<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【探検王】フィリップ・ノッツ
ドロップのエンブリオであるペイルライダー。
その必殺スキルである《
羽の一つ一つで強化育成された黒騎士たちはそれぞれ剣をフィリップへ突き立て、フィリップを病に侵そうとする。
「既に私の命は終わっているんだ。これ以上死ぬことも無いさ」
だが、今のフィリップは【探検王】のスキルで生命活動を長引かせているだけに過ぎない。
病魔が侵すまでもなく、余命宣告を受けている状態であり、ほんの少しだけ余命を先延ばしにしているだけだ。
いくつもの剣を突き立てられようと、フィリップのHPはゼロのまま変動しない。
フィリップは下がりつつノーチラスの砲撃で黒騎士たちを蹴散らす。
「……《ラスト・コマンド》に似たスキルなのヨ? だったら……時間はそう長くないはず!」
ドロップはアイテムボックスから傘を取り出す。
特典武具である青空模様の傘は風量により上昇速度が増す能力を持っている。
現在はそこまで強い風は吹いていないが、それでも地上からすぐに浮き立つことは出来る。
「これ以上殺せないのなら、そこで勝手に死んでるといいのヨ!」
フィリップが手を出せない高度にまで上昇しようとする。
ドロップにとっての勝利条件とは、フィリップの《光明、届かず》の効果時間が切れるのを待つだけだ。
制限時間は5分……いや、今は3分と残っていない。
ドロップには《光明、届かず》の制限時間の詳細は分からないが、それでも数分程度であることは察せる。
たったそれだけを凌げば良い。
「発射!」
しかし、対空中においてフィリップはノーチラスという攻撃手段を持っている。
それも、ノーチラス号を完全顕現させたうえでの攻撃だ。
取り付けられた全ての砲門は空のドロップを攻撃し、魚雷は地中を潜って地上にいる黒騎士たちを目掛ける。
「《光明、届かず》よりもこちらのスキルの方が私にとってはありがたかったね」
ノーチラスは動く。
フィリップを黒騎士から守るために。
ドロップへと砲台を向けるために。
地上を移動する。
本来は、海中でしか満足に移動を行えなかったフィリップのノーチラス。
しかし、【探検王】の第二スキルである《万輪車》がノーチラスを水陸両用の乗物へと変化させる。
その効果は所有する車両物が全ての地形に対応できるというものである。
即ち、航空機は海を飛び、車は空を走り、船は地を泳ぐことが出来るようになる。
とはいえ、操縦士系統にあるスキルとは違い、【探検王】のスキルは乗物の強化を行えない。
航空機は水圧に潰れ、車は上昇下降が行えず、船は建造物の前に沈むことになるのだ。
「なら……その潜水艦を壊しちゃうのヨ!」
黒騎士がノーチラスへ剣を突き立てようと駆ける。
ノーチラスに病魔は効果が無い。
だが、《
それを利用すればノーチラスとて無事では済まないだろう。
「ふむ……潜水開始」
だが、ノーチラスは潜水艦だ。
当然、潜ることが出来る。
海に、そして【探検王】フィリップの指揮の下で地中に。
「馬鹿なのヨ! これでもうフィーちゃんを守るものは無い!」
ノーチラスを見失ったことで剣を振るう相手のいなくなった黒騎士たちはフィリップを目指す。
フィリップも同様に病魔によっては死なない。
これ以上蝕むことは出来ない。
「筋肉を委縮させる疾患も、神経伝達を阻害する疾患も、直接命を取らない疾患なんていくらでもあるのヨ!」
フィリップの脚が動かなくなる。
先ほど黒騎士たちに撃ち込まれたいくつもの疾患のうち、フィリップに効果のある疾患が発症したのだろう。
それはドロップの言うとおり、神経難病などの身体機能の低下を及ぼすもの。
もしかすると心臓や肺すら機能不全を起こしているかもしれないが、そちらはフィリップに効果が無かったようだ。
動けないフィリップに再び黒騎士が殺到する。
ノーチラスにやろうとしたように、フィリップの内部で黒騎士を再度爆発的に増殖させることで破裂死させようとしているのだろう。
流石に、肉体を破壊されてはフィリップも動けないことを察して。
ノーチラスを浮上させている暇はない。
それに、間近でノーチラスを出現させてはフィリップも巻き込まれかねない。
「……君の強みは超級職とエンブリオ、そして特典武具が噛み合っていることにある」
しかしフィリップは逃げる素振りを見せない。
脚が動けないからではなく、その表情に後れは無かった。
