<Infinite Dendrogram> 王は今日ものんびりと自殺する 作:そらからり
■???
自身の行いの結果を確認するために。
木々の隙間を縫うように、その戦いを見物する者がいた。
村人の盲信ぶりを知っていて、しかしその盲信こそがあだになるのではないかと杞憂し、その場に訪れていた。
まるで畑を耕すように何度も何度も。
まるで大樹を伐採するように何度も何度も。
まるで岩盤を砕くかのように何度も何度も。
何度も何度も何度も何度も。
相手は人間ではないというかのように。
相手は受け入れがたい存在であるかのように。
執拗に、執拗に、狂気を振り下ろす。
一撃一撃に全力を使い、必殺の意思を込める。
「貴様らは贄だ」
「異端者は全て死ね」
「死んで贄となれ」
「神よ! 我らが神よ!」
「ご覧あれ。新たな献上品だ」
「異端者の死を以て我らは貴方への信仰を示そう」
村人の手は止まらない。
異端者を――クリアントを殺すために凶器を振り下ろし続ける。
昼間は愛想よく笑顔を振りまいていた者も。
昼間はクリアントの行いに礼を言っていた者も。
昼間はクリアントに邪険な視線を向けていた者も。
等しく狂気に染まる。
信仰心とは狂気だ。
それだけしか信じられない。
それ以外は信じられない。
一信と不信を併せ持つ。
それこそが狂信者である。
「……」
見るべき点は無い。
覗き見る者はそう判断した。
いざとなれば自身の手でと思い、『神』を手にこの場へとやって来たが、それは思い違いで会った。
何もできずただ亀のように蹲る。
攻撃を受け続け、傷を増やし続ける。
それしか出来ない……否、それもすぐに出来なくなる。
村人たちはクリアントを異端者と思い込んでいる。
決して錯覚などではない。
彼らにとっては本当に、同じ神を信奉していない人間として映っている。
そこに少しばかり『神』の力を借りて狂気を強めているに過ぎない。
「(……〈マスター〉と聞いて警戒はしていたが。所詮は神に遣えぬ不信心者。意思なき者に強さは備わないということか)」
見ていれば分かる。
村人の一撃はクリアントのHPを大きく削っている。
〈マスター〉故に死んだところで、時間が経てば復活するのだろう。
だが、もうその時間すら無意味だ。
「(逸話だ。此れにて逸話は……神話は完成する。〈マスター〉という異形を殺すことで彼の物語は紡がれるのだ)」
興奮するかのような目つきで戦いを見る。
しばらくして、その目の光がクリアントに見つかるのではないかと一歩下がった。
「(いや……問題は無いか)」
自身の正体が知られたところでクリアントは死ぬのだ。
無様にも地面に転がり土でも味わっているのだろう。
敗北を噛みしめ、己の無力さを惨めに思っているのだろう。
「……」
だが、時間が経つにつれて気が付く。
木々の影でひっそりと汗をかいていることに。
無意識に、それが異常な事態であると理解していたのだ。
「(何故だ……何故! 未だ生きているのだ!?)」
10、20と繰り返し振り下ろされる村人の攻撃に、クリアントはただ耐える。
だが、彼が防御系スキルを発動している様子は見られない。
防具もろくに付けていないくせに、何故まだ生きているのか。
鎧下のような何かは腹部に巻いているが、それだけだ。
「(早く殺せ!)」
心の中で悲鳴をあげる。
何かおかしい。
異常事態に、早く終わらせろと叫びそうになる。
しかしながら声は……悲鳴は別のところから出る。
早くしろという悲鳴は確かに聞こえた。
ぐう、という。
腹の音が鳴る。
クリアントを攻撃する村人たちからほぼ同時に。
「(……は?)」
クリアントが顔をあげる。
彼の口には焼き菓子のようなものが咥えられていた。
「(味わっていたのは土でなく菓子? 奴は何をしている……何をした!?)」
クリアントは立ち上がる。
村人たちはクリアントの力に抗えず、あっさりと尻もちをつく。
「(何が――)」
分からない。
木々の隙間から見ても分からない。
いや、たとえ近くにいたところで。
何をされたかは、されてみないと分からないのだろう。
所詮は傍観者。
第三者に空腹である苦痛など知る由も無いのだから。
■【深潜水士】クリアント
クリアントは村人の攻撃を受け続ける。
たとえ敵だとしても、無暗に攻撃は出来ない。
村人は村の一員だ。
彼らを害するならば、村全てを敵に回す可能性だってあり得る。
その覚悟を、クャントルスカ抜きでしていいのか分からない。
「……」
クリアントの武器は自滅覚悟のものが多い。
自身へのダメージを顧みない代わりに威力を増している。
自身諸共に毒へ置換するマッドラップスも。
自身諸共に傷だらけにする出涸らしも。
対象も手段も選べない必殺スキルも。
