<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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126話 フィリップの冒険 15

■【魔法少女ψ】フィリップ・ノッツ

 

「……倒せたぁ」

 

 背を伸ばし、息を吐く。

 【大冒険家】から【魔法少女ψ】への転職は賭けであったが、フィリップは勝つことが出来た。

 

 ピジョンスター……細菌や病気を吸収し操るUBM。

 凶悪で、強い敵であった。

 ここにドロップがいなかったら、街は壊滅していただろうし、〈マスター〉とて生き残った者はいなかっただろう。

 

「リーンは残念だったけど、まあいつかまた会えるだろう。会わなくてもいいけど」

 

 それなりの情報通であったようだから、何か困ったことがあれば頼っていいかもしれないが、そこはかとない胡散臭さがある。

 頼りすぎてしまったら後でどのような形で請求が来るか分からない。

 結局、彼の目的が達成出来たかすら分からないが、彼ならばデスペナルティ明けにでも遂げることだろう。

 

「フィーちゃん! 見て欲しいのヨ。これ!」

「うん……?」

 

 ドロップに呼ばれ振り返ると、そこにはピジョンスターがいた。

 

「似合っているとは思うけど……寝間着に見えてしまうね」

 

 正確には、鳩の着ぐるみを来たドロップだが。

 着ぐるみパジャマのような、顔だけが露出している装備のようだ。

 

「これが噂に名高いきぐるみしりーずなのね。でも鳩って微妙? 飛翔系スキル無さそうだし、まだ傘は必要なのヨ」

 

 新たな特典武具の確認をしているドロップを見て、笑う。

 やはり年相応にこのゲームを楽しんでいるのだなと微笑ましくなってくる。

 

「(この街で【探検王】になった後はドロップをクリアント達に紹介するのもいいかもしれないな)」

 

 近接、直接的戦闘を得意とするクリアント達にとって、ドロップの能力は欠けた部分を補ってくれるだろう。

 

「どうだい? 良さそうな特典武具だったかな」

「そうね……上手くシナジーすれば強くなれそうなのヨ」

 

 ドロップとピジョンスターは元々似たような能力だ。

 掛け合わされば、強力な力になるだろう。

 

「フィーちゃんはこれから就職クエスト受けなおすのヨ?」

「そのつもり。街は半壊しているみたいだけど、半分は生き残っているからね。人が集まらないうちに退散したいし」

「それがいいのヨ。せっかくUBMを倒して気持ちいいところに邪魔が入ったらたまったものじゃないもの」

 

 既にピジョンスターがいたところに衛兵や、戦闘向きのジョブを持つ者が集まり出している。

 長居しては、フィリップ達も拘束されかねないし、ドロップが新たに得た特典武具の力を解明しようとする者も現れかねない。

 他者の力を無理やり聞き出して暴くのはマナー違反だ。

 ドロップが犯罪者というわけでもないのに、一方的に力が知れ渡ってしまうのは不平等というものだろう。

 

「それに。巻き込んじゃったら危ないもの」

「……巻き込む?」

 

 危機が去れば調査が始まる。

 情報を集めるために人が集まる。

 

「む……そろそろここから去らないと――」

「《明け暮れの院内》」

 

 ドロップがぴじょんすたーを装備したまま翼を広げる。

 純白の翼は光を反射し――極めて小さい何かを空中に撒き散らした。

 

「《弊害散布》」

 

 その行動はまるで、ピジョンスターそのもの。

 翼を広げ、周囲の生物に細菌やウイルスを撒き散らす災厄。

 

「みんな、私の経験値になるといいのヨ」

 

 集まりかけていた〈ティアン〉や〈マスター〉が倒れ伏す。

 体を痙攣させ、心臓を抑え、苦しそうに嘔吐を始める。

 ピジョンスターによって半壊していた街は、ドロップにより止めを刺されることになった。

 

「――ッ!? ドロップ、何を――」

「安心するといいのヨ。フィーちゃんには《光無き病室》をかけたままだから耐性が付いているのヨ」

「そ、そういうことではない! 街の者が死んでしまうではないか」

「? 何を言っているのヨ? ああ。リーンの奴隷はもう死んでいるみたいだから関係は無いのヨ? これから死ぬのは私達と話したことも無い、ただの〈ティアン〉……ううん、NPCなのヨ」

 

 ドロップは遊戯派だ。

 そして、他者の命を玩具のように弄ぶ。

 特に、自身よりも下の存在……友人と呼べるような存在以外に関しては経験値やクエストに必要なアイテム程度の認識しかない。

 

 遠方より悲鳴が聞こえる。

 被害は徐々に広がっているのだろう。

 

「……君を今すぐに止めれば、街の被害も少なく済むのかな」

「私と戦うの? 何で?」

 

 ドロップに好戦的な様子は見えない。

 先ほどまでの共闘、街の探索で友人関係を結ぶには十分すぎる程交流できていた。

 故に、これくらいではまだ敵対しない。

 

「人としての良心さ」

 

 空中に砲台を出現させる。

 

「君を一度は友人と呼んだからね。見過ごすことは出来ない」

「……ああ! 分かったのヨ」

 

 得心いったとドロップは頷く。

 

「私ばっかり経験値を稼いで狡いってことなのヨ。なら、早く超級職に就くといいのヨ。それくらいは待っていられ――」

 

 ドロップの近くに砲弾が撃ち込まれる。

 爆風がドロップの頬を撫で、純白の翼が僅かに汚れる。

 