「君はあの【動物王】よりも強いかもしれない。準〈超級〉と呼ぶには相応しいのかもね」
超級職とエンブリオ、特典武具のシナジー。
3つ共に似たような効果があるため、強力な力を生み出している。
フィリップとて【探検王】とノーチラスが噛み合わないと思っているわけではない。
むしろ、ノーチラス無しでもある程度の環境に対応出来るようになったため、非常に自分に合っているとさえ思う。
そして、【探検王】はノーチラスに非常に大きな恩恵をもたらした。
地上での移動能力を得たノーチラスはこれまで以上に戦力になってくれるだろう。
だが、それ以外にも。
フィリップには使いこなせていなかった力があった。
地上においてほとんど使った試しがなく、唯一囮くらいにしか使わなかった力がある。
ドロップでいうところのぴじょんすたー。
つまりは、フィリップの持つ特典武具である。
「グラスコード!」
フィリップはその名を呼ぶ。
かつて戦った強大な敵から受け継いだ力――特典武具の名を。
『……!』
フィリップの声に応じ、地中から1m程の小さなドラゴンが跳躍し飛び出ると黒騎士に噛みついた。
黒騎士は自身に噛みつくドラゴンを一瞥すると、斬り捨てる。
噛み傷は大きく黒騎士の身体を抉っていたが、次第に黒騎士を構成する物質が増殖すると元に戻る。
「な、何なのヨ……それは一体、何なのヨ!?」
ドロップは訳が分からないと叫ぶ。
黒騎士を埋め尽くさんばかりに地中から溢れ出たドラゴンの群れ。
彼らは全てドロップへ視線を向けていた。
「グラスコード。かつては深海を統べていた神気取りのモンスターさ」
【千片万艦 グラスコード】。
フィリップのMPの上限を削ることでグラスコードの軍隊を召喚する《万花》は、しかしフィリップには使うことのできないスキルであった。
その理由はグラスコードが地上では活動できないから。
UBMであった頃ならばまだしも、特典武具の召喚体となった今は水中特化の特典武具となっていた。
攻撃に特化したドラゴンの群体。
それが【千片万艦 グラスコード】の《万花》というスキルであり、地上にいる限り、フィリップに使う術はない……と思われていた。
「行け! 病魔諸共食らい尽くすんだ」
だが、奇妙なことに【千片万艦 グラスコード】はノーチラスにアジャストした特典武具となっていた。
航空機を積み込んだ航空戦艦のような関係といえばいいだろうか。
グラスコードはノーチラスを介して召喚される。
これが何を意味するか。
それは、グラスコードもまた、《万輪車》の効果対象となることだ。
地中を自在に移動する攻撃特化のドラゴンの群れ。
それがフィリップの指揮下に加わった。
「詰みだ。君に勝つ術は無いよ……その特典武具を私に向けた時からね」
グラスコードは黒騎士とドロップに喰らいていく。
あっという間に群れに飲み込まれたドロップ達の姿は見えなくなった。
フィリップの命も残り30秒を切っている。
どのみち長くは無いが、ドロップの死を見届けようとグラスコードを消す。
「……まだ、ヨ」
だが、そこにはドロップが残っていた。
身体の所々に黒い靄のようなものが見えることから、咄嗟にペイルライダーを使って身を守ったのかもしれない。
「まだ終わらない! 船は沈み、ドラゴンも消えた今度こそフィーちゃんを私に手で――」
身体に残ったペイルライダーをかき集め、それをナイフのように鋭く尖らせたドロップはフィリップへと走り突き立てようとする。
その小さな体が消えた……巨大な潜水艦が地上から浮上し、ぶつけられたことで。
「《
地中から《
照準がずれようとも、ドロップが移動しようとも、ドロップが特典武具を装備していれば、ノーチラスは宝として追いかけることが可能だ。
《
これも今のフィリップなら無視できるものではあるが、もう10秒と無い制限時間の前では意味も無い。
「……次に会った時が怖いものだけどね。出来てしまった縁だから仕方ない」
この先も戦うことはあるだろう。
フィリップはそれを憂いて息を漏らす。
友人で有りたかったものだが、仕方ない。
「また会った時。その時は話をしよう。楽しい話を。興味深い話を、ね」
それだけを言い残して、誰が聞いているかも知れないまま、フィリップの身体は消えた。
プロポーズの住人〈ティアン〉8割以上死亡。
1割重篤。
それだけの被害であるが、それまでに留められた英雄は静かに消える。
確かな戦力を手に入れて。
■???
