<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する   作:そらからり

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143話 ダウト 6

■【深潜水士】クリアント

 

 平凡。

 非凡という程、才能に優れているわけでもなく。

 能無しという程、何も出来ないわけでもなく。

 まさに平々凡々こそがクリアントに似合う言葉であった。

 

 無論、彼には死生観が欠けている。

 自身の命は他人の命ほどに無関心であり、それでいて興味もある。

 いい意味で自身の命を他人のと同じものと考えている。

 それこそがクリアントにとっての最たる特徴であり、しかしながら才と呼ぶほどではない。

 言ってしまえば特質さと呼ぶ程度のものだ。

 

 だが、それ以外に彼に特別出来ることは無い。

 戦闘技能に秀でることも無く。

 生活スキルに長じたものも無く。

 センスも才能も、およそ能力と呼べるもので彼が他者と比べて突出しているものはない。

 幸いなことに、劣るものも少ないのだが、それはそれで平凡という括りから出られない一因でもあろう。

 

 ともあれ、彼は普通なのだ。

 死生観が絡まない場面において彼が特別出来ることは無い。

 

 それは、彼が今行っている掃除についても同様の事柄である。

 

「進みませんねぇ」

 

 まるで愚痴るかのようにワンプは呟く。

 それを受け止めるのが隣で箒を用いて地面を掃くクリアントだけであることを知っているため、彼女は続ける。

 

「というか、どれだけやっても報酬が変わらないのなら、やらなくてもいいんじゃないですか?」

 

 今回の依頼は歩合性でも成功報酬でも無い。

 翌日の昼まで働いたことで得られるというものだ。

 

 働いたという実績。

 それだけで依頼が達成されているか否かを判断される。

 

「流石にやらないわけにはいかないだろ。終わっているならまだしも、俺達の掃除は遅々として進んでないんだから」

「言ってみただけですよー。《真偽判定》とかで掃除していないって分かっちゃいますもんね」

 

 依頼を達成して遊ぶならまだしも、終わっていないにも関わらず村内をただ散策していれば、流石に依頼も失敗扱いになってしまうだろう。

 ワンプも最初からそれを承知していたため、最初の呟きは本当にただの愚痴であったことが伺える。

 

「絶対に終わらないと分かっている作業を進めていくのって心が折れません?」

「だけど、やらなきゃ進まないのも道理だろ」

 

 クリアントはワンプに視線は向けず、手を動かす。

 周囲の落ち葉やごみは大方集めた。

 まだ家屋数軒分の範囲だが、それだけでも多少の達成感は湧き上がってくる。

 

「……じゃあ、これを集めておいてくれ」

「はーい」

 

 ワンプの足元に集めたごみを寄せ、クリアントは次の清掃範囲へと足を運ばせる。

 

「……クー達はもっと早いペースで掃除しているんだろうな」

 

 それどころか、邪魔な岩の撤去や子供の遊び相手すら務めているのだが、それを知らずにクリアントは溜息をつく。

 

「……せめて、俺1人じゃなかったらもう少し捗ったんだろうが」

 

 ここで初めて、いそいそとゴミを集めて袋に入れていくワンプを見る。

 彼女は真面目に仕事をしている。

 彼女に出来る限りの範囲では、最大限の働きをしている。

 だが、その範囲は限りなく狭かった。

 

 

 

 

 掃除、清掃活動において最も向いていない者とはどのような者であろう。

 掃除嫌いか?

 掃除が苦手な者か?

 綺麗好きであるからこそ、細かなところに目が向いてしまう者か?

 

 違う。

 その程度では、それくらいの掃除が可能な者では向いていないとは言えない。

 前提が違っているのだ。

 向いていないとは、不可能な者。

 手足が動かないものは別として、掃除が不可能な者が世の中には限りなく少ないだろうが存在する。

 いくら清掃のスキルがあろうとも、綺麗好きであろうとも、清掃活動において不向きであると指さされる者達。

 その筆頭こそがワンプ。

 泥被りの少女。

 即ち、汚れた者である。

 

「先輩、終わりましたよー」

「ああ。こっちも掃き終えた。そのままこっちに来てくれ」

「はーい」

 

 地面に泥を撒き散らしながらワンプは駆けてくる。

 いくら葉を掻き集めようとも。

 いくら枝を拾おうとも。

 いくら小石を積み上げようとも。

 

 泥が全てを覆い塗り尽くす。

 

「……」

 

 ワンプの動きに合わせて体から泥が舞う。

 花弁や雪のようにと言えれば聞こえは良かったかもしれないが、所詮は泥だ。

 地面に落ちたところで土といずれ同化し、目立たなくなってしまうだろう。

 多少の雨が降っていれば、ワンプの体の泥など気にはならなかっただろう。

 

