<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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13話 背後に戻る

■【潜水士】フィリップ・ノッツ

 

 およそフィリップ・ノッツがクリアントに語った言葉に嘘偽りはない。

 ジョブのアドバイスも、エンブリオの名前も能力も由来も、旅の目的も。

 彼女は本心から出た言葉を述べていた。

 そう、出た言葉だけは本心であったのだ。

 

 それを偽りと呼ぶかどうかは受け取る側次第だろう。

 彼女はあえて言わなかった。

 クリアントとの邂逅は喜ばしいものだ。

 本人の性格も、エンブリオ含めて好ましい反応が多い。

 だが、それはクリアントが九死に一生の出会いをし、フィリップに助けられたと思っているからであろう。

 意図的にフィリップがクリアントとの邂逅を操作していたとしたら。

 クリアントの存在を知っていてフィリップが海上までノーチラスを浮上させていたとしたら。

 果たして警戒心をここまで解いていただろうか。

 

 それが分かるまではフィリップは隠し続ける。

 己の目的のために通過しなければならない壁も。

 己がまだ明かしていない力も。

 

「……そろそろか」

 

 ノーチラスに取り付けられたレンズを覗き込む。

 すでに光の届いていない深度であるが【潜水士】としての視覚バフがあるため地上の昼間と同じ程度には見える。

 

「……逃げない、と。まずは合格」

 

 その表情は、先ほどクリアントと会話していた時のような陽気さは無く、至って冷淡なもので、クリアントの行動を逐一採点するかのように合否を出していた。

 大事なことであった。

 ここで逃げだすような臆病者、あるいは何か策があって逃げようとしていたのだとしても、それはフィリップにとって好ましくない行動だ。 

 彼のエンブリオは聞けば聞くほど死ぬためにある。

 ならば死を恐れてはならない。

 むしろ、死に続けた方が良いとまで思える。

 

「……そう、あのロストジョブに適性があるまでに君のエンブリオは特異的だ」

 

 それもフィリップの目的が無事達成されたら教えてあげようと、心に留めておく。

 別にフィリップはクリアントを利用するだけ利用して捨てるような悪人ではない。

 ただ、信じ切れずに損得勘定だけで判断してしまう間柄から抜け出せていないだけだ。

 この冒険が終われば……きっと仲間と呼べるような間柄になれるとフィリップは信じている。

 

「……【ゼリーフィッシュ】か。さて、相性としてはそこまで良さそうでは無いけれど……ふむ。2撃で死ぬか。そもそもレベルが足りていない、と」

 

 これまで亜竜級モンスターを2体倒しているとはいえ、それ以外の戦勝歴がなく、しかも下級職から抜け出せていない。

 そもそもでステータスの低い【呪術師】であり、慣れない海中。

 上手く回避も出来ないままでは海中を領域とするモンスターの前ではあっけなく藻屑と化してしまうだろう。

 

「……まあ死ぬことは予測済みだ。むしろ死んでからどう出るか。先ほどまでの情報をもとにどう戦う、か……? おやおや」

 

 レンズの先で、新たに肉体が創造されたクリアントが、復活したその場でもがき苦しみ始めた。

 モンスターから攻撃を受けた様子は無い。

 クリアントの言うには、デバフや状態異常も復活後は引き継がれないらしいので、クラゲ型モンスターである【ゼリーフィッシュ】の麻痺毒も今は無いはずだ。

 そうこうする間にクリアントのHPがゼロになったようだ。

 死亡時のエフェクトが光り、死体はその場に残り、そして新たな肉体が再構築される。

 が、またも苦しみ始める。

 

「……ん?」

 

 ああ、そうかと思い出す。

 結局、どう転んでもクリアントは人間の範疇であり、【潜水士】では無いことを。

 さて、どうしようかと悩みながらも回収に向かう。

 このままでは規定回数を超えて無駄に死んでしまい、次に会うのが数日後となるだろうから。

 

「……やれやれ。どうしたものか」

「ん? どうしたものかってのは……ああ、すまないな。情けないところをみられた」

「……っ!?」

 

 そう、背後から声をかけられて回収に向かおうと扉を開けようとしていたフィリップの動きは止まる。

 

「……クリアント」

「どうした、そんな固い表情をして。まるで幽霊にでもあったような顔じゃないか」

 

 レンズの先にはクリアントの死体があり、海上へと浮き上がろうとしていた。

 だが、生きている――動いているクリアントの姿はない。

 どこにいるか? 

