<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
現場からは以上です
■レジェンダリア とある部族が住む村の1つ
いくら村が一丸となっていようとも、その士気は明確な差は否応にも存在する。
男女の差があっただろう。男は狩りをするために少なからず森を歩いていたから。
年齢の差があっただろう。年老いた人間には経験が詰まっている。即ち、事象への対応が早くなる。
体格の差があっただろう。巨大な怪物であるパルペテノンの前で人間基準での体格差などあってないようなものかもしれないが、それでも徒党を組むという前提であればその差は集まるほどに歴然となる。
つまりは、幼き小柄な少女こそがこの村の中で最も士気が低く、覚悟も決まっていなかった。
怒りすらも村の者達に合わせていたようなものであり、彼女が戦いに臨む理由など、明日生きるため程度のものであったのだ。
故に、それこそが死因となる。
「バオォォォォォォォ」
「来な――」
開戦の合図などは無い。
あるとすれば、それは怪物の咆哮と犠牲者の悲鳴であった。
肉質の柔らかそうなものからとでも思ったのだろうか。
パルペテノンにその程度の知能があればだが……。
少女は悲鳴と共にパルペテノンの巨大な口へ呑み込まれていき、その上半身は永久に下半身と分かたれることとなった。
パルペテノンは2口目で残しておいた下半身を咀嚼し呑み込んでいく。
その図は村人たちの士気を下げるには十分であり、誰もが恐怖に呑まれていた。
「あ……あ……」
「や、やっぱり勝てるはずがねえ……」
武器を下ろし、後退りし始める者ばかり。
戦う気など起こるはずもなく、むしろ早く村を捨てて逃げ去りたい気持ちでいっぱいであった。
「――ッ! よくも……よくもぉぉぉぉ!!」
母は強しと、そう称えるべきであろうか。
誰もが臆する中、勇猛果敢に前へと出たのは先ほど命を落とした少女の母親であった。
恐怖はある。
死は怖く、生きたいという気持ちもあった。
だが、それ以上に自身の腹を痛めて産んだ、愛する我が子が目の前で食われたというその事実に怒っていた。
5人兄妹の末娘であった。
まだ幼く、兄たちの後を付いて歩く可愛い娘であった。
何もできなかった自身に、何の感情も無く平らげた怪物に。
怒り、近くの村人から鍬をひったくると、パルペテノンへと突撃し、
「このぉぉぉぉぉぉっ――」
「バオ」
「――ぉばっ」
愛する我が子の後を追うかのように、同様な結末を迎えた。
武器を手にしたまま、胸から上だけを食われて死んだ。
否、娘と少しだけ違う点があった。
それは執念の為せる業であったのだろうか。
母親の手に持っていた鍬はパルペテノンの皮膚を貫き、僅かながらもダメージを与えていたのだ。
残念ながら持ち主は絶命している。
だが、怪物にも血は流れており、その皮膚は少なくとも自身の持つ武器で貫くことが出来ると、村人たちの士気を取り戻させることが出来たのだ。
「や、やってやるぞ……」
「どうせここを追われたところで行く場所なんて無いんだ……!」
ガチャで手に入れた武器を持ち、パルペテノンを取り囲むように陣形を作り始める。
「俺達が囮をするぞ!」
「交代しながら引き付けよう」
食料を手に持った男たちが村中を走り回る。
パルペテノンは何よりも食欲を優先する。
敵がいても、己を傷付けても、そこに食料があるのなら、食べることが出来るのであればそちらを優先してしまう。
食料を囮にし、武器を手にした村人たちでパルペテノンを削り、勝利する。
それが村人たちの策であり、唯一の勝利の筋道であっただ。
実際、それで勝てていただろう。
それしか勝つ方法が無かったわけではないが、決して悪い策では無かったのだ。
少数、低レベルの者達で勝つにはどうしても餌を囮にしなければならないのだから。
故に、本来であれば勝てていたのだ。
……パルペテノンの食事の概念さえ誤解していなければの話であるが。
パルペテノンが動き出す。
四肢を動かしながら食料の下へと口を向ける。
「……え」
食料。
即ち、村人の1人へと巨大な咢を開くと、飲み込んだ。
「――ギャァァァァァァァァァァ……」
ゴクリ、と。
喉を鳴らすと同時に村人の絶叫は小さくなり、やがて聞こえなくなった。
