<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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120話 フィリップの冒険 9

■【大冒険家】フィリップ・ノッツ

 

「2人は既に戦ったことがあるのだろう? どのようなモンスターなんだい?」

 

 【煮仏病毒 ピジョンスター】。

 その能力は病気操作及び拡散であると、フィリップは聞いていた。

 だが、今のフィリップには超級職への就職という目的があり、自身が直接目にすることも無いだろうUBMの話をゆっくりと聞いている暇も無かった。

 話半分に聞き及んでいたUBMが目の前にいる。

 情報量の差はそのまま致命的状況に繋がりかねない。

 

「病気を撒き散らすってのは間違いないのヨ。……でも、何かまだある……と思う」

「そうですね。それだけでは説明できない状況は確かにありました。……ほら、覚えていますか? ドロップさんの奥義で完全に耐性を作ったはずなのに突破されたことを」

「……そうなのヨ。あのせいでリーンの奴隷が全滅したんだった」

 

 彼女らの間でも整理できていない能力があるようだ。

 

「とりあえず簡単に聞かせてくれるかい?」

「うん……まだピジョンスターは動かないからその隙に……」

 

 

 

 

■半日ほど前

 

 プロポーズから近い荒野。

 視界が開けた地に1羽の巨大な鳩が佇んでいた。

 

『くるっぽー』

「居たのヨ! 病気を辿って行けば必ず出会えるって分かってたのヨ!」

「お見事です。僕の奴隷も疲労は然程ありません。このまま戦闘に突入しますか?」

 

 そこへ1人の少女の先導の下、数人の男女が歩いてきた。

 いずれも首輪をした者ばかり。

 彼らを束ねる男は奴隷のステータスを見ながら、敵モンスターを値踏みする。

 

「ふむ……流石に高ステータス。僕の奴隷4人分ですかね」

 

 それがピジョンスターのステータスの高さを褒めたのか、あるいは奴隷の能力の高さを誇示したのかは本人にしか分からない。

 ドロップはリーンの言葉を聞き流していたし、ピジョンスターは人間の言葉を理解していない。唯一、彼の奴隷達はその意味を理解したかもしれないが、それを考える余地など最初から与えられていなかった。

 

「打ち合わせ通りに?」

「分かっているのヨ! 《光無き病室》」

 

 パーティー登録していたドロップとリーン、加えてリーンの所有物である奴隷達が白く輝く膜に覆われる。

 これは【疾病姫】の基本スキルの一つである《光無き病室》の発動エフェクトによるものだ。

 その効果は対象の病毒系の進行を限りなく遅らせるというもの。

 余命数分の命であっても一月ほどは進行を遅らせることも出来る程、優秀なスキルである。尤も、数分までに縮められた寿命であれば他の要因で死ぬ可能性は高いが。

 

 対となるスキルと違い、滅多に使われることは無いのだが、相手が病毒系スキルを持つのであれば別だ。

 ドロップ自身は病毒に対する耐性があるが、彼女の仲間にはそれが無い。

 仲間ごと巻き込む攻撃をする際には必須のスキルであろう。

 

「助かります。これでピジョンスターに邪魔をされずに済む」

「油断するんじゃないのヨ。この人数にかけるとMP消費も多いんだから!」

 

 そう言いながらドロップは己の腰に下がっている試験管を軽く叩く。

 

「さあ、出番なのヨ! ペイルライダーちゃん」

 

 試験管からは黒い靄が浮き上がり、それはやがて漆黒の馬を形作る。

 鼻を鳴らし、ドロップに顔を擦りつけると、ドロップも撫で返してやる。

 

「それが噂に聞くペイルライダーですか」

「知っているのヨ?」

「【疾病姫】の話と共に。ともあれ噂程度にですけどね。僕の奴隷達には致命的ですが……貴方がそうして彼らを守ってくれるなら頼もしい限りです」

「あら? 奴隷を大切にするようには見えなかったけど」

「いいえ? とても大切ですよ。だって奴隷は僕の命。奴隷が減れば僕の命に直結します」

「……ふうん? 難儀な戦い方なのヨ」

 