 ここにいる。

 潜水艦の中にいる。

 いつの間にか、戻ってきていたのだ。

 

「スワンプマンは確か家に帰っていつも通りの生活を送り始めるんだったかな」

「ああ、そうだ。だから俺は帰って来たぞ。ここに。このノーチラス号に」

「……なるほど」

 

 無謀に死にに向かったわけでは無かったということだ。

 帰る手段があるのならば偵察に使える。

 問題は……それを彼が同意するかどうかだが。

 

「いや先輩……なんでそんなに死んだと思っていた敵が実は生きていたみたいな演出してるんです。普通にワンプちゃんの力を使ってフィリップさんの艦に戻ってきただけじゃないですか」

「え? いや、だからそうだろ。敵対してないし」

「……はは」

 

 そうだ。

 いきなり背後に現れたからといって、別に背後から奇襲を仕掛けようとしていたわけではない。

 彼の再出現位置が偶然にもフィリップの背後だっただけだ。

 利用している、という心苦しさや罪悪感がクリアントを仲間候補から敵におろしてしまっただけ。

 クリアントは何も悪くない。

 悪いのは……自身だ。

 フィリップが未だ信用しきれずに、全てを話していないのが悪い。

 

「まずは聞かせてもらおうかな。君たちの冒険を!」

 

 口調と表情を改めてフィリップは問う。

 そう、これだけは本心だ。

 冒険譚を聞くことは彼女にとっての楽しみ。

 これだけは本心から笑みを浮かべることが出来る。

 

 

 

 

■【呪術師】クリアント

 

「やっと2人になれましたね、先輩」

「ああ、そうだな」

「おっと、これはワンプちゃんへの好感度が爆上がり? いやほら私、順序とか気にするタイプなので……いきなりちゅーは駄目ですよ?」

「……」

「黙らないでくださいよー。それでなんです? フィリップさんのことですよね」

 

 ふざけはじめたので黙るとすぐにワンプは焦ったように会話を改める。

 ここは海中。

 どこで死ぬかは地上以上に分からない。

 人間のテリトリーでは無いのだ。

 環境も生物も全てがクリアントという人間を否定してくる場所。

 その中で悠長に会話している時間は残念ながら無い。

 

「まず1つ。フィリップは何かしらの索敵能力を持っている。それが【潜水士】のものかエンブリオのものか、あるいは他の何かまでは分からないがな」

「ふむふむ。まあ何かを隠している様子はありましたね。だって、明らかにおかしいじゃないですか。空中から落下してくる先輩のすぐ近くに浮上するなんて、そんな偶然あるわけないですよ。海がどれだけ広いかって話です」

 

 しかしフィリップはあえてなのか、忘れていたからなのか、クリアントにそれを話すことは無かった。

 ただの人間を索敵する能力や、あるいは望遠鏡のような遠くまで見渡せるようなものであれば言えばいい。

 言えなかったのならば、言えないだけの理由があるということだ。

 

「2つ。具体的な目的が分からない。ただ冒険をしているのは良いだろう。だが、始めたばかりの俺と違って、フィリップは第六形態まで辿り着いたヘビーユーザーだ。それなりの情報を持っていると思っていいだろう。ならば、冒険に相応しい目的地が設定されているはず」

「だけどそれは何も言ってませんでしたね」

 

 ただ海中を揺らいでいるわけがない。

 それはただの浮浪者だ。

 冒険を、未知を求めているというのなら、どこかへと向かっているはず。

 

