<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【疾病姫】ドロップ・カーネイジ
「うーん……お兄ちゃんと私のハイブリッド?」
リーンの死を見て、ドロップはピジョンスターの能力をそう結論付けた。
ここまで見させられてきたピジョンスターの行動。
珠の状態で行われた『浄化』という名の病魔や細菌の吸収。
それはエンブリオであるドロップのペイルライダーも例外ではない。
そして、病毒を撒き散らしているピジョンスターが吸収した細菌らをただ消滅しているとは思えない。
ならば、それを自身の力に置換するとしか考えられないだろう。
細菌を培養、ばらまく力を持つキャンディのレシェフ。
そして、触れた相手を病気で蝕むドロップのペイルライダー。
特に類似しているのはレシェフだろうか。
「うーん……これは私がお兄ちゃんを超える前哨戦ってやつなのヨ?」
ドロップは己が決してキャンディを超えられないことを知っている。
相性としても、純粋な力としても。
そして、信念さえもキャンディには遠く及ばない。
どれ一つをとってもキャンディ以下のドロップに、その力が酷似しているピジョンスターを下すことは可能なのだろうか。
「しかもしかも……お兄ちゃんの弱点克服していない?」
生命サイクルというレシェフの弱点をピジョンスターの病毒は持たない。
ピジョンスターの羽や体内で互いに喰らい合い、強化された細菌達はピジョンスターからのバックアップを受けずとも生存可能だ。
毒性を限りなく強化され、しかし移動力の無い細菌は、ピジョンスターが翼を広げることで撒き散らされる。
「お兄ちゃんと違って細菌達も自力で変異出来る? ちょっと凶悪過ぎるのヨ」
というよりも、そうなるように仕向けられているのだ。
ピジョンスターの肉体はあくまで土壌。
その身体に潜む小さな生物たちは、絶滅せぬために自力で強くならざるを得なくなる。
故に時間はかかるが、強化するという点ではピジョンスターのリソースは一切使われることが無いのだ。
「うーん……仕組みとしてはお兄ちゃんのエンブリオとやっぱり似ているのヨ……でも、ペイルライダーちゃんとも似ているところもある」
その最たるもので言えば、ピジョンスターの操るものが細菌に限らないという点だろう。
細菌、ウイルス、汚染物質、果てにはペイルライダーを取り込んだためか病魔すら撒き散らせるようになっている。
つまりは纏めると、
種類:レシェフとペイルライダーを合算したものより上。汚染物質はレシェフにもペイルライダーにも操れない。
耐久:レシェフ以上。少なくとも細菌達は自力で増やせる。
範囲:レシェフ以下。とはいえ、街の半分ほどは覆えるほどに広大。
強度:本来であればレシェフやペイルライダー以下。しかし、数百年珠に封印されている間に吸収したことで規格外にまで強化されている。
「うーん……とっても強いのヨ。でも……」
もう一つ項目を付け加えるとしたら。
それはレシェフを超えたとしてもペイルライダーには劣るものになるだろう。
「私の方が精度は上みたい」
戦闘開始時から全身を覆うペイルライダーを見てドロップは確信する。
兄と似たような能力……制御を捨てているという面がその弱点であると。
「強くして、ばら撒くだけ……うーん?」
この時点でドロップもピジョンスターが己の肉体を土壌にしているだけであるとまでは至らない。
ピジョンスターの能力とは細菌らの強化と散布であると。
そこで止まってしまう。
故に伝説級UBMであるピジョンスターの能力も強化と散布が関の山であると思ってしまう。
それ以上の力は持っていないのだろう、と。
「とりあえずは……ペイルライダーちゃん!」
自身の身体を覆っているものとは別に、試験管の中から戦闘用の靄を取り出す。
攻撃用……とはない。
サポート用と言うべきだろうか。
このままピジョンスターをペイルライダーで覆ったところで再び吸収されてしまうに違いない。
ならば、ひとまずは死んだリーンとは別の、もう一人の仲間をサポートするべきだろうとドロップは考えた。
「フィーちゃん!」
「……何だい!? 今、あまり余裕はないけど!」
嘴を避けるフィリップへと、ドロップはペイルライダーを差し向ける。
「……へ?」
突然のことにフィリップは驚いたままペイルライダーに呑み込まれた。
「な――」
「じっとしているのヨ!」
藻掻き、ペイルライダーを取り払おうとするフィリップを止める。
ピジョンスターはその間にもフィリップへと攻撃を続けようとするが、