手加減が難しいものばかりなのだ。
故にクリアントは守る。
彼にしては珍しく生き延びる……時間をかけるという手段を選択した。
「《堂々餓鬼》」
村人たちはクリアントを殺すまで止まらない。
それが最善であると信じ続ける。
それが最良であると疑わない。
それが最高であると受け入れる。
殺人はやってはいけないことであると。
人を傷付けてはいけないと。
他人を害してはいけないと。
彼らは学んでいる。
それを上書きするほどに彼らは狂気を与えられた。
盲信という名の狂気に染められた。
「だから、どうした」
狂気に染められようと。
盲信しようと。
死ぬまで攻撃を止めないわけではない。
体力が尽きれば。
疲労が溜まれば。
空腹が限界に訪れれば。
人は自ずと動きを止める。
「盲信。つまりは他を見ない。だから気が付けないんだ。自分の腹が減っていることにも」
状態異常には状態異常。
村人たちが【猜疑】という状態異常によって狂気が加速しているというのならば。
別の状態異常で上書きするまでだ。
【愚弄腹帯 パルペテノン】はクリアントと戦闘を行っている全ての生物に【空腹】という状態異常を与える。
軽い空腹感という生理現象から始まる大したことの無い状態異常だ。
だが、戦闘中に動けば動くほど。
カロリーを消費するほどに【空腹】感は増していく。
やがて限界を迎えると【空腹】は【飢餓】へと移り変わり……
「水……水でいいから……」
「食べ物を……動けねえ……」
「恵んでくれよ……その欠片でいいからよ……」
動くことすらままならず、地に倒れ伏しながらクリアントの齧る菓子へと手を伸ばす。
盲信を上回る強烈な空腹感。
他の何にも抗いがたい強大な欲求が彼らを襲っていた。
「悪いな。それは出来ない」
齧りかけの菓子を飲み込む。
それでもクリアントの【空腹】は満たされない。
代わりに、HPが微量に回復する。
これこそが《堂々餓鬼》の効果。
【空腹】もしくは【飢餓】状態時に食料を摂取することで、量や質に応じたHPの回復を行う。
クリアントが得た新たな回復スキルである。
色々と使い勝手の悪いところは多いが、クリアントを殺す仕様ではないところが他の装備比べて大人しいと言えよう。
「そのまま寝ていてくれ」
【飢餓】は即死に至らない状態異常だ。
肉体の操作権を失い、次に気絶へと陥る。
そこでクリアントはパルペテノンの発動を止める。
殺すことが目的ではない。
気絶させ、無力化すればそれで良い。
「村人の無力化には成功、と。後はこいつらを操っていた黒幕を探さないとな」
村人を縄で縛り上げ、口元に同じ菓子を咥えさせると周囲を見渡す。
特に怪しい人物は見当たらない。
「ワンプは……まだ【猜疑】が残っているのか。これ、時間経過で治るのか……?」
これまで見たことも無い状態異常であったため専用の治療アイテムを持っているわけではない。
全ての状態異常に効果のあるアイテムを使用するか、治療系スキルを使える者を探すか、あるいは――
「死ぬのが手っ取り早いか?」
先ほどまでパルペテノンを使い、生き延びようとしていたが、あっさりと自死のアイディアが出てしまう。
だが、今日分のストックは十分に残っているため、それでも問題は無いだろう。
「んー……武器はしまっていたけど何がいいかな。マッドラップスか出涸らしか」
だが、クリアントはそのどちらも選ぶことは出来なかった。
マッドラップスによる貫通死も、出涸らしによる出血死も。
どちらも決断することは出来ず、その前に彼の首は跳んだから。
「――え」
視界が回る。
目が、では無く首が回っているから物理的に回転している。
下手人を目視することは出来なかった。
その前にクリアントの意識は次の肉体に移ってしまっていたし、クリアントが自身の死体の下へ向かうまでに下手人はどこかへと走り去っていたから。
スワンプマンが安全地帯をどう捉えたのかは分からないが、クリアントが次に目を覚ましたのは、村の外れであった。
【愚弄腹帯 パルペテノン】
その第一スキルである《堂々餓鬼》
効果はクリアントと戦闘している生物はクリアント含めて【空腹】状態になるというもの。
食事すれば【空腹】は一時的に満たされ、HPが回復するが解除されることは無い。
それだけではクリアントにとっては回復アイテムを使うのと大差無いが、パルペテノンはクリアントのアイテムボックスから勝手に食料を消費し、勝手に回復を行う。
そのため高級食材をアイテムボックスに入れておくと大変なことになります。
主人公が焼き菓子を齧っていたのは、勝手にパルペテノンに食われるよりはこちら側で選んだ方が安く済むため。
相手も食事すればHPは回復しますが、アイテムボックスから勝手に食べられるのはパルペテノンの所持者のみ。