 だが、今のクリアント達は清掃人。

 村の汚れを清掃するために動いている。

 いくら地面であれば泥が目立たなくなるとはいえ、ワンプをそこらで働かせるわけにはいかない。

 壁に触れれば壁が汚れる。

 家にあげれば床が汚れる。

 普段から清掃系スキルが付与されたタオルを持ち運んでいるとはいえ、掃除中にワンプが移動した跡をクリアントが改めて拭き取っていくのは無駄が過ぎる。

 とはいえ、テリトリーとなればクリアント1人だけが働くことになると、この時だけは何故かワンプが反対し、メイデン型にて多少の手伝いをすることとなった。

 手伝いといっても、掃き掃除の最終工程である拾い集める作業だ。

 身体から落ちる泥を枝葉や細かなゴミに振りかけ、泥を押し固めていく。

 1つに纏めて袋に入れるだけだ。

 

「……? 何ですか?」

「いや……何でもない。続けるか」

「はい!」

 

 最初は嫌々な口調であったはずだが、いつの間にか楽しくなったのだろうか。

 後ろを笑顔で追いかけていくワンプを見て、クリアントも口元を綻ばせた。

 遅い作業であったとしても。

 いくらペースが遅くなろうとも。

 結局、楽しい工程であれば当人達の体感時間はあっという間だ。

 終わらないと思っていた清掃活動も、日が暮れる頃には想定以上の箇所を掃き終えていたのであった。

 

 

 

 

「ごくっごくっ……ぷはっー! いやー、仕事後の一杯は良いですね」

 

 ミキサーにかけられた泥状の液体の入ったカップを口から離し、ワンプはそう感想を述べた。

 もう片方の手は腰に置いて、風呂上がりのような様相である。

 

「食事中に立ち上がるのは行儀が悪いんじゃないか?」

「いや、こんな屋外で行儀も何もないでしょ。テーブルに付いているならまだしも、簡易テーブルと折り畳み式のイスなんですから、バーベキュー気分で立ち食いしましょうよ」

「BBQ」

「略したところで先輩の知能も陽気も全く上がっていませんからね。変わらず陰キャです」

 

 清掃のお礼にと、クリアント達を食事に招待してくれる村人もいたのだ。

 掃き掃除がメインであったとはいえ、見晴らしが良くなる程度には村は綺麗になった。

 それに、見た目は可愛らしい少女が一生懸命掃除していたのに心が動いた者がいたのだろう。

 是非にと村人は招待してくれたのだが、残念ながらクリアントは断らざるを得なかった。

 

「しかし、変に真面目ですよねー。生真面目ってつけてやりましょうか。今の俺達が家を汚すわけにはいかないって断るなんて」

「まあ……それで失敗扱いになってもな。クー達にも申し訳ないし」

「そこはワンプと2人の時間を楽しみたかったんだって言ってくださいよ! 2人きりの時に他の女の名前を出すなんて、失格ですよ! 男失格!」

 

 ワンプはカップを傾け、中身を全て口の中に含む。

 喉を鳴らすように飲んでいくのを見て、クリアントは黙ってお代わりを注いだ。

 

「ぷはっー! そもそも先輩はですね――」

 

 ミキサーの中にアルコールでも混入したのではないだろうなと心配になりながらクリアントはワンプの言葉を黙って聞く。

 正確には聞き流し、夕食の味を楽しんでいるのだが、ワンプの声は止まらない。

 

「あの時も――」

「ワンプ」

 

 10分ほど続いていたワンプの説教を名前を呼ぶことで遮る。

 

「ふえ?」

 

 今日は黙って話を聞くだろうと思っていたワンプは間抜けな声で返事をしていた。

 

「夕食の招待を断った理由だけどな、勿論、家を汚したくなかったなんてものじゃない」

「え、それってもしかしてやっぱり私と――」

「こうして、夜の村を見るためだ」

 

 何かを期待し目を輝かせるワンプを無視し、クリアントはイスから立ち上がった。

 

 近づく足音が複数。

 更には、何か重いものを引きずる音までも聞こえる。

 

「ルール型になれ。……戦闘になるか分からないが、穏便に済まないだろう」

 

 足音の正体が引きずっているものがクリアント達への差し入れで無い場合。

 それは、何かしらの凶器であろう。

 

「……です」

「ん?」

「嫌です!」

 

 戦闘を見越したクリアントの言葉。

 だが、ワンプは涙目で否定したのであった。

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