<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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121話 フィリップの冒険 10

■【大冒険家】フィリップ・ノッツ

 

「……なんて?」

 

 前線で戦って欲しいと、そう聞こえた。

 遠距離からの大火力がノーチラスに唯一備わる武器であり、そちらを当てにされるならまだ分かる。

 

 だが、それはフィリップが敵から離れた位置……中後衛での役割の時だけだ。

 自身を巻き込みかねない位置での砲撃は余程の状況で無ければ使えない。

 その余程の状況かと言われれば……

 

「(いつこの街の人間が全滅するか分からないなら、一刻も早く倒さないといけないけどさ)」

 

 周辺被害をこれ以上拡げないためにも、早急な討伐が必要になるだろう。

 

「前線にてピジョンスターを引き付けておいて頂ければ」

「……私にはノーチラスの砲撃もあるけど」

 

 だが、リーンはフィリップにタンクの役割を求めているようだ。

 時折、血を吐きながら答える。

 正確に言えば、盾を持つのではなく、回避することで敵を引き付ける回避盾だろう。

 

「先日の戦いにてピジョンスターはスキル特化型であることが分かっています。近接戦は大した脅威では無いでしょう」

「まあ【冒険家】系統には近接戦闘用の初歩スキルがいくつかあるけど……じゃなくて! それなら君の奴隷がいるだろう!?」

 

 別にリーンの奴隷を使い捨てたいわけでは無いが、ステータス面においてフィリップよりもうってつけであろう。

 

「聞けば、君の奴隷は君のスキルでステータスが大幅に上がっているそうじゃないか。彼らを全員前線に出した方が良いんじゃないかい?」

「……それを念頭に置いた結果が先の戦いでの敗戦ですよ」

「あれは負けてないのヨ! 戦略的撤退!」

「……撤退です。先の戦いではどのような仕組みか分かりませんが、類似した能力に特化したドロップさんのバフスキルが途中から効果を失っていました。今もそう。《光無き病室》が発動しているにも関わらず、僕や僕の奴隷は少しずつダメージが蓄積しています」

 

 確かに、リーンは時折血痰や咳をしている。

 それはすぐさま消えているが、その後すぐに奴隷達が血を吐いているところを見ると、ダメージ転嫁スキルが発動していることが分かる。

 

「だったら私だって……。いや、これは……!」

 

 それならばフィリップとて同様にピジョンスターによる病毒散布がいずれ身体を蝕むだろう……とそう思ったところでふと気づく。

 フィリップ自身の身体に何の変化も起きていないことに。

 

「ドロップさんは、ええ勿論【疾病姫】ということで病毒に対する耐性は十分でしょう。対する僕と僕の奴隷はドロップさんに耐性バフを付けて頂いています」

「正確には進行を遅らせているだけなのヨー」

「そして、それはフィリップさん。貴方も同じことだ。ここまでの条件であるならば、僕と貴方に違いは生まれないはず」

「違いがあるとすれば……」

 

 エンブリオの違い。

 だが、リーンのエンブリオが如何なものかは知らないが、まさか病毒に対する抵抗力が下がるものではあるまい。

 そうであったならばリーン自身すぐに思い当たるであろうし、リーンの奴隷とフィリップに違いは生まれない。

 あるとすればフィリップだ。

 何か持っているのであればフィリップしかない。

 

 ノーチラス。

 そのエンブリオの能力特性は探索。

 どこまでも進むためにあらゆる環境下を進めるようになること。

 なるほど、これならばピジョンスターの病毒散布の中でも平気だろう――ノーチラスの中にいるのであれば。

 だが、フィリップはノーチラスの外にいる。

 ノーチラスの砲撃のみに頼り、その環境適応の力は使っていない。

 だから、残るフィリップの持っているもの……

 

「【大冒険家】か」

「恐らくは。【冒険家】は特殊環境への適性、耐性があるジョブと聞いていますけど、ピジョンスターの病毒にも効果があるのでは?」

「少し待って……ああ、本当だ。ドロップのスキルに隠れていたけど発動している」

 

 ピジョンスターという脅威と、【疾病姫】という名前の前で霞んでいたが、【大冒険家】とてこの環境下を生き延びるに相応しいジョブであったのだ。

 

 【疾病姫】の《光無き病室》と【大冒険家】の環境適正。

 この重ね掛けこそがフィリップの持つ最大のアドバンテージだ。

 

「これで貴方が前衛に向いている理由が分かりましたか?」

「ああ。とはいえ、私は基本後衛なんだけどね。……つまりは、あまり期待しないでくれると嬉しいよ!」

 

 そう言いながら、フィリップはピジョンスターが座する場所へと駆けていく。

 

『くるっぽー』

 

 ピジョンスターもまた、生き残った人間がいることを知り、それを排除すべく翼を広げ降り立つのであった。

 

「さあさ! 援護はこちらでお任せください!」

 

 フィリップの背後からはいくつもの魔法が放たれピジョンスターへ撃ち込まれる。

 

「……なるほど。火力はあちらが担当するのか。私はあくまで引き付ける囮、と」

 

 フィリップはピジョンスターからの被弾を避け、なるべく生き延びるだけでいい。

 それだけを求められているのだ。

 

「ふむ……少し癪だけど。まああまり近づきすぎてしまうとノーチラスの砲撃は私を巻き込む……良い距離感を保ちつつ少し撃ち込んでみるかな」

 

 そう思いながらピジョンスターとの戦闘を開始した。

 

 

 

 

■【隷属王】リーン

 

「前線で避けていればいい。そう思いなのでしょう」

 

 ピジョンスターに肉薄しながら、その翼や嘴、趾を躱すフィリップをみてリーンは嘲笑する。

 リーンの見立て通り、ピジョンスターの散布する病毒はフィリップには効果が無いようだ。

 それを見越しての前線送り……ではない。

 

