<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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12話 食事準備

■【呪術師】クリアント

 

「戦うって……」

「ああ。そういえば君は激闘の直後から十分なアイテムの補充が出来ていなかったんだね。話の礼だ、受け取ってくれたまえ」

 

 戦う前提でフィリップはクリアントに各種回復アイテムを渡す。

 それはクリアントが先の戦闘で失ったよりも過多な量であり、何だったら使ったことのない【身代わり竜鱗】というアイテムすらあった。

 

「足りるかな? 残念ながら【救命のブローチ】を渡せるほど私も金持ちとは言えなくてね」

「いや、これだって相当するだろ。竜鱗って確か30万え……リルくらいしなかったか?」

「まあ、流石にそれくらいはね。基本海の中だから金銭を使う機会が少ないのだよ」

 

 攻撃はエンブリオでもある潜水艦自体で行えるようだし、海中のモンスターは強く数が多く、故に討伐時に得られる金やアイテムが多くなるのだろう。

 それこそ、クリアントが自爆覚悟でようやく倒せる亜竜級モンスターがごろごろだ。

 移動能力がメインとはいえ、第六形態まで進化しているノーチラスであれば火力は足りているらしい。

 

「じゃなくて、地上で戦うのもやっとな男だぞ俺は」

「先輩、情けないですよ。胸を張る所じゃないです」

「ああ、そうだな。俺は地上ですらまともに戦えない男だ。空中も無理だし、海中なんて即死だ即死。戦う以前に水圧死か溺死のどっちかが待ってる」

「……先輩、言ってて悲しくないんですか?」

「悲しくないわ。というか、ほとんどの奴がそうだろ。フィリップは【潜水士】だから海中でも動けるけれど、【呪術師】の俺は海中では動けない。明白に、分かり切ったことだ」

 

 いや、とクリアントは考え方を変える。

 何も戦闘とは直接的なことに限らない。

 フィリップはノーチラスを自動操縦できると言っていた。

 ならば手動操縦も出来るのだろう。

 そして、操縦できる乗り物は使い手の技術を選ぶが、使い手自身は選ばない。

 エンブリオであるからフィリップが最も操縦しやすくなっているのだろうが、手動で操縦できるのであれば、ボタン1つでビームだか魚雷だかを発射出来るのではないだろうか。

 それならば危険は少ないし、HPや防御力はあまり関係ない。

 水圧で死ぬことも窒息で死ぬことも無い。

 モンスターという脅威と直接戦うのはノーチラス号であって、クリアントはゲーム感覚でモンスターを討伐出来るということだ。

 つまりは、フィリップからクリアントへの接待のようなものなのだろう。

 

「……なるほど。俺にノーチラス号を動かさせてくれるんだな」

「いや? 違うけど。君には海中に出て、直接モンスターと闘ってもらうつもりだ」

 

 勿論、そんなクリアントにとって都合の良いものではなく、普通にクリアントの戦闘を見たいフィリップの提案であった。

 艦内に置いてあるガラス製のヘルメットを持ち出すと、クリアントへ渡す。

 オブジェクトと思っていたが、実用物であったようだ。

 

「はい、これ。これがあれば呼吸に関してはクリアできるよ」

「これは……?」

「見かけはこんなだけど、二酸化炭素と酸素の組み換えが……まあ簡単に言えば地上にいるのと同じように呼吸出来るってことだよ」

「ふうん? だったらみんな使うものなのか」

「いや、格好悪いだろう? それに視界も少し悪いんだ。でも【潜水士】や【水泳士】以外が海中を移動するなら必需品さ」

 

 試しに頭部へ装備してみる。

 なるほど、呼吸時の苦しさはない。

 だが、呼吸のたびにマスクは曇る。

 

「ま、無いよりはあった方が格段に良いだろう。無ければ1分くらいで酸欠のバッドステータスが付けられてしまうんだから」

「それもそうだが……水圧のほうは?」

「そちらは私自身が何とかしよう。【潜水士】のバフスキルがある。短時間なら深海でも水圧の影響を無くせる」

 

 問題であった呼吸と水圧が解決してしまった。

 環境面ではこれでクリア。

 残りはクリアント自身の戦闘力だ。

 

