<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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138話 ダウト 1

■宗教村ダウト

 

 かつてより、ダウトという村は信仰心深い者が住む村であった。

 それこそ、人生を捧げるような篤き信者が他所から集まり、一つの集落を形成したような村である。

 

 時にUBMを。

 時に非凡な才能を持つ人間を。

 時に自然現象を。

 時に何の力もない大岩を。

 時に、時に、時に、時に……。

 

 信仰心は変わらない。

 彼らは一時も疑うことなく信仰を続ける。

 

 だが、彼らの信仰対象は移り変わる。

 世代が変わる度に。

 時代が変わる度に。

 村の長が変わる度に。

 

 まるで流行が変わるかのように、いつの間にか信仰される対象は変わっていく。

 昨日まで雲にまで届きうる高山を崇めていたかと思えば、今日になれば村の片隅に作られた小さな虫型モンスターの巣穴を奉る。

 誰が号令を出したわけではない。

 言い出したのが誰かいつも決まっているわけではない。

 

 本当に流行り廃りなのだ。

 まるで一時のブームが過ぎ去ったとばかりに、昨日まで人生を捧げるように信じていた対象をあっさりと捨て去る。

 

 誰もそれを異常であるとは思わない。

 信じることは良いことだ。

 何せ、そのために頑張ることが出来る。

 生きることが出来る。

 村の発展にも繋がる。

 

 今日も彼らは信じ続ける。

 神を信じる自分こそが正しいのだと胸を張りながら。

 

 

 

 

 ソレは村の中央に置かれていた。

 誰が置いたのか、それは誰も知らない。

 何時から置いてあったのか、それも誰も知らない。

 昨日まであっただろうか。あったかもしれない。

 一月前は? 無かったはずだ。

 今朝は見た。見たような、見ていないような。

 今もあるのか。多分あるかもしれない。

 

 分からない。

 

 何時から、誰が、何のために。

 

 だが、確実なことがある。

 

 今も尚、ソレは村の中央に座している。

 

 常人を寄せ付けない圧を放つ祠はまるで大昔から村にあったとばかりに、当たり前のように座していた。

 

「きっと、この祠にいらっしゃるのが我らの神だ!」

 

 誰かがそう言った。

 村中に響き渡る声で。

 広く深く浸透するかのように、その声は村中を蝕んだ。

 

「……そうか!」

「ようし! このお方に捧げる供物を今から取ってくるぞ!」

「なんだこの石は! 邪魔くさいな!」

 

 瞬く間に次の信仰対象へと移り変わる。

 彼らは手にしていた小石を捨て、祠の前で両手を組み祈る。

 

「どうか我らを導いてください!」

「次の冬を越せるだけの食料を!」

「雨を!」

「モンスター被害の減少を!」

 

 彼らは祠の中に何があるか考えない。

 何であろうと問題は無いのだ。

 何を信仰するかではない。

 信仰しているか否か。

 それが彼らにとっては大切なのだ。

 

「我ら村の一同。貴方様にこの信仰心を捧げます!」

「我らは全て貴方様の物です」

「だから、我らに貴方のご加護を!」

 

 村の想いは一つになる。

 伝染していった祠への信仰心は遂には村の子供らにも伝わり、村総出で祈り始めた。

 

「俺は神様の為に野兎を狩って来たぞ」

「私は万病に効く薬草を採って来たわ!」

「俺は毎日朝晩と神への祈りを忘れずにしているぞ」

「若いのぉ。儂など先日生まれたばかりの孫を将来神へ嫁がせるために育て始めたわ」

 

 元来、豊かな村では無かった。

 だが、彼らは信仰心がある故に生き延びていた。

 

 今が辛くても、神を信じている自分が報われないはずがない。

 今が苦しくても、神を信じていればきっと楽になるだろう。

 

 そのために努力を怠らない。

 そのために全てを犠牲にしてもかまわない。

 

 だって、いつの日か神がその全てを補う程に神が恩恵を与えてくれるのだから。

 

 

 

 

 珍しく、その祠への信仰は続いていた。

 短くて当日、長くて一年ほどしか続かないはずの信仰心は、しかし二年、三年と経っても冷めることは……覚めることは無かった。

 

 中に何が収められているのかは変わらず知らない。

 どのような目的でソレがそこにあるのかも知らない。

 

 知らないままに、5年の月日が流れる。

 

「母ちゃん! これはどこに置いたらいい?」

「神様の横に神棚があるでしょ。そこに捧げておいて」

 

