての囮ではなく、本当に戦力として奴隷を使っているのだろうか。
それでも奴隷の命が安いことに変わりは無いが……奴隷になるならばそれだけの経緯もあるだろう。
「それで? フィーちゃんはどうなったのヨ」
「う……まだ【探検王】には就けていません……」
「……おや。それほど就職クエストは難題だったのでしょうか」
「んー。そもそも就職条件満たした時点で超級職は適性を満たしたようなものなのヨ。だから失敗するのってあんまり無いはずなんだけど」
それもそうだろう。
就職条件である3つの宝集めがそもそも難しく、就職クエストはおまけに近いはずだ。
条件を満たすことが前提であるならば、その前提を踏まえたクエストになる。
「3つの宝集め……宝集め、か……」
だが、考えたところで答えは命しか残っていない。
心臓を手に取って【探検王】に就く以外の選択肢は無い。
再び宝を手に取ったところで死ぬだろうし。
「奴隷の補充が終わったならまた行くのヨ!」
「はいはい」
ドロップはピジョンスターを倒す算段があるらしく、再びリーンを引きずるようにして街の外へと向かっていく。
「(思っていた以上に仲良くなったみたいだ……いや、ドロップの性格故なのかな)」
「フィーちゃん! 超級職とUBM討伐、どっちが先にやり遂げるか勝負なのヨ!」
「うん……! そうだね」
ドロップが遠くで手を振っている。
それに返しながら、フィリップは己の頬を叩く。
「……よし!」
こうなれば、とっとと【探検王】に就いてしまおう。
悩むのも考えるのも、その後だ。
好奇心のままにただ突き進む。
そのために滴はフィリップとしてここに立っているのだから。
【転職の試練に挑みますか?】
『勿論』
再び就職クエストを受けると、やはりフィリップの前に天秤が出現する。
先日と何の変わりはない。
片方に心臓、片方に開かれた宝箱が置かれている。
そして、宝箱の中身は常に変動している。
【相応しい選択をせよ】
【成功すれば、次代の【探検王】の座を与える】
【失敗すれば、相応しい末路が待っている】
『もう聞いた言葉さ』
命を捨ててでも宝を取れば、本当に命を捨てることになる。
心臓はフィリップの命。
命を粗末にする者に冒険の資格なし。
『(……【探検王】とは臆病な者が就くジョブなのか?)』
ふとそんな疑問が沸く。
【探検王】とは冒険家系統超級職であるが、同時に派生職だ。
純粋に【冒険家】を極めた先にある【冒険王】と違い、【探検王】は環境適応に重きを置いた超級職らしい。
『(冒険と探検の言葉の意味の違い……なんてのもあったね)』
確か、危険を冒すことか、未知を探るかの違いであったはずだ。
ならば……確かに【冒険王】ならともかく、【探検王】は危険を冒さないべきなのかもしれない。
そんなことを思い出しながらフィリップは心臓へと手を伸ばす。
『悪いねドロップ。どちらが先にという勝負は私の勝ちだ』
そう、勝利宣言と共に心臓を選んだフィリップにアナウンスが届く。
【貴様は【探検王に】相応しくない】
【いつまでも踏みとどまるがいい】
『……え?』
視界が白く染まり、気づけば就職クリスタルの前に立っていた。
フィリップのメインジョブが【探検王】になることは……無く、【大冒険家】のままであった。
「……どういうこと?」
心臓も駄目。
宝は即死だが、心臓を選べばクリスタル前に戻してくれるようだ。
だが……何かが好転したわけでも前進したわけでもない。
「いつまでも踏みとどまるがいい、か。確かに命惜しさに引き返していたら何時までも進めないけどさ……」
だが、二択のうち両方が不正解であると示されてしまった。
「何か満たしていない条件……いや、見落としたものがあるのか……?」
就職クエストはすぐに受けなおすことが出来そうだ。
だが、答えが見つからない。
「……答えに辿り着くまで何度も受け続ける……のは卑怯な気がするな」
そして、そのような考え方をしていては正解に辿り着けない気がする。
確証を持った答えに辿り着かなければ【探検王】には就けないとフィリップは推測していた。
「とりあえず今日中にもう一度受けなおそう。その前に思考整理ついでに街中を歩こうかな」
そういえばあまり街を見ていない。
見たのは屋台と食べ物くらいだ。
せっかく新たな街に来たのにこれだけでは勿体ないだろう。
「……ん? あそこにいるのは……ドロップか」