「は、はは……」
「こいつ……俺達を敵と見てねえ……やっぱり怪物だ……」
ようやくだ。
これまで森の中で村人たちが食べられていたのは、不意に現れたパルペテノンが他の食料共々喰らっていたのだろうと思っていた。
だが、こうして正面から戦いを挑んだうえで、堂々と食料同然に扱われてしまっては、自覚せざるを得ない。
〈ティアン〉とUBM。
自身らは強大な怪物に挑みに来た挑戦者などでは決して無く。
怪物の前に置かれた皿の上の食事であると。
「……忘れるでない!」
そこで声を張り上げたのは村の中で二番目に年老いた男であった。
「少女の犠牲を、その母の勇敢さをお主らは見たであろう! 長老の特典武具をあやつにぶつける! そのために兎に角走るのだ!」
その言葉に村人たちは我に返る。
二度、三度と恐怖に駆られていた。
そのたびに目が覚めたと思っていたが、それはただ恐怖を押し殺していただけに過ぎない。
だが、今度こそ。
恐怖を頭に留めたまま、しかし怪物を打倒する勇気が沸いた。
「見てみろ! 何か様子が変だぞ!」
「足だ! 引きずっている!」
「怪我をしているんだ! 攻めろ! 満足に動けないに違いない!」
冷静になってみれば、怪物がそう大したものでないことに彼らは気づく。
UBMとはいえ、その等級は逸話級。
ピンキリはあれど、パルペテノンは逸話級にしてもそう強いほうではない。
タフネスであるが、その強さは逸話級の中でも下級だ。
村一丸となれば倒せるくらいだろう。
ましてや、既に致命傷に近い傷を負っていれば。
「腹から足にかけて溶けかけているぞ!」
「毒は効かなかったんじゃないのか……?」
「押せ! 男たちで取り押さえれば動きづらくなるに違いない!」
ドーピング系アイテムでステータスを強化した者達がパルペテノンの体躯を抑えつける。
その隙に、切断力に長けた斧を手にした【樵】の男がパルペテノンの右前足の五指を切断していく。
「バモォォォォォ!?」
パルペテノンの悲鳴に村人たちは恐怖を忘れ笑う。
飛び散る血を浴びながら、抑える力は弱まるどころか強くなっていく。
「確実に弱ってきているぞ! 女達も来い! 全員で抑えて、そして爺さんの特典武具を確実に当てるぞ!」
四肢全ての指を切り落とせば流石のパルペテノンも血が足りなくなってきたのかふらふらし始める。
暴れる力も弱くなっていき、村人たちはそれを好機と捉えた。
犠牲者も数名だ。
最初の母娘と、その後の男の3名のみ。
あとは、パルペテノンを抑える際に吹き飛ばされて怪我を負った数名だ。
「任せてください!」
栄養失調をもたらす特典武具である【飢蛾筒 ウェロスト】を手に年老いた男はパルペテノンへと近づいていく。
そして、その喉元へとウェロストを突き刺した。
「や、やった! やりましたぞ!」
老人の力でも抵抗なく突き刺さったウェロストは、白い液体を吐き出していく。
それはパルペテノンの栄養だ。
ウェロストを通じてパルペテノンの体内から排出されていく栄養は地面へと落ちると、そこに草木を生やさせる。
瞬時に草木を成長させる程の栄養価をパルペテノンから奪い取っている証拠だろう。
「勝った! 怪物はすぐに枯れ果てるだろう!」
「俺達の勝利だ!」
もはやパルペテノンは動く力すら失っているようだ。
生きてはいる。
だが、村人の誰が抑えるでもなく倒れ込み、動こうとはしない。
「散々俺達を苦しめやがって!」
「俺達に詫びて悔いながら死ね!」
動けないパルペテノンの体を村人たちは蹴りながら罵倒する。
「おい。流石にあまり刺激するのは……」
「うるせえ! ここで少しでもダメージを与えておけば俺が特典武具を手に入れられるかもしれないだろ!」
「あ、狡いぞ! だったら俺も――」
だが、彼らはパルペテノンをこれ以上蹴ることは出来なかった。
そして、罵倒することも。
何故なら、村人全員が
「あ、れ……?」
「何だか体が傾いているような……」
視界が傾く。
溶けかけたパルペテノンの体。
まるで毒に溶かされているかのような肉体。
それに村人全員が触れていた。
何の対策も無く、血しぶきを浴びていた。
「い、嫌だ……せめて戦いの中で――」
「死にたく――」
「お母さ――」
パルペテノンと同様に。