「3つ。あれだけ弱い弱い言っていた俺を単身海の中に放り出すか? 普通は止めるだろう。もしくはアイテムを最低限にまで減らさせる。どころか、アイツは――」

「逆に持たせましたね。それもかなり高額なアイテムまで」

「むしろいらないんだ、俺にその手のアイテムは。能力を理解していないのか、それとも何か考えがあるのか……まあ後者だろう」

「先輩の戦い方を見たいと言っていましたからね。長期戦闘できるように持たせてくれたのでしょうか」

「まあ……それもあるだろうな」

 

 後は……利用している駄賃代わりか。

 だが、何を利用しているのか分からない。

 これからなのかもしれない。

 今はまだ透けて見えないその考えも、いずれは見えてくるのだろうか。

 

「ともあれ、完全に信用はしきれない。それは向こうも同じだろうけどな」

「でも先輩。全部の手を明かしてますよね」

「……まあな」

 

 それは完全にクリアントのミスだった。

 というか、エンブリオや特典武具の力をそこまで重くは考えていなかった。

 話す場があったから話してしまったといった感じだ。

 

「ひとまず目の前のお客さんの相手だ」

 

 巨大なクラゲ型モンスターが接近してきた。

 10本近くある触腕には電流らしき光が迸っている。

 

「触ると痺れそうだな……」

「クラゲですからね。毒もありそうです」

「毒か……」

 

 それならすでにマッドラップスという強敵と戦っているが……別に毒への耐性を得たわけではない。

 

「マッドラップスを装着するのは後だな。まずは生身でどこまでやれるか試そう」

「えー? 付けないと死んじゃいますよ」

「付けても死ぬんだよ! っと」

 

 自賛していた通り、クリアントの泳ぎは上手い方だ。

 海中であっても、そこらの【水泳士】や【潜水士】並みには動けている。

 だが、それは専門職のパッシブ的なアシストまでの動きであって、彼らはバフスキルも込みで海中で動く。

 フィリップのバフスキル込みでアシスト程度までの動きしか出来ないクリアントはすぐに触腕に捉えられる。

 

「10本は無理じゃないか?」

「言っている場合ですかー!?」

 

 やがてクリアントはHPがゼロになる。

 

「だが、ここからだ」

 

 新たな肉体が創造される。

 死んだ肉体は浮上していくのが見える。

 地上ではその場に留まり活用出来たが、海中ではそれも出来ないようだ。

 だが、装備品すらも新しい肉体で再現されるスワンプマンの能力はフィリップに新しく貰ったマスクすらも適用される。

 呼吸は復活直後から問題は無い。

 問題は……水圧だ。

 

「――ぐっ!?」

「先輩!?」

 

 全身が潰れそうだ。

 いや、潰れている。

 状態異常を確認しても、何も無い。

 痺れや毒の類では無い。

 それはスワンプマンの能力で持ち越さないようになっている。

 

「持ち越さない……そうか。そういえばそうだった」

「あ……バフスキル……」

 

 スワンプマンによる肉体再創造はバフデバフともに持ち越さない。持ち越せない。

 フィリップにかけてもらった水圧耐性が死んでしまいリセットされていた。

 

「やばいやばいやばいやばいやばい……」

「どうします? このままじゃ……」

 

 そうこうするうちに、HPがゼロへと近づいていく。

 やがて骨折や内臓破裂といった状態異常が増え、ダメージが加算される。

 

「あ……」

 

 HPが一桁になった。

 死んでやり直し。

 だが、たとえこの場で復活したところで状況は何も変わらない。

 敵はこの海全てだ。

 居るだけでダメージを与えてくる。

 

 安全地帯など……ノーチラス号を除いて存在しない。

 だから、死んで、新たな肉体創造の場所を変える。

 今いる地点ではなく、ノーチラス号へと。

 帰還するために死ぬ。

 

「……〈異身伝心 儀ノ一〉」

 

 最後にそれだけ設定し直して、彼の命――HPはゼロとなりその場には死体だけが残った。

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