UBMを討伐しに行ったはずのドロップとリーンがまだ街の中にいた。
何か戸惑っているような表情をしている。
「(この短時間だ。討伐出来たわけではなく……また敗走?)」
戦闘開始と共に切り札を切ったが効果が無く一時撤退したのだろうか。
それにしても、やはり帰還が早い気もするが……そもそもフィリップは件のUBMがどこにいるのかを知らなかった。
「UBMは見つかったかい?」
だから、フィリップはこのような尋ね方をした。
倒したかい、と聞くには倒していないだろうことを確信していたし。
負けたかい、と聞けばドロップやリーンのプライドを傷つける可能性があったから。
「……いなかったのヨ」
そしてその問いはフィリップが思っていた以上に状況に適していたらしい。
「どこにもいなかったのヨ! この間はいたのに!」
「いやはや。どうやら移動してしまったみたいで。鳩の姿をしていたのでどこかへと飛んで行ってしまったみたいです」
「あー……巣を構えているわけではなかったんだね」
逃げられてしまったのか。
聞けば接戦であったらしいし、そのUBMも命の危険を感じて安全な場所へと飛んでしまったのだろう。
……フィリップよりも命を大切にしているUBMだ。
「……ん? 鳩?」
「はい。鳩です」
「ピジョンって鳩って意味よね? なら間違いないのヨ」
鳩……飛べる……。
翼を持ち空飛ぶUBMはいくつか確認されている。
そして、彼らには縄張りがある。
もし……もしも縄張りを荒らされたと感じたUBMが移動したのであれば。
消えた理由は決して逃げたわけではなく……侵入者を追いかけていたのだとすれば……。
『くるっぽー』
耳に届いた鳩の鳴き声。
それは、プロポーズの中央にある時計塔に停まった一羽の鳩から出たものであった。
「……あれ、大きくないかい?」
時計塔の秒針と同程度の大きさの鳩が街中を俯瞰する。
まるで誰かを探しているみたいに。
『くるっぽー!』
そして鳩が翼を広げる。
ふわり、と羽が舞った。
「ッ!?」
「いけません! すぐに退避を!」
「《光無き病室》!」
その羽を危険だと察知したのはフィリップであった。
その羽を危険だと察知し、かつ逃げようと背を向けたのはリーンであった。
その羽を危険だと察知し、防ぐためのスキルを使用したのはドロップしかいなかった。
結果的にドロップの行動が無ければフィリップは死んでいただろう。
「……こふっ」
血が口から漏れ出た。
その主はリーン。
だが、すぐにその血は消え、代わりに奴隷の1人が咳と血を吐き続ける。
「……助かりました」
「うん……ありがとうドロップ」
「いいのヨ! でも厄介なの……ピジョンスターは広域制圧型にして殲滅型……お兄ちゃんみたいなやつなのヨ」
生き残ったのは何人なのだろう。
視界には倒れている人間しかいなかった。
いずれも血を吐き苦しむか、あるいは既に死んだ者ばかりだ。
「私達がここに連れてきてしまったようですね」
「探す手間が省けるのはいいことなのヨ……でも早いところ倒さないと面倒なことになってしまう……」
リーンが冷や汗を垂らし、ドロップは眉を潜める。
「今ので何人分の経験値があいつに流れ込んだのヨ……?」
「とりあえず言えるのは、先日よりも強くなっているということでしょうか」
だが、2人は戦う気のようだ。
それぞれ奴隷を配置し、試験管を手に持ち臨戦態勢へと移る。
「さて。臨時パーティーではありますが。このメンバーなら協力は可能でしょう」
「私のスキルならアイツの力のほとんどを防げるのヨ……でも、火力が足りなかった」
そうか、とフィリップはリーンとドロップが何故ピジョンスターに勝てなかったかを理解する。
対空における火力の不足だ。
ドロップは近距離、良くて中距離にしか攻撃が出来ず、リーンの奴隷も地上でしか動けない。
空を飛ぶモンスターへの攻撃手段が乏しかったのだろう。
「……ならそこは私がカバーするよ」
フィリップの周囲に砲台が展開されていく。
「生憎とメインは火力では無いし、水中が私の戦場だけどね。それでもアレを吹き飛ばすくらいはやってみせよう」
未だ超級職に就けず。
それでも敵は待ってはくれない。
等級は伝説級。
一つの街を滅ぼしかねない広域制圧型にして殲滅型UBM。
病気を操る能力を持つとされる【煮仏病毒 ピジョンスター】は、
『くるっぽー』
彼らを見て、鳴いた。
それに込められた感情は人間には理解しえない。