「そっちも鬱陶しいのヨ! 《静謐な安置所》」
ピジョンスターによって殺された〈ティアン〉の死体が起き上がる。
ゾンビ化したわけでも、ピジョンスターが操っているわけでもない。
死体の中に入り込んだペイルライダーが直接動かしているだけだ。
数人の〈ティアン〉の死体がピジョンスターの嘴や翼をその身で受け止める。
その際に僅かながらも死体からペイルライダーが零れ吸収されていく。
「……やっぱり長くは持たない!? でも時間は稼いだのヨ!」
「何を……?」
それは、キャンディをよく知り、自身が【疾病姫】であるドロップにしか気づけなかったであろう。
あるいは、死して初めて気づけるかもしれない。
細菌やウイルスは目に見えない。
故に、無効化したところで体内に侵入した細菌達は増殖し、己を殺すまでに強化を続ける。
《光無き病室》があったところで。
奴隷にダメージを転嫁したところで。
いずれはそれすらも食い破り、宿主を殺す猛毒に発展する。
ピジョンスターの肉体で行われる蟲毒は発端に過ぎない。
蟲毒という、己を強くできる行いを知った彼らは、ピジョンスターから離れた場所でも蟲毒を行い続ける。
際限なく強くなるために。
殺せぬのなら殺せるようになるために。
「フィーちゃんの体内に侵入した悪いもの全部殺したから!」
体内に侵入した細菌及びウイルス及び全ての悪性生物と物質をペイルライダーが侵し殺す。
同時に、フィリップの身体を傷付けることの無いように保護していく。
ピジョンスターが放った、体内に侵入した小さな生物。
それを止める手段など少ない。
砂漠の中から針を見つける……どころか、無数の針を見つけるに等しい。
そんなことが出来るのは、ペイルライダーくらいだろう。
「【四死屍士 ペイルライダー】」
ドロップは己のエンブリオの名を呼ぶ。
その言葉と共に、フィリップの身体からペイルライダーは離れ、己の主の下へと戻る。
「この鳩、厄介なことに能力の時間制限が無いのヨ。そして生物の肉体を媒介に遠くまで細菌類を運ぶことも出来る」
「……なら、街にいる生き延びた人たちの安全はまだ保障されていないわけだね」
「どころか、レジェンダリア中の生物が根絶やしにされてしまいかねないのヨ」
目に見えない。
つまりは、気づけない。
症状が現れた時点で既に手遅れという状況になってしまう。
それはかつて“国絶やし”と呼ばれたキャンディの手口そのもの。
「フィーちゃんの身体は今、まっさらな状態。次にピジョンスターの散布を受ければまた身体は汚染されるけど……今がチャンスなのヨ」
「何か手があるのかい……?」
ある。
だがそれは同時にフィリップをも殺しかねない必殺のもの。
「必殺スキルなら……倒せるのヨ」
「それなら早く……いや、巻き込んでしまうのか」
触れた相手を疾患で侵す。
それがペイルライダーの能力。
それが必殺スキルになればどうなるか。
フィリップを巻き込んだ時点でフィリップの死が確定する。
《光無き病室》程度では防げない文字通り必殺の威力を秘めるのだから。
「ああ、ならば存分に使って欲しい」
「……え?」
「冒険とは命がけだ。探検とは未知を探るもの。私は少しばかり欲深くてね。命がけで未知を探してみたくなる時もあるのさ」
失敗すればフィリップも死ぬ。
それを分かっていながら彼女は必殺スキルを使えと言う。
「まあ、なんだ。〈マスター〉だから死ぬのが怖くないとか、つい先日も死んだばかりとか。そういった過去が私の認識をずらしているのかもしれないけど。それでもね、命を賭けた先にある勝利。それは誰だって求めているんじゃないかな。君もそうだろう?」
「……私が命を賭けているわけじゃないのヨ」
「だから私の命を君に託そう。元々、これは君が始めた戦いだろう? そして、終わらせるのも君だ。私にはこの鳩の能力も、君の能力もよく分かっていない。出来ることは前で立っていることくらいさ」
ペイルライダーが操る〈ティアン〉の死体も全て嘴で破壊され、ピジョンスターの狙いは再びフィリップへと向けられた。
彼女はそれを避けながら、空中に砲台を取り出す。
「私を巻き込む? 存分に巻き込むがいいさ!」
ピジョンスターの足元へ砲台が撃ち込まれ、土煙が舞う。
威力は然程無かったようだが、煙や地面の破片が舞うことで一時的にピジョンスターやフィリップの姿が覆われ見えなくなる。
「だったら私も自分の死を前提に行動しよう! ただし、勝利の先にある死をだ」
煙が晴れる。
そこには、コンパクトを握るフィリップの姿があった。
「変、身」
これから良い歳したフィリップちゃんが魔法少女に変身します