「……何をするのヨ」

「良い。もうそれ以上何も言わなくて良い。そうか……君はどこまでも純粋だね」

 

 純粋に、自身の欲望にのみ動く人間。

 ドロップという少女はどこまでも純粋だ。

 気に入るものは生かし、気に入らなければ殺し。

 そして、無関係なものは経験値として殺す。

 

「エンブリオからパーソナリティを推測するのはあまり良いことではないのだけどね。……ペイルライダーなんて物騒なエンブリオを持つだけはあったということだ」

 

 フィリップは自身の身体に水を纏わせる。

 これでドロップの攻撃から身を防ぐことも出来るだろう。

 

 ドロップの名がパーティーメンバーから外れる。

 彼女が自ら外したのだ。

 これで袂は分かたれた。

 後は戦うことでしか決着を迎えられない。

 

「(……彼女の必殺スキルは私には防御不可だ。使われる前に遠距離から倒しきる!)」

 

 距離を保ちつつ、砲弾でドロップを沈める。

 ペイルライダーの射程は短い……が、ジョブとのシナジーにより威力は足し算では済まないものになっている。

 だが、距離さえ離せば、その威力も激減する。

 ピジョンスターの特典武具は未知数であるが、先ほどの翼を広げての攻撃も、まだ死者は出ていない。

 広域攻撃が出来る代わりに威力は低下しているのだとフィリップは推測する。

 

「(倒せない敵では無いはずだ)」

「……敵ヨ。敵なのヨ。フィーちゃんも、リーンも、街のみんなも。お兄ちゃん以外はやっぱり敵だったのヨ!」

 

 ドロップが翼を広げる。

 そこから放たれた病魔はフィリップを覆う水の膜の前で止ま……らない。

 

「……これは!」

 

 フィリップのステータスに【衰弱】や【脱力】などの状態異常が追加されていく。

 

「もう遅いのヨ。謝ったって許してあげない」

「……くっ」

 

 次々に状態異常が増えていく。

 水の膜など意味が無い。

 それを容易く乗り越えて、ドロップの病魔はフィリップの身体を蝕んでいく。

 

「(距離を更に取るべきか……!?)」

 

 次第にHPも減っていく。

 

「……発射!」

「それはもう見たのヨ」

 

 砲門から着弾地点を予測したドロップは砲弾を避ける。

 爆風程度ではドロップは揺るぎもしない。

 

「……やっぱり対人戦では弱いな、私は」

 

 このままでは勝てない。

 勿体ないが、【快癒万能霊薬】を呷る。

 HPは回復する。だが、状態異常は消えない。

 

「……原因は消えないというわけか」

 

 【極毒】も【快癒万能霊薬】と聞くが、似たようなものなのだろうか。

 あるいは、身体に入り込んだ病魔やウイルスが生きているため、消えないのかもしれない。

 だが、効果はあったのだろう。

 HPが減ることは無くなった。

 

「死ぬのヨ!」

 

 ドロップが翼をはためかせる度に悲鳴が大きくなり、そして数が減っていく。

 

「冗談だろう……先ほどまでと強さが段違いじゃないか」

 

 いや、ピジョンスターと能力が相殺されていただけなのだろう。

 本来であればこの程度の殲滅力は持ち合わせていたというわけだ。

 

「……ひとまずは距離だ!」

 

 フィリップの選んだ行動は逃走。

 いや、一度距離を離すことを選んだ。

 

 幸いというべきか、ドロップ本人に移動力は備わっていない。

 徒歩あるいは走るくらいしか移動できない。

 

「……ハアッ、ハアッ」

 

 息を切らせつつ、隠れる場所を見つけると一息入れる。

 どこかの建物の中のようだが、それを確認する余裕も無い。

 

「悪夢みたいじゃないか。……いや、私の考え足らず、か」

 

 味方であったからドロップは頼もしかった。

 味方であるからドロップはフィリップを殺さなかった。

 

 それだけだ。

 

 本当ならフィリップなど歯牙にもかけない実力をドロップは備えていたのだ。

 それが今、フィリップを殺すことに向けられた。

 

「……効果も切れたか」

 

 3分という制限時間もあっという間に過ぎる。

 【快癒万能霊薬】の効果も切れ、再びフィリップの肉体は蝕まれていく。

 

「……ここまでか」

 

 ダメージ量は徐々に増えていく。

 【猛毒】やフィリップも見たことの無い状態異常がダメージを増やしているのだろう。

 

「(結果は同じなら……ドロップを止めずに私だけでも生きていた方が良かったのかな……)」

 

 どうせ街の人間は死ぬだろう。

 フィリップが止めようと、止めずとも。

 違うのはフィリップの生死くらいだ。

 

 HPは残り1割を下回る。

 

「(勝算も無く挑んだ……末路、か。これで褒めてくれるのは……)」

 

 思い浮かぶのは2人、いや3人だろうか。

 クリアント、クャントルスカ、それに兄くらいだ。

 ソーキューは笑うだろうなと思う。

 

「(ふっ……これだけしか思い浮かばないなんて寂しいものだね)」

 

 だが、確実に彼らだけはフィリップの行動を責めない。

 良くやったと言う。

 

「……これは」

 

 HPが百以下となった。

 死ぬまで1秒とかからない。

 

 だが、最後にフィリップは見つけた。

 ここがどこであるかに気づいた。

 

「……もう少しだけ抗ってみるか」

 

 フィリップは手を伸ばす。

 勝つために。

 既にプロポーズという街が手遅れであろうと、ドロップを止めるために。

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