<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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128話 フィリップの冒険 17

■【魔法少女ψ】フィリップ・ノッツ

 

 時間は少し前へと遡る。

 

『……何とか間に合った、かな』

 

 残存HP3という数値を見て、フィリップは額に冷や汗が流れているのを自覚する。

 見えるステータスには未だ状態異常が幾つも並んでいる。

 その中にはステータス低下だけでなく、死に直結するダメージ発生のものもある。

 しかし、今のフィリップのHPは僅かたりとも減ることは無い。

 貴重な【快癒万能霊薬】も使い切り、手元のアイテムや装備ではこの状態異常を乗り切ることは不可能。

 もしこの状態異常がフィリップのステータスから消える時があるとすれば、それは死亡後の再ログインした時であろう。

 

 今のフィリップは助かったわけではない。

 ただ、死亡までの猶予が少しだけ延ばされただけだ。

 

 宝箱と心臓が乗せられた天秤。

 それを前にして、フィリップは思考を巡らせていた。

 

『……制限時間が無いということはつまり私はこの空間の中でならばいつまででも生きていられるわけだけど』

 

 【探検王】へ挑むための就職クエストの間。

 運良く、就職クリスタルが手の届く範囲にあったフィリップは触れ、再びクエストを受けていた。

 クエスト受注と共にフィリップのHPは固定化され、ひとまず生き延びることに成功したのだ。

 だが、フィリップはただ生き抗うためにクエストを受けたのではない。

 ドロップを止めるため、戦い抗うためにここにいる。

 

 だが、【探検王】になったからといって、ドロップに勝てる保証はない。

 むしろ成りたての超級職が、それなりの場数を踏んだ超級職に勝てる可能性など限りなく低いだろう。

 それでも。

 僅かなりとも可能性があるのだから。

 現状ではゼロの可能性が上がるのであれば。

 挑む価値はあるのだ。

 

【相応しい選択をせよ】

【成功すれば、次代の【探検王】の座を与える】

【失敗すれば、相応しい末路が待っている】

 

 心臓を捨て、宝を選べば死亡する。

 宝を捨て、心臓を選べば元の場所へと戻されて状態異常にて死亡する。

 

 どちらを選んだところで死は確定している。

 

 故に間違っている。

 フィリップがこれまで選んできた2つの答えは正答ではなく誤答。

 何かが誤っている。

 何かが欠けている。

 

 それに気づくまではフィリップは【探検王】になることは出来ない。

 

『さて……考えるべきはこの天秤に乗せられた心臓と宝、しかないよね』

 

 心臓は考えるまでも無い。

 これはフィリップの心臓を表している。

 心臓……つまりは命だ。

 これを捨てるか否か。

 それを考えた末がフィリップの一度目の誤答であった。

 命は大切に。

 その前提は必要であったのだ。

 

 次に見るべきは宝……正確には宝箱に収められている中身だ。

 正体不明の宝。

 剣であり、宝石であり、金貨であり。

 絶えず形を変えることに何かしらの意味があるのだろうか。

 

『……所有者の望むものに形を変える宝? それなら欲する者は多くいるだろうけど』

 

 だが、それが【探検王】の就職クエストにあるのはどうなのだろう。

 何となくであるが、結びつかない。

 これまで3つの宝を探させたあげくに、欲しいものを1つだけ与えるなどという、そんな褒美めいたクエストになるとは思えない。

 

 ふと思いついた。

 

『剣に』

 

 想像したのは、『赤砂の剣』。

 炎を纏う剣を思い浮かぶと、宝の中身もそれに変化していく。

 

『鏡に』

 

 次は『真実鏡』。

 宝の中身は、フィリップの姿を映す『真実鏡』へと移り変わる。

 

『水晶に』

 

 そして『海底珠』。

 やはり宝の中身は『海底珠』へと変わる。

 

『……』

 

 試しに、小石を思い浮かべる。

 何の価値も無い、原石でも無い、道端に落ちているだろう無価値な石を。

 フィリップですら宝と思えない、無価値な無機物を思い浮かべると、宝箱の中身も小石へと変わっていく。

 

『……』

 

 仲間、はどうだろう。

 クリアントやクャントルスカを思い浮かべる。

 これまでの冒険が宝だったんだとか、共にここまで来た仲間が宝だったんだとか。

 しかしながら、変化は無かった。

 どうやら無機物に限定されているらしい。

 

 思い出す。

 これまでのクエストの結果を。

 手に入れた特典武具やアイテムを。

 倒したモンスターを。

 共に戦った仲間を。

 

 そのどれもが宝だ。

 宝であるが……同時に他者にとってはどうでもいい塵芥のようなものだ。

 そこに何の違いがあるのだろう。

 思い入れは共感しなければ価値が生まれない。

 だとすれば、それは本当に宝といえるのだろうか。

 

『宝の違い、ね……』

 

 なるほど、とフィリップは苦笑する。

 意地の悪いクエストだ。

 取捨選択を迫られるクエストと、そう思わせておいて心理的に偏らせられていた。

 

『宝の正体はこれで2つに絞られたね』

 

