<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■【魔法☆少女】クャントルスカ
「……帰ってくれ」
か細く、クャントルスカが家の扉を叩き続けていたら聞き逃していただろう。
扉の向こうから男の声が聞こえてきた。
家からは1人分の物音しかしない。
この声がクレイルという男のものであろう。
「……頭のおかしい連中とはこれ以上話すことは無い。……何か作って欲しいのなら紙にでも書いて玄関前に置いておいてくれ」
「作って欲しいものは今は無いよ。それよりも、家に入れて欲しいな」
「……ここを開けるつもりは無い。……イカれた連中と顔を合わせれば俺まで頭がどうにかなっちまう」
「あら。頭のおかしいって、この村の人達のことかしら?」
「……」
モーの質問に男は黙る。
沈黙は然程長く続かず、
「帰ってくれ!」
怒気を孕んだ声で叫び、それ以降はいくら声をかけても無視をされ続けるのだった。
「何で怒っていたんだろうねー」
「怯えていたようにも聞こえたわ」
「村の人の中に怖い人がいるのかな」
「村人全員かもしれないわ。自分を守るために奇行じみた言動をしているのかもしれないわね」
クレイルに追い返されてしまったため、話を聞くことは叶わなかった。
だが、それでも多少はクレイルという人間を知ることが出来ていた。
会話が出来た。
何かを怖がっていた。
頭のおかしい人間が村のどこかにいる。
確固たる意志を持って彼は行動し、自宅にて籠もっている。
「どうやったらクレイルさんを家から出せるかな」
「村の人たちにも協力してもらったらどうかしら」
「村の愛を一つにまとめるんだね!」
「クレイルへの手紙を集めてみるのもいいかもしれないわ」
当人達にとっては至って真面目な、しかし第三者から見れば的外れな案を出しながらクャントルスカは夕食の誘いをしてくれた村人の自宅へと向かう。
「明日はどうしましょう? 依頼を達成するならお掃除を続けるべきだけど」
「この村も気になってきているよね。調査をするなら……クリアント君達と協力しようかな」
「そうね。彼なら多少の危険はものともしないでしょうし」
「案外、今頃死んでいたり」
ここ数日で新たな武器防具を手に入れたが、それら全てがクリアントを直接的に守るものは少ない。
むしろ害したうえで攻撃性能を高めているものばかりだ。
故に彼は死にやすい。
死にやすく、殺しやすくなった。
「この村で? みんないい人ばかりだったのに」
「ええ、そうよ。平和かは分からないけれど、一見は善人のよう。でもね、クャントルスカ。一見と内面は違うのよ。関わったことで人はいくらでも変わっていくの」
「知れば知るほど好きになるってことだね」
「そうよ。新たな一面はいくつも見えてくるわ」
嫉妬も焦燥も劣等感も絶望も恨みも怒りも殺意も。
知ったからこそ浮かんでくる感情はいくらでもある。
愛情が殺害動機になるのだ。
ならば、悪感情が殺意に直結しないわけがない。
それを知ってか知らずか……否、踏まえた上でかは分からないが、
「それよりもアレは気にならないのかしら?」
「アレ?」
「ええ。村人たちの感情を一手に引き受ける存在。村の中央にある祠のことよ」
この村の最たる特徴。
村を知りたいのであればまず探るべきものだろう。
だが、それは探る事こそが禁忌。
きっと、村の誰もが許してはくれないはず。
「あの祠がこの村に突如現れたと、村の人達は言っていたわね」
「確か……それより前は別の対象を信仰していたんだっけ」
「この際、村人たちの信仰理由は置いておきましょうか。ええ、それは考えなくてもいいものだから」
「なら、考えることは……」
「祠の方よ。誰が作ったか、何のために作ったか、そして何が収められているのか」
「何が……」
「祠は入れ物よ。まさかただの空洞になっているわけでは無いでしょう。彼らの言う神が、もしかしたらその中にあるのかもしれないわ」