「おや。戦いは終わりましたか」
ピジョンスターによって殺された〈ティアン〉。
その死体のうち、5つが泥へと溶ける。
そのうちの一つから、男が生まれ出た。
「いやいや。酷い目に合ったものですね。念のため、殺菌剤を持ってきておいて良かった」
土壌洗浄用の強力な殺菌剤を片手に男は安堵した笑みを見せる。
決して人体には無害なものではなく、むしろ有害になるほど強力なものだ。
だが、男には関係ない。
なにしろ、一時的に泥そのものになっていたのだから。
「ドロップさんは案の定でしたね。流石は、かの“国絶やし”の妹御。街一つくらいなら余裕に絶やせますか……」
街の惨状を見て男は――リーンは冷や汗をかく。
その力は自身ではなく他のものにぶつけられていたから、リーンはまだ生きている。
これがもし、リーンへと全力で向けられていたら……。
「ははは。生存特化を謳う僕でも死んでいたかもしれませんね」
ピジョンスターの攻撃は運良く生き延びられたが、ドロップの攻撃であればどうなっていたか分からない。
むしろ、ピジョンスターと合わさった今の彼女であれば余裕でリーンを殺せるだろう。
「それを止めたのはフィリップさん……ふむ。これは……」
やってしまったなぁとリーンは少しばかり後悔する。
仲間であるトワコに協力するのであれば、敵勢力の1人であるフィリップの強化は避けるべき事項の一つであった。
だが、結果は街を終わらせたドロップを止めるだけの力を手に入れている。
泥になっていたリーンに状況の詳細は分からないが、聞いていたよりも強い力を手にしているようだ。
「……ひとまず帰還しましょう」
リーンは街から出るべく歩き出す。
死体を踏みつけ、蹴り、街を歩く。
その後ろには、5人の奴隷を引き連れていた。
■???
「あら?」
昏き地の底にて女は首を傾げていた。
その姿は見る者によっては心を奪われ、またある者にとっては畏敬の対象にしかならないものであった。
「そう……死んでしまったのですね」
女は感じ取っていた。
自身の血族のほとんどが死に絶えたことに。
生き残ったとしても次代は生まれないだろう。
その機能すら失われたようだから。
「残念ですね……。もう何百年前でしたか、彼らは非情に優秀な種でしたのに」
女は自身の唇を舌で舐める。
妖艶なその仕草に、しかしその場の誰も心を動かさない。
「優秀な頭脳に、私の容姿を加えればより良い種へと生まれ変わる……良質な餌となる計画が潰れてしまいましたね」
ねえ、と女は隣の黒い頭部を優しく撫でる。
撫でられた頭部に付いた触角が揺れ、顎からはギチチと音が鳴る。
「また、どこかの小国にでも取り入る、ですか…? もう何百年もしていないですけど、出来るでしょうか」
その女の容姿だけを見れば、十人中九人は頷くだろう。
国を傾ける程度容易い容姿の美女。
尤も、既に彼女はそのジョブを剥奪しているのだが。
「【傾国】も捨てて久しいですね。今代はどのようなお方が就いているのでしょうか」
女の名はルーチェ。
かつてはルーチェ・A・アルターという名の姫であった。
「貴方達もお腹が空きましたか? ……では、そろそろ参りましょうか」
女は立ち上がる。
それに従って、幾千もの黒い兵士たちが跪く。
「案内してくれますか? シュヴァーゲル」
ルーチェの隣の黒い頭部。
それが動き出す。
巨大な黒、その正体は蟻。
人を越すほどの大きさの蟻――シュヴァーゲルと呼ばれたモンスターは配下を伴い動き出す。
目指すは地上。
愛すべき者の願いを叶えるために。
愛すべき者と生きるために。
【神子】ルーチェの全てを叶えるために。
ひとまずこれにて幕間は終わりになります。
また本編書いていきますわー。
でもオーロラ様の奴も書いてみたいですわー。
1話だけ書いてみてそこから止まってる。