<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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122話 フィリップの冒険 11

■【煮仏病毒 ピジョンスター】について

 

 凡そ八百年前、そのUBMはとある熱帯林の片隅に誕生した。

 雨の多い地であり、柔らかな泥質が特徴の雨林において、そのモンスターは一際異質であった。

 雨が多ければ、地面が柔らかければ、必然的に泥は小さな衝撃と共に跳ねやすくなる。

 自然と、その地の生物は身に泥を纏うようになり、泥に擬態したり、泥を主食とするモンスターも生まれるようになっていた。

 

 しかしながら、後にピジョンスターと呼ばれるその小さな鳥は純白であった。

 泥の中に降り立ちようと、泥の中から飛び立とうと、泥を被せられようと。

 まるで純白で有り続けるかのように、白以外を否定するかのように。

 

 その地の〈ティアン〉は吉鳥だと崇拝の念を抱くようになった。

 

『くるっぽー』

 

 何とものんきな鳴き声に、平和の象徴だと言う者も現れるくらいであった。

 実際に、ピジョンスターは〈ティアン〉に対しても、モンスターに対しても敵対行動を取らず、ただ泥に降り立ち、空を飛び、周囲の目に映るだけであった。

 

「ああ……今日も吉鳥様が舞っておられる」

「何だか純白様が降臨されてからモンスターの動きも鈍っている気がするな」

 

 ピジョンスターによる恩恵を感じ、〈ティアン〉達はまるで神を崇めるかのようにモンスターに手を合わせる。

 

 温帯であり、食べ物に困らない森林区域であったが、それは同時にモンスターも活発に動いているということ。

 彼らは食糧問題にこそ陥らなかったが、モンスターによる被害は年々増大していた。

 だが、ピジョンスターが現れてからは、見る間に被害は減少していき、彼ら部族の人数は比例して増えていった。

 そして、部族の人数が増せば、逆にモンスターを狩ることも可能になってくる。

 徒党を組み、連携して攻勢に出た彼らは次第に領土を拡大していった。

 

『くるっぽー』

 

 明らかな害はなく、むしろ益しかないピジョンスターに対し、現地の部族民はすっかり警戒心を薄れさせていた。

 

「純白様のおかげで我らも百を超える総数となった」

「それに、怪物を倒せる戦士も育っておる。もし純白様がどこかへ旅立たれようと、我らは安泰じゃ」

 

 元々、周辺のモンスターのレベルは低かった。

 だが、彼ら部族の民の人数が少数であったことや、森林という見晴らしがあまり良くない地形ということもあり、モンスターに利があったのだ。

 それがピジョンスターの出現からモンスターの動きが抑制されたかのように弱体化し、戦いがまともに成立するようになったのだ。

 そのおかげか、部族の戦士達は戦闘による経験を積み、レベルが上がったため、モンスターを倒すことがそう難しいものでもなくなった。

 

 少しずつ。少しずつ。

 モンスターを討伐しながら領土を拡大し、強くなり、人数を増やしていく。

 

 さながら、部族が国へと発展していくように。

 彼らは長い年月をかけて国へとなろうとしていた。

 

 だが、その夢は途絶えることとなった。

 一時的に、強制的に、途絶させられたのだ。

 

「……ん?」

「なんだか体が重いような……」

「おい、子供が熱を出して倒れているぞ!」

「こっちもだ! 体の弱い爺さんが息をしていない!?」

 

 始まりは少しばかりの体調不良であった。

 だが、それは爆発的に部族の住まう集落全体へと広まり、体力を少しずつ蝕んでいく。

 そして、一日が終わるころには幼い子供や老人などの遺体が横たわることとなっていた。

 

「……流行り病か!」

「くそっ……こんな時に」

「元気な奴は手伝え! 湯を沸かすんだ!」

「【占星術師】の婆さんはどこ行った! 俺達は何をすればいいんだ!」

「婆さんは朝にくたばっちまったよ!」

 

 悪夢は翌日も覚めることなく。

 むしろ被害を甚大に拡大させていた。

 もはや動ける者は少数となり、その彼らですら万全とは言い難い体調であった。

 

『くるっぽー』

 

 と、彼らの集落に一羽の鳥が舞い降りる。

 純白の鳥、彼らが敬い崇めるピジョンスターである。

 

「じ、純白様!」

「吉鳥様が我らの村に舞い降りられた! 助かるぞ!」

「おお……どうか俺達を導いてください」

 