 めんどくさいとドロップは吐き捨てる。

 もっと単純な戦い方をすれば良いのに、と。

 

「病気で弱らせれば勝ちやすくなる。疾患で侵せば直に死ぬ。人間の殺し方なんて放っておいてもいいくらい脆いのに、そうやって誰かに頼るなんて」

「頼る……ふふ。貴方は可愛らしいお方だ。これはね、使うんですよ。僕は【隷属王】。奴隷は使い捨てるためにある」

「同じヨ。せっかくエンブリオと超級職を持っているならそれを使って殺せばいいだけなの」

「ええ、ですからそうしているんです」

 

 ドロップの疑問に答えにならない返事をしながらリーンはスキルを使う。

 

「《解放宣言》」

 

 そのスキルは名前通り、奴隷を解放するスキルである。

 【隷属王】奥義にして他の商人系統【奴隷商】にあるスキルの複合系。

 つまりは、類似したスキルが同系統のジョブに存在するタイプの珍しい奥義である。

 ただし、複合してしまったばかりにその効果が非常に悪意のあるものとなってしまった。

 

 複合されていなければ、ただ奴隷を解放するだけのスキル、《解放》であった。

 そこへ複合されたのは奴隷に強制的に命令を与える《執行条例》と、奴隷のステータスを引き上げる《強勢の至り》。

 故にこのスキルは、奴隷に1つだけ命令とそれをこなすだけのステータス強化を与えた後に、実行後に解放するものとなった。

 

「『目の前のUBMを打倒しなさい』」

 

 そして、このスキルの最も悪意ある部分。

 それは、この命令をクリアしない限りは永久的に解放されなくなると点である。

 

「し、しかし……!?」

「このモンスターはUBMでは」

「はい。なので、倒せるだけのステータスになったはずでは?」

 

 彼らのステータスは元の数百倍から、最大で1000倍ほどに引き上げられている。

 戦闘系超級職にも劣らない高ステータスとなった奴隷であるが、彼らの顔は晴れない。

 その代償を良く知っていたから。

 

「早く倒しなさい? 寿命が縮みますよ」

「――ひぃっ」

「ぶ、武器を取れ!」

 

 5人の奴隷達は武器や拳に巻かれたバンテージを巻きなおし、または呪文の準備を始める。

 知っていたのだ。

 高ステータスの代償が寿命であることに。

 引き上げられた高ステータスを良いことに、命令をクリアすることなくそこにあぐらをかくような真似を【隷属王】は許しはしない。

 毎秒引き上げられたステータスの合計値×1秒が奴隷の寿命を削っていくのだ。

 寿命は数値化されていないが、だからこそいつ死ぬか分からない。

 また、彼らのHPだけは増えない。

 MP、SP、STR、AGI、END、DEX、LUCの7つの合計値……最大で秒間7000秒――約2時間が減っていく。

 

「ここまで10秒……もう一日分は消えてしまいましたよ?」

 

 その言葉を聞いて奴隷は躍起になる。

 死にたくない。

 躊躇している暇もない。

 生き延びるためには目の前の強大なモンスターを倒すしか無いのだ。

 

「安心してください。ドロップさんのスキルであのモンスターによる病毒攻撃は無効化されています。気を付けるべきは通常攻撃だけです」

 

 ピジョンスターが翼を広げる。

 だが、リーン達に変化はない。

 

『くるっぽー』

 

 ピジョンスターは翼をはためかせ続ける。

 だが、いくら翼を広げようともその病毒は誰にも届かない。

 

 奴隷の1人の剣がピジョンスターの翼に突き立てられる。

 拳が嘴に罅を入れ、呪文が全身を包む。

 

「チェックメイトです」

 

 奴隷の中でも大柄な男が巨大な斧を担ぐ。

 彼は長い期間リーンに仕えており、高レベルに鍛え上げたリーン自慢の大作である。

 

「俺が押さえつける!」

「助かる!」

 