「最終的には君が敵に触れれば勝てるんだろう? ならば問題は無いんじゃないかい?」

「それも……そうだな」

「この辺りは噛みついたり叩いたりといった直接的な攻撃しかしないモンスターしかいない。餌を認定されれば食べられることもあるだろうけど、君にとっては好都合になるのかな?」

「不都合だわ。モンスターの中で復活と死を繰り返すだけになりそうな未来しか見えない」

「おや? そうなのか。モンスターの体外で復活しそうと思ったのだけどね。その辺りはどうなんだい? ワンプ君」

「んー、たぶんですけど先輩の不安は杞憂だと思いますよ。一応、肉体創造地点は安全地点になるよう設定されているはずなんで」

 

 安全地帯をどこまでとするかは別であるが。

 モンスターの大群の中であっても、胃の中よりは安全と判断されれば肉体は創造されるのだろうか。

 

「試行錯誤中なのだろう? だったらちょうどいいと思って行ってみるといいさ」

「……本音は?」

「君のエンブリオの詳細を知りたい。未知を明かすことこそ私の性癖なのだ」

「……うわぁ、やっぱり変態ですね」

 

 まあ、今更死ぬことに対してクリアントは何の問題も浮かべてはいないのだ。

 ただ――

 

「料理のほうは?」

「まだ時間がかかりそうだね。ほら、食事前のひと運動だ」

 

 レンジ型の箱はまだブーンと音を立てている。

 クリアントは溜息をつきながら立ち上がる。

 

「……分かったよ」

「それじゃあ命綱のほうを――」

「いや、それはいらない。これ以上邪魔になるものはいらないし、せっかくの海の中を潜水艦の周囲だけしか動けないだろ?」

「しかし――」

「大丈夫。泳ぎならそこそこ得意だ。さっき敬遠していたのは本当に呼吸と水圧でまともに動けないのが心配だっただけで、それがクリア出来たのなら、俺は死ぬまで動ける」

「そこは死んでも動きましょうよ」

 

 クリアントがここまで自信ありげに言うのだ。

 何かあるのだろう、とフィリップは期待する。

 

「いいね! ならば君がどこかへ流されようとも私は笑顔でそれを見送るとしよう!」

「ま、それでいいさ。どこへ流れ着こうとも帰ってくればいいんだ」

「そうだね」

 

 海流に流されてしまうどこかで規定以上の回数を死んだとしても、数日後のログイン地点にこのノーチラス号を選べば再会は出来る。

 同時刻にフィリップがログインしていればの話だが、合わなければまた別の機会が無いわけでもない。

 

 フィリップはクリアントに水圧耐性のバフスキルをかける。

 これで1時間程度は水圧に苦しむことは無い。

 

「一応、マスクの予備も持って行くといい。これはノーチラスで製造可能なアイテムだから返さなくていいよ」

「お、ありがとう」

 

 死んでもいいと言えるクリアントといえど、回避したり出会わなければ良いモンスターと違い酸欠や水圧死は海中にいればどこでも起こりえる。

 

「ではこの扉を潜って中の部屋に入って待っていてくれたまえ。1分後に隣のハッチが開いて君は海中に放り出される」

「おう」

「フィリップさん、行ってきますね」

 

 ワンプはテリトリー化し、いつクリアントが死んでもいいように備える。

 これから先はクリアントにとって未知の世界。

 どこで、何が原因で死んでもおかしくはない。

 

「あ、そうだフィリップ」

「なんだい?」

 

 扉を閉める直前にクリアントが口を開く。

 

「ワンプの食事が悪癖なのを言い忘れてた。こいつの分は全部ミキサーにかけておいてくれ」

 

 そんな、死地を前にしているのに平然と変わらないことを言うクリアントにフィリップは思わず笑ってしまう。

 

「はいはい。メイデンの食癖は理解しているさ」

「ちょっと先輩! 悪癖ってなんですか! あくへ――」

 

 やがて扉が完全に閉まり、声も聞こえなくなる。

 扉一枚隔てた向こうにフィリップの表情は見えない。

 その顔は先ほどまでの笑顔は消え、無に近いものであった。

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