神を自称する何者かがいるのか。
それとも神と勝手に祀り上げただけの意味の無い物体が鎮座しているだけなのか。
「それならダニアリーさんに聞けば良かったんじゃないの?」
「それは貴方も気づいていたでしょう。彼はきっと答えない。私達に応えてはくれないわ。だって、気持ちが別の方へと向いているのだもの」
村人もダニアリーも祠のことは教えてくれない。
唯一、クレイルという男ならばと思ったが、こちらも門前払い。
諦めて、このまま清掃を終わらせ依頼達成後に村を去るのが良いだろう。
誰も村自体の調査を望んでいない。
それが誰も傷つかない。
誰も余計な危惧をしない。
最良の選択肢だ。
「でも、気になる相手がいれば知りたくなるよね。好きな人の全てを知りたい。だから恋する女の子は無敵になれるんだよね!」
声をかけてくれた。
応援してくれた。
夕食に招待してくれた。
好きになるには十分だ。
彼女らにはむしろ過多なくらいであろう。
クャントルスカはモーに同意を求める。
元より彼女らは一心同体。
それに賛同してくれるだろうと思って尋ねたのだ。
「あら。それはどうかしら。いくら好きになっても知ってはいけないことがある。相手のプライバシーに配慮できない女の子なんて、人を好きになる権利も無いと思うのだけれど」
「……え?」
モーはクャントルスカの言葉を否定する。
「分からないのかしら? 相手を好きになったのなら、相手のことを考えたいのなら、相手の為を思わなくてはいけないのよ。好きに……なったからといって傷付けて良い……全てを知っていい権利なんて無いのよ」
「……」
まるで自身の存在すら否定する言葉。
実際にモーは言葉の途中から苦しそうにしている。
「そう……モーちゃん……」
何が起こっているのか。
クャントルスカは自身のステータスを見て把握する。
そして――
「モーちゃん。そろそろ戻ろっか」
「……そう、ね」
モーを背負いながらクャントルスカは村を歩く。
彼女の顔色は悪い。
今も、何とか会話が続けているが、いつまでモーが意識を保てていられるか分からない。
「……悪いわね」
「大丈夫だよ。何も心配しないで。モーちゃんは少し疲れているだけだから」
実際に、今のモーにはHPの減少もステータス異常も起こっていない。
彼女は全治状態である。
精神的に少しだけ疲れているだけだ。
「……だけど私は不思議なのよ。クャントルスカ。何故貴方は祠の中を見なかったのかしら」
「……モーちゃん?」
まるでうわごとのようにモーは呟く。
モーの指摘にクャントルスカは戸惑った。
祠に供物を捧げた時。
彼女は祠の外を一瞥しただけだ。
それ以上は何もしなかった。
「……出来るでしょう? だって私にも出来たのだから。私は、私達はモー・ショボーなのだから」
モー・ショボーには《中間透出》というスキルが備わっている。
物体の中を見る。
それだけのスキルだ。
だが、祠の中を見るならばそれで十分。
クャントルスカには出来たこと。
だが、何故やらなかったのか。
「あれ……何でだろ」
「……不思議よね。私もその時は思いつかなかったのよ。まるで祠の中を知ってはいけないと、そう思わせられたようになった」
鍵は祠の中身。
最初から分かっていたことだ。
だが、分かっていて実行できなかった。
「……まるで思考に蓋がされていたみたいね。今なら分かるわ。何をすればいいか。何をし忘れていたか」
「……うん。そうだね」
「少し……疲れたわね。休んでいてもいいかしら」
「良いよ。ゆっくり寝ていてね」
モーはクャントルスカの手の紋章の中へと戻っていく。
自身の否定。
それを行ってしまったが故に彼女は大きく疲弊していた。
「とりあえず……クリアント君と合流かな。……モーちゃん。起きた時は全部解決しておくからね」
紋章を軽く撫で、クャントルスカは歩き出す。
その視線の先は村の中央を捉えていた。