 バンテージを巻いた奴隷が怯んだピジョンスターの頭部を持ち地面へと抑えつける。

 他の奴隷達も高ステータスに任せた力技でピジョンスターの身動きを封じる。

 いくら巨大な鳩とはいえ、直接翼や手足を数人がかりで抑えつけられれば動けなくなる。

 ましてや、ピジョンスターの強みである病毒の散布はドロップにより効果を失われているのだから。

 

「これで……終いだ……っ!?」

 

 斧を振りかぶった奴隷が斧を落とす。

 そして、その身体が倒れる。

 

「……はい?」

 

 リーンが目の前の光景に思わず眼鏡を掛け直す。

 だが、いくら眼鏡を直したところで変わらない。

 むしろ、次々と奴隷が倒れていき、リーンの視界に映るステータス画面から奴隷のHPが次々とゼロへと消えていく。

 

「これは……がふっ!?」

 

 そして、リーンの口から血が漏れる。

 すぐにそのダメージは奴隷の1人に転嫁するが、根本が解決しなければすぐにリーンは再びダメージを負うことになるだろう。

 更には、奴隷の数がゼロになれば転嫁する相手がいなくなる。

 

「ペイルライダーちゃん!」

 

 リーン達の戦いを傍観していたドロップが慌てたように己のエンブリオをピジョンスターへと纏わりつかせる。

 

 触れた対象に直接疾患を発症させる能力を持つペイルライダーは、ピジョンスターが病毒を散布するだけであるならば決して相性は悪くない。

 少なくとも、足止めをするだけならば。

 

 だが――

 

「嘘!? 何で吸い込まれるのヨ!?」

 

 ピジョンスターに纏わりつくペイルライダーの靄がピジョンスターに吸い込まれるように消えていく。

 漆黒の馬は健在であるが、これは靄の一部で作り出した姿に過ぎず、その本体は靄全て。

 つまり、、靄が失われただけ本体の体積も減っていくのだ。

 

「……ドロップさん。ここは一時撤退しましょう」

「でも!」

「貴方のスキルが何故か通じず、僕の戦力も……まあ半分くらいは失われました」

 

 その間にもリーンの奴隷は死んでいく。

 奴隷は残り1人だ。

 リーンはすぐに決断する。

 もとより、ドロップに付いていっただけの物見遊山の意識であったからだろうが。

 

「このままでは勝てないことはお分かりでしょう? 全滅するか、生き延びて再挑戦するか、ですよ」

「……」

「問題ありません。次はある程度の対策は打てます。それに、ピジョンスターは先ほどの攻撃で明らかにダメージを負いました。つまりは、殺せるということです。然るべき戦力を整えれば、勝てるでしょう」

「然るべき……?」

「ええ。貴方も知っているでしょう。僕達のもう一人の仲間を」

 

 その言葉にドロップは静かに頷く。

 再戦の火を目に灯したまま。

 

「……ペイルライダーちゃん」

 

 試験管を軽く叩き、中にペイルライダーを格納する。

 ペイルライダーが試験管に収まっても、その中身は最初の半分程度に見えた。

 

「分かったわヨ……」

「ご理解して頂いて何よりです。今回は敵情視察ということにしておきましょう」

 

 こうしてドロップとリーンという準〈超級〉戦力2人は伝説級UBMの前に敗走することとなった。

 だが、彼らは諦めたわけではない。

 足りないピースを補うため、彼らは帰るのだ。

 

 フィリップ・ノッツというピースを取りに。

 

 

 

 

■【大冒険家】フィリップ・ノッツ

 

「え、私!?」

「はい。ここへきて確信しました。やはりピジョンスターに対抗できるのはドロップさんとフィリップさん。2人の力が必要なようです……こふっ」

 

 血を吐きながらリーンは答える。

 

「いやまあ……ノーチラスの火力なら届くかもしれないけど……」

 

 遠距離、高い火力を求めるのであれば、確かにノーチラスはドロップ達の欠けている戦力かもしれない。

 

「はい。なのでフィリップさんにはこのまま前線で戦って頂きたく」

「……はい?」

 

 続くリーンの言葉にフィリップは戦闘中にも関わらず、思わずピジョンスターから目を離してリーンを凝視してしまった。

 

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