 この戦いにドロップのUBM討伐の目的があるように、フィリップが街を護るという目的があるように。

 当然の如く、リーンにも目的があった。

 それは大別して2つ。そして、分ける必要が無ければ1つに絞ることも出来る。

 

 フィリップの能力の調査、そして可能であれば殺害だ。

 

「(全く……トワコさんの嗜虐性にも困ったものですね。愛する者の仲間を殺して欲しいなどと)」

 

 それは、【禁忌姫】トワコがドライとリーンの設立予定であるクランに参入するための条件の1つ。

 彼女の愛するクャントルスカという〈マスター〉の捜索は勿論のことながら、彼女はいずれ来るであろう彼女らが愛し愛される日に邪魔が入らないようクャントルスカの仲間をどうにかして欲しいと言ってきたのだ。

 

「(全く……僕は非戦闘職ですよ? 偵察も不向きなのに)」

 

 【剪定王】ドライ・マグがこれに異を唱えなかったため、実行することになってしまった。

 その上、フィリップが単独行動することを知るや否や、リーンが駆り出されることになってしまったのだ。

 

「(いやまあ……誰が適任かと言われれば、僕しかいませんけど。というか、排除するって僕が言ったんでしたっけ。いつもながら、都合のいいことを言ってから後悔すること多いですね……)」

 

 苦笑しながら、フィリップとピジョンスターの戦いを見る。

 今のフィリップはピジョンスターの固有能力であろう病毒散布をものともしていない。

 もしピジョンスターからの攻撃で脅威と感じるのであれば、それは直接的な攻撃に違いない。

 

「(僕の奴隷の放つ魔法。魔法職上級職以上の威力の魔法が多段すればあのピジョンスターもひとたまりもないだろう――)」

 

 既に《解放宣言》は使用している。

 その条件も前回と同様に『ピジョンスターの討伐』。

 ただし、前回よりも魔法に適性のある者を選んでいるため、5人の奴隷全員が魔法を放てる状態にある。

 

「(――そう思っていることこそが貴方の死因になりえるのです)」

 

 ピジョンスターにはまだ何かある。

 病毒を撒き散らすだけでない。

 ドロップのエンブリオを吸収したカラクリが。

 

「(僕では貴方に勝てない可能性がある。だから、ピジョンスターを利用させてもらいました)」

 

 もしかすると、ドロップや、あるいはリーンの持つ必殺スキルがピジョンスターに有効であったかもしれない。

 いや、少なくともリーンの必殺スキルはピジョンスターとそう相性は悪くなかったはずだ。

 あのままでも勝てたかもしれない戦い。

 だが、それでもフィリップを巻き込み、フィリップの力を明かしながら合法的に死に追いやりたかった。

 

「尤も、貴方の力が必要であったことは嘘ではありませんけどね」

 

 故に《審議判定》には引っかからない。

 リーンの吐く言葉に嘘は無いのだから。

 

「さて……フィリップさんはいつまでもちますかね……」

 

 死ぬとすればまずフィリップから。

 それは油断ではなく、分析した予測であった。

 ピジョンスターと実際に戦ったリーンの予測。

 それは、初見であるフィリップに比べれば精度の高いものであっただろう。

 

 だが、リーンは気づかない。

 ドロップのエンブリオを吸収した力は未だ解明されておらず、そういった意味ではリーンもまた初見に近いのである。

 

 ピジョンスターとリーンの戦いは、これが2度目なのではなく、一度目の途中だ。

 

 ならば、こう考えるのが妥当であろう。

 

『ピジョンスターに一度でも攻撃を受けたのであれば。それは彼の発する病毒に侵されたままなのである』、と。

 

 だがしかし、リーンはそれは完治していると思ってしまった。

 ピジョンスターから距離を取ったことでダメージが収まり、ピジョンスターと再び相対してもダメージが再開しなかったから。

 もうリーンの肉体を蝕む病魔はいないものだと思ってしまったのだ。

 

『くるっぽー』

 

 ピジョンスターは苛立ち混じりに鳴く。

 それはフィリップに向けたものであり、同時に未だ生き延びている街の全ての人間に向けて。

 

 確実に殺すためにピジョンスターは喉を鳴らした。

 

「……え?」

 

 それは同時であった。

 リーンと、彼の奴隷5人。

 同時に地に倒れ伏したのだ。

 

「(何故……いえ、考えるまでもありませんでしたか……)」

 

 その原因にリーンはすぐさま思い至った。

 奴隷を巻き込み、リーン達全員に同時に致死量のダメージを与えたのだ。

 それならば、説明はつくし納得も……

 

「(それだけでは納得できません。なぜなら不十分ながらも僕は《光無き病室》で病気の進行を……ああ、そうか)」

 

 そこまで考えたところでリーンのHPはゼロになる。

 既に他の奴隷達はリーンの受けるダメージも加えられてとっくに死んでいた。

 

「(もう声も出ませんか……)」

 

 伝えることも叶わない。

 尤も、伝えてフィリップの生存率が上がるのであれば、伝えない方がいいかもしれないが。

 

「(ふむ……願わくば、ドロップさんがピジョンスターを討伐せんことを。そして特典武具をその手に入れることを期待しています)」

 

 最期にそう思いながらリーンは光となって消えたのであった。

 

 それはあっという間であり、ピジョンスターの目の前にいるフィリップにも、傍にいたリーンにも助けることの出来ない死に様であった。

 




解説役に徹しそうだったのでリーンさんには退場願いました。
油断しなければ強いです。必殺スキルも強いですし、ジョブとのシナジーもあります。
ただ、広域型にとことん弱いです。ダメージ転嫁しても転嫁先が殺されてしまうので。
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