 祠は生活の一部となり、やがてその周囲には、より信仰をしやすくするために改築が行われていた。

 祠は触れない。

 神聖なものだ。

 勝手に神に触れることはしない。

 

「おい、見ろよ。随分と貧相な供物だ」

「よせよ。父親がいないから碌な捧げものも用意出来ねえんだ」

「これじゃあ、神様も見捨てるに違いねえ」

 

 村総出の信仰。

 1人1人が祠という神を信仰し、そして各々が供物を捧げる。

 家族単位であったり、個人であったり。

 

 故に比較される。

 隣の家が、向こう数軒が、地区が、親兄弟間ですら。

 自身の捧げる供物がどれだけ秀逸であるか。

 自身がどれだけ神を想っているか。

 

 他者を貶めることで自身を増長させる。

 

「……今夜やるぞ」

「……ああ。毒草から作り出したこいつで」

 

 言動はやがて行動に移される。

 信者だけでない。

 供物すらも貶める。

 

 そうすることで自身の供物はより天上に届く。

 神にとって自身が最も貢献している存在と成れる。

 

「お前ら、絶対に今夜は寝るなよ!」

「ああ。あいつら、絶対俺達の供物を盗む気だ!」

「俺達のが一番新鮮で大物だからな。気に食わねえあの親父たちは絶対に盗むに違いねえ」

 

 彼らは疑う。

 同じ神を崇めるはずの村人を。

 彼らは信じる。

 神を崇める自身こそが最も神を信仰しているのだと。

 

 殺し合うことまではしない。

 暴力沙汰にはならない。

 

 疑心暗鬼になりながらも、事件らしい事件は起こらないまま、日々が過ぎていく。

 

 不思議なことに、供物は捧げてから一晩経つと消えている。

 

 回収しているのだろう。

 そう村人たちは思っていた。

 いや、そうに違いないと確信していた。

 

 誰も見張ることは無い。

 神を疑うことは、自身の信仰心を疑うこと。

 それは自身の人生を否定することに等しい。

 

「今日もオイラの供物が消えていた。きっと神も満足されているに違いない」

「オラの供物が一番先に神の下へ送られたんだ」

 

 供物は平等に消失する。

 そこに差異は無い。

 ならば、誰が最も早く消失しているかで村人は争う。

 ……誰もそれを確認する術を持たないまま。

 

 

 

 

 ある時、村の外から旅人が訪れた。

 信仰心の篤い男は、兼ねてより神を崇める信者集うその村に興味を抱いていた。

 その対象が自身とは違うということは承知していた。

 だが、自身と村人。

 どちらの信仰心が篤いか、また何を信仰しているのか男は知りたかった。

 

「私は【教会騎士】にも就いていた身です。この身を神に捧げて15年。貴方方の信仰は如何ほどか」

 

 実力も信仰心も誰にも負けない自負があった。

 本来は他者と競うものではない。

 信仰とは、ただ神を崇めるもの。

 他者と競い、神以外の存在を間に挟んでしまえば、それは信仰では無くなる。

 

 だが、村人も、旅人も顕示欲に満ちていた。

 信仰心は本物故に、誰よりも本物で在りたいと思っていた。

 

「これは随分と頼もしい……是非ともこの村でその力を示して頂きたい」

 

 村人は男を歓迎した。

 戦力として、同じ対象を信仰する信者として。

 

 他所から来たからであろう。

 男は疑っていた。

 村人の信仰心を……ではない。

 彼らの振る舞いを見れば、それは本物であることはとうに理解出来た。

 

 猜疑心を抱いたのは彼らの信仰対象だ。

 

 祠とは何なのか。

 何故祠なのか。

 何をしたのか。

 何をしたいのか。

 何をしているのか

 何をしてくれるのか。

 

 そこにただ鎮座しているだけ。

 路傍の石と何ら変わりない。

 

 ただ、誰かが目的あってそこに作ったのだろうと。

 それくらいしか分からない。

 

 故にかつて旅人であった男は夜半に祠を見張っていた。

 祀られた祠。

 そこに置かれた数々の供物。

 

 誰が管理をしているのか。

 誰が神だと言うのか。

 

 男はそれを見抜くために、知るために、夜を通して見張るつもりであった。

 

 そして……。

 

 朝方になった時。

 

 男は村から消えていた。

 

 村人の誰も男が消えたことを気に留めない。

 旅人であり、【教会騎士】であった男が一夜にして消えたことを。

 村の誰も話題にすら触れなかったのだ。

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