 1つ目は、やはり宝の中身が常に変動する何かしらであるということだ。

 所有者の望むままに変化するという宝、あるいは欲しいものを与えるという褒美。

 だが、それではこれまで2度の就職クエストの結果と辻褄が合わない。

 それらが宝であるというのなら、【探検王】にとっては喉から手が出るほど欲しいものであろう。

 たとえ【探検王】で無くても、望むものが手に入るのであれば、それは誰にとっても価値あるものだ。

 

 だが、それならば宝を選べばクエストは達成となっていたはずだ。

 宝の価値が本当に高いのであれば、心臓よりも価値が高いのであれば、1度目の就職クエストで【探検王】になっていた。

 

 ならば、何が間違っているか。

 その前提は、

 

『中身なんてどうだって良かったんだ』

 

 宝箱の中身が変動していた理由。

 不定であったのは、宝箱の中身自体がこの就職クエストに関係が無かったからだ。

 

『問題は、この宝箱が開いているということ』

 

 宝箱が開いている。

 中身が見えている。

 

 これが何を意味するか。

 

『このクエストを受けている者、つまり私にとってこの宝箱は未知では無くなっているということだ』

 

 冒険とは危険を冒すこと。

 そして探検とは、未知を探ることだ。

 既に開けられた宝箱。

 未知では無くなった、中身が確定した宝箱。

 それそのものは【探検王】にとっては、無価値に等しいのだ。

 

 ならば、選ぶべきは心臓なのか。

 宝箱に価値は無いと認め、心臓を選ぶべきか。

 

 違う。

 

 それでは宝に未練があると告げているに等しい。

 

 未知の無い宝に価値が無いと認めたのであれば。

 心臓を選ぶのではない。

 

『そう。選ぶのではない。捨てるんだ』

 

 価値の無い宝を捨てる。

 置き去って、捨て去って、前へと進む。

 命を選んで、次の未知を求めるべきなのだ。

 

『つまり、【探検王】になるための達成条件とは――』

 

 フィリップは宝箱に手をかける。

 少しだけ、惜しいと思ってしまうのは仕方の無いことだ。

 だが、余計な荷は背負わない。

 未知を手に入れるのに、既知は必要ない。

 

『天秤から捨てることだ』

 

 宝箱を天秤から落とす。

 地面へと投げ捨てる。

 

 結果的に天秤には心臓が残る。

 選んだのは心臓。

 だが、既知となった宝を捨てる。

 これを満たしていないからこそ、フィリップは【探検王】にはなれなかった。

 

【認めよう】

【貴様が――君が次代の【探検王】だ】

【見つけて欲しい】

【我らが見つけられなかったものを】

【世界に未知は溢れている】

【それを君は手に入れるのだ】

 

 フィリップのメインジョブが【探検王】へと変わる。

 そして同時に、転職クエストの間から追い出された。

 

 

 

 

「よし、これで戦いに――」

 

 そう思った瞬間、フィリップのHPはゼロになる。

 当たり前だ。

 既にフィリップのHPは3にまで減っていた。

 【探検王】になったところで劇的にHPが増えるわけでもない。

 【大冒険家】よりも多少は耐性が強くなったところで、相手は【疾病姫】の操る病魔。

 耐えられるわけがないのだ。

 

 故にフィリップのHPはゼロになる。

 死亡を迎え、そして――

 

「《光明、届かず》」

 

 フィリップは歩き出す。

 HPがゼロになろうとも、その歩みは止まらない。

 

 何故ならば、それが【探検王】の持つスキルが一つ、《光明、届かず》の効果であるからだ。

 要は、【死兵】の《ラスト・コマンド》の強化版のようなものだ。

 死んでも尚、未知に手を伸ばすためのスキル。

 命を選び、未知を求めた先に、しかし命を落としてしまった際に発動するスキルである。

 ただし、下級職と超級職。その違いは大きい。

 《ラスト・コマンド》が1分にも満たない程度の効果時間であるのに対し、《光明、届かず》は5分という破格の時間だ。

 

「目的が過程に変わってしまうとはね……まあそれも【探検王】らしいか」

 

 未知を探すのであれば、ゴールなど無い。

 常に求め続けなければならない。

 足を止める猶予も余裕もそこには無く、目標に辿り着いたのであれば、次の目標を決めるまでだ。

 

「ドロップを止める。この目的は変わらない」

 

 【探検王】に備わった初期スキルは2つ。

 そして、2つとも非戦闘スキルだ。

 そのうちの1つを使ったフィリップであるが、彼女はドロップに勝てると確信していた。

 

 何故ならば。

 彼女は【探検王】である前に【神秘探究 ノーチラス】のエンブリオを持つ〈マスター〉なのだから。

 

「《探求心》」

 

 彼女がピジョンスターを倒したことは却ってよかったかもしれない。

 特典武具を複数所持しているのであれば、容易に見つけられるのだから。

 

「……こっちか」

 

 時間は惜しい。

 こうしている間にも死は近づく。

 フィリップは走り出す。

 

『……』

 

 その後ろを追いかけるものがあった。

 いくつもあるそれらは、黙ってフィリップを追う。

 地面を這うように。

 地面を泳ぐように。

 鋭い牙を剥き出しにして追いかけるのであった。

 

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