 彼らは縋るようにピジョンスターの足元へ這う這うの体で近寄る。

 中には、純白の翼へ直接触れ、その恩恵にあずかろうとする者まで。

 

「そ、そうだ! 純白様はどのような場所であっても穢れ無き存在! この流行り病もどうにかしてくれるのでは!」

 

 若い男の一声に、生き残っていた部族の民たちは全員ピジョンスターへと駆けよる。

 

「退け! 俺が触るんだ!」

「いいや! 俺だ!」

 

 誰もが自分の身体が一番だと、諍う。

 ピジョンスターも大型の鳥モンスターといえど、身体の面積は有限。

 部族の生き残り全員が触れるには足りない。

 

『くるっぽー』

 

 静まり給え。

 まるでそう言うかのようにピジョンスターは鳴いた。

 

 そして実際に静かになった。

 

 部族民の死という形で。

 

 生き残りはごく少数。

 一握りの中の更に一握り。

 

「……え」

「……は?」

 

 それは運悪く……いや、運良く他の民に突き飛ばされピジョンスターに触れることのできなかった者達。

 彼らにのみ死という形の救済は訪れなかった。

 

「い――」

 

 代わりに激痛が全身に伴う。

 

「いだいいだいいだいいだいいだい――」

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、ああ、あああああああああ」

 

 顔が溶けるかのように。

 骨が砕けるかのように。

 手足がもげるかのように。

 心臓が飛び跳ねるかのように。

 

 全身に痛みが走る。

 

『くるっぽー?』

 

 ピジョンスターは興味深そうに彼らを見やる。

 死ななかった者がいる。

 それを見て、まだ力が足りていないかと己の不足を知る。

 

『くるっぽー』

 

 それから全身の、純白の羽を見る。

 正確には純白の羽に宿る小さな生物たちを始めとした病毒の源を。

 

 

 

 

 翼をはためかせるごとに病毒を撒き散らす。

 それが【煮仏病毒 ピジョンスター】の固有能力……そう思われてきた。

 

 だが、それは副産物に過ぎない。

 否、ピジョンスターが翼を動かすたびに、羽に潜む極小さな細菌やウイルスが撒き散らされているに過ぎない。

 

 その真の能力は蟲毒。

 自身を蟲毒の壺に見立て、羽や体内で毒性や遺伝子汚染の原因物質を育てるというもの。

 それ故に、この能力は時間がかかるが成長するものだ。

 まずピジョンスターは森林中の土中や葉、また〈ティアン〉やモンスターに潜む細菌やウイルスなどを己の身体へと吸収した。

 そしてその後、モンスターにのみ効果のある細菌やウイルスを散布した。

 理由は〈ティアン〉を増やしたかったから。

 彼らは美味い。

 増やしやすく、殺せば経験値が多量に入る。

 故にピジョンスターはモンスターの動きを鈍らせた。

 モンスターを鈍らせれば人間が強くなることを知ったピジョンスターはどんどんモンスターを弱体化させる。

 

 そうしてピジョンスターは最終的に全てを己の糧にした。

 

 手違いがあり、人間に効果のある遺伝子汚染物質をばら撒いてしまい、更にはピジョンスターに直接触れた者が羽を介して細菌類に触れ、死んでしまった。

 

 だが、すぐ傍にいた、触れていない者は未だ生きている。

 激痛があるようだが、顔が醜く膨れ上がっているが、それでも生きている。

 

『くるっぽー』

 

 ピジョンスターは考える。

 このまま、まだ生き残っている〈ティアン〉を殺すのは簡単だ。

 だが、殺し尽くしてしまえば餌は枯渇する。

 それは良くない。

 

 だから、生かそうと決めた。

 どうせ彼らの遺伝子は汚染されている。

 この後の代も今の醜い顔のままであろう。

 見分けが付くのなら、見逃したところで再び見つけることも出来る。

 

『くるっぽー』

 

 そうしてピジョンスターは飛び立つ。

 激痛に苦しむ生き残りを無視して。

 打算ありきで見逃して、彼は次の餌場へと、そして細菌やウイルスの満ち溢れる場所へと飛んで行く。

 

 

 その後、龍帝という規格外の人物に封印されるのは別の話。

 

 だが、ピジョンスターは再び現世へ舞い戻る。

 かつて逃がした人間を探して。

 そして、己を傷付けた人間を探して。

 

 当時よりも凶悪さを増した細菌やウイルス、汚染物質をその身に宿して、彼はプロポーズという街に降臨したのだ。

 

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