体を溶かしながら村人たちは死んでいく。
「……」
下半身が溶けていた男――村で最も健康な男が死んだのをパルペテノンは薄目で確認する。
だが、食べることは出来ない。
既にその力は失っている。
喉に突き刺さっていたウェロストは抜け、どこかへと消えている。
持ち主が死んだために回収されたのだろう。
パルペテノンが最後まで生き延びていたのはただHPが多かっただけであろう。
そして、途中途中で食事をすることで回復をしていたから。
「バ……オ……」
それでも怪物すら抗えない毒は存在する。
毒に侵されながら、毒に体を置換されながら、パルペテノンは絶命した。
大量の食料と大量の武器。
それらは村に残っている。
だが、それを食べる者も、扱う者もいない。
村人は全滅。
怪物も死亡。
希望は叶った。
願いは成就した。
だが、一時の幸福はあれど、永劫の絶望に村人は陥る。
敗者は数多く。
勝者は只一人だけだ。
【<UBM>【侮蔑腹 パルペテノン】が討伐されました】
【MVPを選出します】
【【クリアント】がMVPに選出されました】
【【クリアント】にMVP特典【愚弄腹帯 パルペテノン】を贈与します】
■【深潜水士】クリアント
「……今、アナウンス聞こえなかったか」
「聞こえましたねー。バッチリと。おめでとうございます!」
パルペテノンが暴威を振るっていた森の中。
森を抜け出るため歩くクリアントに特典武具贈与のアナウンスが響いていた。
「あ、やっと見つけたよ! 大変だったね、まさか食べられちゃうだなんて」
「ふふ。私達が最初に貴方を食べたこと、忘れないでよね?」
空からクャントルスカとモーが降りてくる。
「どうやらパルペテノンとやらは倒せたようだ。これで依頼は達成だな」
「やったぁ! 村人さんはこれで平穏にこの森で暮らせそうだね!」
村で最も健康な男がパルペテノン討伐を依頼した〈マスター〉。
それはクリアントとクャントルスカであった。
複数の特典武具所持者ということで実績もある彼らはすぐに信用され、難易度三のクエストが発生した。
パルペテノンというUBMを倒すのに、余りにも低い難易度。
不思議に思ったクリアント達であったが、パルペテノンという怪物を見て……否、食べられてすぐに理解した。
邂逅と同時にクリアントはパルペテノンに食われた。
そして、パルペテノンはそのまま森のどこかへと走り去ってしまったのだ。
重要なのはクリアントに触れたこと。
それだけでマッドラップスの毒に感染する。
いくら回復出来ようとも、肉体は徐々に毒性の物質へと置換されていくのだ。
クリアントにとって予想外であったのはクリアントが即死しなかったことだ。
丸のみにされたのだが、下手に噛み砕かれなかったため、少しばかりパルペテノンの体内で生きてしまった。
そのため、新たな肉体創造が遅れる。
ようやく死に、安全地帯――パルペテノンの体外で肉体を再創造しても、地の利に詳しくない森の中。
おまけにクャントルスカとはぐれてしまい、徒歩で探すしかなくなってしまったのだ。
「残念ながら出涸らしもクレハドールも使えなかったけど……これは幸先が良いと言えるのかな」
「案外、凡蔵さんの幸福スキルの効果がまだあったのかもしれませんねぇ」
「死んでいるのにか?」
死んだことが幸福ではない。
そう言ったのではなく、死んだことで幸福のバフスキルは剥がれてしまったのではないかと、クリアントは問うていた。
「笑う門にも福来るでしたっけ? ようは気持ちですよ」
ワンプはクリアントの顔を見てニッコリと笑みを浮かべる。
幸せを幸せと感じるかどうか。
それは個人次第だ。
笑って、幸せだと思えば誰もが幸せなのである。
「それもそうだな」
クリアントはワンプの笑顔につられて笑い、
「楽しいね!」
「ええ、本当に」
クャントルスカとモーも笑い始めた。
その森は死に満ちた森。
あらゆる生物をパルペテノンが食い散らかし、遂には〈ティアン〉全てが食べられ、毒に侵され絶命した森だ。
死が支配する森の中を、数人の男女は笑いながら歩くのであった。
というわけでまたヒロインを一人追加します。
たくさん食べる君が好き。餓死が不安だから腹が破裂するまで食べさせようとしてくる系ヒロインのパルペテノンちゃんです。